8話
ええい!!おおお!!ええい!!おおお!!
堀を掘っている連中が掛け声を上げていた。
「えい!えい!おおおお!!おみゃあらならもっとやれるがや!!えい!えい!おおおお!!ほらほらおみゃあらもっと!もっと力出しゃああ!えい!えい!おおおお!!」
それに向かい声を上げ鼓舞をする男。
木下藤吉郎である。
彼は堀の上の石垣に設けられた木製の組台の上でずっと声を上げていた。
本来は新しく石垣を組み立てる為に設けられた足場である、が……
藤吉郎はそれを利用し堀を掘り返す全作業員に対してひたすら鼓舞を繰り返し続けた。
実際の所は藤吉郎と他の作業員は立場は対等である。
しかし高い足場に立ち鼓舞をし続ける藤吉郎に対して物申す者は誰としていなかった。
言わなかったと言うよりも言えなかったのかもしれない。
あまりに堂々と上から鼓舞をし続ける彼はどう見ても何かの組の頭にしか見えなかったからだ。
しかしごく一部にはその正体はバレていた。
「藤吉郎ようやるのう」
「吹き出しそうになったがや」
「あいつどえりゃあもんだわ、真似出来んて」
那古野から来た藤吉郎をよく知るものだけは彼を誉めていた。
藤吉郎は堀以外に城壁の修理や庭の整理の場にも顔を出し、重労を勤める男衆に対し鼓舞を送っていった……
「なんだがやおみゃあ!!何者だ!!居ねええ!!斬るぞ!!」
たまにこう怒鳴られ追い出される現場もあったが……
しかし改修された清洲の御城は立派であり、あの織田信長の居城には申し分ない出来であると言われている。
それには木下藤吉郎の尽力の影響もあるのは明らかであったが特に藤吉郎を誉める者はいなかった。
当の藤吉郎も特に達成感を得る事も無く、いつもの事だと何も思わず那古野へと帰っていった。
が……
「面白い者がおり作業が捗りました」
那古野の御城で普請奉行の武士が織田信長に清洲城の改修の終了報告をした際に、何気無くぽろりとそう告げた。
「うん」
織田信長はただ短くそう答えたが、彼は次の言葉を待っていた。
「ずぅっと皆に声を掛けて皆を鼓舞しておった変わり者でありまして那古野の御城で働いておる下の者にござりまする」
「…………で?」
「はっ、名を木下藤吉郎という下の者であります」
「……そうか、ご苦労、下がってよい」
「は!」
普請奉行の男は深く頭を下げると立ち上がり一歩後ろに下がって部屋の出入り口まで行き、再び深く頭を下げその場から立ち去った。
……あの小者……あがってきたか……
織田信長は窓の外の、花の咲き乱れる美しい庭を見つめ少しだけ頬を緩めてそう呟いた。
こうして木下藤吉郎の天下人へと登る階段の第一歩は築かれていったのであった…………




