8話 雑談&お散歩配信
俺は「やっちゃダメ」ということをできるだけ配信で言いたくないと思っている。
「おっぱいチャンって呼ぶな」
「いちいちおっぱいってコメントすんな」
「おっぱい見るな」
「エロDM送ってくんな」
「セクハラだぞ」
……言うのは簡単だ。っていうかめっちゃ言いたい。もう喉まで来てる。
しかしリスナーがどんなところを見てどんなことを思うのか、俺はそれを制限したくない。いや、すべきじゃないと思っている。
でも言いたいな……おっぱいおっぱい言い過ぎだろコイツら……
いや、ダメだ堪えろ! この流れをうまく変えるのが配信者ってもんだろ!
俺はひとつ咳払いをし、改めてカメラを見る。
「ええと、まずはベギーアデ氏についてですが」
『おっ』
『変態仮面どうなった?』
『ようやくダンジョンに平和が訪れたな』
『警察に捕まったって本当?』
『ずっとブチ込まれとけ』
『みんなの仇を討ってくれて本当にありがとう』
よしよし、流れ変わったな。
俺は内心でほくそ笑む。
この“ベギーアデ”という配信者、相当ヤバいヤツだったらしい。あとでウィキ見て震えたね。
配信者を何人も殺してその様子を配信するのが趣味なんだとか。昨日のターゲットは宝条ライカで、そこにたまたま俺が居合わせたということだったらしい。
「実はあの方のことをよく知らなかったんですが、女性が逃げるのを見てなんとかしなくちゃって。……殺されなくてよかったと、あとから怖くなりました」
俺は被害者ぶった。
そっちのほうがあのタコ殴りに正当性が生まれるかと思ったのだ。
しかしそう甘くなかった。
『ウソつくなwwwwww』
『女性が逃げるのを見てなんとかしなくちゃって(八つ当たり)』
『全然怖くねーだろオーバーキルだったぞwww』
『あとから怖くなりました(迫真)』
『ツッコミどころが多すぎます』
「…………まぁそれはさておき」
俺はリスナーのツッコミをスルーした。
さっきまでおっぱいおっぱい言ってたヤツらが急に正気に戻った感じがして怖かった。
「さきほど自警団に問い合わせました。まぁあまり詳細には教えていただけなかったのですが、ベギーアデ氏が警察に引き渡されたことは間違いないようです」
これについては本当だ。
最初は個人情報がどうとか言ってもったいぶってきたが、身分を明かして「ベギーアデの報復が怖い」と泣きついてみたところそのような情報が得られた。
「自警団の方はもう心配ないと言ってくださいました。また、正当防衛ということで私に責任はないと言質を――じゃなくて、優しい言葉をかけてくださいました」
『言質www』
『ちゃんと聞いててえらい』
『タコ殴りだったもんな』
『まぁ連続殺人犯相手に手加減したほうよ』
『一応こっちは素手だったもんな』
『素手(鈍器)』
よしよし。まぁ予想していたことではあるが俺に対する『やりすぎ』といった声は皆無である。
ベギーアデのせいでたくさんの配信者が廃業に追い込まれたらしく、ヤツへのヘイトは相当なものだったらしい。エロDMに混じって、ヤツの逮捕に協力したことへの感謝の長文DMもたくさんもらった。
さて、俺の無実をつまびらかにしたところで、ここからが本題である。
「偶然とはいえこうしてたくさんの人に注目していただけたわけですから、今日は軽くお散歩をしながら雑談というか、質問に答えたりしていきたいと思いま……ううっ」
『!?』
『なに?』
『どうした』
『泣いてる?』
俺は目頭を押さえ、天を仰ぐ。
「すみません。つい感極まって……雑談配信は私の夢だったんです」
雑談配信。なんて甘美な響き。
雑談配信はひとり、つまり同接ゼロじゃできないことだ。
ひとりでやる雑談配信は雑談配信じゃない。単なるひとり言である。
それでも一度チャレンジしてみたことがあるが、散々だった。
「頭がおかしくなりそうでした。脳がひとりで喋っているという事実を拒否し、架空のリスナーが見えてくるんです……」
『wwwwwww』
『イマジナリーリスナーで草』
『あまりにも底辺すぎる』
『かわいそう』
「なのでこうしてちゃんとした雑談配信ができて嬉しいんです。みなさんの質問にできる限り答えていきます」
言いながら、俺はマチェットを手にダンジョンを進んでいく。配信中にこんなに足取りが軽いのは初めてだった。
と同時に、俺の呼びかけに呼応しておびただしい数のコメントが視界を流れる。
まずはそのうちのひとつを取り上げた。
「ええと……まずはこれにしましょうか。『俺っ娘なんですか?』」
これについては回答を用意している。
俺は体をクネリとくねらせた。
「そうなんですう〜わたしぃ、口が悪くってぇ〜」
俺のユニークスキルTS(爆乳)を明かすメリットとデメリットを考えたが、マジでデメリットしかなかった。メリットを強いて上げるとしたら、多分エロDMが来なくなるだろうということくらいか。
よって、俺は男であることを隠すことにした。
「みなさんとお話するときはできるだけ丁寧にしゃべりますけどぉ〜、“俺”が出ちゃったらゴメンナサイ!」
視界がコメントで埋まる。
『可愛い』だの『俺っ娘は新しいなwww』だのといった好意的なコメントが中心だ。俺はしめしめと内心でほくそ笑む。
しかし、たくさんのコメントに埋もれたたったひとつのそれに内心の笑みが凍りついた。
『なんだろうな。そんなわけないのにネカマの匂いがする』
「ッ!?」
ネカマ鑑定士……!
俺は戦慄した。と同時に背筋を正した。
この美しい姿とたわわな胸にあぐらをかいてはいけない。ボロを出せばすぐさま狩られる――そんな危機感を抱いた。
多分、女子っぽくしようと力むことでわざとらしくなるのだろう。ここは自然体でいたほうが良さそうだ。
俺は動揺を悟られないよう、人当たりの良い笑みを浮かべてさらにコメントを拾う。
「次の質問は……『年齢はいくつですか?』。わたしは17歳、高校2年生です」
『!?』
『未成年……!?』
『嘘だろ……』
ふふん。俺は胸を張った。
確かに自分で言うのもなんだが、この年でここまで動ける高校生は俺とライカくらいなもの。
驚くのもムリはない。
と思ったが違った。
『この発育で未成年……だと……』
『同級生が羨ましすぎて血涙』
『制服配信はよ』
『JKおっぱい、最高〜!』
『エチチチチチチ‼️エチエチ校則違反デス‼️あとで先生の部屋に来るように‼️』
俺は唖然とした。
コイツら、マジでおっぱいしか見てねぇのかよ……。
い、いや。へこたれるな。同接は加速度的に上がっている。ここでうまく行動できれば、俺のイメージだってすぐにひっくり返せる……!
「ええと、次の質問は――」
俺は次々と流れるコメントを目で追う。
『彼氏いるの?』『おっぱい何カップ?』『スリーサイズ教えて!』『てかどこ住み?』
クソ、ろくな質問がないぞ。もっとマシなのは……
『今どこにいるの?』
少し出会い厨っぽいが、まぁ良いだろう。
言ったところで、どうせここまではこれないだろうしな。
俺はカメラに向けてピースした。
「いまは池袋ダンジョン中層にいまーす」
一瞬、コメントが止まった。
そしてせきを切ったようにコメントがドッと流れる。
『ええええっ!?』
『いやいやいやいやwwwwww』
『いや、これは普通に冗談だろwww』
『池袋ダンジョン中層をお散歩配信……?』
『真に受けて池袋ダンジョン中層に潜ったヤツを嘲笑う高度な罠』
『それで、本当はどこにいるの?』
この反応は予想済みだった。
池袋ダンジョンは都内屈指の巨大かつ複雑な迷宮を有する高難易度ダンジョンと名高い。
上層階ならまだしも、中層階以下となれば足を踏み入れることの出来る探索者は限られている。
疑うのも当然だ。しかし。
「いや、本当なんですよ! ほら!」
俺は眼前にそびえる巨大な扉を指し示す。
細かな文様が彫られた銀の分厚い扉。ある程度ダンジョンを知っている者ならそれがなにか分かるはずだ。
『銀扉って……』
『中層最後のボス部屋じゃん』
『AIで上層階ボス部屋の扉の色を銀に塗ってんじゃねぇの?』
『いや、AIチェッカー使ったけど加工してないっぽい』
『分かったよ、分かったからもう引き返せって!』
もちろん引き返すわけない。
最近じゃAIだなんだで簡単に動画を加工できるようになってしまった。お陰で俺のように真面目にやっている配信者まで疑われる。嫌な世の中だよ。
しかしこれほどたくさんのリスナーたちの前で俺の腕を披露すれば、きっとみんな俺を認めてくれるはず。
だから。
俺はマチェットを振り上げた。
「いまからアイツをぶっ倒したいと思います!」




