一、秘密の約束 1
空は薄い青色。
光はやわらかく、風はやさしい。
常春の国ボーマルッカでは、一年を通して穏やかな気候が続く。
テラスに置かれた華奢なテーブルには真っ白なテーブルクロス。
そこに並ぶのは小さな焼き菓子とベリーの実。ジャムに生クリーム、ミルクにお砂糖、銀のスプーン。花びらが可憐に散って、カップから広がるのは夜明けの空気を思わせる清々しい香り。
このままごとのようなお茶会の席には少女が二人。
軽やかにカールした金髪と癖のない真っ直ぐな銀髪が陽射しを受けて、それぞれ趣の異なる光を弾きながらそよ風に揺れている。
王宮は、水蘭館での光景である。
金色の髪の少女はどこにいても人目を引くに違いない美少女だった。レースのリボンを飾った細く柔らかな蜂蜜色の巻き毛。生気に満ちてきらきらと輝く瞳の色は明るい緑。すっきり通った鼻筋。いかにも柔らかそうな瑞々しくすべらかな肌。形の良い額と薔薇色が透ける頬。まだあどけなさを残す優しい曲線を描く顎。艶やかな明るい色の唇。それらが見事に調和して、綺羅綺羅しい豪華な美貌を創りあげていた。表情の一つ一つにも何ともいえぬ華があり、勝気で我儘そうなところさえ魅力的に映る。
一方、銀色の髪の少女は誰と並んでも目立たなそうな少女であった。その理由の大部分は雰囲気にある。純粋に造作を見れば、派手さや華やかさとは異なる種類の美しさを十分に備えており、ボーマルッカでは珍しい銀髪と青紫の瞳という組み合わせは雪のような白い肌によく映えて、繊細で清楚な面立ちは初対面でまず好印象を与えるだろう。けれど、記憶に残らない。儚げであるとか控えめであるとかいうものとも違う。まるで薄曇りの日に足元にできる影のように、ぼんやりとして精彩を欠くために存在感が稀薄なのだ。
向かい合う二人の様子もまた、印象通り。
先ほどから響くのは、金髪の少女の明るく可愛らしい声ばかりで、銀の髪の少女は終始相槌に徹している。
「だから、布をたっぷりと使って裾が自然に広がるドレスが、最近の昼の装いの流行なのよ」
「そう……ねえリエラ、それはクリームを乗せすぎだと思うわ」
力説する相手に対し、それは初めての主語と述語のある返事らしい返事だったのだが、的を思い切り外していた。服の流行よりも手許の焼き菓子の方が気になるらしい。確かにぽってりと生クリームは山盛りだったが。
長々と一生懸命話したことがまったく報われない期待はずれの答えに、蜂蜜色の髪の少女――リエラは明らかに気分を害したようだった。ついさっきまですべらかに動いていた魅惑的な唇が不機嫌そうに閉じられる。
ちょっと怒った顔をしてみせたところで、リエラを取り巻く他の多くの者たちと違い、動じるような相手ではないとわかっている。しかし、リエラとしては、せめて機嫌を損ねた理由を尋ねることくらいはして欲しかったのだが、肝心の相手は軽く首を傾げただけだった。それで問いかけたつもりなのか、単に不思議だからその仕草をしたのかわからず黙っていると、あっさりと視線を外され、あろうことかティーカップを持ち上げて口許に運ぶという次の動作に移られてしまった。
「アイラったら! ちゃんと聞いているの?」
突然の怒った声に、カップを持った手が胸の前で止まった。しかし、特に驚いたふうもなく、向けられた眼差しは相変わらず静かだった。
「聞いているわ」
「それなら、どうしてお菓子の話になるのよ」
「いけない?」
少しも悪びれず、あまりに真っ直ぐ問い返されて、リエラは思わず言葉に詰まった。
アイラは何事もなかったかのように中断していた動作を再開し、ティーカップに唇をつけた。優雅にお茶を楽しむ姿からは、リエラの抗議を全く気にとめていないことが窺えた。
「……わたくしの話は、つまらない?」
「いいえ。リエラの話を聞くのは好きよ。大好きなことを夢中で話しているあなたは、とてもかわいらしいのですもの」
肯定的な言葉にうっかり騙されそうになったが、これでは話の内容はどうでもいいと言われたも同然で、リエラは拗ねたように口を尖らせた。
アイラの反応はことごとくおもしろくない。何か言ってやりたいのに言葉が出てこなくて、もどかしいような腹立たしいような、なんともすっきりしない気持ちの落ち着け場所を探すように頼りなく動いた視線は、結局膝の上に落ちた。
視界に、鮮やかな若芽色が映る。この緑は、膝から下へ向かって珊瑚色に色を変えていく。リエラが自ら染色工房へ注文し、二度の染め直しの末ようやく出来上がった布だ。仮縫いのときには出来上がりを想像して胸が弾んだ。一流のお針子の手で縫い上げられ届けられたそれは、リエラを幸せな気分にした。なのに、アイラはそういうことに少しも共感してくれない。
リエラはドレスや装飾品の意匠をあれこれ考えていると時間を忘れたし、繊細なレースやきらきらと輝く宝石を身につけることが楽しかった。
ボーマルッカの服飾規範は比較的自由で、軽やかな薄い布が好まれるとか、渋い色はあまり好まれないとか、一貫した傾向はあったが、あとは個人の好き好きだった。それでもと言うか、だからこそと言うか、主流となるものはあり、リエラにとってそれに遅れをとることは一大事だった。
今リエラの身を包むのも、先ほどの主張通りふんわりと広がる衣装であった。胴体部分は鮮やかな若芽色で、裾と袖へ向かって可愛らしい珊瑚色に変わっている。それはリエラの華やかさをさらに引き立て、重なったフリルは花の精を思わせた。
対して、アイラは寝間着の上に薄いガウンを羽織った、ほとんど寝起きそのままの姿。これは流行云々以前の問題だったが、リエラも眉を顰めなければ、アイラの方も少しも気にする様子がない。
なぜなら、アイラがこうした姿でこの場に引っ張り出された根本的な問題は本人にあるが、直接の原因はリエラにあるからだ。
根本的な問題、というのはアイラの生活時間にあった。何事もなければ毎日同じ時間に起床し同じ時間に就寝という生活なのだが、基本的な睡眠時間が平均よりかなり多い。そのため、規則正しい健康的な生活、とは誰も評してくれなかった。
直接の原因、というのはリエラがそれを承知で、アイラがまだ眠っている時間に押しかけて強引に誘ったことにある。
気安い間柄を窺わせる二人の関係は、母親違いの姉妹、というものだ。
この外見も性格も全く似ていない二人の共通点は、意外なことに血なのである。
一応、三ヶ月ばかり先に生まれたアイラが第十一王女、リエラが第十二王女になるが、その序列はあまり意味を持たない。リエラは第一王妃から生まれた三番目の女子。既に嫁いでいる二人の姉を除けば、この国で最も格の高い王女であるのに対し、アイラは、父王が王宮づきの芸人に手をつけて産まれた子なのである。舞姫であった彼女の母が愛妾として寵を受けていればまた違ったかもしれないが、出産の際に儚くなっている。
同じ父を持ち、年も近い二人の王女に向けられる視線は、天と地ほどの差があった。
アイラに与えられている水蘭館も、もともと何代か前の王が趣味の水蘭栽培と品種改良を楽しむためだけに建てたもので、館裏の池の方が大きかったりする。その水蘭館は王宮の外れにあり、リエラの住む暁の館とは少々距離があるのだが、リエラは気軽にやってくる。
今日も、思いついたら待っていられない性質のリエラは、アイラにしてみれば非常識に早い時間に水蘭館を訪れた。そして、連れてきた自分付きの侍女マティアと二人の小間使いにお茶の仕度を始めさせた。
なぜいちいち彼女たちを引き連れてくるのかと言えば、水蘭館にもアイラ個人にも、侍女や侍従、ちょっとした雑用を言いつける小間使いさえもいないためだ。もちろん最初は乳母がつき、少人数とはいえ使用人がいたのだが、誰も彼もが長続きしない。気味が悪いというのが理由の大半だった。それでもアイラが七つくらいまでは入れ替わり勤める者がいたのだが、いつの間にか有耶無耶に誰もいなくなり、現在もその状態が続いている。
ともあれ、マティアたちが仕度に掛かっている間に、リエラは冷えた果実水を手に寝室へ行き、どうにかアイラをテラスに引っ張り出す。その頃には、お茶の準備はすっかり整っているというわけだ。
リエラは侍女たちに暁の館へ戻るように言い、いつもの如くマティアは不満そうにアイラを睨みつけて帰って行った。そうしてようやく二人は揃って席に着いたのだった。
リエラの知る限り、睡眠はアイラが強い執着を示す唯一のものだ。一度性急な手段をとって大失敗しているせいもあり、リエラは『アイラの眠り』を妨げる時だけは忍耐強くなる。ならば自然に目覚めるまで待てばいいと思うのだが、そこを我慢するのはまた別のようだった。
アイラをリエラの遊び相手として最初に連れてきたのは父だ。
幼い頃のリエラは、自分の方が姉の気分でアイラに接していた。何か一緒にしていても、ぼーっとしていてあまり喋らないし、気がつくと寝入ってしまっていることがよくあったからだ。
今はそんなふうには思っていない。アイラが実はとても頼りになる存在であることをリエラは知っている。では、姉と思っているのかというと、それもまた少し違う。ただ、リエラにとってアイラと二人でいるときが一番楽なことは確かだった。
父王はリエラを可愛がっているが、やはりどこかで王女らしい振る舞いを求めているし、母はもっとはっきりと完璧さを要求する。そのことに不満があるわけではない。むしろ、当然であると思う。だから、隙を見せてはならないという思いが常にある。その、当たり前だと思っていた緊張を、アイラといると忘れられることに気づいたのは、いつだったか。アイラの何がそうさせるのかわからないが、リエラは水蘭館でアイラと過ごす時間が気に入っている。
しかし、会話が弾むかというとそれはまた別の話で、噛み合わないことが多々あった。アイラの一風変わった言動に、今でもよく困惑させられる。
少し物がわかるようになってきたころのリエラは、アイラが部屋に引きこもりがちなのも、いろいろなこと――新しい服とかきれいな宝石とか素敵な恋物語とか流行の遊びとか――に興味を示さないのも、あまり人を寄せ付けないのも、その出自のせいで周囲の者がなんとなくアイラを見下した態度を取るせいだと思っていた。さすがに今では違う――アイラはそういったことを全く気にしていない――ということがわかったが、どうしてなのかは未だに理解できない。
実はそれに限らず、アイラが何を考えているのかリエラにはさっぱりわからないことがほとんどだ。それでもリエラはアイラが好きだったし、自分が好きなものや楽しいと思っていることを同じように好きになってもらいたかった。
だから、リエラはことあるごとに力説する。しかし、努力は報われているとは言い難かった。アイラは意外と聞き上手で、ほとんど相槌であるにもかかわらず――相槌だからかもしれないが――相手を気分よく話させる。だから、リエラも今日こそはもしかしてと思ってしまうのだ。そして、期待は裏切られる。何度も繰り返されてきたことなので、慣れているといえばそうなのだが、感想の一つも口にしないで、いきなり『クリームを乗せすぎ』はちょっとひどい、とリエラは思う。
それなのに、なぜだろう。気がつけば、いつのまにか苛立ちが消えている。
リエラが機嫌を損ねてもアイラは何をするでもない。ただ黙ってそこにいるだけなのに、腹を立てたり反発したりする感情を持続できない。怒っているふりさえできなくなってしまうのだ。
普段のアイラは本当に目立たない。ぼんやりと生気に乏しく、そこにいることに気づかないこともあるくらいだ。それなのに、二人きりで向き合っていると、アイラを包む清澄な空気に引き込まれ、思うようにならない苛立ちも共感を得られないもどかしさもいつの間にか消えてなくなってしまう。
アイラは真昼の月のようだ、とリエラは思う。一般的に、その表現が褒め言葉にはならないことは承知しているが、一番ぴったりくるのだ。青空に浮かぶ白い月の、押しつけがましくない透明な静けさといい、ともすると見過ごしてしまいがちなのに、ふと気づいたときのなんともいえない特別な感じといい、そっくりだ。そして、すうーと心が凪いでいく。
今もそうだった。ただ向かい合って座っていただけなのに、話題に乗ってもらえなかった腹立ちはいとも簡単にどこかへ行ってしまった。
いつも周囲を振り回すリエラが、アイラにはいいように翻弄されてしまう。そうしたアイラの魅力を知っていることを得意に思うと同時に、実際にその威力を目の当たりにすると、少し釈然としない気持ちになるのもまた確かだった。
複雑な表情で視線を落としたまま黙ってしまったリエラに、アイラは小さな吐息を漏らした。
「好きなだけ乗せなさいな」
何を言われたのかわからず、リエラはぽかんとしてアイラを見返した。
「え……?」
「そんなに食べたいなんて思わなかったのですもの」
そんなつもりはなかったのだが、リエラの視線はいつの間にか目の前の皿に注がれており、アイラには盛りすぎた生クリームをどうするか悩んでいるように見えたのだ。
リエラはすっかり忘れていた焼き菓子を見つめ、吹き出した。
「いやだわ。おかしい……っ」
笑いが収まらないリエラに、アイラは赤く熟れたベリーの実を摘んで差し出した。
「ベリーはいかが?」
大きな緑の目をぱちぱちと瞬かせるリエラの前で、アイラが白いクリームの上に赤いベリーを落とす。ちょっと不恰好に着地したそれにリエラは思わず声を上げた。
「かわいい」
アイラの眼差しが少しだけやわらかい印象に変わり、ほんのわずかに口角が上がる。気のせいかと思うくらい控えめな微笑みを、しかしリエラは見逃さなかった。
アイラは決して無表情ではないが、笑顔に関しては少ないと言わざるを得ない。リエラの前ではよく笑うほうだが、それでもそれほど多くない。
内心得をした気分で、すっかり機嫌の直ったリエラは焼き菓子を口に運んだ。ふんわりやわらかいスポンジと、とろけるような甘いクリーム。酸っぱいベリーが口の中で弾ける。
「リエラはお菓子が好きね」
そう言って、アイラはもう一つベリーを摘むと、今度は自分の口に入れた。
「だって、きれいで甘くておいしくて、とっても可愛いもの」
「そうねぇ。眺めているだけでも、楽しいわね」
「味わったらもっと楽しいのに」
「わたくしはいいのよ」
アイラの返事は素っ気無い。
そもそも、アイラは普段から菓子の類をほとんど口にしない。嫌いなのではなく、単純に食に対する欲求が薄く、嗜好品まで手が伸びないのだ。食事にしても日に一度しかしないし、他には果物を摘むくらいだ。
無理に起こされたアイラに食欲がないことは従前承知しているので、リエラはそれ以上勧めようとはしなかった。
「こんなにおいしいのに」
口の中で小さく呟いて、指についた白いクリームをぺろりと舐めた。作法に適っているとは言い難かったが、見苦しいわけではなくむしろ愛らしい。二人の少女の所作はやわらかく優雅であり、軽やかだった。
「ね、アイラ。今日は素敵なものがあるのよ」
リエラは胸の前で両手を合わせ、キラキラした笑顔で言った。問いかけるようなアイラの視線を受けて、ふんわりと広がった珊瑚色の裾を軽やかに捌き、そばに置かれたワゴンに近づいた。新しい硝子のティーカップを取り出して二つ並べると、柔らかい布にくるまれた細長い瓶を籠の中から取り上げた。
慎重に注がれたのは、琥珀色の液体だ。ちょうどティーカップ二杯分の量らしい。かすかに甘い柑橘系の香りがする。
「初めての香りね」
素早い反応に、リエラは満足そうに頷いた。
「香草園の新作よ」
こうしたとっておきを、リエラは絶対に最初の一杯にはしない。テラスに引っ張り出された直後の、まだ半分くらい眠気に支配されているアイラに出しても手応えがなさ過ぎてつまらないからだ。
リエラはさらに、自分の髪と同じ色のとろりとした蜂蜜をスプーン一杯分ずつすくい入れた。
「どうぞ。試してみて」
アイラはあまり好き嫌いを口にしないが、リエラの持ってくる香草園の冷茶は好きだと言っている。だから、リエラも多少の無理をしてでも手に入れる張り合いがある。同時に感想を聞くときは少し緊張する。
アイラは自分の前に置かれたカップを持ち上げた。ゆっくりと一口。そして、二口。
「華やかな味ね。おいしいわ」
「よかった」
リエラは嬉しそうに微笑んで椅子に腰を下ろした。それから琥珀色の冷茶を味わうと、そっとティーカップを置いた。明るい緑の瞳がひたとアイラを見つめる。
「あのね、お願いがあるの」
それは、リエラのお決まりの文句だ。申し分ない美少女ぶりに小首を傾げたお願いポーズがとてもよく似合っている。
アイラは手に持っていたカップを静かにテーブルに戻してからゆっくり口を開いた。
「何かしら?」
「どうしても確かめたいことがあるの」
すべらかな頬にえくぼができる。鈴を転がすような甘えた声と一組で使えば思い通りにならないことなどないと思わせる笑顔だった。
「だからわたくしに花冠の乙女を譲って」
「花冠の、乙女……」
アイラはゆっくりと小さく呟いた。リエラの言葉を吟味すると言うよりは、ただ聞いたままを繰り返しただけのように聞こえた。後に言葉を続ける様子もなく、青紫の瞳は何を考えているのか茫洋として掴みどころがない。なにやら声を掛けづらく、少し図々しい頼みだという自覚もあったので神妙に返事を待っていると、やがて、アイラはゆっくりと瞳を伏せた。それきり、固まったように動かない。リエラはさすがに焦れて、強く名を呼んだ。
「ア、イ、ラ!」
青紫の瞳が驚いたように瞬いて、リエラを見た。
「今、眠りかけていなかった?」
「いいえ。どうして?」
「だって、目を閉じて動かないのですもの。心配になるわ。目の前で眠られてしまったことだってあるもの」
「そういうことも、あったかしら」
リエラは呆れて首を振った。リエラに言わせればアイラは睡眠の取りすぎだ。体はいたって健康らしいので、病気ではない。よくあれだけ眠れるものだと逆に感心してしまう。
「今日は大丈夫よ。足りない気はするけれど。それに、リエラの持ってくる冷茶には、覚醒作用のある香草が入っているでしょう?」
「目を覚ますには冷たい水が一番だとアイラが言うものだから、考えたのよ。ただの水では味気ないし、お茶会にならないもの。おかげですっかり冷茶に詳しくなってしまったわ」
「だって、眠い時に温かいものをいただくと余計に眠くなるのですもの」
「本当に変わっているわ」
「いつもそう言うのね」
不思議そうに首を傾げるアイラに、リエラはなんとなく面白くない気持ちになってツンと顎を反らした。リエラは自覚していなかったが、変わっていると言われることを全く気にしないアイラに腹が立ったのだ。
「リエラが、花冠の乙女の姿になったところを思い浮かべていたの」
アイラは真面目な顔のまま続けた。
「きっと、夢のようにきれいだわ」
リエラは頬が熱くなるのがわかった。
厭味ではない。心からそう思っているのだとわかる。
リエラは称讃されることに慣れている。誰が相手でも嫣然と微笑んで、ありがとうと言える。けれど、アイラの賛辞はなぜか軽くあしらえないのだ。自分でも滑稽なほど落ち着かなくなる。恥ずかしいと言うか、妙に照れくさいのだ。
「褒めすぎよ」
「そうは思わないけれど。リエラは適役だと思うわ。でも、そういったことは、わたくしよりもお父さまにお頼みした方がよいのではないかしら」
的外れなことを言うアイラに、リエラは呆れたように首を振った。それができるなら最初からここへは来ない。
「だめよ。お父さまは許してくださらないわ」
「リエラがお願いしてもだめなの?」
「知っているでしょ。アイラのために開かれる、武術大会なのだから」
カップを持ち上げかけていたアイラの手が止まった。視線が横に流れる。それは、考えごとをするときのアイラの癖だ。沈黙はごく短かった。再びリエラを見つめて、尋ねた。
「誰にも秘密なのね」
「そうなの。こっそり入れ替わるの」
瞳を輝かせるリエラに、アイラはあっさりと頷く。
「いいわよ」
いざ、花冠の乙女役を譲って欲しい理由やらなにやら、自分の気持ちを微に入り細に入り語って説得しようと気持ちを盛り上げていたリエラは、簡単に承諾されすぎて拍子抜けする。まさに願い通りの展開であるのに、物足りなさを感じてしまう。
「本当にいいの?」
「ええ」
アイラはわかっているのかわかっていないのかよくわからない表情で頷いた。




