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112 詐欺

 大量の料理を乗せたお皿を置いた瞬間、ここは戦場だったと思い出す。


 私には上手く見えないけれど、とりあえずお皿の上から獲り合うように、凄い勢いでご飯が減っていくのだけは見える。


 そして各所から、「うんめぇぇえ!!」と叫ぶ声が聞こえて来るのは嬉しいけれど、足りるのかが心配になる食べっぷり。

 余るくらいがいいと思って物凄い量を作ったのに、なくなる速度が尋常ではない…。

 どこに入ってるんだその量が……。


 そんな戦場の中でイチローさんは落ち着いて食べてはいるけれど、その取り皿の上は山。

 皆日頃ちゃんと食べてるのだろうか…やはり心配になってしまう。


 魔王様と私は戦場へは参加せず、いつもと同じ感じでお皿に取り分けてあるのだけれど、隣でとても美味しそうに食べている魔王様も、これはおかわりしそうな感じだ。

 おかわりありますよ、と声を掛けると、食べる、と嬉しそうに言うので、どれくらい?と言いながら注いでいくのも何だか楽しい。


 そんな落ち着いた食事とは打って変わって、一番隊に出したお皿からは呆気に取られる程に料理が消費されている。けれど、こんなに沢山食べて貰えると、作った方としてはやっぱり嬉しい。


 そんな光景を眺めながら食べるご飯はとても大切な物に思えた。

 そして大皿の唐揚げは最後ではないので、喧嘩しないで食べて欲しい。


 何度か一番隊の皆さんに追加の料理を出しながら、とても賑やかな食事も終わり、それでも余った分はイチローさんに渡すと、それもとても喜ばれた。

 頑張った人の成功報酬にすると言うイチローさんの言葉に、一番隊の人達がザワッとなった。


 それで頑張れるのならもっと作れば良かったかも知れないとは思うけれど、材料がもうない。

 また今度作る機会があればもっと沢山作ろう。


 そんな食事が終わる頃には辺りはすっかり夜に沈み、オレンジの光を揺らしている大きな焚火から後ろを振り向くとそこは深い闇。

 焚火に照らされた近場の岩と、そんな近い岩の上部だけが月明りに照らされて、ぼんやりと浮かび上がっているその岩の奥には、遠くに真っ暗な岩のシルエットと空の青しか存在しない。


 見上げた空には、沢山の星が青や白の細かな光を沢山散りばめているけれど、人が作る明かりは目の前にある焚火一つ。


 それはここが人の住む場所ではないと認識させるに十分で、妙な心細さが拭えないのは、やはり昼間の印象が強かったからか、それともこの焚火のある場所と、暗がりの境で生き物の気配の差が激しいからだろうか……。


 魔物の領域。人の領域ではない場所。

 その意味は夜になると尚更実感させられる。


 そんな場所で頑張る一番隊の皆さんが、大きな焚火に照らされながら、「美味しかった」とか「嬉しかった」とか沢山お礼を言いに来てくれたのは嬉しいのだけど、皆結構ガチめで涙ぐんでいたので、本当に普段ちゃんと食べてるのかいよいよ心配になる。

 やはり今度はもっと沢山作ろう……そしていつか、遠征隊の食生活だけでも改善したいと思っている私の前では、お礼を言いに来た人の中にチラホラと勇者が現れている。


 何と、魔王様に求婚を賭けて対戦を申し込んだ人が数人居るのだ。


 この魔族さんの価値観に上手く気持ちがついて行かないけれど、この求婚を賭けた対戦、ずっと接点が持てなかった魔王様に相手して欲しいように見えるのも間違いではないと思う。


 駄目元感が凄いし、皆ワクワク顔をしているからだ。


 きっと魔族の人からすれば、普段は会えない魔王様との求婚対戦と言うのは、魔王様と関われるイベント事の一つなのかも知れないし、楽しそうなのでダシになるのも悪くはない。


 と、私は割り切っているのだけれど、申し込まれた魔王様は魔王様だった。


 受けて立つ。と立ち上がったその目は既に光っていて、始まった瞬間には勝敗が決している。

 挑んだ人が重力を掛けられて動けなくなるからだ。


 死なせたら泣きますよ。と言っておいたので、最悪な事は起こらないだろうと落ち着いて眺めていられるのだけど、焚火の横で行われる求婚対戦と言う名の根性試しは、今やどれだけ重力に耐えられるか大会になっている。


 周りで観戦してる人も「お前の想いはそんなものか!」「立て!せめて立ち上がれ!」、と楽しそうに応援を飛ばしているので、対戦とは言え微笑ましい。


 魔王様もそんな様子にもはや苦笑なのだけど、真面目な魔王様は律儀に対戦を申し込まれる度に受けていて、私からはそんな魔王様の背中が見えている。

 そしてたまに見える魔王様の横顔は笑っていたりするから、魔王様も意外と楽しんでいるのかも知れない。


 そんな光景を笑顔で眺めていると、イチローさんが隣に座ってお礼を言って来た。


「今日は本当にありがとうございました。あんな美味しい食事もこんな楽しい野営も初めてです。隊の者も言い表せないくらい喜んでいましたよ」

「喜んで貰えてよかったです。私は戦えないので、ここではこれくらいしか出来る事がなくて恐縮なんですが」

「いえ、戦う以外の事も大事な事です。ここでは確かに戦う事を求められますが、戦っているだけでは生きられません」


 笑顔で重力大会を眺めながらそう話すイチローさんが、たまには楽しみも必要ですかね、と笑う。


「まさか魔王様とこんなに接する事が出来るとは思ってもみませんでした…今日は夢なんじゃないかとさえ思う。きっと隊員達も、そんな感じで嬉しくて仕方ないんでしょう。 許してやって下さい」

「大丈夫ですよ、確かに前は会う事も出来なかったんですもんね」

「そうですね、魔物の領域で数度お見かけした事はありますが、私の事を知ってくれていた事に驚いた程です。普通に振る舞えと、城から通達されていなければ危なかった」


 そう言ってイチローさんは軽く笑う。

 そして、焚火に照らされたイチローさんは、少し真面目な顔になって私を見た。


「ユリエ様のやってきた事は大まかにですが報告を受けています。きっと、今日の出来事であなたは軍の状況にも心を砕いてくれようとなさるでしょう」

「…はい」

「それはとても嬉しい。そして有難く思う。しかし、もしもその力を使って下さるのであれば、私達はもっと後でいいのです。 あなたの身は、一つしかない」

「……そう、ですね」


 イチローさんの言わんとする事が分かって、私は小さく息を吐く。

 やるべきことをやれ。そう言ってくれているんだろう。


 魔王様を治す事、ご両親を治す事、精霊国の問題。それは国を絡めたとても大きな問題だ。

 確かに遠征隊の現状には気になる事も多いけれど、今、よそ見していてはいけない。


「ありがとうございます。まずはやるべきことをやります」

「私達こそ、何かお手伝いできたらいいのですが…戦うしか能がないとは痛い所です」

「素材、助かってますよ」

「そう言って頂けるのが救いですね」


 最後にニッコリ笑ったイチローさんが立ち上がり、私も挑戦してみますか、と魔王様の元に歩いて行って、何と本当に対戦を申し込んだから周りで観戦していた全員からは喚声が上がり、魔物の領域の夜を大きく揺らした。





「姐さん、隊長のあれってマジなんですか?」


 イチローさんが魔王様に対戦を申し込んですぐ、いそいそと近付いてきた白ローブさん達が私の周りに集まって、イチローさんの真意を聞いてくるのだけど、あれは魔王様と接したいだけじゃないだろうか。


「腕試しだと思いますけど」

「あーやっぱりそんな感じですよね。マジかと思ってびっくりした」

「だから隊長に限ってそれはないって言ったじゃないか。魔物の領域から魔物が消えるくらいないわ」

「え、本気かも知れないし、大穴かも知れないし!まだ確定じゃないし!」

「いや、諦めて夜警の当番代われよ」

「あー…勢いに任せてマジの方に賭けるんじゃなかった…。あり得ないって分かってたのに!」


 魔王様とイチローさんが向かい合っているのを観戦しながら、がっくり肩を落としている一人を笑っている白ローブさん達曰く、イチローさんは武器にしか興味がない武器マニアなのに、求婚の対戦に参加したから本気かどうか賭けをしていたらしい。


「もしかして姐さん騙された?って思ったんですよ…それに姐さん相手なら隊長が落ちてもおかしくないし」


 本気に賭けていた白ローブさんが肩を落としながらそう言うので、それはない。と私が言うと、周りの白ローブさん達が盛大に笑いながらイチローさんについて話し出した。


「隊長結構モテるんですよ。強くないと入れない遠征隊の、それも一番隊の隊長だし。見た目とか話し方とかも優しそうでしょ?だから最初は騙される人多いんですよ」

「でも実際は武器の話しかしないし、戦う事にしか興味ないんですよね」

「女心とかガン無視っすよ。色恋沙汰もガン無視」

「いくら強くても、自分より武器を大事にされるとか、そりゃ普通にドン引きですよね!」

「相手が武器じゃないのに隊長が求婚とかあり得ないですよねぇ!」


 ははははは!と笑っている白ローブさん達の足元を、大きな斬撃が地面を抉る。


 ピタリと止まった白ローブさん達がイチローさんを見ると、ニッコリ笑ったので私の中で怒らせてはいけない人の中にイチローさんが入った。


 大人しく観戦でもしてようと、焚火の横で向かい合う魔王様とイチローさんを見ていたら、魔王様とイチローさんを囲むように、少し広めの視認できる結界が張られ、それと同時に柄に手を掛けたイチローさんが腰を低く構えた。


 そして魔王様が少しだけ体を横にずらすと、結界を弾いた火花と共に甲高い音が辺りに響く。


 それを見たイチローさんが嬉しそうに笑うのだけど、刀、抜いてなくない?


「今抜いたの?」

「多分?」

「見えませんでした」

「魔王様が動いたのは見えた」

「それは私も見えた」


 今度はゆっくり刀を抜いて、斜めに構えたイチローさんが薄っすらと目を開けると、次の瞬間にはさっきも聞こえた甲高い音が連続して響いてるだけで、張られた結界の中には誰もいません、みたいに見える。

 いや、見えてないんだけど…。


「見えないって言うか居ない」


 私がそう素直な感想を口にすると、同じく観戦している白ローブさん達が頷いた。


「居ないですねぇ」

「これは見応えがないと言うか、見えないと言うか…」

「もうちょっと見てる人の事考えて欲しいですね」


 多分結界に斬撃が当たっている音だけが聞こえる状態で、まぁ本人達が楽しかったらいいかと思っていると、見えないからつまらなくなったのか、白ローブさん達が魔法についてを尋ねてきた。


「今日料理してるの見てたんですけど、虹の時と言い、姐さん魔法の制御超上手くないですか?」

「そう?練習したからそう言って貰えると嬉しい」

「え、それってどんな練習ですか?知りたいしやりたい」


 白ローブさん達はそんな方法を知りたがるのだけど、制御の練習方法は基本がファンタジー水の作成だ。

 それはちょっと、って言うか、全く勧められない。


 他に何かないかと考えて、思い浮かんだ物が一つある。


「………。感性を賭けるなら…練習方法、あるけど…」

「え、感性って何ですか?」

「主に味覚」

「「「「「分からなくて怖い」」」」」


 味覚を賭けて鍛える方法が分からないと、口を揃えて困った顔をする白ローブさん達に、私はリンゴを取り出し、分かりやすく説明をする。


「これは禁断のリンゴです」

「「「「「禁断のリンゴ…」」」」」

「そのまま食べたら美味し過ぎて、普通のリンゴ…だけじゃなくて、果物全般、飲み物全般が砂に思えてしまうかも知れないリンゴです」

「「「「「怖い」」」」」

「でもこのリンゴから、上手く魔力を消費させられれば、味が調整できる。 消費させるには、リンゴから魔力を貰いながら魔法を使わないといけない。上手く制御しないと味覚が崩壊する程美味しいか、味がなくなるかに偏るの。練習するなら渡すけど…」


 そんな詳しい説明を終えると、隣にいた白ローブさんが試していいですか?と言うので渡してみる。


 その白ローブさんが両手でリンゴを包みながら、リンゴに集中しているのだけど、しばらく見ていても白ローブさんが魔法を使ってる気配が全くない。


「魔法は?」

「…っつ…使えません!」


 止めていた息を吐くように、大きく仰け反った白ローブさんが困った顔で私を見る。


「姐さん…本当に?これリンゴの魔力を掴むだけでも大変なんですけど…」

「そうなの?」

「魔力自体は多くないんですよ。むしろ、リンゴみたいな小さなものだから、多くないのが逆に分かり難い。なのに、凄い複雑な魔法が入ってる。その二つが入り混じってて、複雑過ぎて引き出す前に分からなくなる」


 そう困った顔の白ローブさんに、お手本見せてと言われ、目を閉じてリンゴを調整し終えてから目を開けると、白ローブさん達の泣きそうな顔が並んでいた。

 何か見た事ある。


「「「「「出来る気がしない…」」」」」

「頑張れば出来るんじゃない?お城の皆は普通にやってたよ? えっと、身体強化使いながらが一番楽って言ってた」

「「「「「楽じゃない!!」」」」」

「楽じゃないから練習するんじゃない?」

「「「「「ごもっともです!!」」」」」


 因みに私は自分の服に[清掃]を掛けるのがとても楽。

 まずはリンゴの魔力を掴む練習をすると言うので、各自にリンゴを渡し、リンゴに向かって唸っている白ローブさん達を眺めていると、結界に当たる斬撃の音がピタリと止んだ。


 終わったのかな、と思ってそちらを見ると、結界の中には最初と同じ位置に居る魔王様と、少しだけ息の上がったイチローさんが立っている。


 けれどよく見ると、イチローさんの足には黒い靄が巻き付いていて、しっかりイチローさんの足を固定していた。


「参りました」


 イチローさんが溜息を交えながらとても残念そうな笑顔でそう言って、大刀を鞘に納めると結界とイチローさんの足を捕えていた黒い靄は消える。


 そして私を振り向いた魔王様と目が合うと、優しく笑った魔王様と、残念そうな笑顔のイチローさんがこちらに歩いてきて、白ローブさん達の持っているリンゴを見た魔王様が不思議そうに首を傾げる。


「それは何をしているのだ?」

「魔力制御の練習なんですけど、今は魔力を掴む練習になってます」

「なるほど。確かにこの者達なら掴むだけでも練習になるだろう」


 そう頷きながら笑った魔王様に、“イチローさんが本気”に賭けていた白ローブさんが顔を上げ、「あの…」と遠慮混じりに魔王様を見た。


「隊長って、その…本当に腕試し…だったんですか?」


 そう尋ねられた魔王様の顔が一気にムスッとしかめっ面になる。


「違う。求婚を賭けて来た」


「「「「「「えっ!?」」」」」」


 私も「えっ」の中に入っていて、白ローブさん達と同じくイチローさんを見てしまう。


「た、隊長、マジ、ですか?マジで求婚賭けたんですか?」

「負けてしまいましたが、そうですね」

「武器にじゃなくて?!」

「武器に求婚する程おかしくないつもりですが」

「じゃ、え、本気で姐さんの事好きって事ですか!?」


 そう問われたイチローさんが私を見て、魔王様がその視線を遮るように私の前に立った。


「素敵な方だとは思っていますが、私は色恋よりもユリエ様には刀についてお話を伺ってみたい。くらいの感情です。ですので、そんなに警戒して頂かなくて大丈夫です」

「しかし、求婚を賭けて来たではないか」

「“求婚を賭けて”とは言いましたが、私がどこで誰に求婚する、とは言っておりませんので。お手合わせ、ありがとうございました」


 そう言ってイチローさんは軽く笑い、魔王様は私を振り向いて、訴えるように困った顔で口をへの字に結ぶ。

 そうだね、エスさんに続き、告白詐欺に騙されるの、2回目だね。


「ユリエ様、魔王様と言う高みに比べ、今の自分がどれ程の者かを知りたかったとは言え、ユリエ様には大変失礼を致しました。申し訳ありません」

「いいえ、分かっていたので大丈夫ですよ」

「魔王様も、申し訳ありませんでした」

「……」


 イチローさんはちゃんと謝罪しているのだけど、魔王様は箱に座っている私の膝に頭を埋めて、しっかり拗ねてしまっている。


 けれど、真面目な魔王様は、この後も手合わせを求める求婚詐欺に何度か騙された。






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