26話 DMの罠
俺のトイッターには日々様々なDMが届く。
事務所所属のお誘いなどの真面目なものからエロDMや出会い厨のナンパなど一読にすら値しないものまでその種類は多岐にわたる。
この前なんかは硬派なイメージで知られる某有名スポーツ選手(既婚者)からナンパ紛いのDMが来たことにガックリきていっそDMを封鎖してやろうかとも思ったが、そうしなかったのはライカからコラボ配信のお誘いがあったように素敵な出会いもあると知っていたからだ。
そしてこんなDMが俺の元に届いた。
『はじめまして! 株式会社KUDAKAWAのヤマザキと申します。カオル様のご活躍を拝見し、ぜひとも一緒に仕事をさせていただきたいと思いご連絡差し上げました』
「おお……!」
思わず感嘆の声が漏れる。
KUDAKAWAといえばダンジョン探索者のバイブル「月刊ダンジョン攻略」を発行している出版社。
その綿密な取材による圧倒的な情報量と実践的な特集は数多くのトップ探索者に愛されている。
そこでインタビューを受けるというのは探索者として実力が認められたという証拠。ただ人気があるというだけの探索者にはたどり着けない至高の領域。
俺はすぐさま返答を送った。
『はじめまして! ぜひともお話を伺いたいです』
既読がすぐについて、嬉しくなる。
このヤマザキという編集者の前のめりな姿勢が伝わってくるようだ。
ヤマザキさんからさらにメッセージが届く。
『ありがとうございます!
ご一緒に仕事ができれば大変嬉しいです!
詳しい企画書はまた後ほどお送りしますね。
現段階では海を考えています。
沖縄か、あるいはハワイなどの海外リゾートの案も出ています!
もしお話を受けていただけるようであれば編集部で話を進めてまいります』
「……海? リゾート?」
俺は首を傾げた。
どういうことだ?
海辺のリゾート地でインタビューするってこと?
そんなの見たことないけど……。
なんだろう、どうも話が噛み合っていない気が。
『すみません。確認なんですが、ヤマザキさんはどちらの編集部なのでしょうか…?』
『申し遅れました! わたくしグラビアデラックス編集部のヤマザキと申します! ぜひともカオルさんの写真集を作らせていただきたく――』
「グラビアかよ! 結局おっぱいじゃねぇか!」
俺は叫んだ。
そして丁重にお断りのメッセージを送った。
くそっ。確実に知名度は上がっている。上がってはいるが……結局みんなが見ているのはおっぱいなんだよなぁ。
みんなが望んでいるものをお出しするのがエンタメの基本――そんなことは俺だって分かってる。
けど、もうちょっとだけおっぱい以外のところを見ても良いんじゃないかなぁ!
「いっそこっちから月刊ダンジョン攻略にDM送って営業かけてみるか? いや、そんなのカッコ悪いか……」
なんてブツブツ呟きながらトイッターを巡回していたとき。
またもや1件DMが届いた。
てっきりあのグラビアデラックス編集部のヤマザキとやらが食い下がってきたのかと思ったが、違った。
送り主の名は――バクダンマ。
『お前の秘密を知っている。今日、15時に池袋ダンジョン中層ボス部屋前に来い』
「なっ……」
DMを読んで正直動揺した。
当然だ。俺の秘密、つまり俺が男であるということがバレた? どうして?
ユニークスキル〈TS(爆乳)〉によって変身する瞬間は他の探索者に見られないように細心の注意を払っていた。他、特に男だとバレるようなヘマをした心当たりもない。
なのにどうして……。
「ん? いや、待てよ」
バクダンマからのDM中に、俺の具体的な秘密の内容が書かれていないことに気付く。
これはつまり、なにも知らないのに秘密を知っているだなんて脅して俺を呼び出そうとする罠なのでは。
うん、あり得る。
というか、そうに違いない。
だから秘密の内容が記されていないのだ。
「なんだよ、ビビらせやがって……」
安心しきってDM欄を閉じようとしたとき。さらに追加で送られてきたものがあった。
今度は文章ではなかった。
1枚の画像だ。
それが目に入った瞬間、血の気が引いていくのを感じた。
「っ……ライカ……!?」
ライカがダンジョンらしき場所でぐったりと横たわっている写真。
つまり、ライカを人質にとっている。来なければライカに危害をくわえるぞとバクダンマは言っているわけだ。
一体どういうことなんだ。どうしてライカを。
バクダンマ――どうやら暴露系配信者のようだが、普通そこまでするか? 完全に犯罪じゃないか。
少しでも情報が欲しくて、慌ててヤツのポストを見た。
そしてハラワタが煮えくり返るのを感じた。
『バクダンマ@配信者の秘密を暴く!
【予告】緊急生配信!
おっぱいチャンの秘密、暴露します!』
そのポストに添付された画像に写っているバクダンマ本人らしき男が、あの忌々しい仮面を被っていたのだ。
かつての池袋の言葉が脳裏をよぎる。
『君が嫌がっても、バグの方が君にちょっかい出してくるかもしれない。たわわな果実には虫がつくものさ』
これではあのおっぱい星人の言うとおりじゃないか。
俺はほとんど着の身着のままで駆け出した。
行き先は、もちろん池袋ダンジョン。
これは罠だ。行けばヤツの思う壺。男だとバレれば俺はオシマイ――そんなのは分かっている。
が、もう我慢ならない。
あの目障りな変態仮面を今度こそ完膚なきまでに叩き潰して、あの仮面をホルマリン漬けの標本にしてやるのだ。
***
カオルが池袋ダンジョンへ向かっているころ。
待ち合わせ場所に指定した池袋ダンジョン中層ボス部屋前にて、バクダンマは漲る全能感に酔いしれていた。
いまならなんでもできる。
誇張じゃなく、本気でそう感じていた。
ダンジョンの中のことが手に取るように分かる。
まるでダンジョンと己が一体化したかのような。
が、まだだ。
まだ満足はできない。
バクダンマの胸で渦を巻いているのは――カオルへの征服欲。
スターダムへの道を駆け上っている若き才能の生殺与奪の権利を握りたい。
自分のたったひとつの投稿でドン底まで転落させてやりたい。
その時、あの人間離れした美しい顔はどんなふうに歪むのだろう。
まぁカオルの秘密がなんなのかまだ分かっていないのがネックではあるが――そんなのはこれからいくらでも暴いていけば良いだけのこと。
その策も、もちろん考えている。
「――来る」
バクダンマはふと顔を上げた。
ダンジョンの上層と中層の間くらいの場所に、カオルの気配。
あの凄まじい気配は、間違いなく彼女だ。
しかし妙だなとバクダンマは思った。
まるで手品のように突然カオルが出現したような。
「まぁ、いいさ。秘密があるなら全部暴いて晒してやる」
カオルは凄まじい勢いでこちらへと向かっている。
一か八かの賭けではあったが、カオルに撒いたエサはうまく作用したようだ。
ライカの画像である。
ライカを人質にとったように見せかけたが、あれはAIで作った偽の画像。
汚い手だと非難されるリスクは承知の上。
そんなもの、これから暴き立てるカオルのスキャンダルの前ではちょっとしたシミに過ぎない。
スキャンダルはすべてを反転させる。
莫大な人気は、火が着いた瞬間に火を大きくする薪へと変わる。
ファンたちはペンライトをナイフに持ち替えて、カオルを攻撃しだすだろう。
その時、カオルは一体どんな反応をするのか。
早くそれが見たくて、バクダンマはウズウズとしていた。
「……来たか。思ったより早いな」
バクダンマは仮面の奥の目を細めた。
遠くに見える人影。カオルがやってきたのだ。
はやる気持ちを抑えるように、ドローンカメラを飛ばして配信ボタンを押す。
同接は、早くも20万人。
しかしこんなものじゃない。きっともっと大きな話題になる。もっともっとたくさんのリスナーが見に来るはずだ。
だから、まずはこんな言葉で始めることにした。
リスナーの期待と不安を煽る言葉で。
「今日は話題の配信者、おっぱいチャンことカオルの秘密を暴きます!」




