僕とおば……翔子さん
窓。洗浄液を吹きかけ、小さく畳んだ新聞紙で拭き取る。
ぱたぱたぱた、とどこかで布団を叩く音がする。開け放った窓から夏の湿った生温い匂いが入って来る。
くぁ、と猫があくびをした。
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「お父さんお父さんっ。仕事は大丈夫なの?締め切り、もう明後日なんでしょ?」
今日は土曜日で、学校は休みだ。公立高校に通う僕、杉村道隆も当然休み。更に週明けからは期末のテスト週間である。部活動すら自粛期間なので、正に休日に相応しい日だと言える。
「ああ、大丈夫だよ。昨日、道隆君の部屋で思いのほか進んだし。後は少し書き足して推敲するだけ……あ、ちょっとそっちの端を持ってくれないかい?まきる。」
大きめのテーブルを挟んで、おじさんの反対側に移動する向島まきる。動きやすい服装を意識してか、Tシャツにホットパンツとラフな服装だ。肉付きの良い、それでいて重さを感じさせない脚。脚線美を体現した両脚を惜しげもなく晒している。
「せーの……よっ!……あ、まきる。そっちに行こうか。こっちはまだ掃除が終わって無いんだ。」
そう、そこそこ、と言うおじさんこと向島光太郎。メジャーとマイナーの中間程度に売れている小説家。日焼けを知らない白い腕。だが非力な訳では無く、大きなテーブルを難なく持ち上げている。
「ふーっ、重かったー。やっぱりみんなでやると早いねっ。道隆君もありがと!」
いや、と僕は窓を拭きながら返事を返す。
僕は今、向島家にお邪魔している。
昨日の夜、おじさんをまきるが連れ戻しに来た時に、僕も来ないかと誘われた。料理を作りすぎて食べきれなかったらしい。丁度夕飯を食べ損ねていたので二つ返事で了承した。
ニアはまきるとおじさんに苦手意識があるのか嫌がったが、問答無用で連れて行く。まきるが。
そのまま、なし崩し的に泊まらされ、何故か向島家の掃除を手伝っている。
……―突然だがこの街には、最強最悪の伝説の不良少女の噂がある。
曰わく、20人に囲まれても全員返り討ちにした。
曰わく、声をかけたら前後3日の記憶が無くなる。
曰わく、その少女は卒業式の後、恨みを持つ不良100人に襲撃され死んでしまった。だが、今でもその少女は霊となって街を徘徊し、不良たちに復讐しているらしい。
「お母さーんっ!次は何をすればいいのーっ!?」
まきるが2階に届くように声を張り上げた。よく通る、高い声質だ。
「あぁン!?ちょっと待ってろ!今、降りっからよ!」
2階から声が返ってくる。女性にしては普通の高さ。だが、元々高い声質を低くしているせいか、ややハスキーだ。
声の主が現れる。
長い髪。豊かな金髪は緩やかなウェーブを描いて、腰の近くまで届いている。胴に比べて長い手足。ともすればまきると同い年……いや、年下にも見える容姿は、一見すると西洋人形のようだ。合わせるように身長も低い。
「道隆もワリぃな。人んちの掃除なんて付き合わせちまって。後で駄賃くらいはやっから安心しろぃ。」
僕を見つけ、笑いながら乱暴な口調で女の子が喋る。大人の女性の余裕が垣間見える。外見と言葉と雰囲気のアンバランスささえも、彼女にとっては魅力にしかなっていない。
そう、この女の子……いや、この女性こそ最強最悪の伝説の不良少女。その噂の元である、向島翔子その人だ。
一児の母。……―因みに喧嘩無敗である。