7話 初配信
「よし……」
俺の手から飛び立ったドローンカメラは俺と一定の距離を取りながらふよふよと浮遊している。
アンテナの生えた手のひらサイズの目玉のようなそれは中古品ながらAI搭載であり、リスナーからついたコメントを解析してよりよい画角で撮ってくれるらしい。
12万円と言われたときは正直ボラれたのでは思ったが、この性能なら納得だ。
日曜とはいえダンジョン中層までくればやはり人気はない。これであれば落ち着いて配信ができそうである。
ARコンタクトの装着もよし。まだ慣れないけれど、まぁなんとかなりそうだ。
あとは配信ボタンを押すだけ……なのだが……
「ああああっ! 緊張する!」
登録チャンネル者数は見るたびにどんどん増えている。
同接はどれくらいつくだろう。数百か……あるいは数千か……少なくともゼロってことはないはずだ。
あんなにたくさんの人間に見られることを願っていたのに、いざそうなると怖くて怖くて仕方がない。
その上、自分のチャンネルで初めてのこのTS(爆乳)ボディを晒すのだ。緊張と恥ずかしさでゲロ吐きそう。
しかしもう時間だ。
俺は大きく息を吸って、吐いて、配信開始ボタンを押――せない!
「クソッ、俺の意気地なしっ……!」
俺は己への苛立ちをぶつけるようにしてマチェットを振るった。
手応え。そして真っ二つになった吸血コウモリがドチャッと音を立てて地面に落ちた。
ここは中層。
比較的安全な場所を選んでいるが、それでもモンスターの乱入を完全に防ぐ手立てはない。
そんな当たり前のことを受け入れるだけの余裕すら俺にはなかった。
「配信の邪魔すんな!!」
その瞬間。
視界が突然薄暗くなった。
……いや、違う。目を凝らし、それをよく見る。
暗くなったわけではない。それは文字だった。大量の文字が視界を埋め尽くしていた。
『開幕おっぱいwwwwwwwww』
『おっぱいバルンバルンで草』
『ナイスコウモリ』
『サンキューコウモリ』
『おっぱいチャン!』
『デッッッッッッッ』
『ほんとにスゲーおっぱい』
「あわっ……」
視界を流れるおっぱい弾幕。
俺は己を抱きしめるようにして胸を覆う。
そうなんだよな。このおっぱい、武器を振るったり走ったりするたびに揺れて邪魔――じゃなくて!
どういうことだ?
俺は目をパチクリとさせた。
視界を埋め尽くすこの大量の文字群は、もしかしてARコンタクトが映し出した配信コメント!?
恐る恐る手に持ったスマホをチラ見し、そして愕然とした。
配信が始まってる!? さっき吸血コウモリを倒そうと動いた拍子に配信ボタン押しちゃってた!?
昨日の配信切り忘れといい、俺はなんてアホなんだ!
というか……待て待て待て待て。
「どっ、同接1万超え!?」
そりゃあ視界も暗くなるというものだ。
せいぜい3000人も来れば御の字だと思っていた俺にとってそれはまさに青天の霹靂。
同接1万人といえば、それなりの人気配信者でなくては到達できない数だ。
まだ“人気”とは到底呼べないものの、俺への注目度は思っていたよりずっと高かった。
視界どころか思考まで真っ暗になりかけたが――俺はなんとか背筋を正した。
「すみません、あまりに多くのリスナーが見てくださっていて、少し驚きました。ちょっとお待ちを」
と断りを入れ、ARコンタクトの設定をし直す。
その間にも、
『テンパってるwww』
『底辺配信者卒業おめでとう』
『イエーイ! 妹ちゃん見てるー?』
『トイッターのトレンドランキングに入ってるよ!』
『同接1万超えおめwww』
『コメントで視界埋まるのあるあるよな』
などとコメントが流れ続けている。
が、コンタクトの設定を変えたおかげで視界が開けた。
さすがはライカ愛用モデル。これなら戦闘も大丈夫そうだ。
改めて、俺はドローンカメラに頭を下げる。
「改めまして、こ、こんにちは。ええと、カオルのダンジョンチャンネルの配信にようこそ」
瞬間、俺の視界がまたもや薄暗くなった。
目視では追いきれないほどのスピードで、脳がショートするような数のコメントが視界の中を流れていく。
『こんにちおっぱい!』
『おはよおっぱい!』
『本日はお日柄もおっぱいもよく……』
『( ゜∀゜)o彡°おっぱい!おっぱい!』
『配信待ってましパイ!』
『パイ!』
『乙パイ!』
クソッ……チャンネル特有の挨拶は配信者あるあるのひとつだが、こちらで作った覚えのないものが勝手に量産されている……。
底辺配信者にとって致死量のコメントに喜ぶべきか、そのどれもに『おっぱい』が含まれていることを嘆くべきか。
しかしいいさ。これくらいは想定範囲内。
「今日の配信では、ベギーアデ氏との一件についての説明と、このチャンネルについての紹介を行いたいと思います」
『待ってました!』
『おっぱい!』
『楽しみです!』
『今日はちゃんとドローンカメラ使ってる!』
『( ゜∀゜)o彡°おっぱい!おっぱい!』
『おっぱい』
『おっぱい』
おっぱいコメント邪魔だな……
俺はおびただしい数のおっぱいコメントを避けつつ、コメントを拾う。
「そうそう、今回ドローンカメラでお送りしてます。いろいろと周囲からもご意見いただきまして、急遽――」
と、そこで気が付いた。
ドローンカメラの位置がおかしいことに。
当初の高度から徐々に下がり、さらにカメラと俺の距離がどんどん近付いている。
目を凝らしてそれを見る。
カメラのレンズは俺の顔ではなく、俺の豊満な胸部を捉えていた。
『キターーーー!!!』
『おっぱい!』
『サービス精神旺盛で草』
『( ゜∀゜)o彡°おっぱい!おっぱい!』
『( ゜∀゜)o彡°おっぱい!おっぱい!』
『( ゜∀゜)o彡°おっぱい!おっぱい!』
『待ってました!!!』
『宿題やってる場合じゃねぇ!』
『●REC』
「いやいやいや、違う違う違う」
凄まじい数のコメントが一瞬にして視界を覆う。
俺はまたもやARコンタクトの調整を余儀なくされた。
「このドローンカメラ、AI搭載で自動的に良い画角で撮ってくれるはずなんだけど。中古品だから壊れてるのかな……ちょ、もっと離れろ!」
俺は両手を突き出し、カメラを元の位置に戻す。
ああ、手際が悪すぎる! こんなんじゃどんどん同接も減って――あれ?
同接、増えてる?
『AIが優秀すぎる』
『サンキュードローンカメラ』
『サンキューAI』
『っぱこれからの時代AIだわ』
『ありがとうAIさん』
『このカメラ買います』
『おっぱい助かる』
『コメント解析型AI……ということはおっぱいコメントをするほどドローンカメラさんがおっぱいを映してくれるということ!』
『みんなコメントしろ!』
『( ゜∀゜)o彡°おっぱい!おっぱい!』
『おっぱい!』
俺は息を呑んだ。
想像以上に厳しい戦いになりそうだ。武者震いがしてくるぜ。
こいつら――マジでおっぱいしか見てねぇ!




