147 穏便に?
昨日のお米作りは楽しかった。
最終的には美味しいもち米も創って貰えて、大満足の一日だった。
半年振りに食べたお米もとても美味しかったし、これからも食べられるのだと思うと笑顔しか浮かばない。
お米だと思うと全く妥協が出来なくて、エスさんとレスさんには色々無理を言ってしまって申し訳なかったけれど、念願のお米、そしてもち米までもが作って貰え、幸せな一日をプレゼントして貰えた気分だ。
最初こそ製作行程が多くてエスさんは戸惑っていたけれど、ファンタジー水があれば嬉しそうだったし、最後の方は育てる以外は魔王様にやらせていたので監督みたいだった。
そしてレスさんは自分がもち米を創ったからか、最後の方は少しの違いで異なる物が出来る事に「面白い」と呟いていたので、きっとお米を愛でてくれると思う。
今度お餅にしたらレスさんには是非差し入れしよう。
もち米、食べたそうだったしな。
[貯金]の中にはそんなお米が沢山入っているし、もち米もそれなりの量を作って貰えて、懐が温かいとは正にこの事ではないだろうか。
伝家の宝刀、懐刀を得た気分。
お米、心強い。
今回精霊国で起こった事は、確かに魔法入りファンタジー水と言う対価はあったけれど、結果的にいい感じになった訳だし、何より当初の目的であるご両親を治す事も達成出来た。
そして色々学ぶ事も多かった。
お父さんを治す時、私の魔法が敵わなかったと言う事は、魔王様を治すにもまだまだ力量不足なのだと言う事だ。それに、もっと強くならなければ、とも深く理解できたので、これからまた自分を鍛えながら、地道に頑張って魔法入りファンタジー水作ろうと思えた。
確かに魔法入りファンタジー水はガッツリ減ってしまったけれど、そんな精霊国での対価がお米なのだから凄いお返しだし、気付きもあったのだから、結果的にはプラスになっているのではないだろうか。
何せ今回作られたお米達は当面の分として作って貰ったけれど、以後は精霊国で育てて定期的に魔国へ渡して貰えるらしい。
分量については今後詳しく決めるらしいけど、これから先、もうお米食べたい病を患わずに済むのだ。
異世界でもお米を食べられる安心感、半端ない。
そんなお米を使った晩ご飯はご両親とも一緒に食べたのだけど、ご両親には初のお米。気に入って貰えるかドキドキしながら作ったおにぎりは、とても気に入って貰えて更に嬉しい気持ちになった。
そして気に入って貰えた事が嬉しくて、勢い余って色んな種類のおにぎり作って渡してしまった。
多分あれ、1ヶ月分くらいはあるんじゃないだろうか…。
[料理]スキルがあるとにぎるのが物凄く速いので、何か勢いマジ余った。
煮豚と一緒に食べて欲しい。
おにぎりを作ると海苔が欲しくなる訳だけど、また海苔とは遭遇していない。やはり海に行かないとないんだろうか。
今度ヨウグさんに聞いてみよう、と考えている現在、私は迷子。
ご両親の治療も終わったのでそろそろ魔国へ帰るのかと思っていたけれど、これまでの事やこれからの事を色々話し合いたいとの事で、本日は朝から魔王様共々レスさんに呼ばれていた。
王宮の奥、入り組んだ通路の先にある部屋で、魔王様とレスさん、そして居眠りしているエスさんが現在封鎖されている国同士の行き来について話し合っていたのだけれど、お手洗いにと抜けた私は、帰り道が分からなくなってしまった…。
精霊国の王宮、同じ柱が乱立してて道を覚えにくい。何で皆迷わないのか謎仕様。
どうにもならなくなったら魔王様を召喚すれば大丈夫だろうと、結構気楽にフラフラしているが、一人でどこかを歩くのは初めてではないだろうか。
魔王城の中では一人で居る事もあるけれど、知らない場所で一人になるのは異世界に来た初日以来では初めてだ。
少しの心細さはあるけれど、帰ろうにも道が分からないし、誰にも会わないから道も聞けない。
迷子の時は動かない方がいいんだろうけど、魔王様と言う保険があるので、正しい道はこっちではないだろうかと目星をつけて、私は白いアーチの並ぶ通路を歩いている。
そんな通路に面する広い庭には、整えられた芝生の奥に沢山の植物があって、見た事もない花が咲いてたりで歩いているだけでも迷子だけれどちょっと楽しい。
そんなお気楽な観光気分で歩いていると、庭の方から迷子の私に声が掛かった。
「そこのお前、止まりなさい」
少しの幼さを含んだ可愛い声に振り向くと、目の上で切り揃えられた白金の前髪と長い髪を揺らし、大きな緑の目でこちらを見ている少女が居る。
レスさんの着ている服によく似た、白と緑のグラデーションが掛かった長いローブを着て、腰に手を当てて胸を張り、険しめの顔でこちらを見ているその子は、見た目の年齢で言うなら13・4歳の中学生くらいに見える。
当たり前だがエルフだ。
庭の緑の中で立っているその少女の後ろには、数人女性の従者さんが居て、口と鼻を袖で覆うように隠し、嫌そうな顔で眉を顰めてこちらを見ている。
昨日、エスさんに向けられていた使用人さんの視線を思わせるそれは、正直既に感じが悪い。
何だか嫌な予感しかしないなーと思いながらも言われた通りに止まっているのだけど、庭の中で私を見ている少女はどんどん苛々した表情に変わって行く。
「何と無礼な従者なの!?礼儀の一つも知らないなんて、何でお前みたいな者があの方に仕えている!頭を下げよ!」
「あ、すいません」
そう言って軽く頭を下げたのだけど、お気に召さなかったのか更にお怒りの言葉を貰う。
「正しい礼も弁えていないの!?礼儀も知らず、言葉も弁えない。それに穢れた黒の髪を垂らして何のつもり?女の癖に目の毒でしかない」
そう小さな鼻をツンと上げ、口端を上げて笑って見せた少女の後ろでは、従者の方がクスクス笑う。
凄い。何かの学園物とかでありそうな見事な悪役っぷりだ。この先どうするんだろうか。って言うかこの子は誰だ。そしてあの方って誰だろうか。
口ぶりや態度からすると偉い系の人なんだろうけど、魔王様の婚約者と言う私の立場が微妙なので、魔国の事を思うと他国の人にホイホイ頭は下げられない。
精霊国で偉い人を目の前にした場合、昨日エスさんがレスさんの従者の人達にとられていたような礼をすればいいのかも知れないけれど、それを私がやってしまうと意味が変わるんじゃないだろうか、と思うと、やはり迂闊に頭を下げるのは宜しくない気がして礼がとれない。
魔国では必要なかったからスルーしていたけれど、こんな事ならロイ君に礼儀作法とか聞いておけば良かった…。
魔国流の礼儀なら、魔王様がやってたみたいに敬礼して名乗れば正解?どう答える?と考えている間に少女は話を進めてしまう。
「あの方もお可哀想に、やはり穢れた魔国にはこんな程度の低い穢れた従者しか居ないのかしら。これはさぞかしお困りだわ。妾が行ってお助けして差し上げなければ。お前、案内なさい」
そうフレアになった長い袖で口元を覆って、顎で私に指示を出した少女の言ってる“あの方”って、もしかしなくて魔王様の事ではないだろうか。
そしてサラッと魔国ディスって来たな…。
しかし、さっきから穢れ穢れって、確かに精霊国は他国や他種族を穢れてると思ってるってエスさんから聞いてはいたけれど、何か、これは、思っていたより複雑で根深いものを感じてしまう…。
魔王様が間違っていると言っていた、穢れに対する歪んだ認識が浸透してるって事なのかもだけど、魔国が穢れてるとか、その割に魔王様はOKなんだとか、何だか凄く引っ掛かる。
魔王様に気のある様子はいい気がしないし、魔国を悪く言われるのは嫌なんだけど、その辺が気になって嫌だと言う気持ちより違和感が凄い。
とりあえず、ここでいざこざを起こす訳にもいかないし、穏便に済ませたい所なのだけど、案内しろと言われても道が分からなくて迷子なのだ。
他国の者である私に、自国の道案内をさせようとは中々にアバウトな攻め方だな。
「申し訳ありません、道が分からないので案内できそうにありません」
「なんと!やはり穢れていると頭まで悪いのかしら」
そう後ろの従者の人たちに頭を傾けて意見を窺った少女に、意見を求められた従者の女性たちが何の躊躇いもなく賛同するだけの意見を述べている。
しかしやっぱり『穢れ』が付いてくるのか…。
馬鹿にされている事にはちゃんと腹は立つけれど、穢れって認識で罵倒されているなら真に受けるのも違う気がする。そうなるとやはりそこが気になって難しい顔になる。
間違った認識なら改めればいいんだろうけど、きっと私が『穢れ』について説いた所で、聞いては貰えないんだろうな…。
でも間違ってた、知らなかったって事だとしてもその態度はどうかと思うし、その態度自体の良し悪しを従者の人達はこの若そうな少女に教えてあげようって気はないんだろうか…。
教育ってどうなってるの?とは思うけれど、結局そこも口出しは出来ないし…。
難問。
対応しなければならないけれど、どう対応すればいいのか分からなくて止まる。
でもレスさんが新しく王様になって、精霊国と魔国は親睦と言うか、国交を改善しようって話し合っている最中な訳で、そんな国相手に穢れてるとか言うこの態度は後々絶対怒られると思う。
けど聞く耳は持って貰えないだろうしどうしたものか……と悩んでいる私の前では、やはりこちらに対してクスクス笑っているだけの少女と従者の人達。
そんな様子に何だかちょっと溜息が出た。
もう解決したとは言え、精霊国ってだけで魔国の皆が渋い反応を示した訳だ。これがデフォルトの対応だったなら、話合う前に話が通じない…。
それは渋い顔にもなるってもんだ。
しかし、とりあえず今後を考えれば一言は入れておくべきかな…。
「お名前は存じ上げませんが、きっとそれなりの地位の方なんですよね?私は従者ではありませんし、その対応は魔国との国交に響くかと思います。少々改められた方が宜しいかと…」
「…何と…王族に意見するなど無礼にも程がある!!身の程を弁えよ!!」
そうお怒りになったこの少女、なるほど王族の方。
じゃあこの子は話に聞いてた妹さんか、と私が理解した時には、怒りに顔を歪めていた妹さんが振るった袖から風が吹き、それは大きな刃になってこちらに向かって来るのが見えた。
え、いきなり攻撃!?
魔王様の結界があるから平気だろうけど、これは流石にアウトでは……と思った瞬間、私と妹さんの間に現れた氷の柱に風の刃が当たって、こちらに届く前に魔法が弾けた。
風魔法で砕けた氷がキラキラと散る中で、氷?と私が目を丸くしていると、よく知っている声が下から聞こえ、同時に従者の人達だろう女の人の悲鳴も聞こえた。
「レイ!手を出してはいけません!!」
下を見るとロイ君が立っていて、視線を上げると炎に包まれているレイ君が、尻もちをついている妹さんに手を向けている状態だった。
「レイ君駄目!」
ロイ君に止められたけれど引く気のないレイ君を呼ぶと、チラリとこちらを見て解せぬ顔をしたレイ君が私の元まで軽く飛んで、まだ妹さんを睨みつつ私の前で構えているが、オコなのかレイ君の周りには炎が散っている。
そんなレイ君の頭をそっと撫でて、魔力を抑えて鎮火する。
危ない事はいけない。
そう鎮火した私を見上げたレイ君は、困った眉で口を尖らせる。
「ユリエ様、魔力押さえたら駄目ですよ」
「だって危ないし。って言うか、2人ともどうしてここに居るの?」
私がそう首を傾げると、こちらも妹さんから視線を離さないロイ君が答えをくれる。
「国に関わる事には総務が同席する決まりですので、魔王様に呼ばれたのです。しかしユリエ様、あの臭い女は何ですか?鼻が曲がりそうです」
そう精神的にぶった切ったロイ君の言葉に、臭いと言われた妹さんがゆっくり立ち上がって怒りに顔を染めている。
臭い…昨日から良く聞くワードだけれど、その匂いは私には分からない。けど言われたくないワードだと言う事だけはよく分かる。妹さんが怒るのも分かる。
「な、何と無礼な者達だ!!我が国で、それも崇高なる妾にこのような狼藉許されると思うてか!!」
「知りませんよ。お前こそユリエ様に手を出してただで済むと思うな。精霊国は魔国に戦いを挑むつもりか」
「そ、そんな穢れた者一人に何を大げさな…!」
レイ君は既に睨んでるし、ロイ君の蔑んだ視線を浴びた妹さんが怯んで数歩下がると、後ろに居た従者の人達が悲鳴を上げて逃げ出した。
え!?守るべき人置いて逃げるの!?
そんな様子に私が呆気に取られている目の前で、逃げ出した従者の人達に戸惑ったものの、口を結んでこちらを睨み返した妹さんは、その目に薄っすら涙を溜めてフルフルと震えている。
待って待って、これはもう可哀想なんですけども…。
確かに妹さんの対応は悪かった。けどこんな惨状の中で、年端もいかない女の子が1人であんな状況に置かれてしまうと、色々思う所はあるにせよ庇護欲が湧いてしまう。
けれど、そんな状況でもレイ君とロイ君のお怒りは続いている。
「ユリエ様、とりあえず一回だけ殴って来ていいですか?」
「え、駄目。一回だけも何も、とりあえずで女の子殴るとか駄目」
「レイ、臭いのは分かりますが殴ったら死にます。一応まだ死なれては困ります」
「まだも何も『死』は駄目」
どうにかしたいがレイ君もロイ君もオコ。
とりあえず激オコなレイ君と辛辣なロイ君をアワアワしながら宥めていると、そんな私の隣に魔王様がフワリと転移で現れた。
きっと私の帰りが遅かったとか、レイ君とロイ君が魔法を使ったから魔力の動きが気になったんだろうけど、少し訝しむ顔で現れた魔王様は私を確認してから、オコなレイ君とロイ君を見て、困惑した顔に変わってから首を傾げた。
「ロイ、これは何事だ」
魔王様がそうロイ君に質問したのだけど、ロイ君が言葉を返す前に妹さんが大きな声で魔王様を呼んだ。
「フレンシス様!来て下さったのですね!妾はとても怖かったのです!どうかその腕の中にお隠し下さい!」
そう言って、とても嬉しそうに頬を染め、魔王様に向かって走った妹さんは、数歩で結界にぶつかった。
早い。その距離10メートル。
かなり遠い、と思わず歪んでしまった顔で魔王様を見上げると、とても不可解な物を見るように眉を寄せて妹さんを見ている。
いや、分かる。仕方ない。
魔王様が全然知らない人を近付けるなんて許す訳はないんだけども、そろそろ勘弁してあげて欲しくて何とも言えない顔になってしまう…。
「あの者は何だ。何を言っている」
「さぁ。レイにも分かりません」
「お解りにならなくとも宜しいかと」
レイ君とロイ君にそう返されて、魔王様が私を見て首を傾げたのだけど、答えではなく苦笑いが出る。
あの子はレスさんとエスさんの妹さんですよ、とは思うけれど、だからこそ取った行動が問題になる。
だって王族だ。責任のある人だ。
攻撃さえしていなければどうにかなったかもだけど、しちゃったし、レイ君とロイ君にも見られちゃったし、穏便に済ませてあげたいけれど、正直にあった事を話したら魔王様、怒るだろうなぁ……。
「え、えーっと…」
どう説明しようか悩んでいると、魔王様を追って来たのか後ろからレスさんとエスさんの声が聞こえた。
「魔王、何で急にいなくなるのさ!」
「? そこに居るのはロズか?何をしている」
そう少し眉を寄せながら歩いてきた2人が現在の状況に首を傾げ、そして怒っているレイ君とロイ君に気付いて深く眉を寄せた。
「え、ほんと何。何かレイもロイも怒ってない?」
「怒ってます!あの女が…」
状況を伺うエスさんの言葉に声を上げたレイ君の口を、ロイ君が素早く塞いで私を見た。
見て、そして頷く。
あ、ロイ君察したのか。
これは私が解決しろって事ですよね。
うん……確かに、ここで魔国と精霊国がごたごたする訳にはいかないし、精霊国がこれ以上魔国に借りを作るのはバランス的にも良くない。
立場的にも手を上げたらアウトな人が上げちゃってる訳だから、どうにか穏便に済ませなければ色々面倒なのは分かる…。分かるが、どうしようかな。どうしたらいいかなぁ………。
精霊国の、王族の、妹さんが、私に手を上げていい理由……理由…………。
あ、あった。理由。
「えっと…あれです!求婚を賭けて対戦してました!」
上手い事言った!と思って顔を上げると、とても驚いた顔の魔王様と目が合った。
それと同時に、ロイ君以外の全員から「えっ!?」って声が聞こえた。




