Episode.7 ムチャさせちゃったね
アタシは、デバイスを展開したまま
ツトムの元へ駆け寄る。
「ツトム! 大丈夫!?」
「どうってことねぇ……
というか、お前が何やったんだか知らねぇが、
人殺しはヤベェだろ……退学もんだぞ?」
頭から血を流し、立っているだけで精一杯のくせに、
相変わらずズレた心配をしている。
ゴメンね……ツトム。でも、もう少しだけ耐えて。
「あれが、人間に見える?」
アタシは顎で促し、炎の渦の中心にいるデク人形を
ツトムに見せつけた。
『ギアナイト』
――無限に近いエネルギーを手に入れた『NOVA』が
作り出した、汎用人型兵器。
近代の兵器は一切通じず、
人間の兵士と違って完全な使い捨てが可能。
何千、何万というこのデク人形たちの前に、
世界中の政府が屈服し、白旗を上げたのだ。
その最悪の兵器が今、火柱を割り裂いて姿を現した。
模造皮膚や衣服が燃え尽き、
鈍く光るチタン合金の骨格が牙を剥く。
「なんだよ……あれ。人間じゃねぇのか……?」
ツトムが驚愕に目を剥く。
この時代には存在してはならない兵器。
……アタシが、過去へ呼び込んでしまった絶望。
「おや? 捕獲対象が二人……ですか?」
剥き出しの金属の顎を駆動させ、
デク人形が合成音声で不思議そうに話しかけてくる。
やっぱり狙いは、アタシとコマチだ。
アタシが時空を越えた際の『質量座標』を追って、
未来から追手が跳んできたんだ。
……どうする!?
アタシの研究は、NOVAに知られている。
この『リライト』も、間違いなく対策済みだ。
まともな攻撃では、決定打は与えられない。
せめて、対策を練る時間が欲しい。
アタシは猛烈な速度でデバイスに数式を打ち込み、
周囲の物理法則を書き換えていく。
熱が効かないなら――
局所フィールド内の元素定数を『H2O』に固定。
H2Oの温度を氷点下まで代入、急速氷結。
デバイスの画面に、演算終了を示す決定ボタンが
浮かび上がる。アタシは迷わず敵に狙いを定め
光の画面をタップした。
「……リライト、アイスニードル!」
中庭の空間から、巨大な氷の槍が何十本と狂い咲いた。
凄まじい風切り音を立て、
デク人形を目掛けて高速で殺到する。
だが、デク人形は両腕を交差させ、
腹部と頭部を最低限ガードしただけで、
その凄まじい氷の質量を受けきってみせた。
弱点は頭と腹。それは分かった。
でも、威力が全然足りない。
なにか、奴の装甲を一撃で粉砕できるような
『圧倒的な火力』さえあれば……!
思考する時間が欲しい。
それにこの場所ではツトムだけじゃなく、
気絶しているタケシくんまで巻き込んでしまう。
「不自由はさせません。
あなたたち二人が大人しく投降すれば、
お友達の命は保証しますが?」
歪んだ紳士面で交渉を迫ってくる。
デク人形のくせにっ!知ったようなことをっ!
恨みや怒りが沸き起こる。そんなことしたら、
世界は完全にNOVAの思い通りになっちゃうじゃない!
アタシは奥歯を噛み締め、
もう一度デバイスを激しく叩いた。
大気中の湿度を最大値まで引き上げ、強制膨張。
静電気の摩擦係数を大幅に変換。
お願い、効いて……っ!
サイエンシストが神頼みなんて、どうかしてる。
矛盾した感情を振り払うように、
アタシはデク人形へ狙いを定め、タップした。
「リライト! ライトニングボルトォ!!」
一瞬で辺りに白い蒸気が立ち込め、
天から極太の稲妻がデク人形へと突き刺さった。
――ドッシャアァァァン!!!
鼓膜を揺らす激しい爆音。
発生した衝撃波に煽られ、
アタシとツトムの身体が後ろへと吹き飛ばされる。
「や、やったのか……?」
ツトムが上体を起こしながら呟いた。
「全然! やってない!」
アタシたちが余波で死なない程度に
威力を絞ったとはいえ、
あの程度で壊れるような代物なら、
未来の世界は征服されていない。
しかし、予想外の収穫もあった。
完全に破壊することこそ出来なかったが、
高圧電流が機械内部の回路に伝わったようで、
デク人形はバチバチと火花を散らして硬直している。
「ツトム、一旦逃げるよ! 体制を立て直そう!」
「バカ野郎! 敵に背中を向けられるかよ!」
「気を失ったままのコマチとタケシくんを、
これ以上巻き込む気!?」
アタシは文句を言うツトムを無視してデバイスを叩いた。
タケシくんとコマチの質量設定を
『100グラム』へと書き換える。
二人を両脇からタップし、
文字通りヒョイと羽毛のように抱え上げた。
「お前……見かけによらず、パワフルなんだな……」
ツトムがギョッとした顔でアタシを見る。
「質量をいじっただけ! そんなことより、早く!」
あのデク人形の自己修復機能なら、
一分程度で再起動するはずだ。
それまでに奴のセンサーの死角へ隠れなきゃ。
「ツトム、遅れないで!」
「あぁもう、クソッ、どいつもこいつも!」
ツトムは心底悔しそうに顔を歪め、アタシの後に続いた。
まずは校庭の隅にある体育館の倉庫へ滑り込み、
タケシくんをそっと転がして扉を閉める。
「タケシは置いていくのか!?」
激しく息を切らしながらツトムが言った。
強がってはいるが、生身であの攻撃を受けたんだ。
身体はとうに限界のはず。……本当にごめんなさい。
「タケシくんはアイツの目的じゃないから、
ここに隠れていれば大丈夫」
「……やっぱり、コマチが狙いなのか?」
校舎の狭い通路を走りながら、
ツトムが鋭い視線を投げかけてくる。
「そう。……それと、アタシ」
ようやく校舎裏のコンクリート壁に寄りかかり、
ドサッと座り込んだツトム。
アタシはすぐにデバイスを起動し、
ツトムに照準を合わせてメディカルチェックを走らせた。
正直、まだ意識を保っているのが不思議なレベルだ。
全身の重度打撲に加えて、
脳震盪のシグナルまで赤く点滅している。
「結構、ムチャさせちゃったね……」
胸が締め付けられるような罪悪感が押し寄せる。
未来の時代だけでなく、こんな過去の時間にまで
アタシはツトムを巻き込んで、傷つけている。
「こんなの、かすり傷だろ!
あの鉄野郎……今度こそ絶対にぶっ飛ばしてやる!」
なおもギラギラとした目を狂わせるツトムの手のひらに、
アタシはそっと、手作りの小さなスイッチを握らせた。
「……なんだよ、これ?」
ツトムは、オモチャでも見るような目でそれを見つめる。
「オモチャだよ。『GGスイッチ』……アタシが向こうで、
アイツらに捕まってた時に作ったの」
「捕まってた……?」
ツトムが怪訝そうに眉をひそめる。
「今はその話してる時間はないの。
いい? そのスイッチを押すとね、
脳波と連動して自分の質量を変換できるの。
わかりやすく言うと、
凄く軽くなって空を飛べるようになるから……」
アタシはツトムの目を真っ直ぐに見つめ、声を震わせた。
「それを使って、今すぐ遠くに逃げて……」
「逃げるって……俺が、一人でかっ!?」
ツトムの顔が、怒りで一気に怒髪天を突いた。
「じゃあコマチはどうすんだよ!」
「アタシが命がけで守る。
元々は全部、アタシのせいで起きたことなの。
どのみちアタシたち二人があいつらの標的なんだから、
ツトムがこれ以上傷つく必要なんてどこにもないよ!」
「ふざけんじゃねぇ!
コマチを守るのは、俺の役目だ!」
「あんた、さっき全然敵わなかったでしょ!?
あんなの、ガチンコでどうにかなる相手じゃないの!」
「なんだよ……クソッ!!」
ツトムは座ったまま、
やるせない怒りをぶつけるように、
スイッチを握りしめた拳で背後の校舎の壁を叩いた。
――カチッ。壁を叩いた衝撃で、偶然スイッチを押す。
――ドゴォォォンッ!!!
凄まじい破壊音。
校舎の頑丈なコンクリート壁が
まるで豆腐のように爆ぜ飛び、
そこには粉砕されたコンクリートの残骸と、
巨大な大穴がポッカリと開いていた。
「……え?」
崩れ落ちる破片の向こうを見つめたまま、
アタシとツトムは言葉を失い、
ポカーンと間抜けに固まっていた。




