1.春休み、午前三時
三月の終わりの夜は、まだ少し寒い。
コンビニの前に置かれた灰皿から白い煙が細く立っていて、制服姿の高校生が数人、笑いながらたむろしていた。
その横を、来実は何事もない顔で通り過ぎる。
コンビニの自動ドアが開く。
暖房の匂い。揚げ物の油の匂い。柔軟剤の匂い。
明るすぎる光に、一瞬だけ目が痛くなった。
「いらっしゃいませー」
レジの店員の声を聞き流しながら、来実は飲み物の棚へ向かう。
エナジードリンクを一本。
ミンティア。
カロリーメイト。
それから、頓服を流し込むための水。
かごに入れて、スマホを見る。
午前三時十二分。
通知は二件。
匿名SNSのフォロワーからだった。
『生きてる?』
『今日浮上ないね』
来実は少しだけ口元を緩める。
家族から来たことのない種類の連絡だ、と思った。
そのまま画面を閉じる。
レジへ向かう途中、雑誌コーナーの鏡に自分が映った。
ちゃんと笑えている。
髪も整っている。
目元もひどくはない。
大丈夫そう。よかった。
会計を済ませて外へ出る。
冷たい空気が肺に入った瞬間、少しだけ現実感が戻る。
右手首がじくじく痛んだ。
制服の袖を少し引く。
見えない。問題ない。
スマホが震えた。
父親からだった。
『生活費、机の上』
それだけ。
来実は既読をつけずに画面を消した。
家に帰りたくなかった。
でも帰らない理由もなかった。
マンションの階段を上がりながら、来実は無意識に髪を指へ巻きつける。
ぷつ、と一本抜けた。
その感触だけで少し落ち着く。
玄関を開けても、暗いままだった。
父親は今日もいない。
テーブルの上に封筒が置いてある。
中身を確認しなくても金額はだいたい分かる。
来実はカバンを床に落とし、そのままベッドへ倒れ込んだ。
身体が重い。
眠いはずなのに、頭の中だけが異様に冴えていた。
スマホを開く。
匿名SNSのタイムラインが流れていく。
『ODした』
『死にたい』
『課題終わらん』
『誰か通話して』
来実は投稿画面を開く。
少し考えてから、こう打った。
『春休み、暇すぎて終わる』
送信。
数秒後、♡がつく。
それを見た瞬間だけ、呼吸が少し楽になった。
机の引き出しを開ける。
処方薬のシートがいくつも入っていた。
頓服。睡眠薬。飲みかけ。空シート。
来実はぼんやりそれを眺める。
飲めば少し静かになる。
頭の中も。衝動も。
たぶん、たぶん少しだけ。
スマホがまた震えた。
『明日カラオケ来る?』
クラスメイトからだった。
来実は数秒考えて、
『行く!』
と返信した。
そのあと、何事もなかったように薬を取り出した。




