366 盾
お父さんとお母さんに挨拶を済ませ、離宮で一緒に昼食をとってから向かった王宮の応接間。
午後になって少しすると、お勤めを終えた王族の皆さんと、王の戦士さん達がそこへ入って来たのだけれど、依代の儀が終わったそのまま急いでこちらへ向かってくれたのか、沢山体に纏った花を散らして現れた姿はやっぱりいつもより王族っぽい。
けれど残念な事にエスさんはしっかりお化粧を落としてしまっていた。
そして新年の挨拶をしている最中も、ずっと膨れっ面でムスッとしているエスさんは、どうやらお化粧姿を見られたくなかったようで、「知らせたら絶対来るから魔国に行くのも我慢してたのに!何で来ちゃうかな!」とご立腹。
なのでとりあえず一輪花を渡しておいた。
貰って貰えなかった。
魔王様も花を渡していたけれど、やっぱり貰って貰えなかった。
けれど、ロズちゃんやレスさんに花を渡すと自分にも寄越せと言っていた。
うむ。エスさん、拗ねている。
「綺麗だったのに」
「それ!絶対そこ弄ると思ってたからヤだったんだよ!!」
「何を恥ずかしがる。似合っていたのだからよいではないか」
「じゃあ魔王も似合うだろうから化粧されればいいよ!」
「うむ。嫌だ」
「嫌なんじゃん!」
魔王様も嫌なんだ…似合うと思うけど……そう言うのは嫌だと思うお年頃なんだろうか…。
そんな会話で賑わう間にも、お昼ご飯はまだ食べてないらしい皆さんに、丁度いいと出したお雑煮やらおせちモドキを食べている皆、そしてエスさん。魔王様と言い合ってるからって、焼きエビを振り回すのはやめて欲しい。
王族っぽくお淑やかに、けれどそこそこのスピードでご飯を食べるレスさんとロズちゃんを見習って欲しい。
因みに、ロズちゃんが着けていた顔の前の布は、婚約者がいる王族が人前に出る時に着けるものなのだそうで、その布を大事にしているロズちゃん。普通に可愛い。
そう言う小さい所も今は全部嬉しいよね!
可愛いね!なんて話して照れているロズちゃんや、互いに化粧をしろと騒いでいるエスさんと魔王様、お餅に感動しているレスさんや静かにお茶を飲むロイ君が居るこちらの席とは違い、王の戦士さん達にもおせちなんかを出した席では、何故か全員が泣いていて、同席しているラース君がそこそこ普通に引いている。
いや、うん、落ち着いて……。
最初は職務中なので、と持って来た料理を遠慮していた王の戦士さん達ではあったけれど、リルさんが「醤油がなくなった」と言った瞬間から「頂きます」になっていた。
どうやら精霊国へ戻る際に、魔国で売り出し始めた調味料を買って来ていたらしいのだけど、それがどうやら切れてしまっているらしい。
後でお醤油渡しておこう。だから落ち着いて食べて欲しい。
遠征隊を思い出させる食べっぷりはお見事だけど、お餅は喉に詰まると危ないんだよ。そして目の前で子供が引いてるよ。
そんな賑やかな昼食も終わり、ロズちゃんはサン君がご飯を届けに来ているので、ラース君を付き添いに離宮へ、そして残った面々でお茶をしながら話始めたのは、近々始まるスタンピードについてである。
「以前にもお話しましたが、今年のスタンピードでは精霊国側にアルグリード様とシルビア様が立ち、王宮に勤める幼いエルフや軍事関係者で、魔物を見た事のない者にスタンピードの見学をして頂きたいと思いますが、その件について問題はありませんでしょうか」
「ああ、たまにアルグリード殿が魔物を狩って来るので、魔物を見た事もない者もかなり慣れた。逃げ出す事はないだろう」
広く開放的な応接間で和やかに始まったお茶会のような会議。
布が掛かっただけの窓からは、相変わらず温かな風に乗って花弁が舞い込む光景が続き、どうしてもマッタリしてしまいそうになるけれど、私もスタンピードは初めてなので、少しでも情報収集しておこうと気を引き締めなければ、とは思っても、真面目に話しているレスさんとロイ君、その双方の隣では、ダラッとソファーに凭れてチマチマデザートのプリンを食べている行儀の悪いエスさんと、お茶に浮かんだ花びらを沈めないように頑張って飲んでいる無邪気な魔王様が居て、何だか私の気もいまいち引き締まらない。
が、ここはどうにか頑張らねば。
「そうですね。アルグリード様とシルビア様からも現状報告は頂いておりますが、想定していたよりも育成が順調のようですので、可能であれば防壁の上で見学して頂ければと思います」
「防壁の上で?……軍の者ならばともかく、子供には些かその場所は危険なのでは?獲り逃した魔物が登って来る事もあるだろう…」
そうロイ君の説明に眉の寄るレスさんではあるけれど、そんなレスさんにロイ君が薄く笑う。
「いえ、今年の防壁に雑魚は登りませんので問題ありません」
「? 何故だ。魔国の力を侮る訳ではないが、あの数の魔物を完封する事は難しい。そう言い切る理由が知りたい」
「今年は結界が強化されておりますので、Cランク以下の魔物は数に入れなくとも問題ありません。そしてCランク以上だけであれば、精霊国側の砦を受け持つゴルゾレスタ軍だけでも十分以上に対処できますし、アルグリード様とシルビア様もおられるのですから、精霊国側の結界砦は一番安全だとすら言えます」
「…結界の…強化……」
そう私に向いたお化粧でお綺麗状態のレスさんの視線に笑顔を返すと、小さく息を吐いたレスさんが諦めたようにロイ君に向き戻る。
うん、何かを納得された。
「分かった。では精霊国からは王軍並びに氏族軍が子供の引率として見学に出る。王の戦士はそちらの傘下に入るのだろう?」
「はい。もう少し鍛える必要はありますが、順調にいけば遠征隊と共に前線に立てる筈です」
とのお言葉で、レスさんとエスさんの座るソファーの後ろに立っている王の戦士さん達の目から、若干光が消えた気がするけれど、そこはどうにか頑張って頂きたい。
その後も、何かあればゴルゾレスタの軍を頼るようにとロイ君が細々としたスタンピードの内容をレスさんに説明しているけれど、レスさんがスタンピード経験者な為か、細かな部分は省かれて説明されるので、私にとって目新しい情報は得られなかった。
スタンピードについては今度また詳しく教えて貰おう。
そんなスタンピードの説明も終わり、話の最後にロイ君が取り出したのは4つの浄化結晶。と言うか私が作ったお守りだ。
あ、そろそろその話に行くんですね。と私は居住まいを正したけれど、隣に座る魔王様はお茶に浮いた花びらに夢中だ。
どうやら花びらが沈没しかけているらしい。
頑張れ花びら。
等と、魔王様に気を取られている私の正面では、ロイ君が出したお守りに目を見開いているレスさんと、体を起こしたエスさんが少し難しい顔で視線を上げた。
「……これは?」
「これは魔国から精霊国の王族へ寄贈します。もしまた精霊国側に危険な魔素泉が湧いた際、浄化が間に合わず、身を守り切れないと判断した場合には魔素泉に投げ入れてご使用下さい。浄化されます」
「「…………」」
そうロイ君が説明すると、私の方にレスさんとエスさんの訝しむような視線が向くけれど、そこにもとりあえず笑顔を返しておく。
ここはロイ君の言葉に口を挟まないのが吉なのだ。
「……寄贈…とは言うが、国から国へ、と言う事だろう?」
「そうですね」
「…………困る。これ程の物、返礼の品がない」
「そうでしょうか」
そうでしょうか、と笑うロイ君の言葉でレスさんが顔を歪めて頭を抱え、エスさんが物凄く嫌そうな顔で私を見て来るけれど、私も笑顔を崩す訳にはいかない。
何せこれは私にとっても大切な作戦なのだ
「………何を望む」
こちらの求める所を計りきれず、重そうな頭を上げたレスさんが重く呟いたその言葉で、更にいい笑顔になったロイ君にレスさんは嫌そうな顔をしているけれど、申し訳ないがここはどうにか押し切らせて頂きたい。
そう意気込む私にロイ君が頷いて返し、魔国で密やかに立てていた作戦を開始である。
「精霊国に、盾になって頂きたいのです」




