177 輪を掛けて
「さっさと案内しなさいよ!」「「「姫か」」」「姫よ!!」等と言う騒がしいやり取りをしながら、ロズちゃんを一階の空き部屋へ案内しに行った三兄弟達を見送ると、秋を示して日の射す方向が変わったのか、暮れ始めた薄い光が床に落ちている食堂はとても静かになった。
そんな中、食堂の席に着いた魔王様が皆とお茶をしながら、精霊国の事やご両親の事を話していて、聞こえて来る声はとても明るい。
魔国の空気もそうだけど、やっぱりお城は一段と落ち着く。
そんな光景を後に、私は久々なお城の厨房でヨウグさんと新しい食材であるお米について話している。
「じゃあ米ってのは、主食の系統になるって事だな?」
「そうですね、私が元居た国の主食がお米でした。パン、米、麺なんかが同系統です」
メン?と一瞬ヨウグさんの眉が動くが、まぁ今はいい、と言葉を切ったヨウグさんが晩ご飯のお肉を切りながら話を続ける。
「勇者もコメコメ煩かったが、ユリエの居た国の主食って事は、それに合う料理のレシピがたんまりあるって事か」
「ですね。今まではお米が食べたくなるのが怖くて作らなかったのもあるし、ちょっとレシピとしては数え切れませんね」
私がそう頷くと、ヨウグさんが最高を示すニヤリとした笑いを浮かべて、この圧の強い笑顔も久々だけれど、お米を受け入れてくれる笑顔が嬉しい。
お米が食材の中に新規参入して、料理の幅が一気に広がるけれど、ありすぎて作り切るのはいつになるんだろうと考えながらもしっかりとお米は炊いている。
それも土鍋で。
タラバ蜘蛛を蒸して思ったのだけど、魔鉱石がとても優秀なのだ。
魔鉱石は魔国でのみ採れる特殊金属で、色は黒く重量感もそこそこある。なのでフライパンにするには重たいけれど、お鍋にするには最適で、何よりその特性が素晴らしい。
魔鉱石は魔力の伝導率が高いので、火を通すとムラなく通る。そして籠った魔力を保持する事にも優れているので、食材の持つ美味しさも込めた魔法もお外へ逃げて行かないのだ。
ムラなく焦げない、そして美味しさを逃がさない。鍋の為にあるような金属だ。
なので、そんな魔鉱石で作った土鍋。[料理]と[製造]で理想的な状態に炊きあがるようにと魔法を込めて火にかけると、土鍋が赤くなって理想的な状態に炊きあがり、炊きあがると黒に戻るってタイマー機能まで搭載したお料理の味方金属。
炊いてる今はしっかり赤い。
そんな優秀な魔鉱石の土鍋にヨウグさんはとてもテンションが上がっている。新しい調理器具ってテンション上がるし私も上がる。
魔国の人からすると、魔鉱石はやはり戦闘や魔道具に使う物ってイメージがとても強いらしく、今まで魔鉱石を鍋にしようって発想はなかったらしいのだけど、使ってみると物凄く便利で優秀だとヨウグさんも大絶賛。
何せヨウグさんの持ってる料理スキルと火属性の魔法でも、私と同じ事が出来るのだ。むしろ、料理スキルと火魔法があれば、直接火に掛けなくても出来てしまう分、火属性を使える人には特に相性が良いと言える。
因みに、雷属性でもレンジ調理として使えば物凄く相性がいい。
そんな便利な魔鉱石の鍋は、土鍋と普通のお鍋と併せて大小20個程量産しておく。
作る料理の内容によっては、魔鉱鍋の方が絶対優秀。普通タイプの鍋の蓋は重厚に作ったので、完璧なる無水魔鉱鍋と呼んでもいい。
物凄く重いが[貯金]を使えば問題ない。優秀。
そんなこんなの手を動かしながら、話はやはり料理について。
「そう言えば精霊国って思ったよりも食文化が進んでないんですね。エスさんが食べさせてくれた精霊国の料理、何だかちょっと素っ気なかったです」
「素っ気ない、か。エルフの料理人は料理に対してもこっちと拘る所が違うからな。しょうがねぇ」
「何か食材同士や味が戦ってるって言うか、使う食材に対して丁寧さが足りない感じがしました。エルフでも美味しい物は好きな筈なのに、エルフの料理人さんって何に拘ってるんですかね」
「エルフの料理人が一番拘るのは魔素水だ。後は使う材料の質だな。味はその次だ」
あー…そっち。 魔素水の方に拘るのか…。
「だからあっちは焼くより煮る料理が多い。大抵は拘った魔素水と拘った食材を使ったスープになる。まぁ拘られても、ぶちこまれた調味料の味の方が気になって、魔素水の味なんて分からねぇんだが、エルフの料理人は魔素水にだけはうるせぇんだよ」
「納得してしまうのが何とも…パンとかに酵母使ってたから、てっきり行程とかにも拘りがあるのかと思ってました」
「コウボ?何だそりゃ」
「あ、そうそう、酵母。作ろうと思ってたんですよ。酵母は端的に言えば菌?こっちにも酵母菌居るんだなーって感じなんですが、発酵を促すための材料みたいな物で、パン作りに使うと仕上がりがふっくらするんです」
「パン…」
「精霊国に何でそれがあるのか、魔素水に拘りがあるって言われたら何か納得できました。多分果物を魔素水に入れてたら偶然出来たんでしょうね」
そう鍋を作りながら話していると、詳しく、と説明を求められ、酵母や発酵についてをヨウグさんに説明しながら鍋が終わったので話題の酵母を作る。
作ると言っても酵母はとても簡単。掃除魔法を掛けた瓶に材料を入れるだけ。
使ったのは庭の魔素水と庭の果実。
酵母を作るのに必要な材料は多くない。果物・水・砂糖や蜂蜜。むしろとてもシンプルで、作り方と言うよりは発酵する温度や環境の方が大事だと言える。
パン作りに向いてる物や、お肉や魚料理に向いてる物とか種類はあるけれど、とりあえずリンゴと柑橘系の酵母を作っておく。
こちらの世界の青果は基本的に無農薬だし、そう言う点ではしっかり洗って、とか無農薬の物を選んでとかがないので物凄く楽。
精霊国へ行く前に、ファンタジー水を欲しがりまくったエスさんのおかげで庭の果実の木は殆ど、と言うか全部しっかり成長しているので、収穫も終わっていて量も沢山あるから使う事に躊躇いもない。
そんな庭素材の酵母は、失敗したら嫌なので『腐敗にはなりませんように』と魔法を込めておいた。万全の対策である。
ヨウグさんと酵母の仕込みをしながら、手は動かしつつも、ヨウグさんがボソリと愚痴ったのは勇者先輩について。
「勇者もこれくらい知っててくれりゃ、パンが硬い硬いって文句付けられた時だって、もっと楽だったのになぁ…」
「私は料理好きだったんで、結構やってたから多少知ってるだけですよ」
「多少じゃねぇよ。勇者に比べりゃ神と赤子くらいの差がある。あいつは何言ってるかさっぱり分からん事しか言わんかったからな」
その時の事を思い出しているのか、うんざりしたような溜息を吐いたヨウグさんと酵母の仕込みを終えて、これから魔国は寒くなるとの事なので、こちらも魔鉱石で作った箱の中に、酵母を並べて中の温度を火の魔法で整えて貰う。
確かに勇者先輩に関しては、プリンにスライム入れようとする勇者先輩だ。酵母を知ってても作り方とか知らなかっただろうし、色々と結構な破綻っぷりを発揮してたんじゃないだろうか…。
「何となく材料は分かってても、それすら足りなかったり調理法を知らなかったりで、味すら分からん物を作れと言われても流石に無理だったが、今ならユリエが作った醤油やら味噌にダシの類があるから何となく分かるな」
そうだよね、材料も定かじゃなくて、その上知らない味作れって言われても無理があるよね。
話ながらも作業を進めているけれど、久々にしっかり動いているからか、身体強化を使いながら料理しているせいか、こちらの世界に来てから初めて料理をしていて汗をかいた。
身体強化、少しは力持ちになって重たい食材を運ぶ時に活躍するかと思ったけれど、やはり中身の入ったデカい鍋は無理だし、鍋が無理なら芋の箱も無理だろう。
出来た事と言えば、今までは持ち上がらなかったヨウグさんの胸筋サイズのお肉の塊が、少しだけ持ち上げられた程度だ。
うん。分かっておりますとも。快挙、それだけでも快挙です。
そんな悟りそうな汗を拭っていると、ヨウグさんがそう言えば、と首を傾げた。
「勇者はあれだ、カレェ?食いてぇって煩かったが、今なら作れるか?」
「あ、それ、調味料。カレーに足りない種類を交易の品に増やして欲しいってロイ君に頼んでおきました。今はまだ香辛料足りないですけど、届いたら作りましょうね、カレー。お米にもパンにも合いますし、ナンで食べるのも好きですけど…あ、後はカレーパンも好き」
「おー、カレーは幅が広いな」
「カレーは香辛料をブレンドして作るので奥も深いですよ」
楽しみだ、と笑ったヨウグさんは魔鉱鍋で作った大きなお鍋の中を軽く混ぜている。
今日の晩御飯は主食を私が作って、おかずはヨウグさん。
ヨウグさんにお願いされて、私が作っているお米の基本的な調理、炊く、なのだけど、まだ皆お米は食べ慣れないだろう事を考慮して、基本的にはおにぎりにするのがデフォルトになりつつある。
私は塩おにぎりも好きなのだけど、それだけでは寂しいので、キノコの炊き込みご飯と、タラバ蜘蛛のむき身を使った炊き込みご飯を作っている。
タラバ蜘蛛、蜘蛛だが美味しい。仕方ない。
因みに、ヨウグさんにタラバ蜘蛛が食べられる事を話すととても驚いていたけれど、むき身を食べて今まで惜しい事をしていたと、レイ君と同じようにもっと狩るべきだと今後の食材ラインナップにタラバ蜘蛛はしっかり入れられた。
美味しいから、仕方ない。
そんなヨウグさんは、私達が精霊国へ行っている間に、何と自力で豚汁や味噌煮込みにまで行き着いていた。さすがヨウグさんの探求心。
今日のおかずも、主菜は醤油ベースのステーキで、今ヨウグさんが混ぜているお鍋の中は、具沢山の豚汁だ。醤油は万能、と笑っているヨウグさんは既に醤油と味噌を使いこなしている。
さすがはヨウグさんだと話していると、私が色々作る料理から技法を盗んでるんだと、ニヒルな笑顔で笑われた。
それを使いこなせるのが凄いと思うのだけど、そんなお城の料理やレシピは外に出さないらしい。
やはりこの世界では料理のレシピは秘伝のレシピみたいにするんだろうか。
気になっていたそれを尋ねると、ステーキのタレを作っていたヨウグさんが難しい顔で息を吐いた。
「まぁ確かにそれもあるな。特にこの国じゃ飯は貴重だ。それに料理人も少ねぇからおいそれとは出せねぇのさ。下手に出すと街の飯屋が潰れる」
おおぅ…それは困る。
ご飯屋さんが潰れるのは物凄いがっかりする。二度とあの味を食べられないのかと思うと、思い出す度に溜息が出るレベルだ。
「それにここで作られてんのは殆どユリエの料理だ、決めるのは俺じゃねぇ。それに出してもそのまんまは作れねぇから意味もねぇよ」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだろ。料理は知識だ。手習い程度は作れるだろうが、料理スキルがあろうが知識が追い付かねぇと作れるもんじゃねぇ。俺はユリエが居るから作れるが、居なかったらきっと材料があっても作れてねぇ。ここにある調味料やらダシの類も殆ど新しい。食材もこれから増えるって言っても、それを全部当たり前として使った料理が広まるには、知識と時間が要る。なんだ、ユリエは広めたいのか?」
お肉の下準備を始めているヨウグさんがそう首を傾げるけれど、広めたいかと言われるととても微妙だ。
「んー…どうなんですかね…美味しい物が増えるのは嬉しいので、広がればいいな、くらいですかね」
「欲がねぇな。広げれば一財産だぞ?」
「私の料理ではなく、元居た国の料理ですし、私も教えて貰った物です。欲があるとすれば、色んな種類の美味しい物が食べられたら幸せだろうとは思ってるので、いずれ広がったりアレンジされたりしたらいいなぁとは思いますね」
ちゃんと黒に戻った魔鉱石の土鍋から、いい匂いを湯気に乗せて炊きあがっているご飯をおにぎりにしながらそう答えると、声を上げて笑ったヨウグさんが熱したフライパンにダシに漬けこんだお肉を投入して、ジュワッとタレが焼ける音と共に香ばしい匂いが厨房を包んだ。
「確かに、美味いもんの種類が増えるのはいい。ユリエが来てから種類が増えて俺はまだまだ追い付かねぇくらいだけどな」
「一旦止めます?」
「馬鹿言うな。どんどん作れ」
お肉を焼きながらヨウグさんが豪快に笑っていると、そんな厨房に駆け込むようにして三兄弟がロズちゃんを抱えて戻って来た。
「おっ降ろしなさいってば!!」
「ロズが準備遅いのが悪い!」
「ほら見ろ間に合わなかった!!」
「あー…手順が全然分からない…」
お姫様抱っこに暴れている真っ赤な顔のロズちゃんを、サン君が溜息を吐きながら床に降ろすと、「待っててくれてもいいのに…」とぼやきながら三兄弟は慣れた手つきで手を洗ってからお皿や付け合わせの準備を始める。
そして厨房の入口に立っているロズちゃんに、触るなら手を洗えとか、服引っ掛けるなよ、とか注意しながら、てきぱきと動いている様はしっかりと料理人だ。
何だかんだとチャラいけれど、三兄弟は料理が本当に好き。
私とヨウグさんには料理スキルがあるので色々早く終わってしまうのだけど、その一瞬の何かでも見ようとするし、作り方を説明すると「馬鹿だから」と言いながらちゃんとメモを取る。
態度はチャラいしたまに抜けた所もあるけれど、料理に関してはしっかりしているし馬鹿でもない。
今も食器やつけ添えの準備を早々に終えて、新しいラインナップであるおにぎりや土鍋を見ながら炊き込みご飯の具材を観察したりしている。
今度教えるね、と言うと、返事は「おねしゃーす」と軽いけれど、三兄弟は料理に関してはとても真面目。
そんな三兄弟を不思議そうに見ていたロズちゃんが、私の隣に来て小さな声で「精神魔法?」と尋ねて来たので何とも言えない顔になる。
精神魔法では、ない。
「凄くいい匂いだけど、何作ってるの?」
三兄弟が精神魔法に掛かっていると疑ってるロズちゃんが、ステーキを焼くいい匂いが立ち込める厨房を見渡してそう言うと、そんなロズちゃんのお腹から可愛い音が鳴った。
「あ、ロズが腹鳴らした」
「うっ煩い!」
「しょうがないなー。料理長の飯もユリエさんの飯も美味いからなー」
「でも厨房は基本全部終わってからだからな、我慢我慢」
そう言いながらサン君がロズちゃんに、エスさんも付けていたしっかり前を覆うタイプのエプロンを渡すと、押されるように受け取ったロズちゃんが眉を寄せる。
「何コレ、どうしろっての?」
「ちゃんと着けてロズは配膳。見習いの見習いだから」
「は、配膳って…」
「食堂に居る面子に飯持って行くだけだから、あ、後、ロズは髪長いからちゃんと纏めろよ」
料理に関してはしっかりしている三兄弟に押されるがまま、少し眉を寄せながらも髪を纏めてエプロンを着けたロズちゃんが、手を洗いながら早々に愚痴をこぼした。
「料理教えて貰えると思ってたのに…」
それを聞き逃さなかった三兄弟が、料理の乗ったお皿を持ちながら一斉にロズちゃんを振り向く。
「料理教えて貰おうなんて250年早い!」
「基本も知らないロズには早い!」
「見習いの見習い出来るようになってから言え!」
「煩いわね!やればいいんでしょやれば!」
具体的な数字の駄目出しに、顔を赤くしたロズちゃんが料理の乗ったお皿を攫うように持って厨房を出ると、腕に沢山お皿を乗せた三兄弟が「丁寧に運べよ」「ロズはガサツだな」「こぼすなよ」等と口々に注意しながらロズちゃんの後を追うように厨房を出た。
すると、そんな面々が出て行って静かになった厨房で、ヨウグさんが大きな溜息を吐いて硬く目を閉じる。
「輪を掛けてうるせぇ…」
確かに…。




