兜割り
「それはお兄ちゃんが骨抜きにされてるからだよ……」
それはそうかもしれないが、順番がちがうよ。
惚れたから従うんじゃない、従う気にさせてくれるから惚れたんだ。
日が傾きだしたころ、衛兵のひとりが中庭に現れた。なにやら雑木を組みだした。
「えっと……、なに始めるんですか?」
「午後の修練だ。いまから8千ほど打ち込みを行う」
「8千……? ですか?」
「ああ。毎日それくらいしないと、いつ実戦の場に遭遇するかわからないからな」
「うわ……。姫さまから修練するよう言われましたが、毎日そんなにできるかな」
「一日8千じゃないぞ。午前3千、午後8千だ」
「はい?」
「まあいい。口で説明しただけじゃ何するかわからないだろうからな。今日はそこで見てろ」
衛兵さんはそういうと、十字に組んだ土台のうえに並べた雑木から数歩ほど距離をとって構えた。
右手に持った両手剣ほどの長さの雑木を天高く垂直に構え、左手をそえた。
「構えはこんな感じだ。あとはただひたすら打ちこむ」
衛兵さんは叫び声をあげながら雑木めがけて駆けこみ、腰を垂直に落としながら持った雑木を打ち下ろした。
打ち下ろすと即座に同じ構えに構えなおしてまた打ち下ろす、それを20回ほど繰り返してはもとの位置に戻って駆けこんで打ち下ろす、それを休みなく繰り返した。
「奉公人さんすみません、夕餐の準備をしたいので薪を割ってもらえませんか?」
ちょうどいい、試しに薪でやってみよう。
薪を切り株にのせ、斧を持って先ほど見た構えから薪めがけて打ち下ろしてみた。なかなか上手く芯をとらえず、断念して普通に割った。
薪を割り終えて戻ると、まださっきの衛兵さんが鍛錬を続けていた。
「……8千! お、戻ってきていたようだな。修練といっても毎日これだけだ」
「えっと……、姫さまには、『戦場で己が身を護るものは常日頃の修練だ』って言われましたけど」
「悪くない質問だがな、早く門番を代わらせてくれ。修練が夕餐のあとになったんじゃさすがにあいつも吐いちまうからな」
そう言うと門番をしていたもうひとりの衛兵さんと入れ代わった。
「さっきもうひとりの方から、修練は毎日ひたすら打ちこむだけって聞きましたけど本当ですか?」
「本当だ。ちょっと手本を見せてやるよ」
そう言うと衛兵さんは組んだ雑木の上に兜を置いて両手剣を構えた。
「キィェェエア! アアアア!」
先ほどと同じ動作で兜めがけて駆けこんで剣を打ち下ろす。兜は一撃で真っ二つになった。
「これさえできればこれだけでいいだろ。先代さまはこうやってひとりひとり薙ぎ倒しながらあの城を獲ったんだぜ?」
「もうひとりの方にも聞きましたが、姫さまは『戦場で己が身を護るものは常日頃の修練だ』って言ってましたけど」
「ああ、真っ二つに斬られた相手は斬りかかってこないだろ? 『斬られるまえに斬れ、一振り目で絶対に仕留めろ』が先代さまの教えだ」
「だから、戦場でバテて倒れないためにも、相手より先に斬りかかるためにも、斬りかかった相手を確実に斬るためにも斬ったのち隙なく構えるためにも日々こうして修練してるんだ」
先ほどの薪割りを思い出した。やれと言われてすぐにできるものじゃない。
「さて、そろそろ俺の修練を始めさせてくれ。飯食ったあとじゃ吐いちまう」
俺は衛兵さんの修練を終わるまで眺めていた。威力と体力に戦慄しながら。
夕餐がすみ、片付けを手伝ったのち俺の足は無意識のうちに中庭のほうに進んでいた。
残された雑木を見よう見まねで組み、見よう見まねで雑木を手に持ち構えてみた。
「まずこの時点でかなりきついな」
構えを取ろうとしただけでふらつき、雑木を持つ左手がぱんぱんに張る。その状態から無理やりに走ろうとすると、左手が負荷に耐えきれずに雑木を落とした。
「仕方ない、走りこんでの打ち込みは後日覚えよう」
組んだ雑木を目のまえに構え、見よう見まねで打ち込む。思ったように当たらず腰にズキリと痛みが走った。
「腕だけで振っちゃだめだ。たしか腰をこう、落としながら……」
俺はすでにぷるぷると震える腕に目一杯力をいれて構え、腰を垂直に落としながら雑木を打ち込んだ。
先ほど見た手本とは程遠い弱々しい音がしたのち、左手が衝撃に耐えきれず棒を落とした。肺がひゅーひゅーと悲鳴をあげた。膝が落ちがくがくと震え立てなかった。
「なにやら物音がすると思って来てみればな、これ素人がひとりでするもんじゃないぜ。下手したらケガするからな。
明日の朝、構えとコツから教えてやるよ」
みじめなものだが、みじめな現状を受け入れよう。
みじめなままで、終わりたくないから。




