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「そのイスクード公爵が…お前を正妻にご所望だ……」
(はい………?)
いつ、何処で私の存在を知られたのだろうか?オルレアート伯爵の正妻に子供は男児しか居ないのに、わざわざ娘を貰いに来たと今朝方いきなり来たらしい。
(何て無作法な…)
普通愛人の子にしろ父である伯爵に手紙を送るべきなのだ。
「公爵には屋敷で待ってもらってる。上の位の貴族でしかも相手がイスクード公爵となると、断るのは難しいんだ…」
確かにそうだろう、伯爵と言えど所詮この世は階級社会。ただの公爵ならもう少し粘れただろうが、王の所縁ある公爵家では太刀打ちできなかったのだ。
「私にも何故公爵がお前を望んでるのか分からないんだ。……私はお前に幸せになってもらいたいと思っているが、こんな形じゃない」
それはリーシェが一番よく分かっている。
毎度生活物資が送られて来るたび父から手紙が届いているのだ。
母が亡くなってからは、特に体調は大丈夫かだとか執拗に聞いてきたり、時には使い方の分からない医療器具まで送られて来ることもあった。
これで大切にしてもらってると分からないほうがおかしい。
「苦肉だが、公爵にはお前が母がなくなったショックで話せないと言っている、公爵が本気でないのならば、口が聞けない妻はきっと飽きてくれるだろう…」
(なっ……それは、もっとややこしいことになったのでは…)
確かに初対面の者とはほぼ無口になってしまうリーシェだが、話せないとなると、いかなる場面でも声が出せないということだ。
いきなり来た公爵に、普段冷静な父も焦ったのだろう。
しかし、ここでリーシェがいきなり話せることがばれてしまうと伯爵が嘘をついた事がばれてしまう。不敬罪で捕まってもおかしくはないのだ。
(でも、私が話さなければいいことだわ…)
「しかも幸いなことに、まだ婚約という事にはしてもらった。いきなり作法も知らずに正妻になるわけにもいかないと言ってな。」
婚約ならばまだ度々会うことも無いだろう。
そう思ったリーシェはやっとここで詰まっていた息をはいた。
しかし、そとからはまたもや馬の駆ける音が聞こえて来たのだ。
「お父様…?ここにはお一人でいらしたの?」
「一応一人護衛を連れて来てはいるが…それがどうしたのだ?」
連れて来たということは一緒に来たということ。ならばこの近づいて来る馬の駆ける音は誰が乗っているものなのか。
そう思ったとき、外が騒がしくなった。
「イスクード公爵様っ⁉何故こちらにっ」
「おや、我が婚約者殿を迎えに来ただけだが?」
外から聞こえて来た声はおそらく父が言っていた護衛のものと、イスクード公爵のものだろう。
「何故ここにいるんだっ⁉」
声を聞いた父は閉めた小屋のドアを開け外に出た。