176 お転婆姫
魔王様と手を繋いだまま城内広場へ向かう門をくぐると、私と繋ぐ手に不思議そうな視線を向けた魔王様が首を傾げる。
「ユリエ、魔物の領域から抜けたのに、まだ身体強化を使っているのか?」
「はい、慣れようと思って」
「確かに慣れねば上手くは使えんが、ずっと使っていては疲れるのでは?」
「でも早く慣れたいので」
そうやる気を込めて頷くと、無理をしてはいけないよ?と、ちょっと困った笑顔を貰う。
さっき目を傷めた所なので、その笑顔には真面目に頷いておいた。
身体強化。目を傷めた事を考えると、無理をするとやっぱり体に反動がある。
だが、コケて打ち所が悪くて死んでしまう。なんて事になってはいけないのだから、もっと当たり前に、いざという時すぐさま使えるくらいには慣れておかないといけない。
そして精度だって上げないといけない。
今はまだ芋けんぴだけれど、芋けんぴって角度によっては歯茎に刺さったりするくらい硬いとは言え、噛めば砕ける感じでもあるのだし、もっと柔軟性とか欲しい所だ。
脱お豆腐。目指せコンニャク。
本当にコンニャクでいいのか?と自分の思考に疑問を持ちながらも、しばらく離れていた実家に帰って来た気分で魔王様と城内広場を歩いていると、食堂の方からジギーさんの声が掛かった。
「よかった、帰って来た。ちょっと食堂まで来て貰ってもいいですかね」
食堂に近い扉から手招きしているジギーさんに2人して首を傾げながらもその後に続くと、食堂にはお城の皆が集まっていて、こちらに気付くと「おかえり」と笑ってくれるので「ただいま」と返しているが、皆に囲まれるその中で、椅子に座っている白金の髪を流す後ろ姿が見えた。
「あれ?ロズちゃん?何でここに居るの?」
ここに居る筈のない姿に私が声を掛けると、弾かれたようにこちらを振り向いたロズちゃんは、既に眉を寄せて不服を顔面で現している。
そして待ってましたとばかりに私を呼んだ。
「ユリエ!この者達が酷いのよ!ユリエからも何とか言ってよ!」
「え?何を?」
「せっかく従者振り切ってここまで来たのに、精霊国へ帰れって言うのよ!」
椅子の背凭れを掴んで私を見ているロズちゃんが抗議の声を上げると、周りの皆が疲れたように溜息を吐いて、隣に居るジギーさんが私と魔王様に説明をくれた。
「今日の昼くらいに転移陣のゴーレムに捕まってた所を見付けたんですがね、何回送り返しても戻って来るし、隙あらば逃げようとするし、最終的にユリエさん出せって聞かなくて……とりあえず向こうさんの王族なんで捕えるのはどうかと思ったんで、お茶出して監視、と言う名の接待してる状態なんですが…」
「何が接待よゴーレム男!あんたが捕まえなかったら今頃運命の相手に出会ってたかも知れないのに!」
「こんな感じで、とりあえず帰ってくれなくてですね……」
ゴーレム男、と呼ばれたジギーさんが疲れを乗せた溜息を吐くと、困った顔の魔王様がそんなジギーさんに頷いてからロズちゃんを見る。
「第一王女、精霊国に帰るがよい。魔国はお前のような者が従者も連れず、フラフラ歩ける場所ではない」
「馬鹿にしないで!ちゃんと身の回りの事だって出来るし、危ない場所だって知ってるわ!一人だって平気よ!」
「魔国には精霊国とは違い魔物がとても身近に居る。お前の強さで魔物を倒せるとは思えん。危険の度合いが違うのだ、大人しく精霊国へ帰るがよい」
「…そ、そんなの…魔法で、どうにかするわよ」
魔物と聞いて目を逸らしながらも意思を変えないロズちゃんに、魔王様が更なる溜息を吐いて「無理だ」と言い切ると、口を結んだロズちゃんが今度は私を見た。
「ゆっユリエなら分かってくれるでしょ!?運命の人と出会おうと思ったら冒険しないと駄目だって」
縋るように大きな瞳を潤ませて私を見ているロズちゃんに、正直どう返して良い物か判断に困る。
恋したいロズちゃんは応援してあげたいけれど、冒険とただただ危険に飛び込むのでは話が違う。
「精霊国では駄目なの?」
「精霊国じゃ私が王族ってだけで態度が変わるもの!そんなの運命でも何でもないじゃない!」
「でも、魔国はロズちゃんだけじゃ危ないらしいし…」
「ユリエまで駄目だって言うの…?」
そう泣きそうなロズちゃんに押されて、うーん…と唸りながらどう言った物かと悩んでいると、テーブルに凭れてだらけていた三兄弟がロズちゃんをいじり始めた。
「ロズは運命的な出会いがしたいのか?」
「魔国で?そんな弱いのに?どうやって?」
「おませさんってやつ?」
「煩い!気易く呼び捨てにしないで!使用人なら王族には様ってつけなさいよ!」
そんな三兄弟を睨みながら振り返ったロズちゃんを、三兄弟が笑いながら更に煽る。
「えー、我儘娘に様付けは無理っていうか?弱くて我儘とか、魔国で相手見付けるのマジ無理じゃない?」
「ロズはオレ達より弱いから、マジそこからして無理っすな」
「大人な恋に憧れる感じ、おませさんじゃん?」
「煩いって言ってるでしょ!あんた達みたいな馬鹿そうな奴に本当の恋なんて分かりっこないんだから黙ってなさいよ!何て言われようと諦めたりしないんだから!」
馬鹿だってー、と互いを指さし合って笑っている三兄弟は相変わらずの三兄弟だ。
これでもしっかりした所もあるんだけどな、と思いながらそんな様子を眺めていると、溜息を吐いた魔王様がこちらを見て眉を困らせた。
「諦めそうにないな…」
「そうですねー…」
「レスかエスを呼んで引き取らせるか?」
「でもまた一人で抜け出して来ちゃうと思いますよ?」
確かに、と難しい顔をした魔王様が、三兄弟と馬鹿って言った方が馬鹿だ合戦しているロズちゃんを見て再び溜息を吐く。
「街に出す事は危険が多すぎる。精霊国の王族を死なせる訳にはいかん…。本人が無理だと分かるまで、しばらく城の誰かに面倒を見させるか…」
魔王様がそう言って隣に居るジギーさんを見ると、「無理ですよ?」とジギーさんが即答して、魔王様が「そうだな」と分かっていたように頷いてから、座ってお茶を飲んでいるプリシラさんを見た。
「私は街にも出る。守れるとは思えない。それにこの子に調薬スキルはない。仕事は出来ない」
「だがエルフならば薬に関しては長けているのでは?」
「教えるのに100年くらい掛かるけど?」
「……」
気長すぎてナシだな。と思っていると、今度は魔王様がプリシラさんの前に座っているリリーさんを見た。
「リリエラル、お前の所はどうだ」
「うーん…そうねぇ…女の子だし、一緒にお仕事するのは楽しそうだけど…エルフに高ランクの魔物の皮が縫えるとは思えないのよねぇ?」
ああ、うん、確かに。
私も針を通せなかった…って言うか、ランクの高い魔物の服すら着られなかった…。ロズちゃんにも無理なんだな…仲間だ…。
頬に手を当てて困りながら笑っているリリーさんに、諦めに溜息を吐いた魔王様がカウンターに凭れているヨウグさんを見ると、眉を寄せたヨウグさんが大きな溜息を吐いて項垂れる。
「ウチしかねぇじゃねぇか…」
「うむ。厨房ならばエスも動いていた、同じ程度で構わない。しばらく面倒を見て欲しい」
「けど俺はこれから冬にかけて忙しくなる、面倒はそいつらにさせるが、それでもいいか?」
そう言って、ヨウグさんがまだロズちゃんと言い合っている三兄弟を視線で示すと、皆の視線が三兄弟とロズちゃんに集まって、そんな視線に話を聞いてなかったらしいロズちゃんが少し焦る。
「え…な、何よ」
「第一王女、期間はスタンピードまでが限界だ。そして魔国に居る間は城の厨房で見習いとして三兄弟を側に置く事。それでもよいのならば逗留を認める」
「えっ!こんな馬鹿なのと一緒なんて嫌よ!!」
「「「魔王様がそう言うならオレ達はそれでいいでーす」」」
三兄弟が手を上げて了解の意を示すと、そんな三兄弟に「嫌だって言ってるでしょ!」とロズちゃんが抗議の声を上げている。
「それに厨房で働く為に来たんじゃないわ!お城から出られないなんて魔国まで来た意味ないじゃない!」
「オレ達軍部にも配達行くし、出会いくらいはあるんじゃない?」
「運命の相手かは知らないけど」
「相手にされるかは分からないけど」
そう口を挟んだ三兄弟に、また「煩い!」と怒りに顔を赤くしているロズちゃんを三兄弟が「ロズも煩いと思いまーす」と揶揄っているが、会話は続くし案外仲良くやれるのではないだろうかと思ってしまう。
三兄弟もしっかりしている所はしっかりしてるし、ヨウグさんの料理だって知れのるなら、魔王様の提示した条件は結構いいと思うのだけど、ロズちゃんはまだまだ全然不服そう。
「でもロズちゃん、厨房に入れて貰えたらお料理の腕だって上がるだろうし、結構いい条件だと思うんだけど…」
そう私が声を掛けるけれど、不服モードのロズちゃんはムスッとしたまま言葉を返す。
「料理が出来るからって何になるのよ!」
「美味しいご飯は皆好きだから、仲良くなるきっかけにはなると思うよ?」
「……きっかけ…?……。んー…そう、そうね。そうやって出会えばいいのよね。さすがユリエだわ!分かった、その条件でいいわよ!」
少し考えはしたものの、きっかけ作りになる事にやる気になったらしいロズちゃんが自信満々に笑顔で頷くと、三兄弟が「チョロい」と笑って再びロズちゃんの怒りを買っていた。
何だかお城がにぎやかになりそうな予感である。




