僕と商店街3
「これがデートですか?」
「ん?立派なデートだろ?ほら、次はこれな。」
そう言って翔子さんは卵を僕の持っているカゴに入れた。
今、僕達はデパート地下の食品売り場に来ている。さくさく進む翔子さんに離されないよう、カゴを持ち直して僕は言う。
「まあ、こんなとこだろうと分かってましたけど。」
「はっ、細かい男は嫌われるぞ。おっと、これも追加だ。」
カゴの中には既に結構な量の食品が入っている。その上に更に豆腐が乗る。その食品達を眺めながら僕は言う。
「ニアの食べ物にこんなに材料が必要何ですか?」
「違ぇよ。普通に家の買い物だ。ああ、道隆。今日はニアの飯の事もあるし、ウチで飯食ってけ。」
今日は鍋にするぞ、と言って翔子さんはまた歩き出す。翔子さんの料理はおいしいので文句などは無いが、最近はお世話になりっぱなしだ。
何かお返ししないとな、と考えていると、ふと見知らぬ女の子と目が合った。
小学校低学年くらいの女の子。子供らしい動きやすそうな服装。活発さを連想させる短めの髪の毛は少し乱れていて、将来が楽しみな綺麗な顔立ちは今はどこか影が差している。
垂れ目がちの大きな瞳が涙で揺れ、その少女は駆け寄って来た。
「お願いします!助けて下さい!」
その瞳から一粒、光を反射しながら零れ落ちた。
「少しは落ち着いた?」
僕はそう言ってベンチに座る女の子に飲み物を渡し、話しかけた。
あの後、女の子は大きな声で泣き出した。目の前で泣かれ無視する訳にもいかないので、翔子さんにカゴを渡し僕達は先にデパートの階段の休憩所まで出て来ている。
ありがとうございます、と女の子は礼を言い、少し間をおいて話し出した。
「すみません。いきなり泣きだしてしまって。」
「ああ、気にしなくて良いよ。それで、一体どうしたんだ?」
年齢に比べ、とてもしっかりした喋り方だ。女の子は両手に持ったジュースの缶をそのままに、伏し目がちに語りだした。
「今日、わたしは姉とここの商店街に来たんです。姉が、テストが終わったから、って言ってわたしを誘ってくれて。」
女の子は缶をぎゅっ、と握った。
「それで、ここのすぐ隣にあるゲームセンターで遊んでたんですけど、そこで怖い人達が一緒に遊ばないか、って言ってきたんです。」
駅前と違い、ここのゲームセンターは少し柄の悪い連中が多い。女の子は続ける。
「姉は、その、少しちゃらんぽらんな所があって、何にも考えず一緒に遊びだしちゃって。それで、わたしがトイレに行った帰りに聞いちゃったんです。」
ぎゅっ、と更に缶に力がこもった。
「怖い人達が姉を連れ出して襲おう、て言ってるのを。」
「………それはマズいね。」
「わたし本当に怖くなって……!姉に帰ろう、って言ったんです!でも姉は大丈夫大丈夫、って暢気に笑うだけで……。」
女の子は震えている。小学生の女の子と高校生の男じゃ差がありすぎる。よっぽど怖かったんだろう。
「それでおまえは姉ちゃんを置いて出て来たのかよ?」
階段を翔子さんが上がって来た。女の子は小さな声でごめんなさい、と言った。
「別に怒ってねぇよ。で、おまえはどうして欲しいんだ?」
買い物袋をもうひとつのベンチに置き、翔子さんは腰に手をあてて言った。女の子は一瞬だけ僕を見て頭を下げた。
「本当に迷惑だって分かってるんですけど、お願いします!お姉ちゃんを助けるのを手伝って下さい。」
翔子さんは女の子の頭をくしゃ、と撫でニヒルな笑みを浮かべた。
「はっ、子供は迷惑かけるのが仕事なんだよ。道隆、デートコースの変更だ。そのゲーセンにさっさと行くぞ。」
「了解です。でも、もし荒っぽい事になったら翔子さんお願いしますよ?」
「当然だバカやろう。子供を守るために親はいるんだ。」
ほら行くぞ、と女の子の手を取り歩き出す翔子さん。あ、ありがとうございます、と困惑気味に僕と翔子さんを見比べて女の子は言った。女の子の言いたい事は分かる。でも説明するより見せた方が早いだろう。
買い物袋を持ち、僕は翔子さん達の後を追った。