14.領長
自己紹介と共に事情を話すと、ココーナが小さくうなずく。
「――ふむ。ラニカは彼の誘拐に巻き込まれたワケか」
「巻き込まれたというか、助けようとしてドジっちゃったというか……」
バツが悪そうな顔するラニカだが、横にいるアッシュは不機嫌な視線を向ける。
「ならやっぱ巻き込まれてるんじゃねーか。自分が悪いみたいに言うんじゃねーよ」
アッシュのその姿に、ココーナが小さく笑った。
「君は良い男のようだな」
「……なんでだよ」
「君は、貴族をあまり好いてはいないようだが……それでも、感謝と謝罪をしっかりと口にできているようだからな」
「オージャ村でも言われたな、それ」
「ならば誇れ。それがお前の美徳だ」
「誇れって言われてもなぁ……」
あまりピンとくるものではない。
そのことにアッシュが何とも言えない顔をする。
「自覚ができた時にでも誇ればいい」
ココーナはアッシュにそう告げると、少し真面目な顔になった。
「さて、アッシュ。ここからは真面目な話だ」
「ああ」
真っ直ぐに視線を向けてくるココーナに、アッシュはうなずく。
「狙われる理由に心当たりは?」
「正直に言うと無ぇ。なんか急に襲われたんだよ」
「ふむ」
アッシュの言葉に、ココーナは自分の下唇を撫でる。
「ラニカ。君から見てどうだ?」
「心当たりはあります」
「え?」
キッパリと口にするラニカに、横にいたアッシュが驚いて彼女を見た。
「アッシュ君。改めて確認をしたいんですが――あなたの魔法は、解除しなければ永続的に効果が発動し続けますか?」
「あ、ああ……。前も言ったと思うけど」
「効果を受けているモノを放置していた場合、あなたの魔力は?」
「減らねぇ。効果を与える時と、解除する時に魔力が減る」
そのやりとりで、ココーナは大筋を掴めたようだ。
「つまり、狙いは彼の魔法か」
「はい。詳細は伏せさせて頂きますが、彼の魔法を使えば簡単にお金を稼げます。
発動さえさせてしまえば……対象となった物品は、目利きのヘタな商人なら高値で買い取るコトでしょう」
「え? マジで?」
「自分で気づかなかったんですか?」
「……うまく制御できなくて、時々意図せずパンとかを固めて食えなくしたりするから、使えねぇ魔法だとずっと思ってた……」
うなだれるアッシュに、ラニカは苦笑する。
そして、そのやりとりを見ながら、ココーナは小さくうなずく。
「どこかで君が魔法が見られたのだろうな。見るモノが見れば金になると分かる魔法だ。誘拐を企てるのもの理解できる」
「いやでも、オレ――制御が上手くできねぇし」
「制御できる出来ないは関係ないのさ。君に命の危険があろうがなかろうが、酷使させて稼ぐだけ稼いで、その結果……君が女神の元へと還ったなら捨てればいい」
「ンだよ、それ……」
「君がスラム出身なのも都合が良い。亡骸はスラムの片隅にでも捨てておけば、不思議がる人もいないだろう?」
ココーナの説明に、アッシュは金属グローブに包まれた自分の両手を見下ろす。
「でもアッシュ君を拐かすのにすぐ成功したのは、アッシュ君にとっても運が良かったかもしれませんね」
「どういう意味だ、ラニカ?」
「一発で成功したから、君の関係者が人質に取られたりするコトもないだろう――って話です。
かわいがっている妹分がいるのでしょう? 最悪は、その子を人質にされるコトです。君を協力させるにはそれが一番手っ取り早い」
「……ッ!」
ギリリと、アッシュが歯を鳴らす。
「落ち着け。君の誘拐が成功したので、その可能性は限りなく低い」
「加えて、誘拐される時に私も色々痕跡を残してきましたから――私の実家と、私がお仕えしている家、ドリップス公爵家が動いているかと思います。
お嬢様と、その専属侍女をしているカチーナ先輩は情報戦が非常に得意ですから。恐らく、アッシュの妹さんは保護されているはずです」
「恐らくって……そんないい加減な……ッ!!」
立ち上がるアッシュを、ココーナが手で制す。
「ドリップス公爵家といえば、当主は現宰相。情報収集とその使い方の巧みさは歴代でも群を抜いているそうだ」
「だけど貴族だろ。スラム出身の俺のコトなんて……ッ!」
「ラニカがいるだろう」
アッシュが激昂しかけるが、ココーナがそれを冷ますほど鋭く冷めた声で告げる。
「君と一緒にラニカが拐かされた」
「それが何か……」
ココーナの雰囲気に気圧されながらも、アッシュは言い返そうとした。
だが、すぐにココーナはそれを遮って続ける。
「彼女とはこうして対峙するだけで分かる。
ロジャーマン家の――エクセレンスの最難関を突破した者だろう? それほどの従者が拐かされたとなれば、雇っている家は黙っていない」
「でも……」
「さらに言えば、彼女は痕跡を残してきたと言った。
となればドリップス公爵家はその痕跡を調べ、誘拐事件を把握する。
そうなれば、公爵家は君たちを探す。その為に必要な情報や手段をすべて取るだろう。当然――それには、君の妹の保護も含まれる」
「…………」
しばらくココーナを見つめるようにしていたアッシュだったが、やがて大きく息を吐くと、力が抜けたようにソファへと座り込んだ。
「……そうか」
完全に安堵したわけでも、納得したわけでもない。
それでも、妹は保護される可能性が高いというだけで、気持ちが大きく落ち着いた。
ソファに腰掛け、両膝の上に肘を置いて両手で顔を覆いながら、アッシュは深く呼吸を繰り返す。
「貴族ゆえに感情と実利の切り分けは当然あるのだがな――我がルーツであるサテンキーツ家は情に厚い者が多い家柄だし、ドリップス家はお人好しが多いと聞く。
そしてドリップス家の令嬢であるモカ様は、その両方の血を引いているのだ。
彼女は引きこもりの箱入り娘などと言われている。だが、ここ数年やたら宰相の情報精度が高まっていると聞くコトを考えれば、宰相の情報収集の手伝いをしているのは彼女だろう。
そしてラニカ――君は、そんなお嬢様が動くだろうと踏んでいるのではないか?」
水を向けられたラニカは小さく両手を挙げる。
口で答えてはいないが、否定はしないようだ。
「――となれば、アッシュ。君はそんなに悲観的になる必要はない。
君がその誠実さを歪めず、君がその胸に抱く信念を硬く握り真摯に貫こうとしている限り……少なくともラニカは君を見捨てないだろう」
違うか――と問われたラニカは、違わない……と、しっかりうなずく。
その姿に、アッシュはどういう感情を抱けばいいのか分からず、視線をココーナに戻した。
アッシュの困惑する瞳を、ココーナは真っ直ぐ見返しながら微笑む。
「無論、私もだ。君のような人柄は、サテンキーツ家の血が、情を向けたくなるからな。そこに身分など関係ない」
「貴族って……ただ偉そうにして贅沢してるだけじゃねーのか?」
自然と口から漏れたその問いは、ココーナやラニカを貶めようとするものではなかった。
それを理解しているからこそ、ココーナとラニカは怒ることはない。
「そういう者がいないとは言わない――いや、言えないというべきか?
自分より劣る者を見下し、自分より優秀な者の足を引っ張る。そういう振る舞いをする者は平民よりも多いだろう」
「だけど全員じゃありません。
……というか貴族全員がそんなコトしてたら国が滅びますので」
「…………………」
「平民だって、スラムの住民だって、そこは同じだろう?
良い者もいれば悪い者もいる。気の合う悪人もいれば、気に入らない善人もいる。その逆も然りだ。違うかい?」
「……違わねぇかも……」
小さくそう答えて、アッシュは天井を仰いだ。
自分が見ていた世界が、どれだけ狭かったのか思い知らされているような気分だ。
「オレ、本当に何も知らないんだな……」
「そうだな。だが今知っただろう?」
「……え?」
「ならば、知ったコトを血肉にしろ。
新しく知ったコト、新しく気づいたコト。それらを血肉に変え、これまでの自分を理解し、これからの新しい自分を作り上げていけ。
日々を生きていくというコトはそれの繰り返しだぞ――などと、少々説教臭いか?」
「……これまでの自分を理解し……これからの新しい自分を作る……」
言われて、アッシュは過去の自分を思い返す。
魔法のことも、自分が生きている世界のことも、何も知らなかった気がする。
「だが新しい自分にこだわるあまりに、過去の自分を蔑ろにしてはダメだ。どちらも自分なのだからな。
時に必要なら過去を捨てるコトもあるかもしれない。だがその時でさえ、過去は蔑ろにはするなよ? 捨てるコトと蔑ろにするコトは全く違うからな」
今まで生きてきて、言われたことのない言葉の数々。
考えたこともなかった言葉の数々。
それらを理解し飲み下すのは、今のアッシュにはまだ無理だった。
だがそれでも、ココーナの言葉は不思議とアッシュの中にある何かを刺激する。
その感覚は決して不快ではなかった。
「ガラにもないコトばかり口にしてしまったな」
苦笑して、ココーナは立ち上がる。
「君たちの宿を手配しておこう。
急いでいるのは理解しているが、今日はこの関所で一泊していってほしい。君たちのコトを他の領長と共有しておきたいからな」
「お願いします」
ラニカが素直に頭を下げている。
それを見てから、アッシュもマネするように頭を下げた。
「えっと、お願いします」
「ああ。明日、改めて呼び出すかもしれないが、その時はまたよろしく頼む」
そう言ってからココーナは自分の机の上に乗っていたベルを鳴らす。
「宿を手配するまでは、詰め所の客室でくつろいでいてくれ。手配が出来次第、迎えをよこそう」
そうして、ココーナが呼んだ騎士とともに、二人は領長室をあとにするのだった。