99 一択
「お断りします!」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、「欲しい」と言ったエスさんの言葉に被せるように、ソファーから立ち上がってそう叫ぶと、エスさんは私を見て困った顔で首を傾ける。
「秒で断るのは酷くない?」
「いえ、不埒な思いはお断り一択です。魔王様!」
既にお城は揺れている。
揺らしてるのはもちろん魔王様だ。見開いた目を光らせて、その眼光で射殺さんばかりにエスさんを凝視している魔王様を呼ぶと、視線はエスさんからなかなか外れなかったが、魔王様の顔がゆっくりこちらを向いて、最後に視線も私に向いた。
「ハグして下さい!」
しっかりと目が合った魔王様にそう言って両手を差し出すと、ハグって単語は伝わったかは分からないが、私が何を求めているのかは察した魔王様が、一瞬で顔を赤く染めてお城の揺れがピタリと止まる。
そんな魔王様が緊張した動作で私の前まで歩いて来て、マントをどうしようかとまごまごしているので、私がそのまま抱き着くと、魔王様は一瞬固まったけれど、マントで自分の素手を包むように持ってから私の背に回した。
「ゆ、ユリエ、危ない」
「大丈夫ですよ、リリーさんが作ってくれた服があるでしょう?」「ねぇ」
「…しかし、その…し、心臓の音が…」
「聞こえますね。とっても早い」「ねぇ!ちょっと!」
そう言って私が笑うと、魔王様は恥ずかしそうにギュッと耐えるように目を閉じる。
「…は、恥ずかしいのだが…」
「私も早いですよ?聴きますか?」「ねぇってば!!!」
「エス!!煩い!!!ユリエの声の邪魔をするな!!」
さっきからエスさんに話し掛けられているのをスルーしていたけれど、流石にスルーしきれなかったのか、魔王様が私を包む腕を少し強めて忌々しそうにエスさんを振り返る。
「いや、何告って振られた人の前でイチャイチャしてんの?何の仕打ち?!」
「その口が利けるだけ有難く思うがよい!お前が私からユリエを奪うと言うなら…」
魔王様がそう言葉にすると再び床が細かく揺れたので、私が抱き着く腕を強めると、見上げている私と目が合った魔王様の薄っすら光っていた目の光が治まり、いつもの深い蒼に戻って、代わりに魔王様の顔がじわじわ赤くなる。
「魔王様、大丈夫。誰が何と言おうと私が側に居たいのは魔王様だけです」
「うっ…うむ、しかし、ユリエが言い寄られるのは嫌だ」
「でもそう思ってくれるのが嬉しいって思ってしまう私も駄目ですね」
「だ、駄目ではない…」
困ったように、けれど嬉しそうに笑った魔王様のその胸に顔を埋めて、これでもかと言う程魔王様とイチャイチャしていると、拘束されて床に放置されていたエスさんは、そのまま後ろに倒れて足を床に投げ出した。
「……降参。全面降伏。もう魔王揶揄うのは癖みたいなもんだから許してよ!気を付ける!頑張るから!もう無理!!甘々は限界!!口からマンドラゴラ吐きそう!!!」
え、マンドラゴラ?
何その例え、とは思うけど、私がそんなエスさんを笑うと魔王様は首を傾げる。
「エスは何を言っている?ユリエを欲していたのではないのか?」
「あれは魔王様が嫌がると思って言っただけですよ。こんな状況で告白が成功する訳ないじゃないですか」
そう解説すると、魔王様は心底呆れた顔で、床の上に脱力しているエスさんを見て、救いようのない奴だ、と大きな溜息を吐いた。
「って言うか、魔族が契約してないんだったら言い寄られても文句ないよね?何でボクがあんな仕打ち受けなきゃいけないの!?」
「私とユリエの気持ちは契約などに頼る事はないのだ!」
「あ、私は魔族ではないので、文句言うのは有効です」
もうお城で【魅了】は使わない。魔王様を虐めない。そう約束、と言うか私に契約書を書かされたエスさんは、契約書のおかげで拘束を解かれたが、エスさんに私はとてもじっとりした視線を貰った。
書面に起こすのは大事だと思うので、そんな視線には笑顔を返しておいた。
現在は3階のエントランスで遅めの昼食を食べながら、3人でお話をしている。
料理の美味しさに物凄く驚きながら、あれこれしっかり情報収集しようとするエスさんに、魔王様はご飯を食べながら普通にお話している。
どうやら慣れたご様子だ。
「魔族じゃないならユリエさんって何者?エルフでもないし精霊でもない。人族にしては魔力多すぎない?」
「ユリエはユリエだ」
「そうですね。私は私ですね」
「えっ、ひどっ、教えてよ異世界人さん」
カマ掛けかな。
私は到って普通にお茶を飲んだけれど、魔王様の顔にはしっかり「何故分かった」と出た。
うん…。魔王様、すぐに顔にでちゃうもんね。隠せないよね。
「……私は弱いので、言いたくないって所をご理解頂けると有難いです」
「ふーん。じゃああの魔素水もユリエさん?この料理にも使われてるよね」
エスさんはそう言って、今日の昼食である照り焼きチキンをフォークに刺して魔王様に見せながら、ニヤニヤした笑みを浮かべて探る様に魔王様を見ている。
魔王様は口は噤んでいるけれど、しっかりとあからさまに視線を逸らしたので、答えは言っているようなものだろう。
何このナチュラルな自白剤。
それに今日はヨウグさんが魔国の海で採れる食材を仕入れに出ていて厨房に居ないので、この昼食を用意したのは三兄弟。
用意したと言っても、ヨウグさんが今日の食事を事前に準備して、時間停止の収納袋に入れてたやつを出したのだからしょうがない。
ファンタジー水使ってない料理を出すって所にまで頭が回ってなかったんだろうな、三兄弟だし…。
そう私は小さく息を吐いて、満足そうにフォークに刺した照り焼きチキンをパクリと食べて、幸せそうにモグモグしているエスさんに、ファンタジー水が数滴入ったお茶を出した。
既にバレてるなら今更だ。
そして出されたお茶を待ってましたとばかりに素早く手に取って、やはり満足そうに飲んでいるエスさんにまた小さな溜息を吐く。
「エスさん。何が望みですか?」
「別に?知りたかっただけ。ボクはこうやって飲めてるから不満はないよ?」
「…精霊国には?」
「あ、あー。大丈夫。ちゃんと分かってるから。あんな奴等には言わないし、何かあってもボクは魔国に付くつもり。それに例え言ったとしても、ボクの言う事なんて信用されないから安心してよ」
エスさんは皮肉気に笑ったけれど、そんなエスさんに魔王様は眉を寄せる。
「エス、お前は精霊国に必要な人物だろう。だと言うのに、転移陣といい、何故そのように冷遇される」
「必要じゃなくなったからさ」
「世界樹を育てられるのはお前だけではないのか?」
「ああ、魔王は知らないよね。妹が産まれたんだよ、何十年か前に。その子が【植物育成】持ってたから、ボクはお払い箱って訳」
そう言って、ソファーに凭れて足を組み直したエスさんは、お茶を飲みながら何でもないように話してはいるけれど、そこから語られた内容は、結構ハードな感じだった。




