僕と友人2
「晃、何でこんな時間にこんな所にいるんだ?おまえの家は確か大分遠い地区の筈だろ。」
この容姿端麗、頭脳明晰な友人、周防晃は愛すべき馬鹿である。
「いやな。昨日、テレビを見たんだ。」
低めの地声。艶のある声で晃は続けた。
「その中でヒーローとヒロインの出会いがあってな。登校中に、パンをくわえたヒロインに曲がり角でぶつかると恋に落ちる、というものだった。ああ、直感したよ。これなら行ける、とな。」
「おまえそれ二次元の話だろ。」
こういう訳の分からない発想で行動し、大体不発か暴発で終わるくらいの馬鹿であり……―
「二次元や三次元なんぞはこの際関係ない!俺と向島さんの出会いには、このくらいの劇的な演出が必要なんだ!」
「そうは言っても今日は日曜日で休みだぞ?まきるは多分まだ寝てるだろうし。ってかおまえ、まきるとは初対面でも何でも無いじゃないか。」
「……はっ!?言われて見ればその通りだな。仕方ない、この作戦はまた明日にしよう。」
……―その行動理由の大半が向島まきるのため、という愛すべき友人である。
「しかしこの作戦はぶつかるごとにパンを落としてしまうのが難点だな。」
立ち上がり、制服を叩き、付いた汚れを落とす晃。もったいない、とパンを拾ってぶらぶらさせていると、晃が塀の上のニアを見つけた。
「ほら黒猫、飯だぞ。」
「道隆、悪気は無いんだろうが、一発はたいてから断ってくれ。」
了解、とニアに目で合図して、未だにパンを食べさせようとする晃の頭をはたく。
「晃、そいつは僕の飼い猫だ。結構な美食家だから落ちたパンは食わないぞ。」
ニアが塀から降りて足元によって来る。晃が残念そうに言う。
「なんだ、それなら仕方ない。面倒だが、どこかゴミ箱でも探しに行くか。」
「それならウチに来るか?」
「いいのか?こんな早朝に。」
別にすぐそこで一人暮らしだし、と僕が言う。では、お邪魔させてもらおう、と晃が返した。常識的な行動をとらないのに、無駄に常識的なやつだ。
足元のニアを抱き上げて歩きだす。晃は後ろで、ほうこの辺りが……とか、もしやあそこが……とかぶつぶつ言っている。ニアが胸の中から小さな声で話しかけてきた。
「抱っこなんて、えらく情熱的だな。なかなか女性の扱いが上手いじゃないか。」
「歩道は危険がいっぱいなんだろ?精々安全に家までお送り差し上げてやるよ、マドモアゼル。」
互いに小さく笑い合った。
家に入ると晃も、お邪魔します、と入ってきた。ニアもぴょん、と腕から飛び降りて布団の上に収まった。
晃とは高校生になってからの友達だが、おそらく学校でまきるの次に仲の良い人物である。互いにどの辺りに住んでいるというのも知っているし、学校帰りに遊ぶ事もある。だが、晃の家が遠方にあるというのもあって、家に遊びに来たことはなかった。
さて、晃を家に呼んだのには訳がある。パンを捨てるためというのもあるし、本当に家が近かったから、というのも勿論ある。しかし、もっと明確で切実な理由があって僕は晃を家に呼んだ。
「ところで晃、テスト勉強はどんな感じだ?」
「なかなか異な事を言うな。そんなものは授業中を受ければ充分ではないか。」
ぐっ、……そう、こいつはとても頭が良いのだ。昨日も結局テスト勉強は出来なかった。そろそろ踏ん張らないとヤバい。僕は提案する。
「そうかそうか、じゃあ頼みがある。僕のテスト勉強に付き合ってくれ。」
「断る。俺は向島さんの家を探す、という崇高なる使命があるからな。」
「そうだな……3時まで勉強に付き合ってくれたら、まきるの家を教えてやる。」
「ほら、何をやっている、道隆。勉強を始めるぞ。時間は有限だが知識は無限だ。休んでる暇は無いぞ。」
こいつの良いところは扱いやすい所であるが、そろそろ通報されないか心配である。
勉強を始めてしばらくたった。晃の教え方は独特だが、それ故に頭に残りやすい。ニアはテレビを見ているようだ。僕は休憩がてらに晃に話しかけた。
「ふう、結構進んだな。そういえば晃、結局まきるにあの話はしたのか?」
「愚問だな。」
晃は頭を振り、僕の目を見て言った。
「そのために今日はここまで来たんだ。」
「……もしかして、ちょっと前に話した『まきるの家と僕の家は近い』っていう情報のみでか?」
それだけで充分だ、と言わんばかりに頷く晃。恐る恐る僕は聞く。
「……まさか、あの曲がり角で手当たり次第にぶつかっていた訳じゃないよな?」
何を馬鹿な、と憮然とした顔で晃が答えた。
「あの曲がり角だけじゃなく、場所を変えて朝の5時からやっていた。」
「おまえ迷惑過ぎるだろ!!」
こいつはあまり迷惑になるような事をしないやつだと思っていたのに。僕が通報すべきだろうか?そう思っていると、いや、と晃が反論した。
「やはり大体は当たる前に気付いて避けられてしまった。それに、当たったのは道隆で4人目だったが、前の3人の女性は普通に謝ったら許して貰えたぞ。」
何故か電話番号まで貰ったしな、と真面目に言う晃。まあ確かに、女性からしたらパンをくわえた美少年に朝からぶつかったら、運命を感じるのかも知れない。いや、感じてしまった女性はご愁傷様だ。だからな、と晃は続けた。
「今日は勇気を出してここまで来た。まあ、出会う確率は低いだろう、と思っていたら道隆に会った。これはもう告白するしか無いだろう。」
かなり飛躍した。こいつはとても一途だが、それ故に空回りしてしまっている。しかし、こういう奴はとにかく、一度告白でもした方が早いのかもしれない。だが……―
「晃。おまえ、まともにまきると話せるようになったのか?」
「いや、未だに会話した後、記憶が半分くらい消えている。」
まずはそこからか、と思っているとニアが僕の足に乗ってきた。丁度、あぐらに収まる形だ。うーん、どうしたら……、と悩んでいる晃を見て、ニアは言った。
「なんだか、まどろっこしいな。好きなら好きと言えば良いじゃないか。意識させることが重要だ、となにかの本にも書いてあったぞ?」
難しい問題だな、とニアを撫でてやりながら、半分晃にも向けて言った。
好き、嫌い。たったそれだけだが、その2つの間にはとても多くの気持ちがある。好きだから嫌いになることもあるし、嫌いな所があっても好きになる。大きな愛に、多くの憎しみが含まれていることすらある。桐原さんは何をしているのかなぁ、と思った。
ピンポーン、とチャイムがなった。
思考が現実に戻ってくる。晃はまだ、夕日の見える公園で……、とか唸っている。ニアが足から降りた。勧誘か何かかな、と思いながら玄関に向かう。僕が開ける前にドアが開いた。
「こんにちはーっ!道隆君っ、勉強おしえて下さいなーっ!」
「邪魔するぞっ…と。ほらまきる、靴くらいきちんと揃えろ。……ん?おう、道隆。朝ぶりだな。」
えと、こんにちは、と挨拶を返す。玄関には学校指定の鞄を持つ爆裂元気娘と、体に比べて大きめの重箱を持った不良金髪母がいた。
「むっむむむっむっむっ向島さんっ!?お、俺の心臓がハートブレイクッ!!」
居間から奇声が聞こえた。