Episode.5 アタシのせい?
ジェルを髪に塗りつけ、ドライヤーの熱風を当てながら
前髪を盛り上げていく。
よし、今日はジェルのノリがいいぜ。
いい日になりそうだ。
「ツトム、いつまで洗面台を使ってんのよ。
アタシも顔を洗いたいんだけど」
……そうでもなかった。
昨日から、このうるせぇ女が
ウチに居座っているんだった。
あんなにお袋にビビってたくせに、
いつの間にかすっかり仲良くなりやがって。
昨日の夜なんてお袋と同じ部屋で寝てやがる。
なんなんだよ、コイツ。
「うっせーな!
男の身だしなみに文句言ってんじゃねぇよ!」
俺はまだ固まりきっていないリーゼントを、
上下にポヨンポヨンと弾ませながら反論してやる。
「まったく……そんな前時代の髪型に時間をかけてさ。
いい加減やめればいいのに」
マチはパジャマ姿で腕を組んだまま、
ため息交じりに呆れ顔を作った。
「だからうっせーよ。
もうちょっとで終わるからあっち行ってろ」
「何? アタシが隣にいると迷惑なわけ?」
マチがふっと距離を詰め、上目遣いで俺を睨んできた。
「へ? ――テ、テメェ! 急に何言ってやがる!」
ドクン、と心臓が跳ねた。
なんだコレ。こんな感覚になったことは一度もねぇぞ。
アタマのことはよく言われるが、
いよいよ心臓まで悪くなったのか!?
マチは俺の慌てぶりを見て、クスッと意地悪に笑う。
「冗談よ。早くしなさいよー」
そう言って、ひらひらと手を振りながら離れていった。
なんなんだよ一体……
洗面台を離れ、赤いTシャツに黒のボンタン。
俺の『戦闘服』に身を包む。
完璧だ。これぞ最強のスタイルだ。
身だしなみが整ったのとちょうど同じタイミングで、
コマチが迎えにきた。
「ツトムくーん、学校行こー!」
「おぅ、今行く!」
短ランをガバッと羽織り、
カバンを掴んで玄関へ向かう。準備万端だ。
「カッコいいと思ってるんでしょ?」
マチが、後ろからニヤニヤと声をかけてくる。
「何言ってんだ。最強にキマってるだろ」
当然だ。このスタイルなら、
俺はどんなやつにも負けねぇ。
「まぁ、そういうバカなところが好きで、
アタシも結婚したのかもねー」
マチはフフッと、目を細めて笑った。
「だから、結婚してねぇって言ってるだろ!」
くそっ!こんな年増の女に、
朝からいいように言われっぱなしじゃねぇか。
「ちょっと、マチ! 恥ずかしいよ!
そーゆーのツトムくんに言わないで!」
顔を真っ赤にしたコマチが、
ものすごい勢いでマチに詰め寄った。
……なんでコマチが恥ずかしがるんだ? 訳がわからねぇ。
「はいはい。二人とも、いってらっしゃい」
マチは楽しそうに笑いながら、
手を振って俺たちを見送った。
「もー、マチはデリカシーがないんだからっ!」
通学路を歩きながら、
コマチがプンプンと鞄を振り回して怒っている。
学校が近づくと、クラスメイトのタケシが寄ってきた。
コイツは小学校の時からの悪友だ。
高校になって俺がヤンキーデビューした途端、
それまで仲が良かった仲間たちは
潮が引くように離れていった。
それでもコイツだけは、
相変わらずバカやって隣にいてくれる変わり者だ。
「よっ、お二人さん、今日も朝から熱いねぇ」
タケシはヘラヘラと笑いながら話しかけてくる。
「そうか? まだ五月だぞ?」
俺が真顔で返すと、
タケシは呆れたようにコマチへ向き直った。
「コマっちゃん、
こんなのと一緒にいると疲れるだろ?」
おい、こんなのってなんだよ。
「全然。ツトムくんらしいなぁ、って」
クスクスと笑いながらコマチが答える。
コイツら、絶対にちょっとバカにしてるだろ。
俺の男としての威厳ってもんが足りねぇのかな。
「あ、そうだ。ねぇねぇタケシくん。
昨日からツトムくんの家に、
大人のお姉さんが住んでるんだよ」
バカ! コマチ、言うなっ!
「えぇ!? コマっちゃん、それ心配じゃないの?」
「んー、心配っていうか、
事情がちょっと特殊でさぁ。
しょうがないかなぁ……って」
「ツトムぅううう!
コマっちゃんがいんのに、
お前ばっかりなんなんだよー! ズルいだろー!」
タケシが嫉妬の炎を燃やしながら
俺の肩を組んで力任せに揺さぶってくる。
つーか、コマチは関係ねーだろ。
「うっせーよ。お袋が決めたんだから、仕方がねぇだろ」
ムッツリとした顔で毅然と言い返す。
「そんで……実際のところどうなんだよ? 美人なのか?」
タケシがニヤニヤと顔を覗き込んできた。
「……美人なの?」
なぜかコマチまで目を輝かせて同じことを聞いてくる。
なんだよ、二人して。
「……そ、そうだな……顔は……その、悪くねぇ」
俺が少し目を逸らしながら答えると、
タケシは「おぉ!」と驚き、
コマチはなぜか両手を上げて「やったー!」と
バンザイした。なにが嬉しいんだ? 大丈夫か?
「いや待て! でも性格は最悪だ! 騙されんな!」
「でもさー、俺も見てみたいよ。
放課後、ツトムの家に行っていい?」
「うん、いいよー!」
なんでコマチが勝手に承諾してんだよ。
別にいいけどよう……
放課後か。マチが来てから調子が狂いっぱなしだ。
俺は憂鬱な気分のまま、校門をくぐった。
※ ※ ※
ツトムの自宅では、マチが一人で洗濯物を畳んでいた。
家事をひと通りこなし、正午が過ぎた。
「ふぅ……だいたい、これくらいかな?」
未来にいた頃、別に家事が特別好きだったわけではない。
それでも、『当たり前の日常』を過ごせる、
マチはこれ以上ない満足感で満たされていた。
少し休憩しようとソファに腰掛け、
未来のデバイスを起動する。
空間に薄い緑のホログラム画面が広がり、
マチは慣れた手付きで空中をタップした。
「なにか面白いニュースは……って、え?」
マチは顔色を変え、画面に表示された文字を凝視する。
画面には、この時代の質量座標に生じるはずのない、
異常な時空の歪みが検知されていた。
この波形は――NOVA。
血の気が引いていく。
慌ててデバイスを消し、家を飛び出した。
「もしかして……アタシ? アタシのせい?」
絶望に顔を歪めながら、
マチは全速力で、ツトムたちのいる学校へと走り出した。




