22話 コラボ配信の反響
「おい、見ろよあれ」
「すっげぇな……」
近くを歩いていた他校の男子高校生たちがにわかに色めき立つ。
その視線の先にあるのは、たわわなおっぱいであった。
胸元のザックリ開いた探索服からこぼれ落ちそうなおっぱいがゆっさゆさ。そして輝く銀色の髪のウィッグ。見慣れた姿に思わずギョッとした。
配信者カオルの姿――が、もちろん俺ではない。
「カオルのコスプレかな?」
「再現度高ぇ~」
「まぁカオルのおっぱいほどじゃないけど」
「いやアレは再現ムリだろ」
どうやら近くでコスプレイベントがあるらしく、あちこちでマンガの中から飛び出してきたような派手な格好の男女を見ることができた。
とはいえ、まさか自分のコスプレを見ることになるとは。
え? っていうか俺あんな格好してんの? マジで露出狂一歩手前だろ。あれで公共の場を歩いていいのか?
思わずドギマギする俺をよそに、周囲の反応は驚くほど好意的だった。
「えー、あれカオルちゃんのコスプレじゃない?」
「ほんとだ! 可愛い!」
コスプレイヤーをチラチラ見ているのはなにも男子ばかりではない。
うら若き女性たちも俺の姿のコスプレにキャイキャイと騒いでいる。
これは大きな変化だった。
この前のライカとのコラボ配信から数日が経った。
あの日以来、配信者カオルの人気が一際突出したような手応えがある。
探索者界隈だけでなく一般層にまで認知が及んだというか。
相変わらずおっぱいばかりが注目されてはいるものの、少しずつ女性ファンも増えてきたし、最近はファンアートを描いて送ってくれる人とかもいて、それはすごく嬉しい。
嬉しいが……この服はなんとかならないものか。
あの胸元ガバ開き探索服はユニークスキル【TS(爆乳)】を発動させることで発現する。
俺がTシャツを着ていようとポロシャツを着ていようと、スキルを発動させると自動的にあの服になってしまうのである。
決して好きで着ているわけではないのだが、そう強く主張できないのが辛いところだ。スキルについて下手に触れると墓穴を掘ることになるからな。
俺は自分のコスプレから逃げるように帰宅。
ホッと胸を撫で下ろすが、しかし自宅すら俺の安住の地ではない。
「おかえり、カオル」
扉を開ける音を聞きつけたらしい。
ヒカリが猫なで声を上げながら玄関にまで小走りで駆け寄ってくる。
「カバン持つよ? 靴揃えておくからそのまま上がって?」
誤解なきよう言っておくが、ヒカリは甲斐甲斐しく俺の世話を焼くようなタマではない。
なので、当然警戒した。
「なにが目的だ」
しかしヒカリは砂糖菓子のような甘ったるい笑みを崩さず「まぁまぁ」「そこへお座りくださいよ」なんていいながら俺を居間のソファへと引きずっていく。
そして俺の肩を揉みながら、とうとうヒカリは悪巧みを吐露した。
「ねぇカオル。そろそろ彼女さんに会わせてくれない?」
「ッ……」
思わず体を硬直させた。
俺の後ろでヒカリが首をかしげる気配がする。
「あれ? なんか肩凝ってるねぇ」
落ち着け。大丈夫。いつかこんなことを言われるような気はしていた。
もちろん答えは決まっている。
「い、いやだよ。なんでそんなことしなきゃ……っていうかお前、ただミーハー心で会いたいだけだろ」
「そりゃそうだよ。だって超有名人だし!」
ヒカリは潔く認めた。
そして俺の隣に座り、輝く目でこちらを見てくる。
「ってか本当の名前なんていうの? なんでカオルの名前で配信やってるの? どこ高の人? どこで出会ったの? なんでカオルなんかと付き合ってるの?」
「うっせーな! いろいろあんの!」
俺はテンパった。そして逃げるように立ち上がる。
と同時に思った。俺は嘘が下手すぎる。こんなむちゃくちゃな誤魔化し方をしたら怪しまれるのではと。
恐る恐る、横目でヒカリの様子を窺う。
結論から言えば杞憂だった。
「んも~、照れちゃってぇ」
ヒカリは口元を手で押さえてニヤニヤとしている。
どうやら俺が妹に彼女の話をするのが照れ臭くて動揺していると思っているらしい。
彼女設定はこのまま否定しない方が都合いいかもな……。
「ところでさぁ、ライカさんのこのポストってなに?」
「え?」
ライカのポスト?
正直覚えがない。もちろんライカのトイッターはフォローしているが、どうやら見逃してしまっていたようだ。
俺はヒカリのスマホが表示したポストを見て、血の気が引いていくのを感じた。
『昨日のことは誰にもナイショ』
昨日のこと――ポストの日付を見るに、俺とのコラボ配信の日のことを指しているのは明白。
マズい。これは非常にマズい。
ライカとのコラボ配信の日にした、ダンジョンマスター池袋との会話を思い出す。
「しつこいようだけど、ここで見たことやダンジョンマスターのことは決して他の人に言ってはいけないよ。もちろん、ライカにもね」
ダンジョンマスターには人間をダンジョン内のあちこちに転送する権限があるらしい。
ライカをロビーに送りながら、池袋は俺にそう念押しをした。
もちろん俺もダンジョンマスターに逆らう気などない。
「分かってるって。言わないよ」
「言わないだけじゃダメだ。最大限ここのことが怪しまれないよう努力してほしい。もしここのことが君以外の人間にバレたら、罰を与えなくてはならないからね」
「罰……?」
思わず身構える。
なにせ相手は人間じゃない。一体どんな恐ろしい罰が待ち受けているというのか。
が、池袋はなんとも軽い調子で笑ってみせる。
「大丈夫だよ。君たちは大事な英雄だ。危害を加えるようなことはしない。だから、そうだな――」
池袋は少し考え、やがていい考えが浮かんだとばかりに人差し指を立てた。
「ここのことがバレたら、君のスキルの内容と本当の姿を公開する」
「はっ!? っていうか聞いてもないのに喋ったのはお前だろ!? なんで俺が責任を負うんだよ!」
「まぁまぁ、これは念のための措置だよ。君がここの秘密を守ってくれたらそれでいいんだ。それに、なにも殺すわけじゃないんだし」
池袋はなんでもないことのように笑っているが、とんでもない。
俺はガクガクと震えた。そして叫んだ。
「紛れもなく社会的抹殺だよそれは!」
幸か不幸か、「配信者カオル」はかなり知名度も注目度も上がっている。
ここでカオルの正体が男だとバレたら大炎上間違いなし。
俺の名前と顔写真はもちろん住所や出身校から卒業文集までなにもかも晒されるに違いない!
そんな特大のデジタルタトゥーを背負わされたら俺の人生オシマイだぁ!
そういうわけで、俺はダンジョンマスターの存在を隠蔽するためにできる限りのことをした。
リスナーたちに詮索されるのを避けるため、トイッターで開かずの扉の先には何もなかったことを素早くポストした。次の配信でもさらに念押しするつもりだ。
仮面を引き剥がしてからずっと気絶していたベギーアデには下層の扉をくぐった記憶もなく、そのまま自警団に引き渡した。
そしてライカ。彼女には池袋に矢で貫かれた記憶がある。
しかし池袋は彼女の記憶を操作すると言った。俺もダンジョンマスターである彼なら大丈夫だろうと信じてライカをお願いした。
これできっと大丈夫。俺の名誉は守られた。
そう思っていたのに!
『昨日のことは誰にもナイショ』
ライカのこのツイートはダンジョンマスターの存在を匂わせているに違いない。
リスナーを楽しませることに命をかけているプロ配信者のライカのことだ。『ナイショ』だなんて言いながら頃合いを見て配信で喋ってしまうに決まってる!
そうなれば俺の人生はオシマイ……!
どどどどどどうしよう。一体どうすれば。とにかくライカに話を聞かないと――
そんな祈りが通じたかのように、ちょうど俺のスマホにDMが届いた。
ライカからだった。
『これから池袋ダンジョンで会えませんか?』




