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英雄騎士物語 ―落ちこぼれ王女と魔法を使えない少年―  作者: kyuto
第3話 ランキング戦に向けて

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落ちこぼれ王女の武器

 その日の放課後。


 優斗がハヤトとの鍛錬に励んでいる頃、ルイはルーナとともに、学園の魔法練習場へ向かっていた。


「……優斗、大丈夫かな」


 歩きながら、ルイがぽつりと呟いた。


「また兄さんにボロボロにされてるんじゃないかって?」


「う、うん……」


 昨日の模擬戦を思い出す。


 剣で脇腹を貫かれ、それでも諦めずに立ち向かった優斗。


 結界のおかげで傷は治ったものの、あの光景は今も目に焼きついている。


「心配しなくても大丈夫だって! 兄さんだって、ちゃんと加減くらいするよ」


「……本当に?」


「……たぶん!」


「たぶんなんだ……」


 ルイは不安そうに眉を下げた。


「それより、あんたは自分の心配をしなさい!」


「えっ?」


「今日からルイも特訓なんだからね。優斗にばっかり頑張らせるつもり?」


「そ、そうだよね!」


 ルイは慌てて背筋を伸ばした。


「私も頑張らないと!」


「その意気、その意気!」


 ルーナに背中を軽く叩かれ、ルイは小さく笑った。


 優斗は、ハヤトに挑んでまで強くなろうとしている。


 だったら、自分も。


(……足を引っ張るだけじゃ、嫌だもんね)


 ルイは胸の前で、ぎゅっと拳を握った。


     ◇ ◇ ◇


 魔法練習場に到着すると、すでに二人の人影があった。


「あっ! お姉ちゃん!」


 ルイの顔がぱっと明るくなる。


「アイクも! 来てくれたんだ!」


「やっほー、ルイちゃん」


 アイクはいつもの調子で片手を上げた。


「いやぁ、忙しいって言ったんだけどね。ルミナに強制的に連れてこられちゃってさ」


「あら?」


 ルミナはにっこりと微笑んだ。


「私は、たまには王家に貢献しないとお父様に報告しますよ、とお伝えしただけですけれど?」


「それを世間では脅迫って言うんじゃないかなぁ」


「何かおっしゃいました?」


「冗談だよ〜」


 アイクは悪びれる様子もなく、ひらひらと手を振った。


「……まったく、あなたという人は」


 ルミナは呆れたようにため息をついた。


「あはは……相変わらずだね、アイク」


 ルーナが苦笑する。


 そんな三人のやり取りを見て、ルイは思わず笑ってしまった。


「でも……ありがとう! みんな来てくれて、すごく嬉しい!」


「そんなに喜んでもらえるなら、来た甲斐があったよ」


 アイクが優しく笑う。


 ルミナも表情を和らげた。


「それじゃあ、時間がもったいないですし、早速始めましょうか」


「はい!」


     ◇ ◇ ◇


「まずは、今の実力を確認しましょう」


 ルミナはルイへ向き直った。


「ルイ。今年の能力測定の結果を見せてくれる?」


「……えっ」


 ルイの笑顔が、ぴたりと止まった。


「……でも」


「どうしたの?」


「……その……」


 ルイは視線を落とした。


 能力測定。


 毎年、自分の実力を数字で突きつけられる、あまり好きではない行事。


 特に攻撃魔法の適性は、今年も低いままだった。


「……あんまり、いい結果じゃないよ?」


「いい結果かどうかを決めるために見るんじゃないわ」


 ルミナは穏やかに言った。


「あなたに何ができて、何を伸ばせるのか。それを知るためよ」


「…………」


「だから、見せて?」


「……うん」


 ルイは小さく頷いた。


「ちょっと待った!」


 そこでアイクが口を挟んだ。


「ルイちゃんだけ見せるのは不公平じゃない? みんなで見せ合おうよ」


「あら、確かにそうね」


 ルミナは指を鳴らした。


 すると、何もなかった空間に一枚の羊皮紙が現れる。


「じゃあ、私から」


「私も!」


 ルーナも指を鳴らし、同じように羊皮紙を取り出した。


 ルイもそれにならい、自分の測定結果を用意する。


「……ど、どうぞ」


 おずおずと差し出した羊皮紙を、三人が覗き込んだ。


 そこには、今年の能力測定結果が記されていた。


【ルイの能力測定結果】


* 魔力の性質:白6/黒4

* 魔力量:C

* 属性適性:火D/水C/風B/雷D/地C/無C

* 魔法適性:攻撃D/防御A/回復B/補助B/身体強化D


「へえ……!」


 最初に声を上げたのはアイクだった。


「なかなか面白い結果だね!」


「えっ……?」


 ルイは驚いて顔を上げた。


「面白い……の?」


「うん。かなり特徴がはっきりしてる」


「そうそう! 全然悪くないじゃん!」


 ルーナも嬉しそうに頷いた。


「……本当?」


「もちろん!」


 ルイは半信半疑のまま、ルミナへ視線を向けた。


「そうね。攻撃適性が低いのは、確かに課題だわ」


「……うん」


「でも、防御適性はA。回復と補助もBでしょう?」


 ルミナは羊皮紙の一部分を指差した。


「これだけ得意分野がはっきりしているなら、戦い方を考えやすいわ」


「……戦い方?」


「ええ。あなたは一人で戦うわけじゃないんですもの」


 その言葉に、ルイは目を瞬かせた。


「……優斗と?」


「そうよ」


 ルミナは微笑んだ。


「あなたには、サーバントがいるでしょう?」


     ◇ ◇ ◇


「ちなみに、お姉ちゃんたちの結果は?」


 ルイが尋ねると、ルーナは待ってましたとばかりに羊皮紙を広げた。


【ルーナの能力測定結果】


* 魔力の性質:白7/黒3

* 魔力量:B

* 属性適性:火D/水A/風B/雷D/地C/無C

* 魔法適性:攻撃B/防御B/回復C/補助B/身体強化C


【ルミナの能力測定結果】


* 魔力の性質:白6/黒4

* 魔力量:A

* 属性適性:火A/水C/風C/雷A/地C/無C

* 魔法適性:攻撃S/防御B/回復B/補助B/身体強化A


「うわぁ……」


 ルイは思わず声を漏らした。


 ルーナの水属性適性はA。


 そしてルミナの攻撃魔法適性は、最高評価のS。


「……やっぱり、すごいなぁ」


 羨ましさが、胸の奥にじわりと広がる。


(……私も、こんなふうに魔法が使えたら)


 そんな気持ちを振り払うように、ルイはアイクへ顔を向けた。


「アイクのは?」


「僕?」


「うん! 一番気になる!」


「残念。僕、毎年は測定してないんだよね」


「ええっ!?」


 ルイが思わず身を乗り出した。


「なんで!?」


「だって、自分の能力なんて大体分かってるし。わざわざ測るのも面倒じゃない?」


「……あなたは本当に適当ね」


 ルミナが呆れたようにため息をつく。


「いやぁ、そんなに褒めないでよ」


「褒めてません」


「あはは……」


 ルーナが苦笑した。


「しかし、姉妹でもこんなに違うんだね」


「そうね」


 ルミナは再びルイの羊皮紙へ目を落とした。


「さて……何から教えましょうか」


「そんなの簡単だよ」


 アイクが、あっさりと言った。


「得意なところから伸ばせばいいんじゃない?」


「……得意なところ?」


 ルイが首を傾げる。


「そう。ルイちゃん、去年の防御適性は?」


「去年はBだったけど……今年はAになったの!」


「ほら。ちゃんと伸びてるじゃない」


「……あ」


 ルイは自分の測定結果を見つめた。


 攻撃魔法の適性ばかり気にしていた。


 でも、防御魔法は去年より良くなっている。


 それは確かに、自分が積み重ねてきた結果だった。


「優斗は、魔力を身体の外へ放出するのが苦手なんだよね?」


「う、うん」


「だったら、ルイちゃんが防御や補助を担当して、優斗が前に出る。そういう組み合わせも面白いと思うよ」


「……私が、優斗を守る?」


「そういうこと!」


 アイクは楽しそうに笑った。


「相手の攻撃を防げれば、優斗は安心して剣を振れるでしょ?」


 ルイは、昨日の模擬戦を思い出した。


 何度もハヤトに打ち倒され、それでも前へ出続けた優斗。


 もし、あのとき。


 自分が攻撃を防げていたら。


(……優斗は、もっと戦いやすかったのかな)


「……でも」


 ルイの表情が曇った。


「私、アレンの攻撃魔法も防ぎきれなかったんだよ?」


 あのとき、確かに防御魔法を使った。


 それでも、雷の攻撃を完全には防げなかった。


「だったら、これから防げるようになればいいじゃない!」


 ルーナが勢いよく言った。


「私たちの攻撃を防げるようになるまで、練習すればいいんだよ!」


「……お姉ちゃんたちの攻撃を?」


「そう!」


 ルーナは胸を張った。


「手加減はするけどね!」


「……ちょっと怖いかも」


「大丈夫、大丈夫!」


 ルイの不安そうな顔を見て、アイクが笑う。


「それじゃあ、方針も決まったみたいだし、僕はこの辺で――」


「ちょっと、アイク?」


 ルミナの声が低くなった。


「……え?」


「どこへ行くつもりですか?」


「いやぁ、ちょっと用事があってね……」


「…………」


 ルミナは笑顔のまま、じっとアイクを見つめた。


「明日はちゃんと来るからさ。今日は二人に任せるよ〜」


 アイクは悪びれる様子もなく、軽く手を振った。


「もう……本当に自由な人ね」


 ルミナはため息をついた。


「まあ、アイクが言ってたことは間違ってないしね!」


 ルーナは笑って、ルイへ向き直った。


「じゃあ、始めよっか!」


「……うん!」


     ◇ ◇ ◇


「まずは私が攻撃するから、防いでみて」


 ルーナが練習場の中央へ移動した。


「ここにも闘技場と同じような保護結界があるから、命に関わる怪我の心配はしなくていいよ」


「……でも、痛いものは痛いんだよね?」


「まあ、それはね!」


「……が、頑張ります」


 ルイは緊張した面持ちで構えた。


 ルーナが片手を前へ突き出す。


「それじゃあ、いくよ!」


 その手の前に、青い魔法陣が浮かび上がった。


「《アクアショット》!」


 次の瞬間、水の弾が勢いよく放たれた。


「《プロテクト》!」


 ルイの前に、半透明の防御壁が現れる。


 ――ドォンッ!


「きゃっ!?」


 激しい衝撃。


 防御壁が砕け散り、ルイの身体が後方へ吹き飛ばされた。


「うぅ……」


 ルイは地面に倒れ込んだ。


「……あれ?」


 ルーナが首を傾げる。


「手加減したつもりだったんだけどなぁ……」


「ルーナ」


 ルミナが静かに声をかけた。


「……何?」


「あなた、少し小細工をしたでしょう?」


「……あはは。バレた?」


 ルーナは気まずそうに笑った。


「防御適性Aの実力を見てみようと思って、水の弾を二重にしてみたんだけど……」


「……あなたねぇ」


 ルミナは呆れたように眉を寄せた。


「最初からそんなことをしてどうするの」


「ご、ごめん!」


 ルーナは慌ててルイへ駆け寄った。


「ルイ、大丈夫!?」


「……うぇぇ……」


 ルイは何とか上体を起こした。


「……防げたと、思ったのに……」


 確かに防御壁は作れた。


 水の弾も、正面から受け止めたはずだった。


 なのに。


(……また、防げなかった)


 ルイは唇を噛んだ。


 アレンの雷魔法を防げなかったときと、同じだった。


「ルイ」


 ルミナが隣にしゃがみ込んだ。


「今、どうやって防御壁を作ったの?」


「……え?」


「どんなイメージで魔力を使った?」


「えっと……目の前に壁を作るイメージ、かな」


「なるほどね」


 ルミナは小さく頷いた。


「それなら、原因が少し分かったかもしれないわ」


「……本当?」


「ええ。あなた、防御壁を作ることに意識が向きすぎているのよ」


「……どういうこと?」


「壁を作るだけなら、今のやり方でもいいわ。でも、強い攻撃を受け止めるには、それだけでは足りないの」


 ルミナは手のひらを前へ向けた。


 そこに、小さな防御壁が現れる。


「攻撃を受けたとき、防御壁には大きな力が加わるでしょう?」


「うん」


「その力に耐えられるように、魔力を維持し、必要に応じて押し返す。そこまで意識しないと、簡単に突破されてしまうわ」


「……押し返す?」


「そう。薄い板を一枚置いておくだけじゃ、強い衝撃には耐えられないもの」


 ルイは、自分の手を見つめた。


(……私、壁を出せばそれで終わりだと思ってた)


「さっきのルーナの攻撃は、最初の水弾を受け止めたあと、内側に隠していたもう一つの水弾がぶつかるようになっていたの」


「そうだったんだ……」


「ごめんね、ルイ」


 ルーナが申し訳なさそうに頭を下げる。


「ううん。私も、もっとちゃんと防げるようになりたい」


 ルイは立ち上がった。


「……お姉ちゃん。もう一回、教えて?」


 ルミナは優しく微笑んだ。


「もちろんよ」


     ◇ ◇ ◇


「魔力を外へ押し出す感覚は、攻撃魔法でも大切なの」


 ルミナは練習場の奥に並ぶ標的へ目を向けた。


「例えば――」


 右手を静かに持ち上げる。


 その瞬間、周囲の空気がぴりりと震えた。


「《ライトニングスピア》」


 ――バチバチバチッ!


 無数の雷の槍が現れ、標的へ向かって一斉に飛翔する。


 次の瞬間。


 ――ドォォォンッ!!


 凄まじい轟音とともに、標的が爆発した。


「……っ!」


 ルイは思わず目を見開いた。


 防護結界に守られていると分かっていても、身体がすくんでしまうほどの威力だった。


「……相変わらず、すごいね」


 ルーナが苦笑する。


「結界があるからって、ちょっと派手すぎない?」


「あら。分かりやすい実演でしょう?」


 ルミナは何事もなかったように微笑んだ。


「ルイ。攻撃魔法では、魔法式に魔力を乗せて放出する。その勢いや制御が、威力にも影響するの」


「……うん」


「防御魔法でも同じように、魔力の流れを意識することが大切よ」


 ルイは小さく頷いた。


「……だから、私の攻撃魔法も上手くいかないのかな」


「その可能性はあるわね」


 ルミナは頷いた。


「ただし、適性だけで全部が決まるわけじゃないわ。魔力の扱い方は、練習で磨けるものよ」


「……練習で」


「ええ」


 ルミナはルイの肩へ、そっと手を置いた。


「あなたには防御魔法の適性がある。それを、まずは信じてみなさい」


「…………」


 ルイは自分の測定結果を思い出した。


 防御適性、A。


 その評価を見たとき、嬉しかった。


 でも、同時に怖かった。


 これだけの適性があるのに、実戦で防げなかったら。


 また、期待外れだと言われるんじゃないか。


(……でも)


 ルイはゆっくりと顔を上げた。


(まだ、何も始めてないもんね)


「……うん!」


 ルイは大きく頷いた。


「私、頑張る!」


     ◇ ◇ ◇


 短い休憩を挟み、三人は再び練習を始めた。


「魔力を押し出す、かぁ……」


 ルイは手のひらを見つめた。


「……なんか、上手くイメージできないな」


「最初はそんなものよ」


 ルミナが答える。


「お姉ちゃんたちは、どういうイメージでやってるの?」


「私はねぇ……」


 ルーナが腕を組んで考え込んだ。


「こう、ぐーっと物を押す感じ!」


「……物を押す?」


「そうそう! 相手と押し合いになったとき、負けないように踏ん張るでしょ? あんな感じ!」


「なるほど……」


「私は、壁に両手をついて押すイメージかしら」


 ルミナも続けた。


「防御壁をただ置くのではなく、向こうから押されても崩れないように、魔力を送り続けるの」


「……送り続ける」


 ルイは目を閉じた。


 目の前に壁がある。


 その向こうから、大きな力が押し寄せてくる。


 自分は両手で、その壁を支えている。


(……こんな感じ、かな)


「……よし!」


 ルイは目を開けた。


「もう一回、やってみる!」


「いいよ! じゃあ、いくね!」


 ルーナが再び魔法陣を展開する。


「《アクアショット》!」


 水の弾が迫る。


「《プロテクト》!」


 防御壁が現れた。


(……押す!)


 ルイは必死に魔力を送り込む。


 ――ドンッ!


「きゃっ!」


 衝撃とともに、防御壁が砕けた。


 ルイは再び地面へ倒れ込む。


「……うぅ」


 また、失敗。


「……もう一回!」


 ルイは立ち上がった。


     ◇ ◇ ◇


 それから、何度も練習を繰り返した。


 ルーナが攻撃し、ルイが防ぐ。


 ルミナが助言し、もう一度挑戦する。


 だが、思うようにはいかなかった。


「《プロテクト》!」


 ――ドンッ!


「きゃあっ!」


 また、防御壁が砕ける。


「……うぅ……」


 ルイは地面に手をついた。


 身体が重い。


 魔力も、少しずつ消耗している。


(……なんで、上手くできないんだろう)


 頭では理解したつもりだった。


 でも、実際に魔法を使うと、思いどおりにならない。


 防御壁を作ることはできる。


 なのに、その先が続かない。


(……やっぱり、私には……)


 そこまで考えて、ルイははっとした。


 まただ。


 できないことばかり考えている。


 また、自分で自分を諦めようとしている。


「……ルイ?」


 ルーナが心配そうに声をかけた。


「少し休む?」


「…………」


 ルイは俯いたまま、ぎゅっと拳を握った。


 脳裏に浮かんだのは、昨日の優斗の姿だった。


 ハヤトに何度打ち倒されても、諦めなかった少年。


『まだ、試合は終わってねえ!』


 あの声が、耳の奥に蘇る。


(……優斗)


 ルイはゆっくりと顔を上げた。


「……もう一回、お願いします」


「……大丈夫?」


「うん」


 ルイは小さく笑った。


「まだ、できるようになってないから」


 ルーナが目を瞬かせる。


 その隣で、ルミナが微笑んだ。


「……いい返事ね」


 ルミナは静かに頷いた。


「でも、無理をすることと努力することは違うわ。少し休んでから、もう一度やりましょう」


「……はい!」


 ルイは素直に頷いた。


     ◇ ◇ ◇


 休憩のあと、練習は再開された。


 今度は、魔力の量を抑えた攻撃から始める。


 ルイは呼吸を整え、両手を前へ向けた。


(……壁を作るだけじゃない)


 防御壁を展開する。


(……支える)


 ルーナの水弾が迫った。


(……押し返す!)


 ――ドンッ!


「……っ!」


 衝撃が両腕に伝わる。


 防御壁が激しく揺れた。


 だが――。


「……あっ!」


 今度は、砕けなかった。


 水弾が防御壁に弾かれ、地面へ落ちて消える。


「……できた?」


 ルイは呆然と自分の手を見つめた。


「……できた!」


「おおっ!」


 ルーナが嬉しそうに声を上げる。


「今の、ちゃんと防げたじゃん!」


「うん! うんっ!」


 ルイの顔がぱっと明るくなった。


「お姉ちゃん! 今の見た!?」


「ええ。ちゃんと見ていたわ」


 ルミナは優しく微笑んだ。


「魔力を維持する感覚が、少しつかめたみたいね」


「……うん!」


 ルイは胸の前で両手を握り締めた。


 たった一度。


 しかも、威力を抑えた攻撃だった。


 それでも。


(……私にも、できた)


 その小さな成功が、何より嬉しかった。


「じゃあ、もう一回!」


 ルイは勢いよく構え直した。


「今度は、もっと上手くやってみたい!」


「ふふっ。やる気満々ね」


 ルミナが笑う。


「いいわ。でも、今日はあと少しだけよ」


「はい!」


 再び、魔法練習場に水弾の音が響き始めた。


     ◇ ◇ ◇


 やがて、夕方。


「……今日は、このくらいにしておきましょう」


 ルミナが練習の終了を告げた。


「ふぅー! 結構疲れたね!」


 ルーナが大きく伸びをする。


「……あ、ありがとうございました……」


 ルイは深々と頭を下げた。


 しかし、顔を上げた途端、ふらりと身体が揺れた。


「おっと!」


 ルーナが慌てて支える。


「大丈夫!?」


「……うん。ちょっと疲れちゃっただけ」


 ルイは苦笑した。


 何度も攻撃を受けたせいで、身体には強い倦怠感が残っていた。


 魔力もかなり消耗している。


「初日から、よく頑張ったわね」


 ルミナが声をかける。


「……でも、まだ全然だよ」


 ルイは小さく呟いた。


「最後も、ちょっと強くされたら防げなかったし……」


「当たり前でしょう?」


「……え?」


「今日一日で全部できるようになるなら、誰も苦労しないわ」


 ルミナは穏やかに笑った。


「大切なのは、今日できなかったことを、明日少しでもできるようにすることよ」


「…………」


「それに、最初は一度も防げなかったでしょう?」


「……うん」


「でも、最後には何度か防げた。それは立派な進歩よ」


 ルイは自分の手を見つめた。


 何度も失敗した。


 何度も地面に倒れた。


 それでも、最後には防げた攻撃があった。


「……そっか」


 小さく笑みがこぼれる。


「私、少しは成長できたんだね」


「もちろん!」


 ルーナが勢いよく頷いた。


「明日もその調子で頑張ろう!」


「……あ、そうだったわ」


 ルミナが思い出したように口を開いた。


「私、明日は都合がつかないの。アイクにお願いしておくわね」


「えっ、姉さんも?」


 ルーナが驚いた。


「実は私も、明日はちょっと厳しいんだよね……」


「あら、そうなの?」


「うん。でも、アイクがいるなら大丈夫でしょ!」


「……そうね」


 ルミナは少し考え込んだ。


「私たちより感覚的に魔法を扱う人だから、教え方がどうなるかは分からないけれど……」


「……あはは」


 ルイは思わず笑った。


「でも、せっかくなら、いろんな人から学んでみたいな!」


「……そう?」


「うん! きっと、それぞれ違う考え方があると思うから」


 ルミナは少し驚いたあと、嬉しそうに微笑んだ。


「……そうね。その考え方は大切よ」


「じゃあ、そろそろ帰ろっか!」


 ルーナが声を上げた。


「先にご飯にする? それともお風呂?」


「私は、ご飯がいいかな……」


 ルイは疲れ切った身体を見下ろした。


「先にお風呂に入ったら、そのまま寝ちゃいそう……」


「あはは! それはありそう!」


「私も、久しぶりに二人と一緒に食事をしたいわ」


 ルミナが微笑む。


「じゃあ、決まり!」


 三人は並んで、寮の食堂へ向かった。


 ルイは歩きながら、ふと空を見上げた。


(……優斗は、もう終わったのかな)


 きっと、今日もハヤトとの稽古で疲れ切っているのだろう。


 でも、負けず嫌いな優斗のことだ。


 きっと、簡単には諦めない。


(……私も、頑張ったよ)


 ルイは自分の手のひらを見つめた。


 今日、初めてつかみかけた感覚。


 まだ頼りなくて、すぐに消えてしまいそうな、小さな手応え。


 それでも、確かにそこにあった。


(いつか、優斗が安心して戦えるくらい……)


 ルイは、そっと拳を握った。


(……私が、守れるようになりたい)


 その願いを胸に、ルイは姉たちの後を追った。

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