こんばんは、月がきれいですね
ふわりと跳べば重力は無く。
夜風を切れば、頬に冷たく。
「あなたが欲しいんです」
窓辺には、小さなヴァンパイア。
「また来たの? いーい? おねえさんは、あなたの遊びに付き合ってる暇は無いの」
「遊びじゃない! 食事です」
黒づくめのジャージの(!)ちびっこは、むきになって言い返す。
「食事でも何でもいいから! 帰りなさい」
「だっておねえさん、とっても美味しそうなんです」
懇願するも、おねえさんは、ベッドの上であぐらをかき、がしがしと頭をかくばかりだった。
「だーからー、あたしはあんたの食事じゃないの!! あぁ、もう。そんなにお腹空いてるなら、何か作ってあげるわよ。何がいいの? オムライス? ハンバーグ? あ。カレーがいいわね、甘口の」
「おねえさん、ひどい…」
「ひどくないじゃない。あたしはとっても親切なの。夜中に訪れたちびっこに、カレー作ってあげるんだから」
ぐつぐつ、とレトルトのカレーは鍋の中で煮えている。
IHクッキングヒーター。電気のチカラで暖めます。
「おれはおねえさんが、食べたいんですけどー」
「はいはい。そういう台詞は、あと10年したらね」
大人のひとは、「カレーの王子様」なんてパッケージに書かれた可愛いカレーは食べない。
そのくらい知ってる。
でもそのカレーは、おねえさんの台所の下に、買い置きされてキレイに並んでいる。
「平成のヴァンパイアが、墓場に住んでるとでも思ってるんですか? 僕が欲しいのは、おねえさんです」
「ほら、カレー食べて帰んなさい。おねえさんは、明日も4時からオシゴトなの。パン屋さんは、朝早いの」
仕方ないので、出されたホカホカのご飯と、上にとろりと黄金色に輝くゾル状物質に銀色のスプーンを入れる。
暖かい。
味は感じないけど、あったかい。
だから…さぁ。
「おねえさんが、欲しいんですけど」
「はいはい」
おねえさんは、カレーを食べる僕に背を向けて、ベッドにごろりと横になる。
「食べたら帰るのよ。おやすみ」
3秒で、寝息。
どんだけ疲れてるんですか。
…はぁ。まあ、いいですけどね。朝になったら首もとに牙の痕を見つけて、せいぜい、びっくりすればいいんです。
いただきまーす。
深夜零時。今日もヴァンパイアが、ウチの窓辺に立っている。
「こんばんは、月がきれいですね」




