僕と商店街2
自転車を修理屋に預ける。夕方にまた取りに来てくれ、と言われた。承諾し、ニアの首輪を探しに僕は歩き始めた。
「首輪か………。とりあえず時間はあるし、それらしい所を探すか。」
目に入るのは様々な看板。休日だけあって人通りは多い。
この東通り商店街はその名の通り、駅の東に位置している。寂れた気配は無く地域に愛され、世間一般で言うシャッター街とは程遠い。観光地があまりないこの街の重要な歓楽街でもある。
どんな首輪にしようか、とぶらぶら歩いていると前方にペットショップが見えた。安直だが間違いは無いだろう。僕はそこを目指し歩いていった。
犬のシルエットを使った看板。中に入ると、白を基調とした壁紙に原色の色分けがポップな雰囲気だ。様々な動物が居るが主に犬や猫が多い。需要というやつか。それから動物用玩具や食品等、当然だが動物に特化した品揃えだ。
首輪はどこかな、と店内を巡る。僕を見る動物達のつぶらな瞳。遊んであげたい誘惑を振り切り、首輪コーナーにたどり着いた。
店に来店のチャイムが響く。
気に留めず商品を物色する。シンプルにタグの付いた赤い細身の首輪かちょっと高級な皮製の首輪か。この2つまで絞り込んだ。しっぽのリボンに合わせるか、ニアの無駄に上品な雰囲気に合わせるか。
決めあぐねていると若い男の店員さんが出て来た。男の店員さんは僕の後ろを通り、猫の一角へ移動する。顔見知りのお客さんが居るらしく、笑顔で何かを話している。お客さんは商品が邪魔で見えない。
僕が商品に視線を戻し、どちらにするかまた悩み始めた時、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「だから、今日は動物を見に来た訳じゃねぇんだよ。猫の餌でな、こう、人が食べても美味いやつが無いか探しに来たんだ。」
「ああ、そうなんですか。てっきりいつもみたいに猫を触りに来たのかな、と思って鍵を持ってきたんですが失敗しましたね。さて、人が食べても美味しい猫の餌、ですか…………少し待って下さい。ちょっと調べて来ますね。」
「おう、頼んだ。」
男の店員さんはまた僕の後ろを通り、従業員用の部屋に入って行った。僕はそのお客さんの居る猫の餌コーナーに移動した。
「翔子さん、何やってるんですか?こんな所で。」
「うひゃあっ!!道隆っ!?」
後ろから声をかけるとびっくりした様子で振り返る翔子さん。目線を泳がせながら体に比べて長い、けどやっぱり成人女性の平均の長さとしては短い手足をぱたぱたさせながら翔子さんは言った。
「ほら、アレだよアレっ。そのアレだ、そう!ニアの食べ物だっ!」
目的を説明して落ち着いたのか、その長い金髪を掻きながら翔子さんは言う。
「ふう。道隆、結局ニアにはまだつまみとかバター塗ったパンとか、んなもんばっかりやってるんだろ?前に言ったけどそれじゃ健康に悪いぞ。」
腰に手を当てて翔子さんは続けた。
「ニアと会った日からパソコンとかで調べたんだけどよ、あたしはそういうのが苦手だから上手く出来なくてな。光太郎は何か新しい小説を思い付いたらしくて忙しそうだし、まきるは論外だろ?だから、しょうがなくペットショップに訊きに来たんだよ。野暮用があって遅くなっちまったけどな。」
本当はこういうとこは恥ずかしいから来たくなかったけどよっ、と良く分からない意地を張る翔子さん。西洋人形のような可愛さはここのファンシーな雰囲気にぴったりだが、本人は嫌がっているので言わないでおこう。
そうだったんですか、と言うと、翔子さんは僕の右手の首輪を見つけた。
「それ、ニアにつけるのか?」
「え?ああ、一応候補ですよ。まだ決めてないんですけど。」
首輪コーナーを指差し僕は言った。
「良かったら翔子さんも選ぶの手伝ってくれません?あんまりこういうセンスに自信無くて。」
「あたしだってねえよ。」
首輪ねぇ、と呟いて翔子さんは首輪コーナーに歩いていった。その後ろについていく。
視線より高い位置にある色とりどりの首輪を見上げる翔子さん。やたら刺々しい色の首輪や紐の取り外しが出来る首輪。それらを過ぎて、翔子さんの視線は一つの首輪に止まった。
ハートのついた可愛らしい首輪。ピンクと白が眩しい。
翔子さんは少しそれを眺めた後、僕の手にある2つの首輪を指して言った。
「それのどっちかで良いんじゃねえか?」
「そうですか?」
「あたしは赤い方が良いけどな。」
翔子さんはそう言って店内を歩き始めた。
僕は手の中の2つの首輪と、翔子さんの見ていたハートの首輪を見比べる。ハートはニアの趣味じゃないしな、と思って皮の首輪は棚に戻し、タグのついた赤い細身の首輪を手に残した。翔子さんも言ってたし、これを買おう。
店員さんはニアの食べ物を探してくれている。急かすのも悪いので、翔子さんと世間話をしながら待つことにしよう。
僕は翔子さんの後を追った。
「お待たせしました。あれ、お知り合いですか?」
数枚のプリントを片手に戻ってきた店員さんは、僕をちらりと見た後に翔子さんにそう言った。
「ああ、その大層な美食家の猫の飼い主だよ。んで、良さそうな餌はあったのか?」
「そうでしたか。ええとですね、一応調べてはみたのですが、やはりそもそも猫と人は味覚から違いますからね。結論から言えば有りません。」
「そうか……。まあ、仕方ねぇわな。」
「ですので、これをどうぞ。」
そう言ってプリントを翔子さんに渡す店員さん。
「それは成人の猫の必要な栄養や食べさせてはいけない食べ物などをまとめたものです。」
「おお、サンキュー!これなら自分で作れるな。」
「いえいえ、期待に応えられないのなら代案を用意するのは当然です。」
プリントを貰って喜ぶ翔子さん。それを隣で見ていると店員さんが声をかけてきた。
「お客様、お買い上げですか?」
「え?ああ、はい。」
「ではレジへどうぞ。」
僕の持っていた首輪を見つけたらしい。他に欲しいものは無いので素直にレジに向かった。翔子さんは熱心にプリントを見ている。
会計を済ませると、店員さんが笑顔で話しかけてきた。
「ときにお客様。お客様は翔子さんとどういった関係ですか?」
「え?どういった、って言われても………。」
「そうですね、いきなり質問は不躾でしたね。言い方を変えましょう。」
店員さんは商品を渡しながら言った。さっきから眉一つ動かない笑顔が怖い。
「もし、翔子さんを泣かせたり、悲しませたりしたら…………分かりますね?」
「な、泣かせる?いやいや、いつも僕が怒られてばっかりですけ」
「怒られてばっかり!?……………お客様、少々お話があります。ちょっと事務所まで来て頂けませんかゴルァ。」
「えっと、ありがとうございましたっ!」
店員さんの笑顔に血管が浮かび始めたので、僕は焦って商品を掴み翔子さんの所へ戻った。危険の匂いしかしない。
「翔子さんっ、早めに出ませんか?」
「ん?まあ用事は済んだから別に良いけど、どうかしたのか?」
「良いから早くっ!」
「ええ?……分かったよ。水蓮寺、じゃあな。これ、助かった!」
未だレジで笑顔の店員さんに手を振りながら礼を言う翔子さんを僕は引っ張って店を出る。
ふう、とひとつ汗を拭く。翔子さんが怪訝な顔をして話しかけてきた。
「道隆、いきなりどうしたんだよ?」
「どうしたもなにも、あの店員さんちょっとヤバいですよ。」
「水蓮寺が?いや、あいつは良いやつだぞ。」
「知り合いなんですか?」
僕が訊くと翔子は露骨にしまった、という顔をした。
「い、いやそういうワケじゃ無くてなっ。色々してくれたし、……ほら!このプリントとか!」
「はあ、まあそうですね。」
「だ、だから水蓮寺は良いやつだぞ。別に顔見知りだ、とかそういうことじゃねえからな!」
翔子さんは嘘が大の苦手だ。大方のところ、良くあのペットショップには行っているんだろう。自分の外見のコンプレックスのせいで本人は嫌いと言うが、実際は可愛いものが好きな翔子さんらしい。
数々の嘘の穴を無視して僕は話を変えた。
「そうですね。ところで、そのプリントでニアの食べ物って作れそうですか?」
「お、おう。ちょっと待て。」
安堵の息を吐き、プリントを見直して翔子さんは言う。
「ああ、多分大丈夫だ。これならどうにかなるだろ。よし、道隆。」
「はい?」
桜色の唇をニヒルに歪めて翔子さんは言った。
「今からちょっくらあたしとデートだ。」




