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僕とLet`sパーティータイム!



 しん、と一瞬静まった向島家のリビング。六人と一匹に緊張が走る。



「やったーっ、あたしが王様だよっ」


 まきるが勢い良く掲げた棒には、確かに冠のマークが刻まれていた。

 即席の王様は腕を組み、顎に手を当てる。賢そうに見えるポーズ、その中身は間違いなくアホだ。


「うーん…………これだっ!」


 テーブルに広げられた九枚のカード。その一つを勢い良くまきるは取った。

 全員が固唾を飲む。王様の命令は絶対。それはルールであり、不文律であり、今この場に限って言えば「空気読め」という事だ。


 安堵と喜悦を得るために。誰かと誰かの慌てふためく様を見るためだけに。この一度の屈辱は甘んじて受け入れよう。


 ――全ては王になるため――。


「発表しまーす! …………二番と四番がポッキーゲーム! 古いなんて面白くない反論は受け付けないよっ」


「いや、受け付けろっ! 古いわっ!」


 そう反論する僕の右手には『4』と書かれた棒が握られていた。







□□□□□□□□□□□




 事の発端は学校帰りにかかってきた一本の電話だった。

 少し前に不良に絡まれていた所を助けた姉妹の一人、田宮みなとちゃんからの電話の内容はこうだ。


『助けて頂いたお礼を渡したいので、時間のある日を教えて貰えませんか』


 僕は基本いつでも空いているが、翔子さんは分からない。一旦通話を切り、翔子さんに連絡をしたら返事がきた。


『あたしもいつでも良い。今日でも良い。なんなら今日うちに来て飯でも食べてけ』


 これをみなとちゃんに伝えたところ、快諾。成り行きで僕もご馳走になることになった。


 そして美味しい晩御飯をみんなでワイワイ言いながら頂き、田宮姉妹からのお礼を受け取った。それは少し値の張るアクセサリーだった。しかも翔子さんとお揃いの。


 おじさんの恨めしげな笑顔を受けつつも、無碍には出来ないので貰う。僕と翔子さんの関係を聞いた田宮姉妹は驚いて気まずそうな顔をしていたが、これも笑い話に出来る程度には僕達はこの晩餐を楽しんでいた。



 そう、ここまではちょっと賑やかな普通の晩御飯だったのだ。



 晩御飯をまたご馳走になる、ということで僕も向島家にあげる礼代わりのプレゼントを買っていた。


 その名を『Let'sパーティータイム!』と言う。安易なネーミングの通り、内容はパーティーで遊ぶ為のグッズだ。鼻メガネや簡易スゴロクなど、様々な小道具が入っている。

 笑いを抑えながらニアと選んだこのプレゼント。向島家には大好評で、どうせだし何かやろう、という流れは思えば必然だった。


 懐かしいなぁ、と言いながらおじさんが取り出したのは『王様ゲーム』と書かれた包装紙。開ければ十本ほどの箸サイズの棒と十枚のカード、それと説明文の書かれた紙が出てきた。


『まずは人数分の数字棒を用意します。その中の一つは冠のマークが書かれた棒にしましょう。次にマークが見えないように全員に引かせます。冠のマークを引いた人が王様です。王様は[~番と~番が~する]という命令が下せます。呼ばれた数字の人はかならずその命令に従って下さい。尚、王様は命令に自分を入れる事は出来ません。命令の例文カードはご自由にお使い下さい』


 まきるはやりたがった。断る程の理由が無かったので、全員参加の王様ゲームが始まる。ニアももちろん参加だ。


 初めは可愛いものだった。小さなみなとちゃんがおじさんに戸惑いながらデコピンするのを見て和んだり、翔子さんがニアに敬語を使う様を笑ったり、まきるがみなみさんとにらめっこして勝負が着かなかったり。正にパーティータイムと言えた。


 事件は、ニアが王様になった事で始まる。


 勿論みなとちゃんとみなみさんはニアをちょっと賢い普通の猫と思っている。棒を選ぶ時もニアの手元に持っていき、あたかも偶然選んだかのように偽装していた。

 しかし、流石に王様の命令をさせるわけにはいかない。話せる事は話せるが、まさか僕が『ニアが五番と一番がにらめっこ、と言っている』なんて通訳する訳にはいかないし。

 僕達が悩んでいると、ニアはテーブルに置いてあったカードを指差した。僕達は何も考えず、その手があった、とカードを一枚めくった。


 そこには『~番と~番が抱きつきあう』と書かれてあった。


 焦った。これはハードルが上がり過ぎだ。これはダメだろ、と言おうとしたら、ニアが僕と向島家にだけ聞こえる言葉を発した。


『あれ? 王様の命令は絶対じゃないのか? まさか途中でルールを変更したりはしないよな。さあ、トランプか何かで数字を指せるようにしてくれ。ぷぷぷっ』


 王様の命令は絶対だ。一番と二番のトランプを指すニアに驚きながらも、田宮姉妹も異論は無いようだった。だって彼女達は番号では無かったから。


 一番と二番。つまり僕とおじさんは抱き合った。互いにやけくそだった。翔子さんとまきるとニアは爆笑していた。田宮姉妹は顔を赤くしていた。


 至近距離で見たおじさんの目は妖しく光っていた。きっと僕の目も同じだ。同じ考え。


 これは、復讐しなければ。


 テーブルに戻った僕とおじさんの真剣な空気。周りもその空気を感じ、気付いたらしい。


 これからはカードの取り合いになる、と。


 かくして時間は冒頭に戻る。全員がカードの危険性を認知し、カードを狙う。『僕が考えた訳じゃないけど、カードだから仕方ないな。うん、ちょっと過激だけどカードだし』という免罪符を手にするために。










「さ、二番と四番は誰だい」


 安堵の表情でおじさんが言った。おじさんは外れたらしい。


「…………四番は僕です。はぁ」


 ポッキーゲームってもはやパーティータイムじゃないだろ。合コンだ。何でそんな例文が入ってるんだよ。

 二回連続罰ゲーム、という事実にうなだれながら手を上げる。そこではっとなる。


 ちょっと待て。


 残りの誰が相手でも気まずい。

 というか誰が相手でも気まず過ぎる。恐るべしパーティータイム。


「…………わたしです」


 みなとちゃんはおずおずと手を上げた。


「み、みなとちゃん?」


「は、はい……」


 活発さを連想させる短めの髪。将来が楽しみな綺麗な顔だち。子供特有のきめ細かい肌の頬が柔らかな朱の色に染まっている。姿勢が良く背筋は伸びているが、視線は手元に置いている。

 不安に満ちた垂れ目がちな瞳は、意を決したように僕を見た。


「お、お願いします」


 本当に大丈夫なのか、パーティータイム……!


「ほら、ポッキーだ。くくっ、おい道隆、犯罪は犯すんじゃねえぞ?」


 翔子さんはニヤニヤと笑いながら僕に一本のポッキーを渡してきた。苦々しく思いながらそれを受け取る。

 僕はみなとちゃんを見た。椅子から立ち上がったみなとちゃんは、一瞬僕の目を見た後にコクリと頷いた。


「さあさあ道隆さん、うちの妹が待ってますよー。ブチューっといって下さいー」


「あんたそれでも姉ですか!」


 罰ゲームを逃れた安心からかイイ笑顔で妹を売るみなみさん。

 まきるが手拍子を始める。


「は・や・くっ、は・や・くっ」


 つられて巻き起こる『道隆早くしろ』コール。なんだこのノリ。この場の全員がどこか遠い世界にいるように感じた。

 どさくさに紛れて野次を飛ばすニアの声が聞こえる。


「道隆早くしろーっ。それでも男か!」


 僕の中の何か。言うなれば道隆リミッターが外れた。


「ちくしょうっ。やればいいんでしょ、やればっ」


 こうなりゃヤケだ。僕はテーブル越しのみなとちゃんの口元にポッキーを差し出した。


「……んっ」


 それを唇で受け取ったみなとちゃんは、少し迷った後にテーブルに手をつき身を乗り出した。緊張のせいで細い腕が震えている。

 罪悪感に捕らわれながら僕は言った。


「……じ、じゃあ、いくから」


「……は、はひ」


 身長が低い上に手をついているみなとちゃんは当然僕を見上げる形になる。年端もいかない少女が僕を待っている、という状況に激しい罪悪感と小さな背徳感。

 意を決して僕は身を屈めてポッキーをくわえた。


「さあさあ、道隆君。存分に味わって食べてくれ。なに、若い頃の過ちは後の笑い話になるから大丈夫だよ」


 笑いを堪えたおじさんの声が聞こえる。大丈夫じゃないっ、と言い返したくてもそれは叶わない。


 何故なら僕は、ポッキーひとつ分の距離のみなとちゃんに緊張しまくっているからだ。

 小さくても女の子は女の子。こんな至近距離で、まだ出会って間もない女の子と見つめ合った経験なんて無い。

 絡まる視線。たれ目がちな瞳の中の僕と目が合う。恥ずかしさのせいか潤んでいる。


 吐息さえも聞こえそうな距離のみなとちゃんは、何を思ったのか瞳を閉じた。


「っ!」


「ひゅーひゅー! 大胆で良いですよ、みなとー。あ、でも妹に先を越される…………?」


 姉のヒトデナシ、と心の中で思う。もう少し妹を大事にしてくれ。


 動けない僕をよそに、みなとちゃんは目を瞑ったまま少しずつポッキーを食べ始めた。

 ぽりぽり、という音と口に伝わる振動が、僕には死の宣告にしか聞こえない。


 どうする、どうする僕っ!


 ぱきりっ。


 乾いた軽快な音がリビングに響いた。

 みなとちゃんの進撃に耐えられなかったらしい。ポッキーは僕とみなとちゃんの中間、初めの長さで言えば四分の一の地点で折れていた。

 翔子さんが別のポッキーを食べながら言う。


「かかかっ、道隆。なかなか見れねえ慌て顔が見れて面白かったぜ。まあ、もし本当に最後まで行きそうだったら強制的に折るつもりだったけどな」


「ふう、最後まで行ってたら僕は警察に自首してましたよ」


 額の汗を拭う。みなとちゃんは座り、下を向いている。

 みなとちゃんの唇が何かを呟くのが見えたが、周りの喧騒に紛れて分からなかった。







「僕、次は絶対にみなみさんに復讐しますからね」


「ふ、復讐っ!? わ、わたし何かしましたかー?」


「…………何となくわたしもお姉ちゃんに復讐する」


「みなとまでっ!?」


 どうしてですかーっ、と騒ぐみなみさんをスルーして、同志らしいみなとちゃんに目で合図を送る。


 ――みなみさんを罰ゲームにしよう。


 みなとちゃんに冷たい目を向けられた後、目を逸らされた。あれ、なんで?


 僕が首を捻っていると、まきるの元気な声がリビングに響く。


「さあさあ、次の準備が出来たよっ!」


 その言葉に全員の間に漂う空気が冷える。

 まきるの手には七本の棒。それぞれが周りに番号を見られないように引いていく。

 僕も引く。だがまだ番号は見ない。


「みんな引いたね? ……それじゃいくよっ」


 今この瞬間は全てが敵だ。王様になるか、もしくは王様の指名から逃れるか。それで僕達の関係は笑う側と笑われる側に分類される。


 願わくば王様に。


 だって、命令したいんだモン。


『王様だーれだっ』


 手の中の棒を確認する!


「……僕が王様だ!」


 神はいた。二回連続の罰ゲームは無駄じゃなかったっ。

 ふふふ、と僕は不敵に笑う。


「さあ、番号は何にしようかな。結構恥ずかしかったしなぁ」


 ゴクリ、と誰かが唾を飲んだ。

 僕が全てを握っている。王様万歳。

 ここで僕は閃いた。


「あ、先にカードを捲ろうかな。おじさん、別に問題ないですよね?」


「……私達の番号が分からない以上、確率に順番は関係無いだろうね」


「では遠慮無く」


 テーブルに広げられたカードの一枚を選び、掴む。僕の一挙一動にみんな注目している。王とはかくも偉大だ。


「ふむ。ではまずカードの内容を発表します。『~番が~番に次のゲームまで膝枕をする』です」


 場の空気が一段と冷える。今確信した、このセットは確実に合コン用だ。

 だけど既にそんな事はどうだって良い。


「さあて、何番にしようかな。うーん…………六」


 カマをかけるが、誰も反応しない。


「じゃなくて……二」


 ぴくり、とみなみさんの肩が震えた。


「うん、二番はとりあえず決定で」


「そ、それは卑怯ですよー! みなさん、そう思いませんかっ?」


 みなみさんの言葉に誰もが首を横に振る。今この場は戦場だ。騙される者が悪いのだ。

 残るは一つ。どの番号にするか。


「あー、じゃあ二番と六番で決定で。とりあえずみなみさんに復讐出来たし」


「んなっ!? おいっ、そこは普通別の番号だろうがっ」


 同じ手は使えなさそうだったので適当に言うと、翔子さんが立ち上がって僕を指差した。さっきの六番は翔子さんだったのか。

 僕は腕を組み翔子さんに言う。


「ふっ、王様の命令は絶対です。もう覆りませんよ。さあ、大人しく次のゲームまで膝枕されて下さい」


 僕の言葉に翔子さん以外の全員がソファ側へと移動する。おじさんとまきるが足の短いテーブルを速やかにどかし、カードはカーペットの上に置かれた。

 翔子さん以外の全員がカードを囲むようにカーペットに座る。スペースに問題は無い。

 みなみさんが正座をして、未だ立ち尽くす翔子さんに手招きする。


「いやー、よく考えればそんなに恥ずかしい事でも無かったですー。さあ、どうぞー」


 みなみさんに罰ゲームはあまり効果をなさなかったようだ。まあでも良いだろう。


 何故ならば。


「…………分かったよ、ったく」


 面白いモノが見れると既に僕は確信しているからだ。


 翔子さんはのろのろとみなみさんの隣まで歩き、カーペットの上にあぐらをかいた。小さい手で豊かな金髪を乱暴に掻き、一気にコロンとみなみさんの膝の上に頭を乗せる。

 金色の長い髪が床に散らばる。体に比べて長い手足、でもやっぱり小さい手足を緩く折り曲げて、横向きにみなみさんの太ももに頭を預ける。顔を隠そうと少し位置を変えるが、それが出来ないと悟って最終的に少し斜め下に視線を固定した。


 その姿はまるで母親に甘えなれていない幼子のようで、僕は――


「ぷすす翔子さん。違和感無いでぷすすよっ。ぶはっ」


「…………道隆。お前、絶対に次で酷い目に遭わせるからなっ」


 耐えきれなかった。

 他の人達も肩を震わせて笑いをこらえている。唯一みなとちゃんだけが不思議な顔をしていたが、恐らくまだ翔子さんが自分よりかなり年上、という事実に実感が無いのだろう。こんなに面白い光景、滅多に無いのに。

 みなみさんが翔子さんの髪を撫でる。


「何だか子供が出来たみたいですー」


「……くっそっ、なんであたしがこんな目に……! おいっ、次だ、次!」


 翔子さんが撫でられながら声を荒げる。なまじ悪気が無いのがわかっているので、みなみさんには強く言えないらしい。


 こうしてゲームは、田宮姉妹が帰るまで続いた。








 田宮姉妹に改めて礼を言われて解散し、僕とニアは家に居る。

 いつものようにニアはテーブルでテレビを見て、僕は布団に座り同じようにテレビを眺める。


「お、道隆、この料理屋は美味そうだな」


「本当だな。魚料理か……今度行ってみるか?」


「いや、流石に飲食店に猫はマズいだろう。いかに清潔でビューティフルでうふんあはんなニアちゃんでも、他の客は良い顔をしないだろうしな」


 そうか、と返してテレビを眺め続ける。ニュースの特集は終わり、CMが始まる。

 もう七月も後半に差し掛かる。学校に行くのも後少しだ。


「そういえばニア、もうすぐ夏休みだけど、どこか行きたい所とかあるか?」


「んー、そうだな」


 ニアは顔を前足で擦る。


「海、とか行きたいな」


「海ぃ?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。

 黒猫と海。白い砂浜を駆ける黒猫。はっきり言って似合わない。

 僕は頭を掻きながら言う。


「別に良いけど、海に行っても泳げないんじゃないか?」


「む、言われてみればそうだな。……というか私が行っても楽しめる場所、というのは案外少ないな。もっと猫でも遊べるレジャー施設があっても良いと思うが」


「需要無いだろ。もしくはあってもセレブ御用達だから、僕には手が出せないしな」


 そんなものかね、とニアが零す。たまに猫専用のホテル、なんて見るが正気の沙汰とは思えない値段設定だ。

 のそのそとテーブルまで移動し、テレビのチャンネルを変える。ニアがこっちを向く。


「何か見たいテレビでもあるのか?」


「いや、ニアでも楽しめそうな場所がないかな、と」


 ああな、と言ってテレビに視線を戻すニア。ゆらゆら、としっぽは揺れる。

 無作為に変わる画面に花火の映像が映った。


「お、道隆。祭りがあるぞ」


「本当だな。……今週末か」


 土曜日の夜八時から開催、の文字。場所も行けないほど遠くは無い。この辺りで一番大きな夏祭りだ。とはいっても全国的に有名な祭りほど規模はないし、本当にそれなりに、といった程度だが。


「道隆、私はこれに行きたい」


 ニアが画面を指しながら僕を見た。


「ん、近場だけど良いのか?」


「ああ、むしろこれが良い。祭りなんて参加したこと無いし、興味がある」


 祭りならいつものように抱いていくか、手提げ袋にでも入れていけばいいだろう。


「まあ、おまえがそれで良いなら良いけど。しかし、祭りねぇ…………そういえば僕も行くのは久しぶりだな」


 最後に行ったのはいつだったか。去年の夏は確か行かなかった。まきるは女友達と行ってたし、僕は家で寝ていたはずだ。

 ニアのしっぽの揺れが少し早くなるのを見ながら、テーブルに頬杖をつく。


「あんまり期待されても、ここの祭りはそこまで大きくはないぞ?」


「それでも良いさ。私は世間知らずだから全てが新鮮だ」


 ニアが何気なく呟いた。


 こいつの前の飼い主は桐原さんでほぼ間違いない。残る疑問はどうして桐原さんの下を出てきたか、ということだ。

 ニアは桐原さんを嫌っているようだったし、もしかして桐原さんは異常に束縛するタイプだったりするのだろうか。そうは見えなかったが実は二重人格だった、とか。


 テレビの画面は変わり、知らないドラマの映像が流れる。ホームドラマらしい。家族が仲良く買い物をする風景が映っている。ニアの視線がテレビに戻る。


『お母さんっ、あれ買って!』


『ダメ、我慢しなさい。お父さんだって我慢しているのよ?』


 母親らしき女性の言葉に苦笑いを零す男性。ありふれたシチュエーションだ。幸せの理想像。普通の家族。

 僕の両親は元気にしているだろうか。今度電話でもしてみよう。ぼんやりと思った。

 不意にニアのしっぽの揺れが止まる。


「…………道隆」


「ん?」


 テレビの中で子供が母親の持つ籠に菓子を入れた。それを叱る母親。笑う父親。

 振り向いたニアの大きな黒い瞳に僕が映る。


「話しがある。聞いてくれ」


 ああ、と返事をして居住まいを正す。

 空気の重さが増した。


「昨日、川辺で私は全てを話そうと思ってたんだ」


 どきり、と自分の心音が聞こえた気がした。あのときの夕焼けがフラッシュバックする。

 ニアのついていた嘘。桐原さんの所を出た理由。僕は何も言わない。テレビから団欒の声。

 ニアは目を伏せる。


「あの女に邪魔されたり、気が沈んだりと色々あって言いそびれたが、そろそろ私自身が嘘をつき続ける事に耐えられそうに無い」


 黒猫の雰囲気に合った、繊細な女性の話し声にはふざけた色など無い。

 そうか、と僕は乾いた声で返す。


 変わらないものなど無いのだろう。

 今からニアの話を聞けば、この関係は変わってしまうかもしれない。

 一緒にご飯を食べて、馬鹿を言って、笑いあう関係。


 ニアが言い出すのを待つ、なんて言っていたが、それはただ自分がこの生温い関係を保ちたかっただけじゃないのか。こいつの意思を尊重するように見せかけて、体の良い逃げ道を進んでいただけじゃないのか。


 でも、聞かないと。

 テーブルの下で手の汗をズボンで拭いながら、そんな事を思った。


「今まで黙っていてすまなかった。私を軽蔑してくれて構わない。実は私はっ」


 肩に力が入る。一瞬の空白。


 ニアが顔を上げ口を開くと、にゃーと猫の鳴き声が聞こえた。


「――っておいっ。ニア、ここでそういう冗談は無しだろっ」


 思わず肩の力が抜ける。ここでボケが来るとは思わなかった。安堵のため息が漏れる。


 にゃー、とニアは鳴き続ける。何故か首を横に振り、訴えるように僕の目を見ながら。


「おい、ニア?」


 違和感を感じてニアに呼びかける。おかしい。


 何かがズレている気がする。


 にゃー、とニアが鳴く。




 ――ニアが話せなくなった。








僕とLet'sパーティータイム!    了

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