367 喜んで
「盾?」
その一言と共に疑問が顔に現れるレスさんに、笑顔のロイ君が始めた今回の作戦は、情報戦で精霊国に盾になって貰おう作戦だ。
魔国で作り始めた調味料。それらは異世界人、特に私と同郷の人からすれば喉から手が出る程恋しい物。そして記憶にある物なのだ。
そして異世界人が居るのは人族の国。
人の口に戸は立てられないし、いずれそれが魔国で作られていると人族の国に知られる可能性は全然ある。
現在や過去の中で異世界人が魔国に居るかも知れないと思われるくらいならいいのだけれど、もし人族の国に味噌や醤油がなかった場合、そしてその製法を知らなかった場合、手に入れたいと思われると厄介になってしまう。
現在でも魔国と人族の国は敵対関係。魔国はスルーしていると言う言葉が正しい停戦状態ではあるけれど、お互いに不可侵だからこそ成り立っている停戦だ。
そこでもし人族の国に居る異世界人が魔国の何かしらを欲しがって、上手く国交が成り立てばいいけれど、魔王様を倒して来いとか言っちゃう人族の国が相手なのだから、下手すれば開戦。それなりに必ず面倒な事が起こってしまう。
なのでここは、今も人族の国と国交のある精霊国で魔国の情報を止めて貰い、調味料とかが欲しければ精霊国からどうぞ、と言う感じでお願いしたい作戦なのだ。
と、私は頭の中で状況整理しているけれど、実際交渉するのは毎度頼もしいロイ君である。
「盾と言っても物理的な事ではなく、情報においての“盾”と言う意味です」
「…ふむ、詳しく聞かせて貰おう」
「はい。魔国では新しい食品の生産が始まっておりますが、それは精霊国へ渡り、いずれ精霊国から人族の国へ流れる事もあるでしょう。その時に、その品々の生産国が魔国ではなく、精霊国であると言う事にして頂きたいのです」
「ん? ああ、そんな事か。理解した。任されよう」
そう詳しい内容も聞かず、すんなり頷いたレスさんの反応にこちらが拍子抜けしていると、ニヤリと笑ったレスさんが一息ついてお茶を飲んだ。
「その品は王の戦士が持ち帰っていたユリエ嬢考案の味噌や醤油だろう?ならばその提案は別段苦しい物ではない。恩義のある魔国の願いとあらば二つ返事になろうと言うものだ」
「…にしても、余りに軽い判断ですね…そこまでお分かりなら異世界人が手に入れたがる可能性が高い事もご存知でしょう?」
異世界人、と言う言葉でレスさんの眉が少しだけ上がったけれど、それでもはやり余裕の笑みを浮かべたままのレスさんは言葉を続ける。
「異世界人が欲しがろうが、人族の国に所属する限り重要な交易先である精霊国相手に強奪は出来ん。欲しがったとしても交易の交渉内容に上がる程度なのだから何の問題もない。盾になる件に関しても、味噌や醤油は植物から出来る物、普通の植物が育たん魔国で作られていると言われれば驚くが、精霊国で作られていると言われれば自然だ。情報操作も断然しやすい」
確かに。
「それに、味噌や醤油はエルフが見れば大抵の者が作り方をすぐさま理解する。魔国で通常販売されたのであれば、こちらへ製法が漏れる事はそちらの織り込み済み。製法を秘匿する気がないのだから、遅かれ早かれ精霊国で作る者も現れよう。そうなれば自然と我が国が盾になっていただろうに、この段階で魔国から対価まで用意され打診が来たのだから乗らん手はない」
「そこは誠意と言って頂きたい。ですが、本当にいいのですか?魔国のリスクを任せる事になるのですよ?」
レスさんが余りに軽い反応を示す事に頭を回すロイ君ではあるけれど、話の内容に余裕があるのか、ロイ君を軽く笑ったレスさんは、リラックスしたように体をソファーに預けた。
「ふむ……ロイ、今、人族の国が魔国の事をどう認識しているか知っているか?」
「……いえ。直近の情報は残念ながら」
「現在人族領にある国々は、魔国や魔族をおとぎ話程度にしか知らん」
「「「えっ…!?」」」
と思わず魔国側、私とロイ君、そしてお茶に入った花びらが増えて困っていた魔王様までもがそう声を漏らすと、面白そうに笑うレスさんが目を細めた。
「以前勇者を送り込んだ国は隣国との戦争で敗戦、150年程前に隣国に呑まれ消失している。魔族の誘拐事件を起こした氷山の国も内戦が起こり、ロズが生まれた頃に上層部の首が全て変わっている。そして両国ともその戦争で城諸共首都まで燃え、エルフが確保した資料以外は焼失している。魔国や魔族の資料で目ぼしい物は人族領に残っていない」
「「「………」」」
「そして亜人種と呼ばれる者達の間で魔国が存在すると言う噂は今でもあるが、これは魔国から偵察に出ている獣人族が故意に流している噂。奴隷になっている者の中でしか語られない故か、人族には亜人の夢物語として捉えられているので、やはり魔国はおとぎ話程度の認識。生きている者の中で魔族を知る物は多少居るかも知れんが、その話を出すと“おとぎ話を信じる変わり者”だと馬鹿にされるのが現状だ」
「「「…………………」」」
「なのでな、おとぎ話の国で味噌や醤油が作られているなど思われる訳もなく、どの道情報が流れても、味噌や醤油の生産国は精霊国だと思われる。私にとっては今更な内容、そして楽に魔国に借りを返せるので喜んで盾になろうと言うものだ」
「「「…な、なるほど……」」」
まさか、人族の国では魔国はなかった事になってる件。
いや、いいんだけど、別に魔国がなくなったと思われてようがいい訳だし、知って貰ってなくても何の問題もない訳だし、むしろ知られてない方がいいとも言える訳なんだけれども、なかった事になっているのは何だかちょっと眉が寄る。
そんな複雑な表情になってしまっている魔国側を、ニヤニヤ見てくるエスさんにちょっとイラッとするので、更に眉が寄ってしまうこちらに向けて、軽く笑ったレスさんが優雅にお茶を一口飲んだ。
「人族の寿命は短い。その分情報が変わるのも早い。魔族は魔物と対峙する事に忙しいので仕方ないだろうが、魔国の持つ人族領の情報は少々古いな」
「………。大変参考になりました…。さすがエルフの知識欲と言った所でしょうか」
「ふふ、新しい情報を集める趣味が役に立ってなによりだ」
と笑顔を交わすレスさんとロイ君の隣では、エスさんに対して「その顔をやめよ!」とご立腹の魔王様と、「新情報全然知らなくて面白い顔が並んでたから」と笑い続けるエスさんに、魔王様が「ならば自国の情報も集めておけば弱体化などせず済んだだろうに」と身も蓋もない事を言ってしまって部屋から笑い声が消え、今度は精霊国側の眉がしょんぼり下がってしまった。
うん。魔王様のそう言う所、健在である。
因みに、昔は集めていたけれど、魔国の情報を集める事もやめてしまっているらしい。
長い間代わり映えしないから面白くないのだそうだ。
魔王様の一撃でしばらく精霊国側がどんよりしてしまったけれど、新しいお茶とお茶菓子を出してお話再会。
魔王様の好物であるアップルパイを出したので、笑顔でモリモリアップルパイを食べている魔王様はしばらく封印されるだろう。
「しかしながら、今後人族の国で異世界人が召喚されない保証はない。魔国が人族と関わる事を今後も避けたいのであれば、精霊国が魔国の盾になるのは良案。今後も継続して引き受ける、が、そうなれば王宮の管轄だけではなく、民間でも味噌や醤油が作られる事になる。生産の均衡はこちらに傾くだろうが、それでいいのか?」
「はい。精霊国と魔国が以前のように民間での国交も再開した際、精霊国でも調味料は欲しい物でしょう。そうなればどう足掻いても魔国だけでは生産が追い付きません。価格の高騰はこちらの望む所ではありませんので、そちらでも作って頂けた方が助かります」
そう、味噌も醤油も大好評。しかし魔国で作れる量には限界があるし、更に精霊国の分まで賄う事には無理がある。
人手を集めるにも限界があるし、原材料も精霊国からの輸入品。そして民間で作るには魔素が邪魔して作る技術が物凄く上がってしまう。
その点、味噌や醤油を作るとなれば魔国よりも精霊国の方が断然作りやすい。何せ原材料も作れるし、発酵させる時にも魔素に揺らぎのない精霊国なら、普通に作っても品質だって安定する。
それに主に穀物を使うのだから、そこに詳しいエルフさんが作れば、いい物作ってくれそうな気がするのだ。
って所を精霊国にお任せ出来れば、盾の条件も満たせるし、調味料の価格高騰も防げる。更には必要とされる調味料の量も供給出来るようになるのだから、これはもう一石三鳥と言うものだ。
後、産地別の味噌・醤油とか沢山種類が増えそうで凄く魅力的。
「しかし、味噌や醤油は精霊国の方が作るのが得意な物になる。交易に上げるとなればかなりの量になるだろう。今ならこちらで生産に税を掛け、使用料としてそちらへ渡す事も出来るが、どうする」
「いえ、そこも必要ありません。後、お米やもち米に関しても、王宮だけではなく民間生産も行って頂きたいのですが、可能でしょうか」
「? 更にこちらの品数を増やそうと言うのか?」
「はい」
「それは可不可で言うなれば可ではあるが、そこはユリエ嬢の特権、私が頷ける事ではない」
「ユリエ様からの提案です」
その言葉にレスさんが一瞬私を見たけれど、笑顔で頷く私に少し眉を困らせてから再びロイ君に向き直る。
お米の類も現在やり取りしているのは私に向けてのみ。なので今は王城と遠征隊に出すのが精一杯だけれど、民間でも食べられるようになって欲しいし、魔国で食べられる物の種類が増えるのは有難い。
そしてお米の種類も増えてくれたら凄く嬉しい。
「……ならばいいが、そうなれば更に交易の内容を圧迫する事になる。こちらは買って貰える物が増えるのだからいいのだが、そうなればいずれ魔国が困るのでは?」
そう首を捻るレスさんに、ニッコリ笑ったロイ君が私に目配せしたので、お任せあれ、とテーブルに出したのは食べられる魔物の新食材。
「……これは?」
眼下に並んだ食材の山に、レスさんの眉は寄ってしまっているしエスさんも若干引いている。
その視線がペント・ペントさんの内側である殻付きのエビに向いているので、多分これは臭くて食べられないやつだと思っているんだろう。
「あ、これ全部食べられるので大丈夫ですよ?」
「「え!!?ペント・ペントを!!??」」
食べるの!!?って感じでレスさんとエスさんは驚愕しているけれど、さっき食べたよ?ペント・ペントさん。
「皆さっき食べてましたよ?エスさんも振り回した後食べてたし」
「「えっ!!!」」
そうエスさんとレスさんはやっぱりびっくりしているけれど、王の戦士さん達は「へぇ~」くらいの反応なので、遠征隊と魔物の領域で過ごした経験は人を強くするんだろう。
「美味しかったでしょう?」
「「…美味しかった……」」
「けど、この新しく食べられる事が分かった魔物の素材は食べられるランクなので強い魔物の物ばかりなんですよね。いずれエルフさんでも狩れるようになるとは思いますけど、今はまだ精霊国が安定して入手するのは難しい感じだと思うんです。後、味噌や醤油以外の調味料は海の魔物や骨素材が必要になるんですけど、精霊国では獣が狩れると聞いているので骨から作る調味料も作れない事はないと思いますが、この辺りは魔物を定期的に狩る魔国の方が生産量が多くなると思うので、値段はこちらが安くなって購入量は魔国の物が多くなると思うんです。で、そう言ったあれこれの収支を考えると、精霊国で色々新しく作って貰った物を輸入しても均衡は取れるんじゃないかと思うんですよね」
「「ア、ハイ、ソウデスネ……」」
と、何故か敬語になってしまっている王族のお2人に、笑顔のロイ君が追い打ちのように微笑みかけた。
「こちらからは変わらず魔物の素材を販売するつもりですが、少々高価な素材も含めて品数が増えますので、ユリエ様のご説明通り、交易のつり合いは問題ないかと」
「デスネ」と苦笑するエスさんと大きな溜息を吐いたレスさん。
きっと交易のバランスが結局魔国に傾きそうな感じになってお疲れ様になってしまっているんだろうけど大丈夫!
そっちの品数、増やしてみませんか!と、更にお酒も造って欲しいと営業した所、「ヨロコンデ」と片言の言葉が返ってきた。
大丈夫!お酒は料理やお菓子に使える物が沢山あるし、好きな人も多いからきっといい利益になるよ!水の氏族さんなんてきっといいお酒作ってくれるから、プレミアとかも付いちゃうかもよ!
そう頑張ってお酒のプレゼンをしていた私の隣で、ロイ君が「お酒については商標権で1割を希望します」と言ってレスさんが召されそうな顔になった。
けど大丈夫!魔国と精霊国が持ちつ持たれつなのは健在だから!
皆で美味しい物食べられるようになるだけだから!
と、熱くお酒や食材が広がる事の有用性を語っている私に、エスさんが目を閉じて仏のような顔で私の営業トークを制して来た。
「うん。作ります。作らせて頂きます。ユリエさんの要望は一切了解致しました。食材作りは精霊国が頑張るので、お酒のレシピは教えろクダサイ。後ついでにペント・ペントの処理法も教えろクダサイ」
おお! はい!
喜んで!!!




