13.関所
「ちゃんとした旅装はやっぱり歩きやすいですねぇ~」
ラニカがぐーっと伸びをしながらそう口にすると、アッシュが呆れたよう眼差しを向ける。
「お洒落重視の靴で、あんだけ大立ち回りしてたっていうんだからな。信じられねぇ……」
いや、そもそもお洒落重視の靴になんで刃が仕込まれてるんだ――という疑問がアッシュの中に湧くが、それを口にするより先にラニカが肩を竦めていた。
「先輩たちならもっとスマートに立ち回ったでしょうから、反省点は多いですけどね」
「その先輩たちの存在がさらに信じられねぇ……」
ラニカはアッシュから半眼を向けられてしまうのだが、事実なのだから仕方がない。
「さて、関所もだいぶ近くなりましたね。そろそろ到着です」
「見えてるのになかなかたどり着けないのはシンドかったしな」
お互いにそう言うものの、二人とも体力もあり、歩く速度も速かったので、一般的な旅人と比べると、だいぶ速い。
そうして、予定よりも少し早く二人は三関の関所へとたどり着いた。
ラニカは入り口にいる兵士の一人へと声をかける。
「こんにちわ」
「はい。こんにちわ」
「通って大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ。通行税なども特には設けてはいませんので」
その言葉に、アッシュは小さく首を傾げた。
「それならどうして関所なんかあるんだ?」
「あははは。税を取るだけが関所の仕事ではないよ。
領地間を移動する人の様子を伺ったり、それこそ怪しい人物が領地間を移動しようとしていないか見張ったり……とかも仕事だしね」
兵士のおじさんが人好きのする笑顔でそう答えた。
アッシュの雰囲気から旅になれてない少年なのだと思われたのかもしれない。
「ふーん……でも誰が怪しいとか分かるもんなのか?」
「怪しまれずに領地を移動する悪いヤツがいないといえば嘘になるな」
「え? じゃあ意味ないんじゃ……」
またも首を傾げるアッシュに、ラニカは苦笑しながら答えた。
「逆に言えば怪しまれず領地を移動する術を持たない怪しい人は、ここで防げるんですよ。
少なくとも、オージャ村を出てからこっち、ずっと私とキミの様子を伺いながら後をつけてきているような人たちは、ここまでです」
次の瞬間、兵士のおじさんの眼光が鋭くなる。
先ほどまでの人好きする顔から、歴戦の兵士の顔に変わった。
「お嬢さんどういうコトだい?」
「そのままの意味です。私と彼は何者かに誘拐され、自力で脱出をしてここにいます。そして故郷へと帰る為に旅をしています。
痕跡をできるだけ残さず旅をしてましたが、おそらくはオージャ村で私たちの足取りを見つけたのでしょう」
「……誘拐の関係者が君たちを見つけて監視をしているというところか。
自力で脱出できるだけの実力者であると知っているから、遠くから様子を伺い、君たちの目的地を探ろうとしていると?」
「話が早い兵士さんで助かります」
ラニカがうなずくと、お喋りをしていた兵士さんは、自分の横にいる兵士に目配せをする。
「俺たちだけで判断できるコトじゃないな。領長たちと相談するべきだ」
横にいた兵士は首を振りながらそう口にすると、お喋りをしていた兵士がうなずいた。
「だよな。少し抜けていいか?」
「ああ」
同僚がうなずくのを確認した兵士は、ラニカとアッシュに視線を戻した。
「真偽の確認しないのに話を進めちゃっていいんですか?」
「怪しいヤツがこっちを伺っている気配はあるからな」
「……ラニカもおっさんも、どういう感覚してんだ?」
アッシュの口から零れ落ちた純粋な疑問は、誰も拾ってはくれなかった。
門を抜けると、小規模ながらも立派な町並みが広がっていた。
「事前に聞いてはいたけど、本当に街になってるんだな」
「三つの領地の境目だからね。ここで商売をし始めた商人が現れた辺りから人が集まって今の形になったらしいよ」
兵士のおじさんの言葉に、「へー」とアッシュは答え、興味深そうに周囲を見回す。
「この関所――別名、三関の街トライブレンって言うんですよね?」
「おう。旅人たちの間じゃあ、そっちの方が有名なくらいだ」
中央には塔のように背の高い大きな建物があり、その建物は、町を囲む大きな外壁と繋がる橋を何本か伸ばしていた。
中央の建物こそが兵士や騎士の詰め所であり、有事の際はあの橋を利用して外壁に移動するのだろう。
またその橋の下には大きな格子が生えていて、地面に突き刺さっている。格子の一部分が扉になっている為、行き来は可能となっているようだが、かなり通行の邪魔に見える。
「あの格子は領地同士がケンカを始めた時の為のものですよ」
「……何で考えてるコト分かったんだ?」
「アッシュ君は常にちょっと機嫌悪そうなポーカーフェイスをしているようで、目端や口の端などが結構雄弁ですので」
ラニカがさらりとそう告げると、アッシュは不服そうに口を尖らせる。
「領地同士がケンカした時にあの扉を閉めるコトでお互いを隔絶させる。
町の様相を呈してますけど、ここは三つの領地の境界線の上にあるからね。そういうのが必要なんだ」
二人の様子に笑いながら兵士が補足をした。
「そうなのか……面倒くせぇんだな」
アッシュはその補足を受け、周囲を見回しながらそう呟く。
そのまままっすぐ歩いて、三人は真ん中の大きな塔のような建物の敷地までやってきた。
敷地そのものは公園のようで、一般開放もされているようだ。
三人はその公園のような前庭のようなところを抜けて、目的の建物の入り口までやってくる。
「さて、ご予想の通りここは兵士や騎士の詰め所兼事務所。二人にはまず領長に会ってもらう」
「領長?」
首を傾げながら、アッシュが視線でラニカに問う。
だが、ラニカも首を傾げた。
「すみません。私もよく分からないです。
言葉からすると、ここの偉い人かな――とは思うのですが」
「あはは。偉い人っていうのは間違ってないな。
言ってしまえば、派遣されている騎士や兵士の統括だ。
とはいえ、全騎士、全兵士を統括しているというと違うんだが」
「……ああ! 各地から派遣されてここにいるんですもんね。ここの騎士や兵士のみなさんは。
そっか。つまり領長っていうのは、各領地から派遣されてきている人の中でそれぞれに一番偉い人ってコトですね」
「んんー……わかりやすく……頼む」
眉を顰めるアッシュに、ラニカが微笑む。
「ようするに、それぞれの領地から派遣された兵士や騎士を取りまとめる団長です。
ここは三つの領地――ワナバリの境界線上にあるので。それぞれナワバリから兵士や騎士が派遣されていますから、領長も三人いるコトになります」
「あー……なんか分かってきた」
「領長とは、三つあるナワバリのそれぞれのボスとか、そう考えて貰えれば」
「なるほど。もうちょっと分かった気がする」
アッシュがうなずくのを見てから、兵士のおじさんが補足する。
「ちなみに、正しくは領境三関地派遣警備兵騎士混合隊隊長……だったかな? 長いんで領長って呼ばれてたのが、いつのまにか略称が正式名称なってたとかって話だ。
それでもって、これから二人が会ってもらうのはプレッソ領の領長な」
そう言って、兵士のおじさんは二人を詰め所へと招き入れる。
兵士のおじさんに案内されるままに階段を上り、二人は少し豪華な扉の前までやってきた。
そしておじさんはその扉をノックする。
「誰だ?」
中から聞こえてきたのは女性の声だ。
だが、低く鋭い声に、甘い気配は微塵もない。
ただラニカからすると、どことなく聞きなじみのある声にも聞こえる。恐らくは知り合いの誰かの声に似ているのだろう。
「門兵のディーボです。少々ご相談したいコトがあり、相談理由である旅人お二人をお連れしました」
「そうか。その旅人とともに入ってこい」
「はッ! 失礼します」
兵士のおじさん――ディーボが扉を開けると、二人を促す。
ラニカは小さく目礼をしつつ、堂々と扉の中へ。
アッシュは少しおっかなびっくりした様子で、中へと踏み入れた。
「客人はそちらに座ってくれ。
まずはディーボ、お前から話を聞こう」
「はッ!」
示された通り、部屋の中にあるソファへとラニカとアッシュは腰をかける。柔らかなソファにアッシュが座りにくそうにしているようだが、申し訳ないが我慢してほしい。
そしてディーボが領長へと報告している間に、ラニカは領長の様子を伺っていた。
光の当たり方によっては青にも見える銀の髪。鋭くも真摯な光を湛える双眸は青玉色。
(モカお嬢様にそっくりな人だな……。
でも顔つきとかは、騎士団長のところのコナ様にも似てるし……二人を足して二で割るとこんな感じになるかな……?)
自分が仕える家のお嬢様と似ている領長の姿に、ラニカは何となく思考を巡らせる。
騎士団長の娘のコナにも似ていることから、恐らく血筋としては、双方のルーツでもあるサテンキーツ家由来の血を持つ人物ではなかろうか。
誰かの声に似ていると思ったのもその辺りによるものかもしれない。
案外モカお嬢様の声を低く凛々しくすれば、こんな感じになるのではないだろうか。
(そうすると、騎士団長の妹君――ウーカイア様のご息女……かな?
そしてプレッソ領の領地関係に関するお仕事をされているというコトは……)
頭の中で、騎士団長の妹が嫁いだ先のことを思い出す。
確かトナマウイ家だったはずだ。そして、そのトナマウイ家の次女がプレッソ領の次男と婚約したという話は、噂程度ながら聞いた覚えがあった。
そうなれば、目の前にいる彼女の正体は――
ラニカの中で結論が出た時、小さく呟くように口から零れる。
「――ココーナ・スイル・トナマウイ様……かな?」
それを領長は耳ざとく、気がついた。
「ほう」
どこか好戦的な笑顔――モカお嬢様であればあまりしないだろう顔だ――をラニカに向ける。
その横でディーボが少々体を竦ませてしまっていたのは少々申し訳なく思う。
「そういう君は、サテンキーツ家……いや――」
そこでココーナは言葉を止める。
僅かな逡巡のあと、ニヤリと笑った。
「ドリップス家に仕えている従者ではないかな?」
「はい、その通りにございます。
初めましてラニカ・ラグア・パニカージャと申します」
誰何にうなずき、ラニカは立ち上がってから丁寧に一礼する。
「ココーナ様がモカお嬢様と大変似ておりまして、驚いておりました」
「コナ様とは名前も容姿も似ているとはよく言わるが、モカ様とも似ているのか。光栄だな。
……ああ、座ってくれていい。かしこまる必要も無いぞ」
「恐れ入ります」
ラニカがかしこまった返事で感謝を述べてから座り直すと、苦笑されるた。
「しかし、そんなに似ているのか?」
「モカお嬢様がもし騎士にでもなっておられましたら、もっと似ていたかもしれません」
「なるほど。サテンキーツの血か……怖いな」
「……確かに」
何となくといった様子でココーナが呟いた言葉に、ラニカは小さく笑ってしまう。慌てて口を押さえるが、ココーナは気にするなと笑った。
「あなたは今、旅人なのだろう? 従者の仕事はしてないのだから、あまり気にしなくていい」
「恐れ入ります」
ラニカが小さく息を吐いたところで、ココーナが正面のソファーに腰をかけた。
「ディーボ、君は持ち場に戻れ。この者たちは私が引き継ぐ」
「はッ! では失礼いたします」
敬礼し、部屋を出ていくディーボに、ラニカが小さく会釈をすると彼は笑顔を返してくれる。根っからの良い人のようだ。
「さて、ある程度彼から聞いたが、改めて君たちの事情を教えてほしいんだが――良いかな?」
「ええ。もちろんです」




