146 もち米
泣いた。ボロボロ泣いた。
隣でエスさんが焦ってしまっているけど涙が止まらない。
白米、美味しいぃぃい!!!!!
泣いていてはお米の味が分からなくなるから泣いている場合じゃないんだけど、とりあえずお米が美味しい。嬉しい。前の世界で食べたどのお米よりも美味しい気がする。
これが思い出プライスレスなのか、久々過ぎて美味しく感じているのか、魔法の効果なのか何なのかよく分からないけれど、とりあえず白米!美味しい!!!
「ちょっ…ユリエさん泣き止んでよ!こんな所に魔王が来たら怒られるのボクじゃん!」
「だっておいしいぃぃ~…」
ほろほろ泣きながら白米を頬張る女ってどうかと思うけど、春から秋まで白米食べられなかったし、何ならこの世界ではもう二度と食べられないかも知れないと思っていたから、とりあえず嬉し過ぎて涙が出る。
白米を頬張ってはモグモグしながらほろほろ泣いていると、エスさんが立てたフラグがしっかりと回収された。
白米の乗ったお皿を持って泣いている私の前に転移で現れた魔王様が、驚いた顔で私を見ている。
そして少し光っている目で引き攣った笑いを浮かべるエスさんを見て、「エス?」と名前だけ呼んだ。
「違う!何にもしてない!ユリエさんがお米食べたら泣きだしたの!」
「…お米を?」
少し眉を寄せた魔王様が私を見たので、スプーンに白米を乗せて魔王様に差し出すと、また私が食べさせようとしているからか、昨日作られたお米だと悟ったからか、魔王様は一瞬怯んだけれど、差し出したスプーンに乗った白米を口に入れてゆっくりと数回噛み、そしてしっかり飲み込んでから、じっと私を見て感想を口にした。
「うまい。ユリエが言っていた通り、微かに甘くてずっと食べていられそうな気がする。それに初めて食べるのに懐かしい味がする。これがユリエの故郷の味か」
故郷の味、と言う魔王様の感想に、やっと止まりそうな涙が少し零れたけれど、私が黙って頷くと、優しく笑った魔王様が黙って私にフードを被せてよしよしと頭を撫でてくれた。
優しみ。
白米の味を堪能し、満たされてからお鍋に残っている白米やお米畑を見ると、これからも食べられるのだと実感が湧いて来て、嬉しい気持ちが増えると同時に涙もしっかり止まったので、とりあえずお鍋に残ったご飯はおにぎりにした。
安全だと確認が終わったのか、握ったおにぎりを食べたエスさんも魔王様と同じ感想を口にして、それに加えて「普通で安心した」と真面目な顔で頷いていた。
そして何気に両手に持って食べているので、警戒していた割には気に入っているご様子だ。
このお米様は量産決定になったので、精米しなかった稲をエスさんに託す。
どうやら当面の分を持たせてくれるらしく、すぐにある程度の量を作ってくれるとの事なので本当に有難い。
むしろ、作るとファンタジー水の原液を貰えると分かったからか、エスさんは量産する事にとても乗り気。
魔素水、好きだよね。
「レスはあそこで突っ立って何をしているのだ?」
「ああ、稲ってなぁにって考え中」
「? 種類を増やすのでは?」
「うん。まぁその内復活するよ」
片手におにぎりを持って、魔法で畑を作る間にもぐもぐおにぎりを食べている魔王様とエスさんが、難しい顔のまま口元に手を添えて固まっているレスさんを横目に見ている。
そんな2人の前には広大な畑が出来ていて、お米を育てる水田をしっかり伝えた為か、畦道のある日本の田園風景になっていてとても懐かしい気分。
やはり私が何を言わなくても、植物から必要な要望を聞きながら、エスさんがあれやこれやと指示を出してやってくれているので、やはり植物の育成はエルフが一番適任なのだと感心する。
餅は餅屋だ。そして餅屋は凄い。
そんな光景を眺めていると、何かの答えを見つけたのかレスさんが私の隣にやって来て、とても真面目な顔で私に首を傾げた。
「あれの元となっているのは、この国で雑草として扱われている稲で間違いないのだろうか」
「そう聞いてます」
「あれの力を最大限に発揮すると、ああも立派になるものなのだろうか」
「そのようですね。確かに私の魔法でお手伝いはしてますけど、存在自体は変えられないので。お米の出来る範囲で、願いを叶えられる範囲で最大限頑張ってくれているんだと思います」
「…何か、他の魔法が籠っているのでは?上手く言葉に出来ないが、あの植物からは全てに調和するような安定感が伝わって来る。それを発揮する力を得た事を喜んではいるのだが、稲と言う植物が黄金に輝く筈がない…筈、なのだが」
そう言って再び難しい顔になったレスさんが軽く首を傾げるのだけど、正直どんな魔法をどれだけ込めたのか、私もしっかり把握していないのだ。
何故なら、お米でテンションがだだ上がっていて、お米以外の記憶が薄い。
「あ、でも作った時に私の魔力が結構入って金色になってたので、それがまだ残ってるんですかね…」
「いや。今育っている物には残っていない。…しかし、あの稲は周囲の魔素を輝かせている。ユリエ嬢の魔法ではないのなら植物の意図か?何の為に?」
そう首を傾げたレスさんが、作られた畑に蒔かれた種が再びエスさんによってすくすく育って、やっぱりリアルに金色に輝く稲穂を揺らしている畑を見る。
そして少し声を張って、そんな畑に話し掛けた。
「お前達は何の為に金色を彩っている」
一見すると畑に話し掛ける人なのでその光景はとてもシュールなのだけど、レスさんに問われた稲達は風もないのに一斉にしなって波打つように返事を返し、それと同時にレスさんとエスさんが眉を寄せた。
「何と無駄な…」
「そんな理由で…?」
そう呟いた2人が私を見たので、何となく一歩下がってしまう。
何で私を見るんでしょうか。
何となく碌な理由ではなさそうだと、エルフ兄弟の視線に私が眉を寄せながら視線だけを返していると、溜息を吐いたエスさんが私に首を傾げて見せる。
「ユリエさん。植物も威力はないけど、魔法使えるの知ってる?」
「知らない」
「光るくらいはできるんだよ。部屋の照明に使ってる植物、光ってるでしょ?」
「光ってるね」
え、何、お米が自分で魔法使って光ってるって事?
それに何の意味が?と私が首を傾げると、そんな私にはレスさんが答えを返した。
「あの稲達はユリエ嬢の魔力が金色だったので、自分達に力を与えてくれたユリエ嬢に敬意を払い、自分たちも金色であろうとしているらしい」
「え…それって必要なんですか?何か、意味が…?」
「必要はない。意味もない」
「……」
いや、何と言うか、日本らしい発想と言うか、敬意とか、踏襲しようとする所とか、さらに手を加えようとする所とか、気持ちは分かるし嬉しいのだけど、それは…味に、関係ないのでは?
確かに見た目も大事だけども…。
「味には関係ないんですよね?」
「おそらくは。ただ光るだけとは言え、その回路が組み込まれていない植物があのように安定して魔法を使って輝く事はない。余程そんな整った状態になれた事が嬉しかったのだろう。やる気と感謝の意が凄い」
そ…そうか。お米も嬉しいのか…。
私も、お米が美味しく育ってくれて、とても嬉しいよ!
と、感謝の気持ちで畑を見ると、本当に金色に輝きながら揺れている稲穂はリアルに眩しい。けれど、風の中にたまにそんな金色の光が舞う様はとても綺麗だと思う。
ただ、疲れない程度に頑張って欲しい。そう畑に声を掛けると、了解の意を示したように波打った稲はやはり綺麗だったけど、不必要な部分を削ぎ落す事も、日本の心としては必要だと思う。
が、お米様がそうしたいのなら何も言うまい。
そんなやる気溢れる畑に笑っていると、畑から私に視線を向けたレスさんが軽く笑ってからその目を細めた。
「しかし見事に植物が持てる最大の力を引き出している。そして思いやる事も忘れない。さすがユリエ嬢だ。ますます嫁に「兄さん!種類は増やせそう!?」
レスさんが柔らかく笑うと同時にエスさんが遠くから声を掛けて、そんなエスさんをじっとりとした目で見ている魔王様の隣に居るエスさんに、レスさんが真面目に頷く。
エスさん王様で板挟み。
頑張れエスさん!
「あ、でも作る前にこれ食べてみて下さい。ちゃんとお米の事分かって欲しいので」
そんな中で私がレスさんにそう声を掛けると、溜息を吐いているエスさんから視線を私に戻したレスさんは真面目に頷く。
「確かに、知らねば作れん。必要な事だ」
そう言って私が差し出したおしぼりで手を拭いた後、お皿に乗せたおにぎりをちゃんと手に持って口に運んだレスさんが、一口食べてじっとおにぎりを見ている。
「…まさかあの雑草がここまで素晴らしい味になるとは…私もまだまだ植物の事が分かっていなかったのか…。ユリエ嬢と出会ってから新たに知る事ばかりで自分の未熟さが恥ずかしい限りだ」
食べたおにぎりを見ながら苦笑したレスさんが、美味しい。と言いながらおにぎりを完食して、おしぼりで手を拭きながらまたテーブルと椅子を作って座ったそこに、促されたので私も座る。
「それで、どのような種類を増やせばいいのだろう」
「お米はひと段落ついたので、出来ればもち米を創って頂きたいです」
「それはこのお米とはどう違う?」
「モチモチしてます」
「モチモチ…」
正面に座るレスさんに粘り気や甘み、もち米についてを色々説明すると、一度頷いたレスさんが畑に生る金色の稲から風の魔法を使ったのか、少しだけ種を取って手の中に納めた。
「基本は変わらない、と言う事だな?」
「多分そうだと思います。含んでる何かしらの成分の違いとかでモチモチ感とかが出ると思うんですけど…」
「分かった」
そう頷いたレスさんが、手の中のお米を握ると、その手の中からお米が消えた。
手品かな? 魔法だな。
そして、消えたお米のあった手を見ながら、深く眉を寄せたレスさんが、そんな自分の眉間を揉む。
「ユリエ嬢…その、私は植物を新たに創る事は出来るが、このように複雑で、細かな魔法が施された物はなかなかに難しい……。見本があるとは言え、この状態を維持しながら改変するにも調整が要る………幾らか試してみてもいいだろうか」
種の魔法を読み取ったのか、とても難しい顔のレスさんが出した瓶の中に袖からサラサラと精米された状態のお米の種を注いでいく。
お米を創るって言うか、精米された状態でも作れるとか凄いな、と思っている私の前に並んでいる10個の瓶の中には、見た目では何が違うのかは流石に分からないけれど、それぞれ微かに色味や形の違うお米が入っていて、私の作ったお米よりも少しだけ白くて丸い。
凄い。もち米っぽい。
「いくつか作ってみたが、どれが正しいのか判別がつかない」
「一度炊いてみても?」
「構わない」
最近外でちょこちょこ動くようになって、[貯金]の中で金属のお鍋やお皿を作る事はもう朝飯前だ。
そんな慣れた[貯金]から小さなお鍋を10個作って、創って貰ったもち米をまた炊く。
瓶に番号を振ってその番号別に炊いているのだけど、お鍋が小さいから並んでいるととても可愛い。
そして炊いているのがもち米なので、尚可愛い。
今回はお餅にする訳ではないのでお鍋でいいけれど、ちゃんともち米が出来たら蒸して餅つきがしてみたい。つきたてのお餅、美味しいし。
そんなもち米レパートリーを考えながら、炊けるまでの間はお米を育てている方を皆で手伝って、もち米が炊けたら少し蒸らしてから番号別に食べてみたのだけど、組み合わせたらいけそうではあるものの、各自で採用かと言われると渋い顔になる。
「3番の歯ごたえと4番の舌触り、5番のはのど越しがいいですが味が駄目です。6番の甘みと8番の甘みを足して、10番のもっちり具合を5倍くらいにして欲しいです。味の基本はさっき食べたお米をさっぱりさせた感じにして下さい。あ、でも甘みはしっかり欲しいので6番と8番のをちゃんと足した感じで」
と言いながらレスさんを見ると、レスさんのデフォルト表情である真面目で無表情な感じの顔で頷いてくれたけれど、細かい。そう言いたそうな感じは伝わって来る。
少し遠くでもお米を育て続けるエスさんの「うわぁ…」と言う声や、魔王様の何かに納得したような「うむ」と言う声が聞こえているけれど、申し訳ない。私も細かいとは思うけれど、仕方ない。だってお米に妥協は出来ない。
再びレスさんが瓶に新たなもち米を出してくれたのだけど、さっきよりも時間を掛けながら慎重に種を作っていたレスさんは、真面目な顔が更に真面目で、作り終わると小さく息を吐いて肩を下ろした。
やっぱり創ると疲れるんだろうな…。
[製造]の魔法を頑張れば自分でもそれなりのもち米が作れそうな気もするけれど、私自身がお米ともち米の違いが、味と食感以外でいまいち分かっていない。
それが構造の違いなのか、何が違ってそうなるのか、理解がなければ魔法は上手く使えない。使えなければ作れない。
そして今後も精霊国でお米を作り続けてくれるのなら、お米に対して理解もして欲しい。
ここは一つ、どうかレスさんに頑張って頂きたい。
でも凄く頑張ってくれてるんだろうと、再びもち米を炊いている間に、ファンタジー水の入ったお茶をレスさんに差し出すと、嬉しそうにそのお茶を飲むレスさんは、やはり合間合間に挟んで来る。
「ユリエ嬢はやはり優しい方だ。こんな時間が永遠に続けばいいと「兄さん!早くしないと日が暮れるよ!!」
「レス!いい加減ユリエを口説くのはやめろ!」
「少しくらい、いいではないか。エスもフレンシスも狭量で困る」
少し離れた場所で、精米から手を離せない魔王様とエスさんがレスさんを止めるのだけど、レスさんは少し困った顔をしただけでどうやら聞く気はないらしい。
だが、私としてはお米作りに集中して欲しいし、ながら米作りをされるのはどうかと思う。
「レスさんはお米についてどうお考えですか?」
「ん?」
「私が元居た世界では、お米って沢山の品種があって、甘みやのど越し、朝食に合うお米や夕食に向いたお米、それぞれの調理法に適したお米が存在してたんです。きっと精霊国の気候や土壌、製法なんかで変わってくるのかなって思うんですけど、そう言った点も考えれば、お米を創ってくれているレスさんはお米についてどうお考えなのかなって。私が知る限りではお米の先祖は古代米と言う物が存在していたんですが、赤米や黒米があったりもしましたし、土地によって色々変わるんだと思うんです。今はもち米を作って頂いている訳ですけど、これから米のお世話をして頂けるとの事なので、お米を創ってくれるレスさんに色々と意見をお伺いしたいです」
「「「……」」」
私がとても真面目にレスさんにお伺いを立てるのだけど、それを聞いていた3人から無言を貰う。
何故。お米。真面目に。
「そ、そう、だな。お米については、甘みを感じられる事が…重要なのかと…」
「甘みだけですか?」
「んん……他には、そうだな…味の、濃さ…などだろうか?」
「ミルキークイーンみたいなやつですね!あれは甘みも強くてお米の味もしっかりしているので、ご飯だけで食べても美味しいですし、粘りもあるのでおにぎりにも向いていると思います!食材を入れても負けない味の濃さがあるので中に入れる具材も選びませんし…「ゆ、ユリエさん?もち米炊けてるみたいだよ?」
「あ、はい」
エスさんがぎこちない笑顔で呼んだので、とりあえずもち米を見に行くと、ちゃんと炊きあがっているもち米からはさっきよりも濃くていい匂いがしている。
もち米があればお餅ラインナップだけでなく、白玉やおはぎなんかの和菓子系、それにおこわや赤飯、チマキや炊き込み系も色々増える。ああ、お煎餅も作れるしローストチキンに入れるのもいい。
夢が広がる!
とてもご機嫌に炊けたもち米を蒸らして再度試食すると、そんな私を何故か緊張した面持ちで見ているレスさんの喉が鳴った。
もち米、食べたいのかな。
そんなレスさんを振り返って、しっかりと合格したら美味しいもち米が食べられるよ、と言う気持ちを笑顔に乗せて意見を告げる。
「1番のモチモチ感と3番のモチモチ感を足して、5番の甘みと7番の………」
と、その後もレスさんともち米開発に精を出し、その日はもち米作りで日が暮れた。




