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30話 カオルの秘密


『うおおおおおおおおおおお!!!勝った!!!!』

『おっぱいTUEEEEEEEE!!!!』

『池袋ダンジョンの探索者たち無事か!?』

『出口に人が押しかけて暴動が起きかけたけど、みんな配信に釘付けになったおかげで怪我人も死者も出なかったみたいだよ』

『死にたくなくてパニックになりかけたけどおっぱいチャンの逆バニー衣装でなんとか平静を保てました』

『ありがとうカオル。妹とも連絡取れて無事だって。本当にありがとう』

『サンキューおっぱいフォーエバーおっぱい』

『やはりおっぱいは地球を救う』



 カオルのバズの原因にもなったベギーアデとのトラブルから続く仮面との戦いに快勝。

 池袋ダンジョン崩壊の危機も去り、数千人の探索者が命を落とさずに済んだ。

 リスナーたちもカオルの勝利を祝い、特に池袋ダンジョンに滞在していた者は命を救ったカオルへの感謝の気持ちを綴った。



『いまバクダンマがロビーに転送されてきたぞ!』

『マジかよ』

『捕まえとけ!!』

『戦犯だ!!!』

『まぁコイツも仮面に操られていたんだろうけどな』

『おっぱいチャンの逆バニーを見たのが運のツキだったな』

『それを言ったら俺たちも見ちゃったけどなwwwwww』

『コレ見て死ねるなら本望だろwwwwww』

『たし蟹』



 一時は阿鼻叫喚と化したコメント欄も、すっかり軽口を言えるような柔らかい空気を取り戻した。

 まさしく大団円。

 リスナーたちは心をひとつにしてカオルを讃える。

 ――この一言が書かれる前までは。



『でもさ、結局カオルの秘密ってなんだったんだろうな』



 そのたったひとつのコメントで流れが変わった。



『もういいだろそれは』

『おっぱいチャンは何千人もの人を救ったんだぞ』

『それはそうなんだけど、それはそれとして気にはなるよな』

『仮面に操られて適当言ってたんだろ』

『いやでも最初の方はバクダンマも正気だったし』

『バクダンマって猫田リンの不倫暴いた配信者だろ?そんなやつが自信満々でおっぱいチャン糾弾しようとしてたんだから、なんか確証があったんだろうなとは思うけどな』

『でも不倫とかじゃなくて年齢サバ読みとかでもなくて犯罪系でもなくて…あとなにがあるって感じじゃね?』

『お前らおっぱいチャンがせっかく勝ったのに水差すようなこと言うなよな』

『誰にだってちょっとした秘密くらいあるだろ』

『でもバクダンマの口ぶりだと"ちょっとした"って感じじゃなかったよな…?』



 カオルの秘密が気になる者VSそっとしておいてやろうと主張する者。

 人気配信者の特大の秘密への好奇心VSたくさんの命を今救ったばかりの英雄へのリスペクト。

 たくさんのVSが軋轢を生み、コメントがにわかにギスりだす。


 もちろんそんなこと、カオルが知る由もなく――




***




 俺は〈TS(爆乳)〉Lv2を解除。

 服が元のエロ探索服に戻るのを確認し、ふうとため息を吐く。

 この探索服も十分すぎるほど公序良俗に反しているが、先ほどまでの衣装に比べれば厚着してると感じられるくらいだ。

 なんだよ逆バニーって! そんな衣装リアルに存在しないじゃん!

 クソが。なんで俺がこんな格好しなくちゃならないんだ。舐めやがってぇ……。

 俺は真っ二つになった仮面をぶん投げる。

 ビチャッと音を立てて地面に叩きつけられた仮面はピクリとも動かない。今度こそ死んだのだろう。思えば長い戦いだった。

 俺は仮面をつまみ上げてスマホでパシャリと写真を撮る。

 ちゃんと仮面を倒したよ、という証拠だ。


 バクダンマは俺との戦いの様子を配信していたようだが、俺がカメラを壊してやったからな。確か下層からモンスターが大量に湧き出してきた時だったか。

 早く仮面を倒したとみんなに知らせてやらないと。

 みんな下層からモンスターが湧き出してくるんじゃないかと心配しているかもしれない。

 トイッターに投稿すればみんな拡散してくれるだろう。

 なんて考えながらスマホを操作していると――



「ん?」



 なんだろう。

 妙にフォロワーが増えてないか? リプライもたくさん来て――え?



『逆バニー最高すぎでした!!!』

『つぎの配信でもぜひ見せてください』



 俺は目を擦ってスマホの画面を見る。

 ……もう一度擦ってみる。

 …………なんど擦っても、結果は変わらない。

 どうして? なんで逆バニーのことを知ってるんだ?


 ――いや、リプライだけではなかった。


 トイッターのトレンドランキングが『逆バニー』『バニー』『おっぱいチャン』『カオル』『池袋ダンジョン』といったワードで占拠されている。


 どういうことだ? なにが起きてる?

 俺はスマホに齧りつき、検索を重ね、やがてバクダンマの配信画面にたどり着く。

 そして。



「――――え?」



 間抜けな声がやや遅れてスマホからも聞こえてくる。

 画面に映っているのは、見慣れた銀髪の後頭部。

 恐る恐る振り向く。

 小さな小さな、まるでハチドリのようなカメラが、俺の姿をバッチリと映していた。



『気付いたwwwwwww』

『イエーイ!!カオルちゃん見てるぅ?』

『ミテナイヨ。逆バニーナンテミテナイヨ』

『すごい戦いだった!乙パイ!』

『仮面撃破おめでとう!!!!』



 嘘だろ……まさか見られてた? ずっと?

 普通のバニースーツも嫌なのに、よりによって逆バニーも!?

 しかも――同接50万人!?

 気が遠くなっていくのを感じる。足元が覚束ない。

 そのまま地面に崩れ落ちそうになり、しかし誰かが俺を抱きとめた。

 一体誰が?

 ライカだった。



「カオルさんっ……!」


「えっ!? ライカ、なんでここに!?」


「配信を見て、心配で来ちゃいました」



 ライカは目に涙をいっぱいにためながらこちらを見下ろしている。

 瞬きするとそれが長いまつ毛からこぼれて俺の頬に滴った。

 と、そこでハッとする。ようやく気付いた。

 ライカに膝枕されているような格好になってることに。



「うわあっ!?」



 俺は飛び起きてライカから距離を取った。

 いまは配信中! しかも50万人以上の人間に見られている!

 俺とライカの間になにもなかったのは言うまでもないことであるが、ライカには偽の記憶が植えられているし……なによりファンの前で誤解されるようなことをすべきではない!

 が、ライカはそんな気も知らず、せっかく取った距離をまたたく間に詰めてくる。



「わたしを人質にとってるって脅されて呼び出されたんですよね? わたしのせいでカオルさんが危険な目にあって、もし死んじゃったらって不安で……」


「お、俺が偽画像に騙されただけなんだからライカが気に病むことないよ!」



 俺はそう慰めるが、ライカの大きな瞳からボロボロと涙がこぼれるのを止められない。



「本当はもっと早く駆けつけたかったんですけど池袋ダンジョン全域で〈抜け道〉が使用できなくなっててっ」



 仮面が壊れるまで〈抜け道〉が使えなかったので、ここまで自力で来ようとしてくれたのだろう。

 ライカのピンクの髪は乱れ、あちこち泥だらけだ。

 で、仮面を倒したことでようやく〈抜け道〉が使えるようになったので駆けつけたと、そういうことなのだろうが。



「ライカ、ちょっと、近いよ……は、配信中なんだから。ライカのファンも見てると思うし……」


「そんなのどうでもいいですよ!」



 そ、そうは言われても。

 先ほどから小石を拾っては投げてドローンカメラの破壊を試みているのだが、カメラが小さすぎるのと精神の乱れのせいか手元が狂ってまったく的に当たらない。

 クソッ、クソッ……なんで当たんないんだよ!

 なんて、カメラに意識を向けていたのが良くなかった。



「カオルさんっ!」


「え? へ?」



 ライカの両手に頬を挟まれ、彼女の顔が間近に迫る。

 ずっと見てきた憧れのライカ。

 彼女の動画は全部見たけれど、そんな表情を見るのは初めてだった。

 その一瞬。ライカの表情に見惚れた一瞬の隙に――ライカの唇が、俺の唇に重なった。



「………………えっ?」



 いまなにが起きた?

 違うよな? そんなわけないよな?

 50万人もの目撃者がいる前で、トップ配信者であるライカとキスしたなんて、そんなことあるわけないよな?

 ポカンとしている俺の顔がライカのピンクの瞳に映り込む。

 ライカは拗ねているような、照れてるような、喜んでいるような、複雑な表情でひと言こう呟いた。



「……よそ見してるからですよ」



 この時、当然バクダンマのカメラはこの様子をバッチリ撮影、そして配信していた。



『あら^〜』

『カオルの秘密ってこれかぁ〜』

『なるほどね(ニヤニヤ)』

『あっ…(察し)』

『てえてえ』

『キマシ』



 などというコメントで配信画面が埋まったことを、俺は後ほど知ることになる。


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