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12 2度目の朝

 その後の事はフワフワしていて余りよく覚えていない。

 レイ君が用意してくれたお風呂に入り、脱衣所に置いてあった下着と白いゆったりワンピースに着替え、部屋で待機していたレイ君に、きっと魔法で素早く髪を乾かされると、そのまま促されるよう残りのドアの奥の寝室の、大きなベッドのフワフワの布団に埋まってからスコンと記憶はなくなっている。


 そんな事を、起きたてのまま大きなベッドに正座して、すっかり昇った朝日に薄く透けたカーテンを見ながら考えている。


 こんな朝を迎えられるなんて、本当~に有難い事だ。


 昨日あのままこの世界に来て、1人彷徨っていたとしたら、きっとこんな満たされた温かい場所で朝を迎える事は出来なかった。

 むしろ生きてたかも謎だ。


「ありがたい…」


 有難過ぎるこの状況そのものに手を合わせてひとしきり拝んだ後、立ち上がろうと柔らかいベッドから足を下すと、ベッドサイドの小さなテーブルには手紙が置いてあった。


『おはようございます

 お着替えは脱衣所に置いてあります

 一緒にご飯が食べたいので

 お部屋にお持ちします   レイ 』


 小さな紙に並ぶ見た事もない記号のような文字。けれど自然と読めた事を不思議に思いながらも、優しい内容には笑みが零れる。


 とりあえず一緒にご飯と言う事なら、早々に用意せねばとパッと立ち上がり、洗面所へ向かおうとして一度立ち止まる。


 え、体……軽……。

 凄く軽い。めちゃくちゃ軽い。

 そしてどこも痛くないし、動かす事に制限もない。


 そんな自分にびっくりする。


 そう言えば若返ったんだった…。

 思わず見てしまった自分の両手。これが自分の体なのだと実感すると、何とも言えない感動が湧いて来る。


 若返る前は起き上がる時には寝ている間に固まった体が軋んで痛かった。

 回復の間に合わない疲労がどんどん増え、体は鉛のように重たかったし、軋む関節は痛くて動かすのに苦労した。体調に何の支障もなく始められる日なんて、年に2・3度あればいい方だ。


 歳を重ねるのは怖くなかったけれど、体が衰えて行くのは悲しかった。

 それが、今や…


「…羽が生えたとはこう言う事か」


 若いって、素晴らしい!!


 そう感動しながら歯を磨く。

 歯ブラシは昨日レイ君に教えて貰ったのだけど、棒の先に綿みたいな白いフワフワがついたやつのフワフワを、水に濡らして噛んでるだけで口の中が綺麗さっぱりになる素敵なフワフワが歯磨きになる。


 そんなファンタジー素材で歯を磨き、丸石を泡立てて顔を洗う。

 化粧水はないけれど、全然平気な肌に再び感動を覚える。


 若いって!!素晴らしい!!!!


 だが、油断はならない。いずれ化粧水だけでもどうにかしよう。


 化粧水の成分を思い出しながら髪を梳かし、用意された服を着る。

 立ち襟で長袖のロングワンピースは、スカート部分が細かなプリーツで、白地に薄い紫のグラデーションが入ったとても綺麗なワンピース。

 肌触りも滑らかで、着ていてとても気持ちがいい。


 その上に、落ち着いたデザインのやや淡い茶色のしっかり生地で作られたロングベストを着て、首元にリボン帯を締める。

 靴もしっかり用意され、茶色い編み上げのブーツを履くと、足元はしっかり守られた感があって上手に走れそうな気がしてくる。

 よくよく見れば少し違う所もあるけれど、魔王様やレイ君の着ている服とデザインが同じ感じなので、これが制服的な物なのかも知れないな。


 そんな制服。同じデザインの真っ黒バージョンも置いてあったのだけど、生地が硬くて動かせなかった…。

 この布に見える何かは一体何で出来ているのか…そしてこの世界で弱いって大変だ。服すら着れないとは思わなかった…。

 そしてサイズがピッタリなんだけど、どうして解った私のサイズ…。


 因みに下着は伸縮性のある無地でオーソドックスな物だった。ただ上は簡素なスポブラみたいな感じで少しだけ頼りないけれど、お着替え出来るだけで有難いと言うものだ。


 そんな制服にしっかり着替え、何でも出来そうな軽やかな体で脱衣所を出ると、軽い音で扉がノックされ「レイです!」と、とても元気な声が聞こえて来た。


「おはよう」


 扉を開けて笑顔で挨拶をすると、朝食を持った笑顔のレイ君が、私の挨拶を聞いて更に笑顔になって嬉しそうに返事を返す。


「おはようございますユリエ様!ご飯食べましょう!」


 昨日と同じようにレイ君と向き合い、窓際の席に座って食べた朝食は、柔らかな大きめのパンの間に、爽やかなレモンソースととても柔らかいローストビーフが挟まれた物と、スクランブルエッグにハーブの散らされた卵サンド。どちらも凄く美味しい。

 さすがお城の料理長。


 そんな美味しいご飯を食べ終わると、レイ君はお茶の準備を始める。

 持って来たポットの蓋に付いている赤い石にレイ君が触れると、赤い石が一瞬光り、光った次の瞬間にはポットの口からゆるっと湯気が立ち上がってハーブの匂いが部屋に漂う。


「すごいね、温めたの?」

「これはポットですが、加熱の魔道具になってます。この蓋に付いてる火属性の魔石に魔力を通すと、いい感じに温めてくれますが、レイは嫉妬します!」

「え?嫉妬?」


 温めたハーブティーをカップに注ぎながら、ちょっと膨れたレイ君がポットを睨んでムスッとする。


「レイは火魔法が得意です!火炎魔法も使えます!でも良い感じに温めるのはとても繊細な魔力制御が必要なので、レイにはまだ無理です。やってみたらこの前カップが爆発しました」


 うーん爆発は怖い。そして淹れてくれたハーブティーは、カモミールに似てほんのり甘くて美味しい。


「でも昨日髪を乾かしてくれたの、あれも魔法だよね? 温かくて気持ち良かったよ?」


 髪もフワフワになったし、と私が言うと、ムスッとポットを睨んでいたレイ君がパッと明るい顔に変わる。


「髪を乾かすのは自信があります!ロイ…えっと、レイの弟の髪を乾かしたくて、物凄く練習しました!」

「レイ君弟がいるんだねぇ、髪乾かしてあげるって仲良しだねぇ」


 すっかりご機嫌を取り戻したレイ君が頬を染めて、髪を乾かすと笑顔になるのだと弟君の事をテレテレ語るのが可愛くて、思わず近所のおばちゃんみたいになってしまいながらレイ君とお茶を飲んでいると、外から遠い鐘の音が聞こえて来た。


「鐘?」

「はい、朝の6時、お昼の12時、夕方18時に鐘が鳴ります。今のはお昼の鐘ですね」

「え、ごめん、私すごく寝てたんだね…」

「ユリエ様はお疲れなんですから、ゆっくりお休み頂いた方が安心します!けどそろそろ魔王様の所に行きましょうか。面倒な感じになってても面倒なので」

「うん」


 引き上げる食器を片手に持ったレイ君に手を引かれ、魔王様の元へ向かうまでにレイ君が時間や暦について教えてくれる。


 この世界も1日は24時間。しかしレイ君が見せてくれた懐中時計の針の動きが遅く感じるので、時間を刻む速さが前の世界とは違うのかも知れない。

 なのできっとこちらの世界の1時間は、前の1時間より長いだろうし、そうなれば1日も長いんだろう。


 そして1週間は7日。1か月は5週で35日。

 1年はそんな1か月が12回で420日だ。


 一週間の呼び方は、白・火・水・風・金・土・日と呼ばれているらしく、日曜日に当たるのが日の日、月曜日が白の日となる。

 週末は土日になるので、そこだけは覚えやすい。


 鐘に関しては街に作られた時計塔から朝昼夜に鐘が6度ずつ鳴る。

 時計自体はあまり普及していないけれど、鐘で時間を把握してて、1日3回鳴る鐘は朝の鐘・昼の鐘・夜の鐘と呼ばれているのだとか。


 ちなみに時計。これも勇者先輩がもたらしたらしく、レイ君は慌ただしくて嫌いです!と怒っていいるけれど、時間の把握が嫌だと言う感覚は私にはないな、と苦笑してしまった。


「ここでお待ち頂いてもいいですか?レイは食器下げて来ますので」


 そんな話をしながら案内された場所は、部屋を出て昨日通った廊下の先、階段のある城内広場が見える3階のエントランスだ。


 エントランスの中に点々と並んだ柱の間、そこには3人掛けの大きな応接セットが2セット並び、壁一面の大きな窓は曇っていはいるけれど温かな光を通していて、アイアンの枠に切り取られた光がその形を斜めに落としているのは、お昼寝したら気持ちよさそうだなと、起きて間もないのについつい思ってしまう程にはこの空間は心地いい。

 静かで大きな空間だけれど、ここはどこかほんわかと温かい感じがしてとても落ち着く。


 そんな私を階段が見えるソファーに座らせて、ここに居るといいです!と言ってレイ君は階段を降りて行く。

 階段を駆け下りるそんな後ろ姿を見送ると、窓側のソファーに座っていたら本当に寝てしまうかも知れないと思う程にソファーは柔らかく、お尻だけではなく背中も預けたい欲望に駆られるけれど、くつろぎ過ぎもどうかと思ってやめておく。


 そんな心地いい空間で、窓拭きたいな。なんて考えていると、少し遠くから声が聞こえた。


「ユリエ?」


 声がする方を見ると、レイ君が降りて行った方とは逆にあるエントランスの階段の、上の階から魔王様が下りて来る所だった。


 危ない。だらっとくつろがなくて本当に良かった。


 階段の奥にある窓の光で逆光になっている魔王様は、端に揺れる銀の髪がキラキラしてて綺麗だなっと少しの間じっと見詰めてしまったが、慌てて立ち上がって頭を下げる。


「おはようございます!」


 そう私が挨拶すると、魔王様は嬉しそうに「おはよう」と挨拶を返しながら残りの階段を下り切って、やはり3メートル程の距離で足を止める。


 気になってはいたけれど、この規則性のあるやや遠い距離感は何なんだろう…?


「こんな所でどうした?」


 魔王様の足先を見ながら距離について考えていたけれど、掛けられた声に顔を上げると、首を傾げる魔王様が柔らかい笑顔でこちらを見ている。

 うん。今日もお綺麗ですね。


「魔王様に会いに行く途中で、レイ君を待っていた所です」

「そ、そうか!それで…その」


 はにかむようにやや照れた魔王様は、嬉しそうにしながらも話題を探しているのか、「ええっと」と「その」を唱えている。


「き…昨日は、ゆっくり眠れただろうか?」

「はい、寝すぎてしまいました。約束してたのに、もしかしてお待たせしてしまいましたか?」

「いっいや!そんな事はない!ユリエがゆっくり眠れるのが一番なのだから!そ…それに、その、会いに、来てくれたのだし…」


 赤くなった顔を隠すように俯いた魔王様は、再び顔を上げた後、眉を顰め、何か言おうとしていた口を結び、最終的にちょっとムスッとした顔に収まった。


「レイ…そこで何をしている」


 魔王様が私の後ろに声を掛けると、柱の陰に隠れていた小さいオレンジが小走りに寄ってきて、エヘヘ、と笑って私の腰に収まった。


「む…その、レイ、お前は昨日からユリエにくっつき過ぎではないか?」

「魔王様、ヤキモチですか?」

「ちっ違う!その、男子が女性にベタベタと触れるのは…破れ「子供の特権です!」


 破廉恥、と言おうとした魔王様を子供の特権で黙らせたレイ君は、こちらを見上げて同意を求め、ねー、と笑っているけれど、特権乱用の疑いがある。

 だが可愛いので仕方ない。


「この後ユリエ様の鑑定をするんでしょう?昼は城外の者も出入りしますし、どこでご覧になられるんですか?」

「ん? ああ、私の部屋なら誰も来ないだろうから、そこで…」

「連れ込むんですね!」


 と、嬉しそうにそう言い放ったレイ君と、真っ赤になって破廉恥な!を叫んだ魔王様。そしてまだ2日目の昼にしてそれを見慣れてしまった私。


 既に慣れ始めてる自分が怖い、と思いながらも、何だか楽しくて笑ってしまった。

 そして笑える事が幸せだと思った。





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