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12.出立


 ラニカは軽装の何でも屋風パンツスタイルに。

 剣などはそこまで得意ではないので、目立つところに身につけている武器は大振りのダガーだ。

 あとは羽織っている上着を筆頭に、投擲用のナイフやニードル、そのほか暗器などを仕込んである。


 なお、アッシュからはどこの暗殺者だよ――とドン引きされたのはささいな出来事だ。


 一方のアッシュも似たような軽装をしている。

 金属製のゴツいグローブで殴るのを主力にしているそうなので、ラニカと比べると装飾はだいぶ少ない。

 また本人の希望で、脛とつま先と踵に鉄板が仕込まれたブーツも購入した。

 そのせいもあってか、手足だけが妙にゴツいシルエットとなっている。

 ラニカと同じ大振りのダガーを腰の後ろに横差ししてあるが、本人はあまり使う気はないようだ。


「……なぁ、ラニカ」

「なに?」

「着替えてから言うのもなんだけど、本当に買ってもらっちまって良かったのか?」

「何度も言っている通り必要経費です。

 私たちが無事に王都へと帰る為には必要なんですから、必要以上に気にしないで」


 このあたりはお金に対する価値観の違いもあるのかもしれない。


 アッシュからしてみると、普段、自分や妹分たちが食いつなぐのに必死で稼ぐ金額よりも、ゼロが二つ三つ多い額を、ラニカがポンと支払ったのだ。


 しかも、ラニカが自身の着ていた服や装飾などを売った金で。

 恐縮するなという方が難しいのだろう。


 そんなアッシュに、ダルゴが声を掛ける。


「アッシュ。お前さんのそのスラム出身とは思えない清廉な態度は、得難い美徳だ。出来れば失わないで欲しいと思うほどに。

 だが、それも過ぎれば鬱陶しいだけだ。今は素直に受け取れ。どうしても気後れするなら、コトが全て終わったあとでやればいい」


 その言葉に観念したのかアッシュは一度天井を仰ぎ、深呼吸をするとラニカに向き直った。


「ありがたく使わせてもらう。帰るまでずっと迷惑を掛けるかもしれねぇが、よろしく頼む」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 改めて、これで一蓮托生だとラニカは笑いかける。

 それに対して、アッシュはどこかバツが悪そうに舌打ちでもしそうな態度でそっぽを向く。

 彼なりの照れ隠しなのかもしれない。


「ラニカさん、こちら地図です」

「ありがとうございます」


 メレンの持ってきた地図をお店のカウンターに広げた。


「この村はここ。オージャ村。

 村としてはプレッソ領の領地だけど、位置としては三領の交差点です」


 広げた地図に指を差し、メレンは位置を示す。

 それにラニカはうなずいてから、先を促した。


「村を出て西へいけば、三つの領地の領境があり、三関(さんかん)の関所と呼ばれる関所があります。

 三関の街トライブレンとも言われていますね。徒歩でも二~三時間の距離ですので、まずはそこを目指してください」


 関所の敷地内はちょっとした町のようにもなっているらしく、乗り合い馬車なども出ているそうだ。

 宿もあるそうなので、一息つくには悪くない場所だろう。


「当面の目的地はドリッペルタでいいですか?」

「はい。お仕えしている公爵様が治めている領都ですし。領主邸もありますから」

「それなら三関の関所からドリップス領へ入ってください。

 関所を出たら南へ向かうと、カリータという大きな町があります。

 ドリップス領内で二番目に大きい町で、元々宿場町から発展してきた町ですから、休むにしろ補給するにしろ、情報収集するにしろ、何か便利かと思います」


 その辺りはラニカも承知しているところだ。

 メレンもそれはわかっているだろうが、わざわざ説明をしているのはアッシュに聞かせる為だろう。


 彼が正しく理解できているかどうかは別にして、こういうルートで進むのだということを聞かせておくことで、些細な不安などを取り除いておこうという算段だ。


「ドリップス領の領都ドリッペルタに到着すれば、領主邸で働いている従者仲間に頼れますからね。

 移動用の馬車を手配して貰って、なんなら護衛の騎士もお借りできれば、安全に王都まで帰れます」


 そう口にしてから、ラニカはアッシュへと視線を向ける。


「――とまぁそんな感じで行きます。地名とか覚えられそうですか?」

「なんとかな」

「それは良かった。万が一、私とはぐれてしまった時はドリップス領のドリッペルタの町を目指してください。

 領主邸で私の名前を出せば、アッシュ君は保護してもらえるはずです」

「貴族の世話になるのか……」

「あなたが貴族嫌いなのは構いませんが……嫌いだからという理由だけで、生き延びる手段も、王都へ帰る手段もフイにしますか?」


 ラニカに問いに、アッシュは露骨に舌打ちをした。


「仕方ねぇか。背は腹に変えられねぇもんな」

「本当に――一緒にいるのがアッシュ君で助かります」

「なんだよそりゃ?」


 顔をしかめるアッシュに対して、ラニカの言葉の意味を理解できるダルゴもメレンは思わず苦笑を浮かべる。


「スラム出身の方は……言っては悪いのですけれど、言うコトを聞いてくれない――あるいは理解してくれない方が多いですから」

「まぁ貴族や金持ちを毛嫌いしているのは認めるさ」

「アッシュ君は嫌いだと言いながらも、必要性を理解して飲み込んでくれるから助かる――って話です。

 拗らせすぎて救いの手を切り落とし、貴族や富豪あるいは犯罪組織などへケンカを売ってしまう人もいますから。そうなるとスラムごと消滅の危機に見舞われるでしょうけど」

「そいつに巻き込まれてスラムごと処分されるような状態は困るんだけどな」

「そこは仕方がありません。

 あなた方が貴族や富豪を一緒くたにするのと同じように、こちらから見てもスラムの住人は全員で一緒くたですので」

「…………」


 アッシュは憮然とした顔をするものの、同時に納得もしていた。


「お互い様、か」

「はい。お互い様です。

 お互いに相手のコトをロクに知らずに毛嫌いしあってるのですから」

「違いねぇな」


 言うとおりだ――と、アッシュは肩を竦める。


「はい。アッシュ君」


 ラニカがアッシュと問答している間に、メレンは地図を畳んでいた。

 そして、畳んだ地図をアッシュに手渡す。


「え? オレでいいのか?」

「ええ。私はもう頭の中に入っているので」


 昨日までは現在地がわからなかったからこその手探りの旅になっていたのだが、今日からは違う。


 現在地さえ分かっていれば、ラニカの頭の中に地図はあるので、迷うようなことはないだろう。

 国内の主用街道は、だいたい把握しているのだ。


「お二人ともお世話になりました」

「もう少しゆっくりしていってもいいのよ?」

「ありがたいんだが……オレは、妹分が心配なんだ」

「私も仕事をサボってしまってますからねぇ」


 メレンの言葉に、二人は首を横に振る。


「どっちも真面目だねぇ……いや良いコトなんだけどよ」


 ダルゴはそう笑いながら、店の入り口のドアを開けた。


「二人とも気を付けてな」

「また来てくださいね」

「はい」

「おう」


 そうして、ラニカとアッシュの二人はオージャの村をあとにするのだった。



     ☆



「ヌガーさん」

「来たか」

黄金(おうごん)は女と一緒に村を出た。トライブレンに向かうのは間違いない。

 女の方はカンが鋭そうだから必要以上に近づくな。二人が関所を出てどこの領地に行ったを確認して、おれとボスに伝えろ」

「ヘイ了解です! ヌガーさんは?」

「おれはもう少しこの村にいる。この村では良質な素材が安く購入できるからな。趣味が捗るんだ。特にホイート石の質がいい。しかも相場よりも安い。最高だと思わないか?」

「すんません。自分は魔心工学(ましんこうがく)とやらは良くわからねぇんでさぁ」

「そうか。それはすまない。ともあれ、二人に関する報告は確実に頼むぞ。おれは奴らがどこに向かったか分かってから動くさ。どちらにしろ、おれの魔法はまだ再使用できるまで回復していないからな」

「了解しました。そいじゃあ失礼しやす」

「ああ」


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