第二話 智志くん、音楽教室の生徒達と初対面
(ここだな)
翌日の夕方五時半頃、智志は一旦学校から帰った後、私服に着替えて自転車で指定の音楽教室がある場所を訪れた。智志の家からは北西へ約二キロの所、智志の通っていた中学校区と隣接する地域の住宅街にあり、小さな公民館を改装したような感じの二階建ての建物だった。
智志は駐輪場に自転車を留め、
(なんか、入り辛い雰囲気……)
恐る恐る、笹舟音楽教室とカラフルな文字が書かれた出入口自動扉に向かって歩いていく。
中へ入ると、広々としたロビーが智志の目の前に広がる。受付兼待合室となっていた。
待合室には一歳くらいの乳幼児から小学生くらいの女の子と、そのお母さんであろうお方が数名いた。
(場違い感が漂う)
智志はそう感じながら早足で受付に向かう。
「あっ、あのう……」
「由利香ちゃんの知り合いの子ね。奥のスタッフルームで待っててね」
係の人に用件を伝えるまでもなく、事情は分かってくれていたようだ。
(えっと、ここだな)
智志は受付から三メートルほど進んだ所あった『STAFF ROOM』と書かれたネームプレートが貼られた扉を、軽くコンコンッと二回ノックした。
数秒後、職員の誰かによって扉がガチャッと開かれた。
「!」
智志の心拍数は高まる。
「いらっしゃい。きみが、神辺智志君という子かな?」
出て来たのは、由利香さんではなく他の職員さんであった。
「あっ、どっ、どうも、こんばんは」
智志が緊張気味に挨拶すると、
「そんなに畏まらなくても」
「もっとリラックス、リラックス」
職員さん達に優しく微笑みかけられ、
「お気遣い、ありがとうございます」
ちょっぴり照れてしまう。
「ここに座って待っててね」
智志は室内隅っこにある、ソファーに囲まれた小さなテーブルがある場所へ案内された。
「あっ、あの、園部、由利香さんというお方は?」
智志はソファーに腰掛けると、すぐに尋ねてみた。
「由利香ちゃんは今レッスン中だから、もう少し待っててね。あと二〇分くらいかな?」
(職員さんも、やっぱ女の人ばかりだな)
スタッフルームにいた五人の職員は全員女性だった。智志は極度に緊張してしまう。智志も啓太ほど重症ではないが、三次元の女性を苦手としているのだ。ただし榛子とは、幼馴染ということもあり、ごく普通に接することが出来ている。
「キミ、きれいな指してるね。ウチのピアノクラスに通ってみない?」
「! いっ、いえ、僕は……」
三〇代くらいの職員の一人から突然話しかけられ、さらに指を触られて、智志はびくーっと反応した。俯き加減になってしまう。
「かわいい」
その職員からくすっと笑われた。
「ここのパンフレットよ」
もう一人の職員さんから手渡された。
智志は一応確認してみる。
この音楽教室は1歳児、2歳児、3歳児、それぞれの年齢に応じたコース。4歳から小学校入学までの幼児コース、小学生対象のジュニアコース、中学生対象の中学コース。さらに高校生、それ以上の社会人を対象としたコースもあるらしい。ジュニアコース以上は習う楽器によっていくつかのクラスに分かれていた。
講師一覧の項目によると由利香さんは現在、ジュニアコースと中学コースの、ピアノクラスの子達を受け持っているらしい。
ここではピアノの他にも、電子オルガンやヴァイオリン、フルートなどなど全部で十数種類の楽器が習えるようになっていた。
「やはり、生徒さんは、女の子ばかりなんでしょうか?」
智志は恐る恐る質問してみる。
「そうね。八割くらいは女の子よ」
職員さんの一人が笑顔で答えてくれた。
「そう、ですか。あの、僕、ちょっとトイレ」
智志は居心地の悪さを感じてか立ち上がり、スタッフルームから出て行く。
ロビーさらに奥にトイレがあった。
智志が『TOILET』というネームプレートが貼られたドアを開けた。
次の瞬間、
「ひゃぁっ!」
という甲高い叫び声。
中に、小学三年生くらいの女の子がいたのだ。しかも洋式便座に腰掛けて、用を足している最中だった。
「ごっ、ごめんなさぁーい」
智志は慌てて扉を閉めた。
(どっ、どうしよう)
智志は全身から冷や汗が流れ出る。中の女の子と目も一瞬合ってしまった。
それから三〇秒ほど後、
さっきの子がトイレから出てくる。
「最低っ! 変態、シネッ! バーカ」
と罵声を浴びせられ睨み付けられてしまった。その子はロビーから外へ出て行く。
(あれが現実、三次元なんだよなぁ。深夜アニメやギャルゲーの世界なら、もっと見ていいよとか言われるシチュエーションなんだけど……)
智志はがっくりと肩を落とした。
トイレは一般家庭のものと同じように男女共用、便器は一台だけであった。智志はトイレに入ると便座を上げて、ズボンのファスナーを下ろし、用を足し始めた。
その時、
ガチャッ、という音。
「うわぁっ!」
智志はびくっとなった。
誰かに扉を開けられたのだ。
「あっ、ごっ、ごめんなさい」
中学生くらいの女の子だった。その子は照れ笑いしながらそう言って、扉を閉めた。
(あれも、見られたよな。さっきの子は、けっこう、かわいかったな。二次元キャラに近いかも)
一瞬目が合った智志は、不覚にもちょっぴり嬉しく感じてしまった。
そんな時、
「ミサキ、トイレ行ったんじゃないの?」
「ちょっと聞いてぇ。マジ最悪。トイレ行こうとしたら、男がしとってん。あそこ、見てしまったで」
「マッジ、うーわっキツッ。ていうか中の子、鍵かけてなかったん?」
「うん、鍵くらいかけろよなって感じぃ。マナーがなってないわー」
さっきの子とその友人と思われる子との会話が聞こえて来た。キャハハッと高笑い声も加えて。
(言葉遣い悪っ。やっぱり三次元の女には、ろくなのがいないな……まあさっきのは僕の方も悪いけど)
智志は沈んだ気分でスタッフルームへと戻った。
「お姉さんのクラス、どんな感じの子達なんだろう?」
智志の不安がますます高まってくる。出されていた紅茶とクッキーにも手をつけられなかった。
それから一五分ほど後、
「智志ちゃん、お待たせーっ」
由利香さんがスタッフルームへ戻って伝えると、
「あっ、お姉さん」
智志はびくっと反応し、すくっと立ち上がった。
「智志ちゃん、ちょっと教室まで来てね」
「えっ! 僕が直接教室まで行くんですか?」
「うん」
「直接ここに連れて来ても良かったのでは……」
「今日はちょうど、ジュニアコースと中学コースの合同レッスンの日なの。生徒達みんなに智志ちゃんを紹介したいし」
「こっ、困るなぁ」
「まあそう言わずに」
こうして智志は由利香さんに手をつかまれ、半ば強引に連れられる。
由利香さんのうなじを眺めながら、智志は緊張気味に廊下を歩く。
ピアノの鍵盤のように白黒交互に塗られた階段を上がり、二階へ。
「智志ちゃん、ここで止まって」
205号室出入口扉一メートルほど手前で、由利香さんから小声で指示された。
「……」
智志はぴたっと立ち止まる。
由利香さんは中へ入り扉を閉めると、
「皆さーん、昨日お電話でお伝えしたように、今日はお友達が来てくれますよ。温かく迎えてあげてね」
生徒達にこう伝えた。
「どんな人かな?」
「楽しみだね」
生徒達の騒ぎ声が智志の耳に飛び込んでくる。
(おっ、お姉さん。お友達って……)
智志はカタカタ震えながら、ロボットのような歩みで扉の前へと向かう。
一呼吸した後、コンコンコンッと三回ノックした。
「どうぞ入ってね」
由利香さんから告げられると、智志はドアノブに手を掛け、そぉーっと引く。
そして教室へ足を踏み入れた。
すると、
パチパチパチパチパチ。
いきなり生徒達から盛大な拍手で迎えられた。
二〇平方メートルほどの広さの、グレーのカーペット敷きの洋室。ピアノが六台。そのうち四台の備え付けイスに生徒達が座っていた。四方の真っ白な壁に沿うように、クラリネットやヴァイオリンなどの楽器類が置かれた棚もあり、教室前方には学校の音楽室にあるような五線譜の引かれたホワイトボートが置かれてあった。
智志は生徒達と目を合わせないままホワイトボード横にいた由利香さんの側へ歩み寄り、隣に立つ。
「智志ちゃん、みんなに自己紹介してね」
由利香さんから頼まれる。
「僕の、名前は、かっ、神辺智志、と、いいます」
智志は緊張のあまり言葉が詰まってしまった。彼の目の前に広がる他の四人の生徒達。
(視線を、感じる)
智志は目のやり場に困り、俯いてしまう。
「みんなからもこの男の子に自己紹介してあげてね」
由利香さんは生徒達に指示を出すと、彼女の一番近くにいた子が立ち上がった。
「はじめましてサトシくん、ワタシ、勢理客亜紗です」
その子はてへっと笑いながら智志に向かってぺこりと一礼する。南国風な小麦色の肌、背丈は一三〇センチ代後半くらい。くりんとした丸っこい目。やや茶色みがかった髪の毛を、水玉模様のリボンでお団子結びにしていることで、幼さがより一層引き出されていた。
「小学四年生くらいかな……」
智志が呟くと、
「中二です。未だによく小学生に間違えられますけど」
亜紗は照れ笑いしながらすぐに訂正した。
「えっ、あっ、それは、失礼しました」
智志はとても気まずい気分になった。
「サトシン、こちらの一番年上っぽい子が、一番年下の小学五年生だぜ」
もう一人の女の子が伝え、対象の子をビッと指差した。
「はじめましてー。あたしの名前は備中伸実でーす。小学五年生だよ」
その伸実と名乗った子は立ち上がると智志に向かってぺこりと一礼した後、にこにこ顔で自己紹介した。
伸実の背丈は、一七〇センチ近くはあるように見えた。しかしながら、花柄のシュシュで二つ結びにしている紫みがかった髪の毛と、丸っこくぱっちりとした目、丸っこい顔つきには小学生らしいあどけなさが感じられた。
「ノッポ、サトシンと並んでみて」
さっきの子が指示を出す。ぱっちりとした瞳に広めのおでこ、四角っこい顔。ほんのり茶色みがかった髪の毛をセミロングウェーブにしている子だ。
「はーい!」
伸実は智志の横にぴょこぴょこ歩み寄り、並んでみた。
「おう! やっぱノッポの方が高い。ちなみにアタシは一四三だよ」
「本当に、高いね」
智志は緊張気味に目を少し上に向ける。ほんの少しだけショックを受けた。彼の背丈は一六四センチと男子高校生にしてはやや小柄なのだ。
「あたしのママ、一七三センチあるから。遺伝したのかも」
伸実はもじもじしながら打ち明けた。
「バレーとか、バスケをやってるの?」
「やってないよ、あたし、体育は一番の苦手教科だから。一番の得意教科は国語。学校のクラブは昔遊びクラブに入ってます」
智志の質問に、伸実はしゅーんとした表情で打ち明けた。
「サトシくん、先入観を持っちゃダメだよ。洞窟のイドラだよ」
亜紗は爽やかな表情で、哲学用語を用いて指摘する。
「ごめんね、備中さん」
智志はすぐに謝罪した。
「ノッポの姿見たら、普通はそうイメージするよな。アタシも最初会った時そう思ったし。アタシは越智千陽って言います。小学五年生! クラブはノッポと同じ昔遊びクラブです」
その千陽という子ははきはきとした元気な声で自己紹介。
「わたし、美甘真依です。中学一年生です。亜紗さんと同じ学校に通ってます」
伸実の隣の席にいた子は立ち上がると、やや緊張気味に、俯き加減で自己紹介した。背丈は一五〇センチ台前半くらい。ごく普通の形のまん丸なメガネをかけて、濡れ羽色の髪の毛を左右両サイド肩より少し下くらいまでの三つ編みにしていた。とても真面目そうで賢そう、加えて大人しそうな感じの子だった。
「皆さんありがとうございました。智志ちゃんのお名前は、漢字ではこう書くのよ」
由利香さんはホワイトボードに黒色マジックで横書きに〝神辺智志〟と書いた。
「おう、サトシのサト、アタシの苗字のオチのチと同じだぁーっ」
千陽は嬉しそうに叫んだ。
「どっ、どうも」
智志は反応に困ってしまう。
「サトシン、名前に同じ漢字があるもの同士お友達になろうぜ。アタシと握手しよう」
千陽はそう言うと智志の右手をいきなり握り締めてきた。
「あっ、あの……ん?」
その瞬間、冷たくて、ねとっとした感触が智志の手のひらに伝わる。
「これ、スライム君だぜ。今日のクラブ活動で作ったんだ。サトシンにあげるよ」
千陽は自慢げに言う。
「びっくりしたぁ。何かと思ったよ。べつに、いらないんだけど」
智志は困惑する。
「千陽ちゃん、イタズラはダメよ」
「はーい、分かってまーす」
由利香さんに優しく注意されると、千陽は智志の手からスライムを取り戻した。
(この子とは、関わりたくないな)
智志は不快に思ってしまう。
「智志ちゃん、今から生徒のみんなと一緒に記念撮影するわよ」
由利香さんはそう言い、デジカメを鞄から取り出した。
「ぼっ、僕、写真はあまり……」
「まあまあ智志ちゃん、そんなこと言わないで」
やや顔をしかませた智志に、由利香さんは爽やかな表情で説得する。
生徒達は立ち上がり、ホワイトボードの前に並んでいく。
「サトシくん、ここに並んでーっ」
「わわわ」
亜紗に腕を引っ張られ、無理やり並ばされた。
教室後ろ側=出入り口扉前でデジカメを構える由利香さんから見て、智志の右隣に千陽。左隣に伸実。その隣に亜紗。伸実の隣に真依という構図だ。
「それじゃ、撮るわね。はいチーズ」
由利香さんはそう告げてから約二秒後にシャッターを押した。これにて撮影完了。
「きれいに撮れてるね。さすが由利香お姉ちゃん」
「ユリリン、すげえ。プロカメラマン並だ」
伸実と千陽はすぐさま由利香さんの側へ駆け寄り、保存された画像を見て感心する。
亜紗、伸実、千陽はピースサインなどのポーズを取りにこやかな笑顔。
智志と真依は普段通りのすまし顔であった。
「ねーえ、智志お兄ちゃん、好きな食べ物はなぁに?」
「えっ、えっと……」
突然伸実に話しかけられ、智志は戸惑ってしまう。
「あたしはね、アップルパイだよ」
「そっ、そうなんだ」
「好きな教科はなぁに?」
「……国語と社会かな」
「国語と社会かぁ。あたしは図工だよ。好きな色は?」
「えっと、緑かな」
「あたしはピンクーッ。好きな動物さんは?」
「……」
「智志ちゃん、伸実ちゃんに気に入られたみたいね」
伸実から質問攻めに遭う智志を見て、由利香さんはにこにこ微笑む。
「サトシくん、ガールフレンドはいるの?」
「えっ!」
亜紗からの突然の質問に、智志はびくっと反応する。
「いっ、いないよ」
そして慌ててこう答えた。
「そうなんだ。意外だね。サトシくんけっこうかわいいのに」
亜紗はすぐに納得してくれたが、
「怪しいぜ、サトシン。じつはいるんでしょ? いるんでしょ?」
千陽に即効突っ込まれる。
「いないって、本当だって」(榛子ちゃんはガールフレンドじゃなくて、幼馴染だからな。僕の、お姉ちゃん的な感じというか)
智志の心拍数はさらに上昇した。
「チヒロちゃん、しつこく詮索するのはやめましょうね」
「いだっ!」
千陽は亜紗からコチンと一発、頭を叩かれてしまった。
「亜紗お姉ちゃん、つよーい。それじゃあたし、見たいテレビがあるからそろそろ帰るね。智志お兄ちゃん、由利香お姉ちゃん、ばいばーい」
「じゃあな、サトシン、ユリリン」
「はーい。気をつけて帰ってね」
別れの挨拶をして教室から出て行く伸実と千陽を、由利香さんは笑顔で見送った。
「あの、サトシくん、似顔絵を描かせていただいてもいいかな?」
亜紗は通学鞄からB4サイズのスケッチブックを取り出し、お願いしてきた。
「べつに、かまわないけど……」
「ありがとうございますっ!」
智志が承諾すると亜紗は大喜びし、筆箱から4B鉛筆を取り出した。スケッチブックを開き、4B鉛筆をシャカシャカ走らせる。
三〇秒ほどのち、
「はい、完成しました。どうぞ」
亜紗は描いていたページを千切り取り、智志に手渡した。
「えっ、もう出来たの!? ……しかも、かなり上手だね」
智志は自分の似顔絵を見て、驚き顔になった。
「亜紗さんは、美術部に入ってるの」
真依は説明する。
「あっ、どうりで。あの、勢理客さんと美甘さんからの相談事って、このことだったのかな?」
智志が問いかけると、
「いえ、それではありません。あの、その、わたし、図書部に入ってて、ライトノベルを図書室に置きたいんだけど、生徒指導部長の針ケ谷先生が認めてくれなくて。小説は大歓迎って言ってるのに、ライトノベルは小説と認めてくれなくて……」
真依は俯き加減で照れくさそうに打ち明けた。
「ハーリーにこれはマンガやーっ! って言われたんだよ」
亜紗は加えて伝える。
(針ケ谷っていう先生、僕の担任や母さんと同じ考えだな)
智志は深く共感出来た。
「生徒指導部の針ケ谷先生、すごく厳しいお方なの。同じ要望を持つ他の子達も交渉してみたんだけど、やっぱりダメで。みんなもう諦めちゃってて。でも、やっぱり諦め切れなくてもう一度交渉したいんだけど、怖いので、智志さんにお願いしたいの」
「……そういう相談かぁ。やってあげたいけど、僕にも、ちょっと。これは、人生経験豊富なお姉さんがやってあげた方が……」
智志は困ってしまう。
「わたくし、ラノベっていうのは良く分からないの。智志ちゃんの方が、こういったオタク寄りの文化に詳しいでしょう?」
「そっ、そうですけど」
「智志さんも、ライトノベルがお好きなんですか?」
真依は興味津々に問いかけて来た。
「うっ、うん。けっこう読むよ。月に一〇冊くらい」
智志が緊張気味に答えると、
「嬉しいです!」
真依はにこっと微笑んだ。
「ワタシもサトシくんと同じくらい読むよ。ワタシ、活字は苦手だけど、ラノベは挿絵が多いし、難しい文章も少ないし、マンガ読んでるみたいで面白いもん。というわけでサトシくん、明日の放課後、ワタシとマイちゃんの通う学校近くの衣料品店で待ち合わせしよう」
「うっ、うん」
智志は一応引き受けた。
「ここのお店です」
真依が携帯電話をかざしてくる。画面にアクセスマップが表示されてあった。
「ここか。僕の通ってる高校からも、近いな」
「じゃあサトシくん、頼んだよ」
「お願いしますね。さようなら、智志さん、園部先生」
こうして亜紗と真依も教室から出て行った。
「智志ちゃん、とっても良い子達だったでしょ?」
由利香さんから早速感想を訊かれる。
「はい、予想以上に。でも僕、非常に緊張しました」
「そっか。あの子達の中で、どの子が一番お気に入りかな?」
「そっ、それは…………美甘真依さん、という子かな」
由利香さんの質問に、智志は五秒ほど考えてから答えた。
「やっぱりあの子なのね。大人しくてとっても優しい子だから、智志ちゃん好きそうだもんね」
「いや、そんなことは……」
「亜紗ちゃんと幼馴染だそうよ。幼児コースの頃から一緒に通ってるって先輩から聞いたの。智志ちゃんと榛子ちゃんと同じ関係ね」
「そうでしたか。越智さんと備中さんは同級生で仲良さそうだったけど、音楽教室へ通い始めたのも同じ時期なのかな?」
「ええ、そうよ。千陽ちゃんは自分の意思で入ったわけじゃないけどね。千陽ちゃんのママから、千陽ちゃんをここへ通わせて女の子らしさを身に付けさせてって頼まれたのよ」
由利香さんはにこにこ笑いながら伝える。
「そっか。確かに越智さん、行動が男の子みたいでしたね。越智さんは、僕にはかなり苦手なタイプです。真面目そうな感じではないですし」
智志は苦い表情で伝えた。
「ふふふ、千陽ちゃんのママはとても気さくなお方で、わたくしのことユリッペって呼んでくれてるの。そんな人懐っこいところ、娘の千陽ちゃんにそっくりなのよ」
由利香さんは笑顔で語る。
「遺伝しているんですね、性格が」
智志は苦笑する。
「じつは、千陽ちゃんと亜紗ちゃんのクラスには、三ヶ月ほど前までは男の子もいたんだけど、その子、居辛いからって理由でやめちゃったのよ」
由利香さんは微笑みながら伝える。
「周りに三次元の女の子しかいなかったら、そりゃあ居辛いと思います」
智志にはその男の子の気持ちがよく分かったようだ。
☆ ☆ ☆
翌朝。
「智志くん、昨日はどうだった?」
学校へ行く途中、さっそく榛子から感想を尋ねられた。
「その、ラノベを図書室に置いてくれない先生がいるから説得してくれって頼まれたんだ」
「そんな任務かぁ。楽しそう。私も手伝うよ」
「いっ、いや、べつに、いいよ。今回は僕一人で」
「そう? 頑張ってね、智志くん」
「うん」
じつは榛子には、今から四ヶ月ほど前に石郷岡先生を説得して、豊葉台高校の図書室にライトノベルを数作品置かせてもらうことに成功した経験があるのだ。
(榛子ちゃんと一緒になんて、ダメだよ。あの子達に絶対ガールフレンドなんでしょうとか訊かれるからな)
そんな榛子の要求を智志が断ったのは、こんな理由が一番大きかった。
智志が教室に入り席に着いてから数分後、
「さとしー、昨日はどうやった?」
登校して来た啓太からも、さっそく訊かれた。
「うん、まあ。ちょっとひどい目にもあったよ」
智志はトイレの件を思い出してしまった。
「やっぱりな。リアル女子小中学生は生意気で性格悪くてやり辛いだろ?」
「そういう子もいるね、確かに。中学生の子から、ラノベを図書室に置いてくれないめちゃくちゃ怖い先生がいるから説得してくれってことを頼まれたんだ。それで、今日の帰りに学校まで来てくれって」
「そっか。そりゃ大変だなぁ。石郷岡もまだ、図書室にラノベがあること快くは思ってへんもんなぁ」
「……あの、啓太、僕のこと、羨ましいと思わないの?」
「あー、俺、三次元の女には全く興味ねえし」
啓太は真顔できっぱりと言う。
(それは失礼だと思うけどなぁ)
智志は心の中で突っ込んだ。