14 愛、ゆえに。【郵便屋伝説】
「やべーよ。やっっっべーよ!!」
かつて資源惑星として栄えた火星ーーしかし、今はもうそれらも枯渇し、マフィアが牛耳る歓楽惑星へと姿を変えていたーー。
そのマフィアのボスであるが、毛布をかぶって一時間ほどまえから、震えていた。
地球製アルマーニの黒スーツを着た強面の部下が、どこか呆れたように、それを見ながら言う。
「ーーボス。考えすぎじゃねえですか。奴が来るという情報を掴んだだけで、悪い報せとは限らない……」
そんな部下を、ボスは怒鳴りつける。
「バッカ野郎! ヤツだぞ。ヤツが来るとなったら、良い報せのハズがねえ! 女房からの離婚届か、それとも、裁判所からの召喚状か……」
部下はなだめることをあきらめ、ひとつ息をついたーーその瞬間であった。
パリィィイイイン!!!
窓ガラスを突き破り、何かが飛び込んできた。
「うっ、うわあぁああああ!!!」
ボスは、毛布を頭からかぶり直す。
「ふしゅううううう」
「「ぎゃーーーっ!! ごめんなさい、ごめんなさい、もう悪い事はしません! 改心して僧侶になりますッッ!!」」
火星の二酸化炭素からなる外気が、猛烈な勢いで吹き込んでくる。その気温差のゆえか、闖入者は、ふしゅううううう、ふしゅううううう、と、何度も白い呼気を吐き出すのであった。
謝り、すがりつき、ついには彼の革ブーツを舐め始めた二人のマフィアを鋭い眼光でねめつける、身長2メートルを越す大男。
背中には、巨大な鋼の剣を背負っている。
「ゆうびんでぇす。ふしゅるるるる」
彼は、天使も凍りつくような低い声で、そう告げた。
「ぎゃーーーっ!!!」
マフィアのボスとその部下は、再び悲鳴を上げた。
護衛たちが物音を聞きつけ、駆け込んでくる。
「頭ッ!! ーー貴様っ!?」
軍隊の型落ちの熱線銃が、侵入者である巨漢を狙う。
ボスは、あわてて叫んだ。
「よせ! そいつは……!」
バシュウ!
熱線銃の一撃を受け止め、そいつはなおも平然としている。
「ば、化け物……ッ」
「我はーー我こそが郵便屋! 宇宙を駆ける郵便屋とは俺のこと……。フン。そんな旧時代の兵器で郵便屋を倒せると思うな」
巨漢の目が、ギロリと光る。
そして、一通の封筒を取り出す。
ボスの顔に動揺が走った。ひったくるように、それを取る。
「これは……! この筆跡……。間違いない。ユミちゃんからだ!」
大剣を背負った強面の巨漢は、頷く。
「内容までは知らぬーー。郵便屋に、それを知ることは許されていない」
ボスは、封筒を開け、中を確認した。
「ば、バカな……、ユミちゃんが……」
郵便屋は、無表情のまま、屹立している。ーー山のように。
「ユミちゃんが危篤だって!? おい、この手紙はいつーー」
男は、無言で消印を指差す。すこしかすれたそれは、昨日の、日付であった。
「ユミちゃん……っ! 今、行くーー!」
ボスは、踵を返し、金だけを持ち、慌てて屋敷を飛び出していった。
それを見送る郵便屋の目からは、一筋の涙が流れ落ちた。
ーー間に合って、くれ。
ユミちゃんの思いが、幼なじみでかつての夫であるマフィアのボスに届くように。必死で宇宙船を飛ばした。ーーだが、それを、誰かに露わにするつもりはない。
ただ、手紙が着けばいい。それがすべてーー
ボスの宇宙船が地球の方角に消えるのを見送った郵便屋は、静かに歩き出した。
ーー次の配達業務があるのだ。




