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僕と風呂2




「あ、道隆君、ニアちゃん遅いよっ。もうみんな準備出来てるんだよ。さあ、温泉へレッツゴー!」



 日差しが強い。暑さに負けず、向島家の前まで来た僕とニアを迎えたまきるはそんな事を言った。



「温泉?準備?何の話だ?僕はシャワーが壊れたから、ちょっと風呂を借りに来ただけだぞ。」


「だから、それをお母さんに話したら、じゃあみんなで温泉に行こう、って話になったのっ。」



 ほらほら行くよっ、と車庫に行こうとするまきる。状況を飲み込めないでいると、おじさんが家から出て話しかけてきた。



「いやね、丁度この前一仕事終えて、息抜きがしたかったんだ。翔子さんとまきるから道隆君の事を聞いて、コレしかない、と思ってね。」



 温泉なんて久しぶりだよ、と朗らかに言うおじさん。はあ、と気の抜けた返事をする。ただ風呂に入りたいだけなのに大事になってしまった。

 アスファルトが熱いため、手提げの袋の中から顔を出しているニアが言った。



「……私は猫なんだけど大丈夫なのか?」


「ああ、大丈夫だよ。私の友達が経営してる所なんだけど、聞いてみたら快諾してくれたよ。個別の露天風呂だから、他の客も気にしなくて良いから。」


「おお、それはありがたい。」



 車庫から車が出てくる。運転席には中学生、下手したら小学校に見える金髪の翔子さんが乗っている。いつも思うが捕まらないか心配だ。運転席から翔子さんが顔を出して言った。



「ほら、3人とも早く乗れ。」



 その言葉に従い車の後部座席に乗りニアを膝の上に出す。おじさんは助手席、まきるは隣だ。ニアにちょっかいを出すまきるを防ぎながら、車は静かに走り出した。







「その温泉って遠いんですか?」



 走り出して数十分。車は街を抜け、辺りには木と川しか見えない。僕はおじさんにそんな事を聞いた。おじさんは地図を見ながら答える。



「いや、多分もう少しで着くはずだよ。実はまだ行った事は無くてね。話だけは聞いていたんだけど……翔子さん、次の信号を左折で。」



 あいよ、と翔子さんが答える。結構な山奥だ。まきるとニアは何が楽しいのか、時折見える茶色い山肌や大きな岩を見て騒いでいる。おじさんは地図を畳み言う。



「ふぅ、この坂を登りきったら見えてくるはず。随分と山奥だけど……。あ、見えてきた。」


「えっ、どれどれっ?」



 風景を見ていたまきるが、助手席と運転席の隙間から身を乗り出す。途端にまきるが声を上げた。



「すごーい!なんかものすごい豪華だよっ!みてみてっ、2人とも!」


「これは……おじさん、本当に良いんですか?こんな高そうな所。」



 純和風の建物。大きく比較的新しいが、そこに安っぽさなど微塵もない。手入れされた木。駐車場の中央にある石造りの看板には崩した書体で『棚葛』と書いてある。読めない。



「前に約束してて無料にしてくれるからね。遠慮はしないでくれ。ちなみにあれは『たなつづら』と読むんだよ。」


「猫を舐めちゃいけない。あのくらい読めるさ。」



 勉強の出来る猫、ニアが答えた。まきるが、全然読めなかったよー、と笑った。よし、僕は読めていた事にしよう。

 そうやって話していると車が止まる。翔子さんが言った。



「ほら、着いたぞ。荷物を忘れんなよ。特にまきる、お前は抜けてるから気を付けろよ。」



 はーいっ、と元気良く返事をして車から降りるまきる。僕達も荷物を持ち車から降りた。

 入り口へ向かうと知らない男性が出迎えてくれた。その男性はおじさんに話しかけた。



「光太郎さん、お久しぶりです。やっと来てくれましたね。」



 そう言って苦笑する男性。見た目は30代前半で、少し太めだ。おじさんが手で挨拶を返しながら言った。



「いや、悪い。ちょっと最近忙しくてね。どうだい、繁盛してるかい?」


「おかげざまで。それにしても急すぎますよ。空きがあったから良かったものの……。」



 まあ良いじゃないか、と笑うおじさんを呆れた目で見る男性。この人がおじさんの友達らしい。おじさんは男性を僕達の方に向けて言った。



「紹介しておこうか。この人は私の高校の頃の後輩で、江島郁夫と言うんだ。」


「紹介に預かりました、江島郁夫です。本日はご利用頂きまことにありがとうございます。」



 そう言って深々とお辞儀をする江島さん。それに慌ててお辞儀を返す。江島さんは続けた。



「翔子さんもお久しぶりです。相変わらずお変わり無いようで。」


「嫌みか。おまえも元気そうだな。ってか太ったな。」


「ぐふっ!気にしてるんだから言わないで下さいよ……。」



 翔子さんが笑いながら返すと江島さんは結構本気で傷付いていた。江島さんはまきるの方を向いた。


「ええっと、まきるちゃん……だよね?覚えてる?小学校の頃に一度だけ会った事があるんだけど。」


「そうなんですかっ?……うう、思い出せ無いですっ、すみません。」


「ああ、良いよ良いよ。少し話しただけだしね。それと……光太郎さんって息子居ましたっけ?」


「まあ、半分くらいはそうだけど。その子は真二の息子だよ。道隆君って言うんだ。」


「ああ、杉村さんの!通りで見たことあるなと……。……ああっ、ごめん。初めましてだね。よろしく、道隆君。」


「あ、はい。今日はお世話になります。」



 今日はゆっくりしていってくれ、と笑顔で僕の肩を叩く江島さん。陽気な人だ。

 こっちこっち、と江島さんに連れられフロントに行くと鍵を渡された。



「ここは温泉旅館だからね。各部屋に露天風呂が付いてる。猫も本当は駄目だけど、もし何か言われたら僕の名前を出せば大丈夫だよ。」



 ありがとうございます、と礼を言うと江島が急に小声で言った。



「全員家族だと思ってたから一部屋しか取れなかったんだ。もう空きはないから変更は不可。因みに露天は部屋から覗き放題だ……。後は分かるね?」


「ええ、あなたがどういう人か分かりました。」



 はははっ言うね、と豪快に笑う江島さん。手提げ袋のニアが、覗きは駄目だぞ、と言った。

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