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交渉の成立

「よいだろう。せいぜい懸命に仕えるがよい。……一生な」


 俺は自分の行動を自分で理解できなかった。跪いた相手は、殺されかけ、思い出したくもなかった実家を思い出させた相手だった。


 だが、そうせずにはいられなかった。


「では、父上に首尾の報告と人員の交渉をするとしよう。

 おまえたちは、夕餐までくつろいでおくがよい」


「その格好で、ですか?」


 焼けてボロボロの格好のままだった。


「これは汝の功績だ。このままのほうが話が早かろう」


 そう言うとご令妹さまはひとり中庭から出ていった。つい目でちらりと見える引き締まりながらも美しい曲線を描く後ろ姿を追いかけた。

 メイドさんが客室に案内してくれた。


「こちらになります。どうぞおくつろぎくださいませ。……あ、そういえば、これからはどなたさまとお呼びすればよろしいでしょうか?」


 そっか、これからは同じ主のもとに就くわけか。

 しかし困ったな、本名は知られたくない。

 実家のことは知られたくないし、父が嗅ぎつけたら連れ戻されかねない。


「そうですね、たぶん領主さまが適当な呼び名をつけてくれますよ。『下っ端』とか、『下僕』とか。

 それまでは、『旅人さん』でいいです」


「わかりました、では夕餐が出来しだいお呼びしますね」


 メイドさんは察したのか、それ以上はとくに突っこんではこなかった。


「今日はおまえに頭が上がらないな、正直期待してなかったぞ」


 そういえば、帰りも歩く大前提でパン屋さんと話してたな。


「帰りは歩きたくなかったですから」


「はっはっは、なるほどな。だが助かったよ、ありがとう」


 ……ありがとう、か。実家にいた頃は言われるたびに腹を立ててたな。


「帰ったあとどうなるんだろうな。一応いまは『旅人』と『団長』だが、おまえお嬢さま……おっと、もう領主さまか、に仕えるんだろ? どっちが上の立場になるんだろうな」


「少なくとも、『団長』は団長さんだと思います よ。街のひとたちに慕ってもらえてますから。

 ここの先代さまも仰ってたじゃないですか、他所者があまり好き放題なことをすると反感を買うって。

 新たな領主さまは、その轍は踏まないんじゃないですかね」


「そう言ってもらえると助かるよ。ここに来てから、ずっと不安だったんだ。『俺、実はあまり必要とされてないんじゃないか』って。

 先代さまを納得させてくれたのはお前だし、お嬢さまとの交渉を成立させてくれたのもお前だ」


「……亡き領主さまの一大事に、盾にすらなれなかったことに重責を感じてもいたからな」


「団長さんは、今後も団長として街のほうを護ってくださいよ。ご令妹さまもここから直属の衛兵を連れて来てくれるみたいですし、お城のほうは僕たちに任せてください」


「うっわ……、お兄ちゃんなにか悪いモノ食べた? お兄ちゃんの口から『任されてください』だなんて言葉がでると思わなかったんだけど?」


 なに言ってんだよ、俺はいまも昔も変わらずいいヤツだっただろ?


「ああ、頼んだぜ? 俺は今度もまた領主さまに先に逝かれるなんてゴメンだからな」


「ええ、今後はお互いに同じ領主さまに仕える身として頑張りましょう」


「おう!」


 俺は差し出された拳に自らの拳を合わせた。


「お二方さま〜、ご夕餐の準備が整いましたよ~」


 赴くと、先代さまと新領主さまが座っていた。さすがに服は着替えていた。

 午餐にしては大きな肉がテーブルに置かれていた。


「掛けるがよい」


 促されるまま、団長さんとともに座った。新領主さまと向かいあう位置だった。


「お嬢様、交渉のほうは無事済みましたでしょうか?」


「ふふん、聞くまでもなかろう。でなければ皆ここには座っておらぬ」


 席には屈強な男がふたりと、あとメイドも座っていた。


「悪いな。本来なら俺が切るんじゃないんだが、長男坊が外に出ててよ」


 先代さまがナイフを肉に通し、全員に切り分けた。


「明日朝にはもう出るんだろ?」


「はい、お父さま」


「なら全員たらふく食え、行き倒れてたら探し出してぶっ殺すからな!」


 俺は豪快に切られた肉にかぶりついた。




 美味かった。実家を出て以来久しぶりに豪勢な食事をした。

 領主さまは、終始機嫌のよさそうな先代さまと話されてたな。


「お兄ちゃん、鼻の下伸ばし過ぎじゃない?」


 悪かったな。領主さまの横顔を肴にのむ酒、うまかったぞ?


「な〜に骨抜きにされてんのよ、お兄ちゃんには高嶺の花だって」


 あのな、俺、まがりなりにも世紀の大発明家の跡取り息子だったんだぞ。


「家出したくせに」


 うるさいな、明日は早いんだ、もう寝るぞ。




 ――眠れない。ひとまず用を足して落ち着こう。

 月明かりをたよりにガルドローブを探しだした。

 夕餐を終えたその後も、領主さまの姿がずっと鮮明に頭に浮かんだままだった。


「お兄ちゃんのバカ! アホ! 被虐趣味!」


 ふぅ、スッキリした。


「いくらなんでも調子よく食い過ぎたな。腹が痛てえ」


 用を足し終えて戻ろうとしたとき、団長さんと入れ違いになった。


「おまえ、そんなにお嬢様に惚れ込んだか? あれからずっとお嬢様ばっか見てただろ?」


「団長さん……」


 目が泳ぐのが自分でわかった。


「んだよ。俺はおまえを認めてるし、長く仕えてきた身としてはお嬢様にも幸せになってほしいんだ。

 応援するぜ?」


 こそばゆかったが、悪い気はしなかった。

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