何も知らない
結局。
夜、男が酒場へ現れるのを待つことになった。
それまでの間、バンは荷運びの仕事へ。
レイナはクロードと共に、町で聞き込みを続けていた。
けれど。
先ほどから、どうにも集中できない。
『女として見たことねぇし』
バンの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
(バンは……)
レイナは俯いた。
(私のことも、そう思っているのかしら)
すぐに首を横へ振る。
(別に、ただの仲間なんだから)
(バンに女性として見られていなくても、いいじゃない)
そう。
何も困ることはない。
今まで通り、一緒に旅ができれば、それでいい。
頭では、そう分かっているのに。
胸の奥は、ズキズキと痛んだ。
(……どうして?)
レイナは胸元をそっと押さえた。
そのとき。
向こうから、一人の女性が歩いてきた。
すらりとした長身。
艶のある髪。
落ち着いた身のこなし。
どこか大人びた雰囲気の女性だった。
レイナは思わず目で追った。
(ああいう女性が好きなのかしら……)
王宮へ戻れば、服はいくらでもある。
華やかなドレスも。
宝石も。
髪を整え、化粧をすれば、今より大人っぽく見せることだってできる。
けれど。
(……そういうことではないわよね)
そもそも。
バンがどんな女性を好きなのか。
それすら知らない。
バンは、女の子のいる店によく行く。
もしかしたら。
あの店にも、好みの女の子がいるのかもしれない。
ふと。
以前、バンと交わした会話を思い出した。
『……人を好きになるって、どんな気持ちですか?』
『ええ? そんなん……』
バンは頭を掻いて。
『気づいたときには、好きになってるからな』
あのときは。
深く考えなかった。
けれど。
(バンは……誰かを好きになったことがあるのよね)
どんな人だったのだろう。
どんなところを好きになったのだろう。
それとも。
(今も……好きな人がいるのかしら)
胸の奥が、またズキッと痛んだ。
「…………」
(私……)
(バンのこと、何も知らない……)
一緒に旅をしていたのに。
名前を呼んで。
くだらないことで笑って。
何度も隣を歩いてきたのに。
バンがどんな女性を好きになるのかも。
今、誰かを想っているのかも。
何も知らない。
「はぁ……」
思わず、ため息が漏れた。
「レイナ様」
「何?」
「先ほどから、ため息ばかりついておられますが」
「そうかしら」
「ええ」
クロードは淡々と答えた。
「それに、聞き込みにも集中されていません」
「しています」
「今も通りすがりの女性を、ずっと見ておられましたが」
「それは……」
レイナは言葉に詰まった。
クロードが、先ほどの女性の後ろ姿へちらりと視線を向ける。
「何か気になることでも?」
「別に」
「そうですか」
「ええ」
レイナは歩き出した。
けれど。
数歩進んだところで、また足を止める。
「クロード」
「はい」
「バンは……」
一瞬、ためらう。
「どんな女性が好きなのかしら」
「…………」
クロードも足を止めた。
しばしの沈黙。
「私にお尋ねになりますか?」
「だって、あなたは人を見るのが得意でしょう?」
「そういう問題ではありません」
「知らないの?」
「知る必要がありませんので」
「そう……」
思った以上に、残念そうな声が出た。
クロードは黙ってレイナを見る。
「レイナ様」
「何?」
「なぜ、バンの好みが気になるのです?」
「……え?」
レイナはきょとんとした。
「それは……」
答えようとして。
言葉に詰まる。
なぜだろう。
ミミィが恋人ではないと聞いたとき。
ほっとした。
妹のように大切な存在だと知ったら。
今度は胸が痛んだ。
バンに女性として見られていないかもしれないと思えば、苦しくなる。
好きな人がいるかもしれないと思っただけで。
胸が、こんなにも痛む。
「…………」
自分でも、よく分からない。
「今後の旅に必要な情報だから?」
「必要ありません」
即答だった。
「そう……」
「はい」
クロードは小さく息を吐いた。
そして、再び歩き出す。
(姫様……)
その後ろを、レイナがついてくる。
(これは、思っていたより重症ですね)
一方。
レイナは、まだ考えていた。
『気づいたときには、好きになってるからな』
バンの言葉が。
なぜか、胸の奥に残り続けていた。




