6話
信長の草履を抱き締め暖めていた藤吉郎であったが…………
翌朝早朝……
ドンドンドン!昨日の夕方に聞いた音が何となく耳に聞こえる
「おい!!おい!!!」
藤吉郎「……………………あ、はっ!!!」
玄関で信長の草履を抱いて眠っていた藤吉郎が目を覚ます
信長「おみゃあわしの履き物何しとんだがや、ふははは」
藤吉郎「あ…………はっ!申し訳ござりませぬ!(もう駄目だがや!寝てまっとったわ!起きとなかんのに)」
信長「ふふふふふふ、ええて、わしの履き物返せ」
藤吉郎「はっ!!(握りしめていた信長の草履を差し出す)」
信長「藤吉郎であったな、わしの馬引け!那古野の城までお頼み申すぞ」
藤吉郎「え?はっ!!!ただいまに!!」
馬上で那古野城に向かう信長とそれを引く木下藤吉郎
「いつから城に仕えるか?」
馬上の信長が藤吉郎の背を見つめそう尋ねる
「はっ!四ヶ月ほど前にござりまする!」
横目で信長をチラッと見やりながらも周囲をも見ながら藤吉郎がそう答えた
「あぁそうか、おみゃあの面見よったんもその辺だったな、普段何しとるんだぎゃ」
信長は前方を見つめながらそう言った
「はっ!主にお馬へ藁をやったりお鞍洗ったり共に働いとります者の衣服など洗ったり廁(便所)洗ったり御城の壁洗ったり門洗ったり」
再び信長と周囲両方を見つめながら馬を引き藤吉郎がそう答えた
「ふっ…………はははははははははははは!洗うてばかりか藤吉郎!廁のあとに城の壁洗っとるか!」
馬上でニコニコとしながら大声で信長がそう尋ねた
「あ……いえ……」
さすがに藤吉郎も周囲では無く信長を見て狼狽する
「ははははははははははは!たあけ!!面白れえでおみゃあ!」
信長は遥か先の那古野城を見ながら大笑いした
藤吉郎は再び信長と周囲の両方に気を配っていた
信長の馬を引く木下藤吉郎
そろそろ那古野城に到着する
信長「なしてあの館におった?」
藤吉郎「御城のお方に生駒様の元で御奉公せよとの事言い就かされて参りました!」
信長「ふっ、ええわおみゃあ面白れえで那古野に戻りゃあ!しばらくは普段通りの奉公せえ!!木下…藤吉郎……であったな?」
藤吉郎「はっ!!!木下藤吉郎でござりまする!!!(名前………………覚えてもらったがや!!!)」
信長「しばらくは奉公せえ!!精進するように」
藤吉郎「はっ!!!!!!」
「かいもーん!かいもーん!殿様のお帰りー!」
城に着くと門番の兵がそう叫ぶ
すると閉ざされていた門は鈍い音を立てながら両開きに開いていく
「お帰りなさりまし!!」「お帰りなさいまし!」
門が開かれると門番の兵や門を開けた従者達が大声でそう言うと頭を下げる
その中を藤吉郎は信長の乗る馬を引いて城の敷地内へと入って行った
3人程の男がその先を駆けてゆく
恐らく城内各地に信長の帰還を伝えに行ったのだろう
『ほんまにお偉いお方だわ』
その光景を眺めながら藤吉郎はそう感じた
そしてその偉いお方に名を覚えて貰い、ずっと馬を引き続け会話をし、笑って貰えた事が誇らしく感じた
『わしもいつかこのように……もてはやされてえ……』
やがて大きな館の入り口前の広場に辿り着く
周りに従者達が集まり馬を囲みだすと信長はピョンと馬を降りた
「お帰りなさいませ」「お帰りなさいなさりまし」
従者達も先程の門兵達のように大声でそう叫ぶと頭を下げていた
信長は何も言わずスタスタと館へと去って行った
「…………はあああああああぁぁぁぁ……」
信長が去ると溜めていた緊張感を深い溜め息によって吐き出す
安堵感が全身を包みだす
『疲れたがや……普段の仕事より倍は疲れたがや……』
心の疲労感は凄まじいがその分の安堵感、達成感、満足感も又凄まじかった
……わしはすぐには無理だろうが、いずれは侍に…………なれるんだろうか
……いや、ならなかん、ならな駄目だがや
必ずなるんだわ!
藤吉郎は心の底からそう思い、馬を引いて厩舎へと向かった
「藤吉郎!!」「おお藤吉!」「戻りよったんかおみゃあ!!」
厩舎へ向かうと勝手知った仲間達が笑顔を浮かべ集まってきた
「生駒様の屋敷追い出されたがや!」
藤吉郎も笑みを浮かべ冗談を言うと仲間達が大声で笑う
『…………まだ上様に名を覚えていただいた事やずっと馬引かさせていただいた事は黙っとこう……ベラベラと上様の事話して上様のお耳に入りゃあ調子づくなと見放されるかもしらんて』
「おみゃあさんら相も変わらず小汚ないのう、ははははは」
藤吉郎はそう思いながらも続けて愛嬌のある笑みを浮かべ冗談を言った
「おみゃあさんもだがや、相変わらず小汚ないで!」
あははははは、と周りが笑う
「お馬預けなかんで、あとでな」
仲間達にそう告げると藤吉郎一人で厩舎へと向かっていった
厩舎は粗末な掘っ立て小屋のようなもので馬二頭がぼーっと立っているが藤吉郎が近付くと少しだけ頭を下げて反応をした
藤吉郎は厩舎に馬を入れ、そして共に歩いた栗毛の馬の頭を撫でた
「おみゃあも疲れただろ、わしも大変だったわ」
馬は頷くかのように頭をペコペコと下げる
ふっと微笑みながら、馬の頭をさすり藤吉郎はある言葉を思い出していた
…………しばらくは奉公せえ……精進するように…………
信長との会話の中で一番嬉しかった言葉
「……………………」
馬にも感情が伝わっているのか、ずっと頭を上下させ興奮している
精進か…………
よっしゃ!やったるがや!!
更なる精進をしたるで!
そうして必ず侍になってみせる!
「おみゃあさんのお陰でもあるで!ようやってくださったのぅ!!ほれ褒美だで!」
藤吉郎はいつもより多くの藁を桶に入れ馬の前に差し出した
馬はバクバクとそれを食し出す
「はぁ………………に、しても…………疲れたがや……」
藤吉郎はしばらく厩舎で馬を見つめていた