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29話 逆バニー

『なに!?』

『バクダンマでかくなってね?』

『いやいやそんなわけ…ほんとだ』

『どういうこと!?』

『仮面の効果か…?』



 バクダンマの異様な様子に、リスナーたちも不穏な気配を察知した。

 それはまるで風船のようだった。バクダンマの体がみるみる膨らんでいく。

 仮面がバクダンマの体に魔力を直接注入しているのだ。

 生身の肉体にそんな乱暴なことをすればもちろんただでは済まない。

 体中の血管が切れ、あちこちの穴から出血をきたしている。

 持ってあと5分。

 が、それだけあれば十分と仮面は判断した。

 バクダンマは姿勢を低くする。クラウチングスタートのような姿勢。


 そして――ボフッ!


 バクダンマの太ももが一瞬で巨木のごとく肥大化。その凄まじいエネルギーで地面を蹴り、まるで大砲のごときスピードで噴出。

 目標はもちろん、モンスターを下層へ追い返そうと躍起になっているカオルの背中。



「ッ!?」



 その異様な気配に気付いたカオルが咄嗟に退避しなければ、砲弾のような速度で迫るその巨体に押し潰されていただろう。



『え、速!?』

『全然見えなかったぞ…』

『…おっぱいチャンより早くね?』

『ヤバいヤバいヤバいヤバい』



 怪物のような変身を見せるバクダンマに、盛り上がっていたリスナーたちも一気に沈静化する。

 カオルも当然、この場でもっとも危険なのが下層モンスターではなくバクダンマであると瞬時に理解した。

 すぐさまマチェットを構え直し、バクダンマと相対す。



『頑張れおっぱいチャン!!』

『おっぱいチャンが負けるわけない!』

『そんなヤツぶっ飛ばせえええええええええ!!』

『おっぱいチャンにはおっぱいチャームがあるからな!』



 ――おっぱいチャーム。

 下層ボスのインビジブル・リザードをも撃破したその特殊能力のことはもちろん仮面も了承している。

 非常に厄介な能力だ。

 が、問題はない。



「グ、ギ、ギギギギギ……」



 バクダンマの口からうめき声と血の混じった泡が漏れる。

 バクダンマの脳は仮面によって完全に支配されている。

 仮面がその気になればバクダンマをモンスターの口に飛び込ませることも、煮えたぎるマグマに身投げさせることだって容易だ。

 おっぱいを見ないようにすることなど簡単。


 バクダンマは拳を固く握り、カオルに叩き込む。

 大きく揺れるおっぱいに目もくれず、だ。

 カオルはマチェットでそれを受ける、が――


 バキィッ。


 マチェットの肉厚の刃が、音を立てて折れた。



「――――――ッ!?」



 根本からポッキリと折れたマチェットを見下ろし、カオルは声にならない悲鳴を上げる。

 みるみる顔面蒼白になるカオルの姿に、リスナーたちの間にも絶望感が漂う。



『武器が!?』

『カオルって他に武器持ってたっけ?』

『いや…たぶんこれしかないと思う。おれ過去動画も全部見たけど他の武器出したことない』

『おっぱいチャンのこんな顔、初めて見た…』

『えっおっぱいチャーム効かないの?』

『なんでだよトカゲにも効くのに』

『これはマジでヤバいんじゃ』

『もういいから逃げろ!』

『十分頑張った!もういいって!』

『逃げてカオル!』



 コメント欄にはカオルに撤退を勧める声がいくつも流れたが、しかし当然カオルにそれが届くはずもなく。

 カオルは折れたマチェットを呆然と見下ろしたまま、立ち尽くしていた。

 しかしバクダンマの猛攻は止まらない。

 マチェットをへし折ったその拳はぐしゃぐしゃに潰れていたが、仮面に支配された脳はもはや痛みすらも感じない。



「ぐぅああああああああああああっ!!」



 雄叫びを上げながら飛びかかるバクダンマ。

 その攻撃を受け止める武器はもはやなく、かといって逃げる素振りもない。

 次の瞬間にはその拳がカオルに致命傷を与えるに違いない――そんな予感に、配信を見ていたリスナーたちが思わず目を閉じたその瞬間。


 ゴッッッ。


 鈍い音。

 配信画面から目を逸らしていたリスナーたちはカオルの体に拳がめり込んだイメージを脳裏に浮かべて顔を顰めたが、それは違う。

 カオルは、折れたはずのマチェットでバクダンマの攻撃を受け止めていた。



『なんだ、あれ』

『え。マチェット折れたよな?』

『なんか…マチェット黒くなってない?』

『なんだ?どうなってんだ?』



 リスナーたちが困惑するのも無理はなかった。

 折れて短くなったはずのカオルのマチェットが、元の形を取り戻していた。

 ――いや、よくよく見ればマチェットの失った刃の部分を黒い影のようなものが補填していることに気がつくだろう。

 バクダンマは飛び退いてカオルから距離を取った。

 なにかがおかしい。

 仮面もそれに気付いていた。



「……よくもやってくれたな」



 カオルが低い声で呟く。



マチェット(これ)、高かったんだぞ」



『えっ』

『この状況で武器の値段気にしてて草』

『それで顔蒼くしてたん?』

『待て。なんか様子が…』



 カオルの体を包むバニースーツの変化に、一部のリスナーたちも気付いた。

 その豊満な胴体を包む黒い布――いや、布だと思われていた“なにか”が移動を始めた。

 ゾゾゾゾゾゾ……。

 黒いなにかが胴体を離れ、腕と脚を、そしてマチェットを包んでいく。

 つまり、四肢は覆われているにもかかわらず、胴体部分は丸出しというとんでもない格好。

 ――俗に言う“逆バニー”である。

 さすがに大事な部分は海苔のような形の“なにか”で隠れているものの、そのあられもない姿はリスナーたちを大いに沸かせた。



『おいおいおいおいおい!!!逆バニーじゃねぇか!!!!!』

『うおおおおおおおおおおお!!!ありがとおおおおおおおおお!!!!!』

『(゜∀゜)o彡゜おっぱい!おっぱい!』

『どういうことなのwwwwwww』

『いやいやいやいや!!逆バニーだからなんだよ!!!こっからどう勝つの!?』



 もちろんそうだ。逆バニーになったからなんだというのか。

 バクダンマはまた地面を蹴った。

 カオルの戦闘力の解析は済んでいる。スピードも膂力も、いまのバクダンマはカオルのそれを凌駕している。

 そのはず、なのに。



「オラァッ!!」


「ガッ――!?」



 バクダンマの肥大した体が、“く”の字に折れ曲がり吹っ飛ぶ。

 成す術なくダンジョンの土壁に衝突して大きな土埃を上げた。



『え?』

『なにが起こった?』

『ホームランだ!!!!』



 呆然とするリスナーたち。

 それはバクダンマに寄生した仮面も同じだった。

 先ほどまでのカオルの動きと、まったく違う。スピードも膂力も、比べものにならないほど向上している。


 ――これが〈TS(爆乳)〉Lv2の真骨頂。

 人体の弱点が多くある胴体の防御をほとんどゼロにするかわりに、攻撃に使う手足に力を集めたまさに攻撃力極振りの形態。

 敵の攻撃をまともに食らえばタダでは済まない。

 その上、公然わいせつ罪一歩手前の姿態。他動画サイトより寛容なダンチューブ上ですらレギュレーションがギリギリという諸刃の剣であるが、現在これを見ているのはバクダンマだけ。ヤツを倒せばそれで丸く収まる。

 ……事実はどうあれ、カオルはそう思っている。



「この姿を見た者を生きて帰すわけにはいかない」



 カオルは冷酷に宣言。

 残念ながらその姿は今まさに50万人もの人間の目に晒されているのだが、もちろん彼女はそのことを知らない。



『カオルちゃああああああん!!!みんな見てる見てる!!!!』

『みみみみみ見てないよ?』

『ヤベェ生きて帰れないぞ…』

『同接50万超えてるんだがwwwwwww』

『ジェノサイドで草』



 茶化すリスナーたちの存在も、もちろんカオルに知る術はない。

 バクダンマは土壁にめり込んだ体を起こし、まっすぐにカオルを見据える。

 仮面はカオルの体表を流れる魔力を感知した。

 胴体部分の防御力の薄さという弱点と、手足から生み出される莫大なパワーを検出。

 接近戦は不利と判断――そして、ちょうどダンジョン機能のハックが完了。


 仮面はダンジョンマスターにしか操作が許されていないダンジョンの種々の管理機能をハックすることができた。

 しかしそれは宿主の魔力を媒体にして行う。

 初代や2代目の魔力ではモンスターを使役したりマジックアイテムの使用をキャンセルするくらいがせいぜい。

 が、バクダンマは違う。

 そのユニークスキル〈マインスイーパー〉からも分かる通り、彼の魔力は解析に向いている。

 今までの“ベギーアデ”たちとは比べものにならない能力を彼は手に入れることができた。



「ぐううううああああああああああああ!!」



 バクダンマの雄叫びに応じるようにしてあちこちから地響きが聞こえてくる。

 そして――ドゴオオオオォォォン!

 鼓膜を破らんとするほどの爆音と共に、ダンジョンの土壁が隆起した。

 創造(クリエイト)――ダンジョンマスターにのみ与えられた、ダンジョン内の地形を変える能力。

 その権限を奪った仮面は、まさに神の力とも言うべきその能力を暴力に変えてカオルに向ける。

 土壁からせり出したいくつもの柱がカオルを潰そうと凄まじい勢いで迫る。



『なんだこの力!!?』

『ヤベェだろ』

『跳べ!そんで逃げろカオル!』

『いや、逃げ道がどこにも…』



 四方八方から飛び出す柱がカオルを完全に包囲している。もはや逃げ出すスペースなどないし、どうにか逃げ出したとしても次の柱が迫るだけの話。

 が、カオルは動じない。



「うらァッ!」



 ザンッ……。

 黒い“なにか”で覆われたマチェットをぶん回すと、迫る土壁が豆腐でも切れるみたいにして壁から分断。土塊となって地に落ちる。



『え?』

『は?』

『待って。明らかに刀身より長い範囲の柱まで切れてない?』

『どういう原理?』



 コメント欄が呆然とした言葉で溢れる。

 “なにか”で覆われたマチェットは、もはやただのマチェットではない。

 その刀身はもはや魔力の塊そのもの。

 触れたものはもちろん、触れてすらいない周囲の対象物すら一刀両断するマジックアイテムと化している。

 次々襲い来る土柱を、それを上回る速度で切り捨てる。

 そうしながら、カオルは徐々にバクダンマとの距離を詰めていく。

 この想定外の能力に、バクダンマはさらなる計画の変更を迫られた。

 あと取れる手段はひとつだけ。

 ――ダンジョンを崩壊させ、池袋ダンジョンごとカオルを亡き者にしようという最終手段。

 先ほどまでとは違う地の底から響くような低い音が辺りに響き渡り、地面が大きく揺れる。



『なに?』

『地震?』

『いや、東京で地震なんか起きてない』

『池袋ダンジョンだけ揺れてるぞ!!?』

『もしかしてダンジョンが崩落しようとしてるんじゃ』

『おい、池袋ダンジョンのヤツらは避難できたのか!?』

『できるわけねぇだろ!!!!何人いると思ってんだよ!!!』

『ダンジョン崩落なんてことになったらダンジョンにいるやつら全員死ぬぞ!?』

『こちら池袋ダンジョン。ダンジョン全層から一気に押しかけた探索者たちでロビーがパニックになってる』

『コメント打ってる場合じゃねぇだろ死ぬぞ!!!』

『え、ダンジョンで死ぬとロビーに転送されるよな?ロビーごとダンジョンが崩壊したらどうなんの?』

『さぁ、どうなるんだろうな…』

『おい妹が池袋ダンジョンに行ってるんだが』

『無事に逃げられたことを祈ってるよ…』



 ダンジョンで死んでも現実の死には繋がらない――そんな常識すら、仮面は壊そうとしている。

 池袋ダンジョンが崩落すれば、死者は数千人に及ぶ。

 突如降りかかった本物の死の危険に、コメント欄もダンジョンも大パニックに陥っていた。


 が、カオルはそんなこと知る由もなく。

 地響きも揺れも壁に走る亀裂も気にすることなく。

 カオルは歩いた。

 ゆっくりと。まるでランウェイを歩くかのように堂々と。

 そして露わになったその胸を見せつけるかのように背筋を伸ばして。



『おっぱい』

『おっぱい』

『(゜∀゜)o彡゜おっぱい!おっぱい!』

『お前らそんなこと言ってる場合じゃなおっぱい』

『人死にが出るかもしれないのに不謹慎おっぱい』

『お前らどうしたおっぱい』

『おっぱい!おっぱい!』



 リスナーの様子がおかしい。

 ――が、おかしいのはリスナーだけではなかった。



「……ぐうっ!?」 



 バクダンマの口から声が漏れる。

 その脳は完全に仮面の管理下にある。

 自らの生存に必要な処理を最小限に抑え、その処理能力のほとんどすべてをダンジョン崩壊のための媒体に使っている。

 そのはず、なのに。



(魔力演算完了。ダンジョン自爆システム起動中おっぱい。セーフティプログラムおっぱい解除おっぱい。ダンジョンおっぱい自爆システムおっぱい起動おっぱい完了。おっぱい魔力おっぱい注入中おっぱい――)



 おかしい、と仮面は気がついた。

 仮面はバクダンマの脳を完全に管理下に置いている。おっぱいなんかに目を奪われるはずはないのに。

 どういうわけかバクダンマの脳はおっぱいでいっぱいだった。ダンジョン崩壊を完遂できないほどに。

 仮面はバクダンマへの支配を強める――が、弾かれた。

 一体なにが起きたのか。問題を解消すべく仮面はトラブルシューティングを行う。

 が、“生物”でない仮面にそれを理解するのは難しいだろう。


 カオルのおっぱいはバクダンマの生存本能を刺激したのだ。

 人間の三大欲求――性欲・食欲・睡眠欲。

 おっぱいが性欲を刺激するのは言うまでもないが、それだけではない。

 人間は生まれてすぐ母親のおっぱいを飲み、そしておっぱいを枕にして眠る。

 おっぱいは人間の三大欲求すべてを刺激するものなのだ。

 そして欲求というのは――とりわけ三大欲求のような根源的欲求は、生きるために人体に備わったもの。

 人間に寄生し死へ向かわせる仮面とは対極にある存在なのである。


 ゆさゆさ揺れるほとんど生のおっぱいに生存本能を刺激され、バクダンマの脳は仮面の寄生に抵抗を見せたのだ。



『揺れが止まった!?』

『おい、バクダンマおっぱい見てね?』

『おっぱいチャーム効いたのか!?』

『なんか俺、おっぱいから目が離せないんだけど』

『うわ良かった俺だけじゃなかった』

『逆バニーおっぱい恐るべし』

『おっぱい!おっぱい!おっぱい!』

『いけえええええええおっぱいいいいいいいいい!!!』



 マズい。このままではマズい。

 仮面は咄嗟にバクダンマの寄生を解き、脱出を図るが――



「もう逃さねぇ」



 ゆさっ……ザンッ。

 おっぱいを大きく揺らしながら、カオルはマチェットを振り下ろす。

 尊厳を犠牲にして手に入れた黒いマチェットは、バクダンマもろとも仮面を両断。



「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」



 100人の手で黒板を引っ掻いたような断末魔の悲鳴を放ちながら、ふたつに裂けた仮面がビチャリと音を立てて地に落ちる。

 断面からは黒っぽい色の体液が漏れ、小さな血溜まりを作っていた。

 ――この時をもって、カオルはようやく仮面との因縁にピリオドを打ったのだった。



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― 新着の感想 ―
予想はしてたが結果的に脱げば脱ぐほど強くなる系のスキルだったか 武装も強化出来るとかは予想外でしたわこのおっぱいスゲーわ
こんにちは。 おっぱい一刀流・真っ向両断、略してパイスラ!あいてはしぬ。
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