僕とおば……翔子さん3
※注意
この話には性的暴力(未遂)の描写があります。苦手な人はこの話を読まずに次話へどうぞ。問題の無いように次話にはあらすじを書いておきます。
最後に、この話はコメディーです。
ではどうぞ。
「黙れ、道隆。おまえは今からあたしの質問に答えろ。」
もう二十年以上前の事だ。あたし、向島翔子は不良だった時代がある。それはもう、手が付けられないくらいの。
街で喧嘩は日常茶飯事だったし、恨みを買うことも良くあった。街を闊歩する柄の悪いヤツらにとって、この外見は恰好の的らしい。
あたしは、この外見が大っ嫌いだ。
幼稚園の頃は周りと同じ、普通の普通の子供。みんなと外で遊ぶのが何より楽しみで仕方がなかった。
だけど、小学校の頃から少しずつみんなの態度が変わっていった。
始めは男子。仲の良かった男の子はどこか態度が変わり、休み時間にドッジボールを一緒にしてくれなくなった。無理矢理入っても手を抜く。あたしはつまらなかった。それでも、それ以外の遊び方を知らなかったあたしは男子に混ざって遊んでいた。
次は女子だった。男子と遊ぶあたしを見てふけつ、とかしりがる、とか陰口を言うようになった。それだけなら良かったけど、次第にあたしが話しかけても無視したり、あたしの持ち物を隠したり、どんどん行為はエスカレートしていく。
その頃のあたしは自分が何故いじめられるのが分からなかった。だからある女子に聞いてみた。どうしてこんなことをあたしにするのか、と。その時の女子の顔は今でも覚えている。
「だって、あなたのかお、人形みたいで気持ちわるいもん。男の子もみーんなおもってるよ。あなたみたいなのがちかよって来て、気持ちわるいって。」
あなたがわるいのよ、と心底嫌そうな顔をして女の子は言った。
あたしは泣いた。訳も解らず泣いた。そんな事、考えた事もなかった。顔が気持ち悪いなんて言われてもどうしようもない、そう思ってまた、泣いた。
女の子に言われて、男子の輪の中にも入れなくなった。後で知った事だが、女の子は当時あたしと仲の良かった男の子が好きだったらしい。その行為は小学校を卒業するまで続いた。ただ、自分の顔が嫌いだった。
中学校に入ったらいじめはパタリと無くなった。新しい環境、新しい人間関係であたしに構う余裕が無くなったんだろう。あの女の子は違う中学校に行ってしまった。これでやっと元に戻るんだ、とあたしは思った。事実、中学校生活が半ばに差し掛かる頃には友達もでき、あたしは笑えるようになっていた。思うように伸びない身長、変わらない顔のせいで変に過保護にされた気がする。
運動がしたかったが、男子に混ざって遊ぶ気にはなれなかった。家で映画ばかり見て過ごしていた。人とは少し違う女の子が、最後はその違いも全部ひっくるめて成長していくストーリー。その映画が大好きで繰り返し見ていた。その少女のようになりたいと思った。
自分の顔は相変わらず嫌いだった。
高校生の入学式の日、実の父親に犯されかけた。
入学式が終わり、帰って風呂から上がって鏡を見る。映るのは小さく、細い体。何度見ても変わらない子供の様な顔と長い黒髪。胸だけは何故か成長していて、アンバランスさが気持ち悪かった。まばたきを止めると、人形のように見えて吐き気がする。
ため息をついて服を着ようとすると、突然ドアが開いた。血走った目をした父親がいきなり抱きついてきた。訳も分からずとにかく、やめて、と叫ぶ。父親は耳元で、お前が悪いんだ、お前が、と繰り返し呟いていた。押し倒される。乱暴な手つきで体を触ってくる。あたしの頭を撫でてくれた手で、あたしの胸を触っていた。お父さん、と必死に叫ぶ。我に戻ったのか、父親は尻餅をついて壁に背中がぶつかるまで下がった。
心の中がぐちゃぐちゃだった。無言で脱ぎ捨ててあった制服を着る。すまない翔子、とかすれた声で謝罪する父親。気の迷いだったんだ、お前があまりにも人形のように綺麗だから……、と言いながら、恐る恐る頭を撫でようとする父親。その手が今までとは全く違う、汚らわしいモノに見えた。あたしはそれから逃げるように家から出た。またあたしの顔のせいなのか、と泣いた。
落ち着いて家に戻っても、父親は何もして来なかった。ただ見えない壁が出来た。顔を会わせたくなくて、深夜ぎりぎりまで繁華街で過すようになった。声をかけてくる男共。そいつらの下心のこもった目が嫌いで、無理矢理連れて行こうとするヤツらを血祭りに上げる。どうやらあたしは喧嘩が滅法強いらしい。その頃、髪は金髪に染めた。
家に帰っても寝るだけ。起きたら家を出て深夜まで帰らない。母親はあの出来事に気付いているらしい。あたしには無関心になった。大好きだった映画は見なくなっていた。
そんな時、向島光太郎に出会った。
夜の繁華街で日に焼けた事も無さそうな生っちょろいヤツが声をかけて来た。珍しいタイプのヤツだな、と思いながらいつものヤツらと同じように叩き潰しておいた。
次の日、久しぶりに学校に行って見ると、自分と同じクラスに体中に包帯を巻いたそいつがいた。馴れ馴れしく話しかけてきたから、もう一度叩き潰しておいた。そしたらジロジロとあたしを見ていたクラスのヤツらは、こっちを見なくなった。
さらに次の日、学校をサボってゲーセンで時間を潰していると、昨日より包帯を増やしたそいつが話しかけて来た。学校サボってまでこいつは何をやってるんだ、と思った。また叩き潰しておいた。地面に突っ伏したそいつは、明日は学校に来るのかい、と聞いてきた。行くつもりは無かったが面倒だったから、ああ、と答えた。そいつは、そうか、と笑った。
そのまた次の日、あたしは何故か学校に来ていた。朝早く起きてからすぐに家を出たから、始業まで時間がある。だけど、教室は朝の静けさとは別の静寂が支配していた。
やっぱりサボろうと思って教室を出る。すると、そいつと廊下で鉢合わせした。そいつは、どこに行くの、と聞いてきた。あたしはとっさに、映画館、と答えた。そしたらそいつも付いてきた。今度は殴らなかったのは、多分今日の上映予定があの映画だからだ。久しぶりにあの映画を見た気がする。
そいつはそれからも、ことある事にあたしに話しかけて来た。あたしは前より学校に行くようになった。
そいつ……向島光太郎の親友らしい、杉村真二とも知り合った。いつの間にかクラスメイトにも話しかけられる様になった。とても友達、なんて言えるものじゃ無かったが。あたしはこれっぽっちも思っていないが、光太郎が言うにはあたしたちは友達らしい。放課後、部活動生の掛け声を遠くに聞きながらそんな話をしていた。
あたしは光太郎の家で、またあの映画を見るようになった。自分の顔は気にならなくなっていたけど、この映画の主人公のようになれたらな、と思った。それがいつしか目標になった。
あたしにやられた不良が校庭に大勢を連れてやって来た時も、川に流れていた猫を助けた時も、光太郎に告白した時も、いつもあたしはあの映画の少女ならどうするか考えて行動した。だけどあの少女にはなれなかった。当たり前だ。あたしには相棒がいない。この世に存在しない生物。幸せだったし後悔も無かったけど、あたしはあの少女にはなれない、と悟った。
あれから二十数年が経った。まだ自分の外見は好きになれていない。
今になってあたし、向島翔子は考える。もし、あの少女になれたら。もし、自分の事が好きになれたら。向島光太郎と向島まきるの隣に胸を張って立てるんじゃないか、と。あたしは口が悪く手も早い、性格だって全く可愛げがない。きっと二人はそんなあたしの事で、人からからかわれたこともあるだろう。
二人のために、そして自分自身のために、あたしは変わりたい。
「この猫は……―ニアは喋る猫か?」
はい、と道隆が答える。続けて何かを言っていたが今のあたしに気にする余裕は無い。
脳裏に蘇るのは、空飛ぶ箒にまたがる魔女の少女。そして喋る黒猫。
某有名スタジオの魔女が宅急便をするアニメが、あたしの憧れた映画だ。
「あたしを魔女にしてください。」
あたしは生まれて初めて土下座した。
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僕、杉村道隆の脳内衝撃映像ベスト3に易々とランクイン出来る光景が目の前に広がっている。あの翔子さんが。仏と出会えば仏を殴り、神と出会えば神を蹴る、あの翔子さんが。
土下座をしている。
喋る猫のショックから立ち直ったのかおじさんが言う。
「あー、そういうことかな。昔からあの映画好きだったからね、翔子さんは。」
「映画?それがどうかしました?」
「いや、ね。私も混乱しているけど。とにかく、翔子さんはね。」
麦茶を一口飲んで、おじさんは続ける。
「昔から魔女の宅急便が大好きなんだよ。」
そういやたまにキキになりたいとか言ってたなぁ、とおじさんが呟く。
キキ?ジジ?何で?
次回、魔法少女翔子ちゃん、爆誕!!