113 魔道具
魔物の領域から帰って一番、私は魔物の領域で作ってしまったエリクサーの件をプリシラさんに謝った。
怒られると思っていたけれど、プリシラさんからは逆に抱っこされ、そんな物を作らなければならない場面に出くわした事をヨシヨシと慰められた。
また泣くかと思った。
優しい…。
そして私が作ったエリクサーは、今後軍での使用を考えて貰える事となり、名称はエリクサーとしてではなく[特級ポーション]として、隊長だけに所持させる、と言う形になると説明を貰ったけれど、これで救われる命が増えるのだと思うととても嬉しい。
そんな特級ポーションは定期的に作っている自称ポーションと合わせて作り、生産量は軍部と話し合って調整するらしいので、また冬の前にしっかり考えようとプリシラさんと約束した。
冬。
朝焼けに染まる空を見上げると、季節は足早に進んでいて、雲の形が夏の終わりを告げている。
知っている筈の季節の移り変わりが、どこか新鮮で心地がいい。
まだ暑さを感じる季節の中、夜の冷ややかさを残す石畳の屋上。まだ登り切らない朝日の中で、まばゆい光を瞬かせる結界石からは、沢山の星が弾かれて空へ向かって流れて行く。
そんな星を見送って、空から視線を戻すと、魔力を注ぎ終えた魔王様が笑顔でこちらに歩いて来る。
ここ最近は、魔王様が結界石に魔力を注ぐ所を一緒に見たいとお願いしている。
星が流れる様がとても綺麗で、私はそれを見るのが大好きだ。
そんな日は魔王様と一緒にリンゴの木のお手入れをしてから、魔王様が魔力を注ぐ姿を四阿に座って眺めるのが楽しみの一つ。
「ユリエは毎度楽しそうに見ているな」
「綺麗なのでとても好きです。最近の楽しみなんですよ」
「ユリエがそう言うと、余り好きではなかった事もそのように見えるから不思議だ」
そう目を柔らかく細めた魔王様が私の隣に座って、渡したい物がある、と空間収納から箱を取り出した。
その箱の中には畳まれた白い布の上に、二つの装飾品が置かれている。
一つは光の加減で蒼く光るチェーンの先に、魔国の模様が入った丸くて小さなペンダントトップの首飾り。
そしてもう一つは、シルバーの中央に黒いラインがはしるシンプルで細めの腕輪。
「これは魔道具だ。これをユリエに着けていて貰いたい」
「魔道具?こんなに綺麗なのに?」
「そう思ってくれたならば良かった。気に入らなかったらどうしようかと思っていたので」
ふふ、と軽く笑った魔王様が、その首飾りを私の首に掛けると、ペンダントトップを手に乗せてまじまじと見ていた私を見て嬉しそうに微笑む。
「私の作った物をユリエが着けているのは気分がいい」
「これ魔王様が作ったんですか?」
「うむ。先日集めた白竜と黒竜、そして虹の素材が揃ってようやく作る事が出来た」
なんとこちら、魔王様作のアクセサリー。
物凄く器用。
そんな胸元にあるペンダントトップはとても綺麗で、魔王様が作ったと思うと嬉しさが倍増である。
彫り込まれた魔国のマークも、結界石から星が飛んでいくみたいでとても好き。
私が嬉しそうにしている様子を同じく嬉しそうに見ている魔王様によると、これらは精霊国に行く前にどうしても作りたかった、私を守る為の魔道具らしい。
「この首飾りの魔道具は服の下にでも隠しておくとよい。あまり見せると障りがある」
「そうなんですか?」
「うむ。これには有事の際に私が張る結界を構築するよう効果を持たせてある。何かの拍子に取れてしまっても困る」
「なるほど」
そんな魔道具の使い方を尋ねると、相手の悪意や私に害がありそうな場合には、勝手に結界を張るから意識しないで大丈夫らしく、着けてるだけで問題ない。
そして魔物の領域やお城に張ってある結界と同じ感じらしく、魔王様の魔力を受け取って動いているらしい。
魔王様の魔力を使うって事は、魔王様の負担になるのでは?と心配になって尋ねると、量産は無理だけれど、一番守りたいものだから、と返って来た。
サラッと言われたが物凄く照れる。
嬉しい、が。
次の一言でスンと一気に冷静になった。
「それに私を呼べるようにしておいたので、ないとは思うが陣を見破られるのは面白くない」
「魔王様を……呼べる?」
「うむ。服の上からでも手を当てて私を呼ぶだけだ。これが一番苦労したが、絶対に入れたかったので召喚陣が入って良かった」
召喚陣とな。
魔王様は上手く作れた事を嬉しそうに語っているが、これは…凄いアイテムなのではないだろうか。
だってこの世界で一番強いと言われている魔王様を召喚できる。
逆に使われたらそれだけで心が折れるアイテムだ。
私が神妙な面持ちでペンダントトップを眺めている隣では、そんなものは何て事ないように魔王様は話を続けている。
「こちらの腕輪はまだ未完成なのだ。ユリエに聞いてから完成させようと思っていたので」
そう言って腕輪を手に取った魔王様が、私を見ながら嬉しそうに話しているが、守る為ならば首飾りだけで既に十分過ぎているのではないだろうか。
でも、魔王様は詰めを忘れない魔王様だ。さもありなん。
しかし、魔王様は出来る事全てで守ろうとしてくれているのだと思うと、込み上げてくる嬉しさで嬉し過ぎて胸が一杯で苦しくなる。
好きだな、とか何だかそんな言葉だけでは足りないような、何か伝えきれない何か。
前に魔王様が伝え足りないと言っていた気持ちが分かる。
私がペンダントトップを握ったまま、俯いて伝え方を考えていると、魔王様が心配そうにそんな私を覗き込んで来た。
「ユリエ?どうしたのだ?もしや魔道具に何か障りがあるか?」
少し慌てたように、ペンダントトップを握る私の手に心配ながらに添えられた魔王様の手。
大きくてしっかりとしたその手が、とても愛おしくて被さるように頭を乗せて頬刷りすると、そんな手が驚いたように震える。
「大丈夫です。嬉しいだけ」
「そっそうか!そ、それならば、よかった!」
ありがとう、と言葉を残して頭を上げると、真っ赤に染まった顔の魔王様が、照れながらも嬉しそうに笑っている。
そんな魔王様を見ると、私も同じように笑ってしまう。
幸せ。
「そっそれで、その、こちらの魔道具は腕に着けるのだが、相手の魔力を吸収する事が出来る。暴走で漏れた魔力も吸収できるので、暴走に巻き込まれる事もないだろう。 以前、ジギーが使っていたのを知りたそうに見ていただろう?」
あ、レイくんの魔力が漏れてるのをジギーさんが治したあれ?魔王様よく見てるな…。
しかしながら、主に魔王様がチリチリなった時に使いたいと思っていたので、ご本人が対処してくれるのが何だか妙な気分だけれど、魔力を吸収と言ってもどれくらい吸収できるんだろうか。
魔王様の魔力って物凄く多いし…。ここはしっかり訊いておかねば。
「この腕輪はどれくらい魔力を吸収できるんですか?魔王様がチリチリなった時や魔力が溢れた時に使っても大丈夫なんでしょうか」
「え、あ、うむ……そうだな。黒竜一頭分を凝縮させたとは言え、流せる魔力の分量を越えれば壊れるやも知れん。首飾りとも連動しているので、私に使用した場合でもいける……とは、思うが…」
黒竜一頭分の所には敢えて触れずにいこう。
あんな大きな竜が腕にはまる程小さくなる意味が分からない。物量の法則から外れている事は、そうなんだ、くらいに考えておいた方が私に優しい。
自分に使われる事は考えていなかった魔王様は何とも言えない顔になったが、その後考えるように手に持った腕輪にチリっとした空気を向けた。
観察するように腕輪を見詰めながら、チリチリした感じの魔力を流している魔王様は、しばらくすると流す魔力をピタリと止める。
「思ったより入る。魔力を流す事も変換する事も滞りがない。必要な場合はこの腕輪から魔力を引き出せるようにもしてあるが、そちらも問題なさそうだ。分量的にはファンタジー水をグラスで半分程、と考えておけばよいと思う」
なるほど、それは結構かなり入る感じだ。
じゃあ魔王様を一時止めるくらいなら余裕でいける気がする。
そう納得して魔王様を真面目に見ながら頷くと、最近ちょいちょい魔力が溢れてしまっている魔王様は、「善処する」と申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
そんな魔王様が、それで、と言葉を繋げて場を改める。
「この腕輪は魔力の吸収、魔力や魔法の伝達を主に組んだのであまり余白がなかったのだが、一つだけだが属性の付与が施せる。だがまだ付与する属性は決めていないのだ。ユリエに何がよいか聞いてからにしようと思って」
「付与?魔法を入れるんですか?」
「いや、正しくは一種類のみだが属性魔法が施行できるように組み込める。しかし、基本属性しか入れる事が出来ない。空間や錬成等の特殊なものや、体にまつわるスキルの類は無理だ」
え……。そ、それは…もしかして、魔法っぽい魔法が使えると言う事ですか?!
そう私が驚きから極上の喜び顔になると、優しく笑った魔王様が、ユリエには攻撃手段がないから、と頷いた。
そうですね。と悟りそうになるけれど、いやしかし。
確かに攻撃手段があったとしても、魔王様とかみたいに上手く攻撃できる気はしないのだけど、魔物も居るこの世界、備えがあるのとないのでは、ある方がいいに決まっている。
攻撃…痴漢撃退スプレーだと思えばいい。
そして何より、魔法っぽい魔法が使えるとか夢のよう。
「基本と言うと、火・水・風・土・光・闇・聖ですか?」
「聖は無理だ。だが氷と雷はいける」
「…迷う」
迷う。とても迷う。
火があればお料理が楽そう。水もそう。水のない所でも掃除やお料理できそう。風は何だか恰好良さそうだし、土はかまどが作れそう。ピザ窯…土鍋…いいな。今度作りたい。
でも光と闇はどんな事ができるんだろう。
「光とか闇ってどんな魔法が使えるようになるんですか?」
「光は初歩ならば明かりを灯す魔法や、聖属性よりは劣るが浄化と癒しが可能になる。光を集めた攻撃手段も可能だ。後は慣れれば光を熱に変えた光線を放つ事も出来る」
「何か凄そう」
「闇は光とは逆に光を奪う。目に頼る者に対しては撹乱になるだろう。光と同様に闇を集めた攻撃手段も可能だ。後はカース系…呪いや楔を使う事ができ、先日黒竜でユリエが感じていた威圧効果。戦意喪失や恐怖を与える事ができる」
うん、闇は、ないな。
光、光もいいなぁ……でも氷だったら氷菓子作れそうだし、冷やす系の料理も多いよね。でも冷凍庫あるしなぁ…敢えて要るかなぁ…。
うーん、しかし、雷は電子レンジみたいで良いかもしれない。レンジないし。
温め直すとか、下準備が速くなるとか、レンジだけで作る料理も結構あるし、焼いたおもちも美味しいけど、レンジでフニャフニャになったお餅もいいよね。
あ、お腹空いてきた。
「今すぐに決めずともよいのだぞ?身を守る魔法なのだ、ユリエが理解し、使う事が可能な魔法でなければ意味がない」
色々悩んでいる私に魔王様が軽く笑って、ご飯の事ばかり考えていたので申し訳なさと恥ずかしさで少し顔が熱くなる。
そうか、身を守るってなったら加減が難しい系は無理だ。それに、よく分からない光も闇も無理な気がする。
となれば選べるのは一つ。
「雷でお願いします」
電気なら威力の調節が出来る気がする。
身を守る事に関しても、相手の命に関わらない程度で調整出来るんじゃないだろうか。
「雷?ユリエは光を選ぶと思っていた。意外だ…」
「光は使う感覚がよく分からないので、上手く使える自信がないんです」
「なるほど。雷は制御が難しいが…ユリエならば大丈夫だろう」
魔王様は私が雷を選んだ事に少し驚いたけれど、笑顔で頷いてからテーブルの上に腕輪を置く。
そして両手の手袋を取り去って、腕輪を両手で覆うようにその手を掲げた。
そんな魔王様の手の周りに沢山の魔法陣みたいな模様が浮かんで、手の中で紫の光が小さな稲妻を溢れさせるようにバチッと光る。
一瞬の出来事ではあったのだけど、その魔法陣が消えた瞬間には空気が揺れて、私と魔王様の髪を揺らし、魔王様が手を除けた中にある腕輪は、小さな稲妻を最後に弾いた。
これ、ずっと着けてるんだよね……。これからの時期、静電気凄そう…。
いや、逆に、雷属性なら静電気防止になるのか?
「うむ。上手く入った。これで雷属性の魔法が使える筈だが、一度しっかりと試してみなければならないな」
「使いこなせるように早く慣れないとですね」
「焦る必要はない。ゆっくりと理解し、いずれ使えるようになるとよい」
そう頷いた魔王様が、手袋をはめながら、ああ、と視線を箱に戻した。
「後、このローブはリリエラルに作らせたのだが、通常の制服の効果に加え、付与は私がやっておいた。これでユリエが暑さや寒さに囚われずに済む」
遅くなってすまないが、と言いながら、魔王様が渡してくれた白いローブは、ロングのケープコートに大きなフードのついたシンプルな物で、春先に着るような薄いものなのだけど、薄いのに生地もしっかりとしていてとても可愛い。
そして暑くも寒くもないとは、もしかすると…。
「夏に魔王様の側に居る時に使ってくれてる魔法?」
わたしがそう尋ねると、魔王様は、そうだ、と言って優しく笑う。
う、嬉しい…地味にすごく嬉しい!
夏場、魔王様の側に居ると涼しいのに冷えない何ともいい塩梅なのだ。その上汗まで綺麗になるからとても素敵なあの魔法!
「浄化の効果も入っているので、これでもう、その、う、薄着などせずともよいと思うのだが…」
そう言って、少し顔を赤くして魔王様が目を逸らす。
ああ、うん。夏服の件…。薄着と言うか、半袖とか髪アップにするの、駄目だって言ってたもんね。
確かに魔王様にそう言われて、暑いのずっと我慢してたし、頻繁に自分に[清掃]を掛けていた。
最近は夏が終わりに近付いて、朝晩は少し冷えるようになって来たけれど、昼間はまだまだ暑い。
大変有難い。
薄着の代わりに厚着させる発想が凄いけれど、これは本当にとても嬉しい。
「これだといつでも羽織っていられそうですね。とても嬉しいです!」
「城の中や私が居る時は着なくても平気なので、その……」
言葉を濁し、少しだけ視線を彷徨わせて頬を染める魔王様が、恥ずかしそうに私を見て、そっと私の手をとった。
「い、いつものように側に居て欲しい……」
なっ…何、可愛すぎる!私をどうする気だ!
どうもこうもならないだろうけど、窺うようにお願いする魔王様の効果はばつぐんだ。
顔が熱いので、私も真っ赤になっているかも知れないけれど、そんな事より頭の中が可愛いで一杯である。
そんな気持ちが耐えられなくなって、魔王様にぎゅっと抱き着くと魔王様も私の背に腕を回す。
魔王様は今も心地よい魔法を使ってくれているけれど、少し暑いと感じるこの温度がとても心地よかった。




