17 レッド・データ・ブック ~ひきこもり娘の事件簿~
「ヒビキちゃん、あたしね、考えたんだ」
ひきこもりの少女は、相変わらず抑揚のない声音で言った。
「ウサギって、さみしいと死んじゃうんでしょ?」
「らしいわね」
ヴァンパイアの娘、月野ヒビキは、さして興味がなさそうに、ブライダル雑誌に見入っている。左手で時折、ポテチをつまみながら。
そのヒビキの横で、ひきこもりーー高倉シオリは、小さな鉄の籠を胸元に抱えて、その中身を見つめている。
「実験してみようと思うんだ」
「何を?」
そこでようやくヒビキ嬢は振り返り、見た。見てしまった。親友の腕が抱え持つ、籠の中身を。
「あーーあんた、それ、どこでーー」
ぼさぼさに伸びた髪の、けれどそれでも愛らしい顔立ちのシオリは、にこりと微笑む。
「アマミノクロウサギだよー」
「だよー、じゃないわよ! レッド・データブックでしょ! 絶滅危惧種じゃないの! 今すぐ警察に行きましょ、ね?」
蒼くなるヒビキとは対照的に、ひきこもり少女は、つかみ所のない笑みを崩さない。
「さみしいからって、死ぬとは限らないでしょ。その可能性に賭けたらいいんだよ」
「賭け事は嫌いなの! 第一、どっから持ってきたのよ、それ」
「えー?」
首を傾げ、人差し指を顎に添え。高倉シオリは自室の天井を見上げた。あれはーーどこだったろうか。
「飛騨の山奥で捕まえてきたんだよー」
「奄美大島じゃないの?」
シオリ嬢は、ヴァンパイア娘ヒビキの顔の前で、ちっちっち、と舌を打ちつつ、人差し指を振った。
「そこが、いわゆる、常識のゲンカイってやつだね。あたしはね、エイリアンがインターネットを開発したのでもいいと思うわけ」
「飛騨・・・・・・」
そこまで出かけたのだろうか、このひきこもり。
旅費はどうしたのだろう。ヒッチ・ハイクか?
おかっぱ頭のヴァンパイア・月野ヒビキは脳裏に、ボードに「飛騨」と書き込んで、親指を立てて、国道の道端に立つシオリを思い浮かべた。
無慈悲に通り過ぎる何台もの乗用車。白。黒。白。黒。
シオリはしょんぼりと背中を丸めて歩き出す。
日も暮れかけた頃、ふいにクラクションが鳴らされ、彼女は振り返る。彼女を照らし出す、大型のフロント・ライト。シオリがまぶしさに目を細めていると、トラックから、額にタオルを巻いた男性が降りてくる。
<どこまでいくんだ?>
<うん。あたしね、ウサギが寂しくて死んじゃうところが見たくて。だからね、奄美大島まで行くことに決めたんだよ>
<お嬢ちゃんも苦労してんだなぁ・・・・・・。よっしゃ、分かった。おにいさんに任せな! 途中のフロリダまで乗せてってやるよ>
<・・・・・・ありがとう。でも、お礼なんて言わないから。>
「なんでお礼を言わないのよシオリ! せっかく止まってくれたトラックの運ちゃんなのよ!? お仕事中なのよ!? ありがとうのひとつくらい言ってあげなさいよ!?」
シオリの両肩を両手でつかみ、がくがくと揺さぶるヴァンパイア。シオリは目を白黒させながら、頷いた。
「え・・・・・・あ、ごめん」
「謝ればいいってものじゃないわ! 今からその運ちゃんにお礼を言いに行くのよ! メロン持って!」
「え・・・・・・、なんで」
「彼の妹はメロンが好きなのよ! 難病にかかって、隔離病棟で生活している彼女の楽しみはメロンだけなの!」
「あ・・・・・・、ほんと?」
「ええ!」
力強く頷くヒビキに気圧され、自室の小型冷蔵庫から、秘蔵のメロンアイスを取り出すシオリ。
「行こう! 早くしないとこのウサギがさみしくて死んじゃうところが見られない!」
「そうねシオリ! 急ぎましょう!!」
数時間後。ーーひきこもり少女シオリの部屋の押入れは、霊界とつながっているのだがーー、その戸をがらりと開けて霊界から戻ってきた退魔師の少年・雁野匠が見たものは、フローリングの床の上にポツリと置かれた鉄製の籠と、その中で、ほうれん草をむしゃむしゃと頬張っている黒い毛並のウサギであった。
「・・・・・・? なんだ、こりゃ」




