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33 得た魔法

 それから数日間、ちゃんと手紙の返事は返したけれど、魔王様の姿は見ていない。


 手紙と言えば、返事を書いた時に『私もまた会いたいです』と書いたのだけど、意識せずに文字を書くと、魔力がインクになるペンから出て来た文字は、こちらの文字であろう記号みたいな文字になっていたのは小さな発見。

 どうやら50音と言うか、正しくは46文字のひらがなに当たる文字があるらしく、『私』、と漢字を書こうとしたら、ペンからは三文字出て来た。


 きっと数字とかにも何かしらの記号があったりするんだろうし、色々落ち着いたらこちらの文字も覚えたい。


 そんな発見があった手紙は、私が魔王様の部屋の扉を開けられないので、ヨウグさんが魔王様にご飯を届ける際、一緒に届けて貰ったのだけど、そこからなんとなく魔王様の気配はするのに、魔王様には全く会えていない。


 やっぱり魔王様は王様なんだし、色々忙しかったりするんだろうけど、王様の仕事ってなんだろう…。


 そんな事を考えながら、ここ最近は清掃員として3階エントランスの続きを掃除している。


 しっかり魔法も使ってサクサク進むお掃除は、現在そのまま廊下に進出中。なのだけど、どうしても高い所には魔法を使っても届かずで、王様に掃除を相談するって言うのもどうかとは思うのだけど、魔王様も掃除が楽しみだと言っていたし、気晴らしにはなるのかも知れないので、天井については今度魔王様に時間がある時にでも相談してみようと思う。


 そんな感じで、魔力回路を解す為にも魔法に慣れる為にも、拙いながらにも魔法を使って掃除をしているのだけど、各部署へ応援に行くのはまだ待って貰っていて、まずはもっと自分の魔法を理解し、慣れる所から始めさせて貰っている。


 習得している筈ではあるけれど習得中の自分の魔法。

 [貯金]や[運転]なんかはどう使っていいのか分からずで、全く使えていないのだけど、その他の魔法はそれなりに理解出来てきたし、魔力や魔力回路と言った未知の感覚もそれなりに分かって来た。


 まず[語学]や[算術]、[速読]なんかは、日常の中で無意識に使っているので、それこそ呼吸を意識してやらないように、意識しようとしても余り使っている感じはしない。

 けれど[清掃]や[修復]、[整理]なんかは使っていると分かりやすく、魔力で掃除していると集中具合や魔力の込め方で、範囲や仕上がりに差が出る事が分かってきた。

 きっと[料理]や[洗濯]も同じ感じの類だろう。


 [製造]に関しては怖さを払拭する為、色々と試したのでそこそこ効果の程が分かってきて、[製造]の魔法を込めて作る物に関しては、私が使う魔法の威力よりも、魔法を込める物の質や保持できる魔力量によって効果が大きく変わってくる。


 そんな[製造]の魔法がよく分かったのは、カビ○ラーもそうだけど、お城で使われている薄い魔素水と泡石の泡と合わせ、脱毛剤になるよう願いを込めたそれでは全然脱毛されなかった事が一番理解しやすかった。


 魔法が入った事は分かるんだけど、凄く薄い…。凄く薄いから全く効果が実感できない。


 やはり魔法の効果は素材の質に比例するのだ。

 脱毛剤…欲しかったけれどまた今度。


 同じく[製造]の魔法で、形に残る物に関しては、魔法の訓練をしたいとリリーさんから貰った白くて綺麗な布……以外は固くて縫えなかった布で、ギリギリ魔法が入る容量を探りながら作ったハンカチには、私の魔法の効果を、頑張れ、まだ入る、お前なら出来る!と声を掛けながら作ったせいか、願い的にも「大丈夫」と言うなかなか漠然とした愛情と言う名の魔法が籠っていたりする。

 と言うか籠ってしまった。


 形に残る物に魔法を込めると、その素材が魔法を保有できる期間、私の魔力と魔法がそこに残れる期間中はその効果が発揮される。

 今度ハンカチを作る時には、『常に清潔を保つ』とか、『拭いた物が綺麗になる』なんて願いを込めるのがいいと思う。

 お掃除魔法も込められそうなので、きっといい感じの物が出来るだろう。


 そしてそんな魔法の願いや効果を高く出そうと思うと、やはり必要な魔力も多くなる。

 余り調子に乗ると魔力を消費し過ぎて吐きそうになるので注意が必要。

 魔力の消費限界に関しては、まだ自分の魔力の半分を切る所までしか怖くて試せていないので吐き気止まり。

 そこを超すのも怖いし、吐き気が収まるまでに数分から数十分は掛かるし、そこを超すともっと酷くなるのかと思うと、怖くてその先は試せないでいる。


 この限界チャレンジは、もう少しこの世界の常識に慣れてからにしようと思う。


 そして一番慣れたい、人体に魔法を使う事は、まだ自分にしか試せていない。

 そして自分に使っているからか、いまいち使った感覚が掴めない……。


 自分に魔法を使うと、常に満たされているような、必要ないような、使ってるのか使ってないのかよく分からない感じになってしまって、それこそ[語学]やらと同じ感じになってしまう。


 お風呂のお湯や歯磨きや洗顔、そう言った外部に干渉してから自分に使う分に関しては魔法を実感出来るし、最高だって事も分かっているのだけれど、体内や魔力回路に作用するような感覚は分からないままだ。


 治療魔法の感覚があるのだから、きっとそう言うなにかしらの反応はある筈なのだけど、自分に使うと分からないし、練習の仕方すら分からないのは結構厳しい……。

 何せ人体に魔法を使う事は、いずれ魔王様を治す事に繋がるのだから、そこは押さえておきたい所なのだけど、自分に掛けても分からないのであれば、やはり人に使う練習、誰かしらの協力が必要なのかも知れない……。


 けれど、そこにはとても注意が必要なのだ……。


 これは私が持つ全ての魔法に繋がる事で、そして魔法を使う時に必ず守らなければならない事。


 それは魔法を使う対象の魔力保有量に対して、魔法を込める量は必ず守らなければならないと言う事だ。


 一度掃除をしている時、沢山魔法を込めたら想像を超えた綺麗さになるのでは、と思ってしまい、椅子に対してどんどん魔法を込めていたら、これ以上入らないと突っぱねる感じが返って来た。

 でもそれを無視して魔法を注ぎ続けると、椅子は崩れるように粒子になって消えてしまった。


 その現象は魔力過多。


 勝手に壊してしまった事を謝りたいと食堂に居たプリシラさんに相談した時に教えて貰ったのだけど、まず壊れる程魔法を注げる事は普通なく、私が持っているのがユニークスキル1つしかないのと、魔力が既に魔法である事、そして魔力が多く、魔力回路が人より強いが故に起こった現象らしいのだけど、普通に怖かった。


 魔力が多いのも魔力回路が強いのも、魔王様を治す時に役立ちそうで良いのだけれど、でも、粒子になって消えた椅子の事を思い出すと、あの感覚を、あの血の気の引く感覚を、それを無意識に人に使ってしまう魔王様は、きっと日頃から物凄く怖いだろうって心底理解出来て、椅子を壊した罪悪感以上に締め付けられるように胸が痛かった……。


 魔法は凄い力だけれど、力だからこそ、使い方次第で危うい物にもなる…。


 魔法が存在するこの世界。魔法が使えなかった世界から見れば見事にファンタジーな世界。

 けれどファンタジーはファンタジーなりに、想像以上にシビアだ……。


 そんなあれこれを思い出して一つ溜息を吐きながら、私は掃除を終えた3階エントランスのソファーに座り、水滴が流れる虹の大窓を眺めている。


 この世界に来て初めての雨だ。


 そこそこ魔法を使った脱力感でソファーに寄り掛かって大窓を見上げていると、曇った空から小雨がポツポツ窓を叩いては水滴を作り、そんな水滴に浮かぶ窓の虹が、丸い形を彩る様はとても綺麗。

 薄っすらと伸ばしたような薄い水滴の七色が、曇り空が落とした灰色のエントランスを緩やかな虹のグラデーションに染めていて、光が強い時とはまた違った落ち着く景色を作っている。


 少しの肌寒さと雨の音しかしない室内。

 空から音もなく降りて来る雨が、窓に当たった瞬間だけ存在を示しているのがどこか頼もしい。


 外で降られる雨は嫌いだけれど、こうして見る雨は結構好き。


 そんな雨を見ていると、雨でさえも向こうの世界と違って見える。どこかフワフワと浮いたような、でも当たり前にそこに存在している。

 この世界には魔法があるから、こんな不思議に見えるんだろうか。


 魔法…前の世界で使ってみたいと思う事は沢山あったけど、まさか本当に使う事になるなんて思ってもみなかった。

 そんな魔法は慣れてくるとよく分かる。

 魔法は、万能じゃない。


 想像の限界と言うか、願いを考える限界と言うか、漠然としたイメージは形にならない。

 逆に、当たり前のように想像できる事、強く願ったり思ったり出来る事は、思いもよらない形で現れてしまったりする。


 リリーさんに貰った布で花柄の刺繍をイメージしながら作ったハンカチには、ただの白い糸だったのにイメージしてた色付きの刺繍が浮かんだりしてしまうし、綺麗にしようと思っていたのに椅子を壊したりもしてしまう。


 魔法をちゃんと使えるようになるには、もっと時間が掛かりそう…。


 魔王様に待っていてって言ったけど、どれだけ待たせてしまうんだろうか……。

 魔法、もっと上手く使えるようになりたいな……。


 この世界に来て得た魔法は【生活魔法】。

 仕事の内容があまり見受けられないので、興味であったり、とても印象が強かった物から生まれたものが多い気がする。


 掃除は好きだったし、料理や小物を作るのも好きだった。貯金なんかも頑張ってたし、速読は本を読むのが好きだったからだろう。


 運転は鉄の塊を凄いスピードで動かすのだから、とても緊張したし、何より怖かったので、物凄く気を付けていた覚えがある。


 そして[整理]。これはきっと、両親の遺品整理だ。


 嫌でも印象が強かったし、何か心に刻んだような、それでいて心が削れてなくなったような、しっかりしなければって気持ちだけで全てを乗り切ったあの時の事は、今でも鮮明に思い出せる程辛かった……。


 でも、その辛かった[整理]があるから魔王様に繋がった。

 大好きだった両親の置き土産?

 そう考えると少し笑顔になれる。


 全て向こうの世界に置いて来たけど、必要な物はちゃんと持ってたんだな。

 そう思うと、寂しさの中に温かいものが生まれる。


 こんな雨の日はちょっと心細い。でも大丈夫。自分の中に大事な物はちゃんとある。

 だからちゃんと出来る。

 焦る気持ちはあるけれど、きっと頑張っていれば大丈夫。


 大丈夫だよ。そう自分に言い聞かせるように凭れていたソファーに埋まって頬を預けると、少ししっとりしていて口が曲がる。


 仕方ない。雨だもんな。湿気だな。しっとりもするわな。


 そう目を閉じたまま、ソファーに沈んで雨音を聞いていると、そんな静けさの中に私を呼ぶ声が響いた。



「ユリエ?」



 その声に振り向くと、エントランスの柱の横に魔王様が立っていた。


 久々に見た魔王様は雨で少し暗いエントランスの中で、困ったような、どうしたらいいのか分からない、そんな感じでこちらを見ている。


「? 魔王様?どうしました?」

「そ…その、ユリエが、な、泣いていたので…」

「え?」


 魔王様の言葉で目元に触れると、確かに私が泣いていた。

 両親の事を思い出してしんみりした気持ちになっていたせいか、どうやら泣いてしまっていたらしい。

 しっとりしてたのは湿気じゃなくて涙だったのか…。


 歳を取ると涙腺が脆くなって困る。そう慌てて目元を擦って涙を拭くと、涙はすぐに止まったけれど、2メートル先で魔王様が心配そうに私を覗いている。

 申し訳ない。


「どうしたのだ?何か嫌な事でもあったのか?」

「あ、いえ、すいません。ちょっと前の世界の事を思い出してて…泣いてるとか気付きませんでした」

「…それは、私こそ、すまない。 ユリエが笑っているから平気なのだと気が回らなかった……。いきなり違う世界に来たのだ。不安だっただろうに…」


 そう言って、魔王様は二歩だけこちらに近付いた。

 その二歩に優しさを感じる。


「いえ、不安は、有難い事にないんです。魔王様が沢山よくして下さるので」

「そうか?本当に?」

「はい。魔王様もお城の皆も優しいし、こんな素敵な居場所も与えて貰えて、私はとても恵まれています」


 そう答えても、まだ心配そうな表情をした魔王様に笑って見せる。


「本当に、私は恵まれていると感謝していただけです。この魔法を与えて貰った事にも、それを使える自分である事にも…。きっと泣いてたのは、嬉しかったからです」

「それならば、その…よいのだが……」


 本当に?そう言いたげな表情を浮かべた魔王様が少しだけ緊張に浮いた肩を下ろす。

 でも魔王様を見てると、何か分からないけど本当に大丈夫って思えるから魔王様は凄い。


 きっと、頑張りたい理由が、同じく頑張って側に居てくれるからだろうな…。


「心配して下さって有難うございます。魔王様がいると、何だか安心します」


 私がそう笑うと、魔王様は「え」と声を漏らし、とても驚いたように視線を泳がせた後、確認するように視線を私に戻した。


「わっ…私がか?」

「しますけど」

「そ…そうか、う、うむ、なら、その、うむ…」


 ゆるゆると顔を赤く染め、最終的にはまた視線を逸らしてしまった魔王様に、ああ、いつも通りだな、と更に安心を覚えてしまったのは仕方ないと思う。


 そんな少しの事が、心細い雨の日から少し楽しい雨の日に変えてくれる。


 やはり魔王様は偉大だ。






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