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彼女との関係

「すごい観察力ですね――」


「かっ、勘違いしないで! べっ、別に見たくて見てた訳じゃないから。たまたま見えちゃっただけなんだからね!」


彼女がこんなに動揺する姿を見るのは、これが初めてだった。いつもは私の精神科医としての観察眼を持ってしても彼女の心は全く読むことが出来なかったのに、今目の前の彼女はいとも簡単に心の中をさらけ出してしまっていた。と言うよりも、もしかすると私自信の彼女に対する感情が、彼女を見る目を曇らせていたのかもしれないが――。


「わかってます」


「全然わかってない。わたっ――」


「わかっています。佐伯さんは、誰にでも気さくに話しかけて楽しそうにされています。私にも同じようにしてくれました。きっとその時に私が食べていたおむすびを、たまたま見たのでしょう」


「そっ、そうよ。よくわかってるじゃない。それより真一は、一体何のおむすびが1番好きなの?」


「それはでっ――」


「ちょっと待って、今当てるから。う~ん――」


彼女はしばらくの間、考えこんでいた。


「わかったぁ。明太子でしょ?」


「―――」


彼女の言う通りだった。


「当たったでしょ?」


「違います」


自分の気持ちや感情を普段から悟られないように気を付けてきたはずなのに、いとも簡単に言い当てられてしまった。〝違う〟と言ったのは、ただ単に悔しかったからだ。


「えぇぇぇ~、自信あったんだけどなぁ」


「すいません」


「謝ることなんてないよ」


「でも、どうして明太子だと思ったんですか?」


「前に精神科医の槇村先生って人が書いた行動心理学の本を読んだことがあるんだけど、それから行動心理学にハマっちゃって、色々な本を読んで勉強したの。それで人の行動を普段からよく観察するようになって、今では大概のことなら言い当てることが出来るようになっちゃったんだよね。でもおかしいなぁ? 真一は絶対に明太子だと思ったのに――。それなら一体何なの?」


「昆布のおむすびです」


私の中では最下位に位置する〝昆布のおむすび〟を敢えて言ってみた。


「本当に? 真一は昆布が1番好きじゃないと思ってた」


彼女の観察眼は趣味で始めたとはいえ、大したものだった。


「残念でしたね? ちなみに佐伯さんの1番好きなおむすびは?」


「えぇ~と、私はっ――」


「ちょっと待って下さい。今度は、私が言い当ててみます」


「いいよ。やってみなよ!」


「では始めます。私の質問に全て〝いいえ〟で答えて下さい」


「いいえ」


「そこはいいです」


「あっ、そう」


「では始めます。あなたが好きなおむすびは、シーチキンマヨですか?」


「いいえ」


「あなたが好きなおむすびは、たらこですか?」


「いいえ」


それからも私は同じように10個の質問をした。これは心理学の初歩的なテクニックで、相手の顔の表情、目の動き、体のちょっとした動きから嘘を見抜くというものだ。しかし、彼女は槇村先生の行動心理学の本を愛読書にしたり、心理学を勉強していたという観点から考えると、芝居をすることも考えられる。


「ありがとうございました」


「真一、わかったの?」


「大体は絞り込めました。ちょっと待っていて下さい」


私はコンビニのレシートに、ある文字を書いて胸ポケットに入れた。


「今何入れたの?」


「あとでお見せするので、楽しみにしておいて下さい」


「別にいいけど――。それより何だと思うの?」


彼女の表情から自信に満ち溢れているのが見て取れた。それでも私にはわかった。


「明太子のおむすびですね?」


「えっ!?」


「違いますか?」


「やったぁ。私の勝ちだ!」


彼女はガッツポーズをして喜んでいた。


「残念です。ちなみに正解は?」


「それは、塩おむすびで~す」


「ありがとうございます。では、先程私の胸ポケットに入れたものをお見せしましょう」


私は、彼女に先程のコンビニのレシートを手渡した。


「えっ」


彼女は驚きを隠せない表情で、レシートと私を何度も何度も交互に見ていた。


「どうですか? 少しは楽しめましたか?」


「えぇ――。じゃなくて、どうしてわかったの?」


「あっ、いけない。時間になってしまったので、また今度の機会にお教えします」


「ちょ、ちょっと――」


私は、彼女の呼び掛けに応えることなく病院に向けて走り出した。


《佐伯さん、あなたの1番好きなおむすびは明太子などではなく、塩おむすびです。ちなみに2番目は梅干しのおむすびですね?》


これが、私がレシートに書き込んだ内容だ。

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