14話 ライカの公開説教
ダンジョンの多くが上層・中層・下層に分かれており、階層を下るほどにモンスターは強く踏破難易度は高くなる。
と言っても、難化は等間隔ではない。
上層から中層へ移ったときにもモンスターが格段に強くなるのを感じるが、中層から下層へ降りた時のそれは別格。らしい。
下層では中層ボスクラスのモンスターがその辺にうようよといる。そして遭遇するモンスターの数も中層以上とは比べものにならない。らしい。
コメントでも指摘されていた通り、池袋ダンジョンの下層を攻略する際は10人程度の大規模チームを組んで潜るのがスタンダード。らしい。
なぜ「らしい」かというと。
「池袋ダンジョンの下層は初めてなので、お見苦しいところがあったらすみません」
俺は一言そう断り、カメラに向けて一礼する。
するとまたたくさんのコメントが視界を流れていく。
『そりゃそうだろwwwww』
『丁寧だなwwww』
『ソロで下層なんて聞いたことないからな』
『ふたりでも十分危険すぎ。ほんと気をつけて』
笑いと心配の入り交じるコメントを受けて、ライカがまた俺の体にギュッと抱きつく。
「心配しなくていいんですよ。わたしが手取り足取り――」
「門限」
「え?」
首をかしげるライカに、俺は今まで下層を攻略できなかった理由をこう説明する。
「下層まで行っていると帰宅時間が遅くなるかもしれないから。厳しいんだ、門限」
旧態依然とした教育観を持っている我が家には当然「門限」というものが決められており、特別な許可を得ない限り19時には家に帰っていなければならないとされている。
まぁうちは父子家庭であり、19時には父が帰宅できていないことがほとんどなので門限を破ってもバレないのだが、それでも俺はできる限りルールを守るようにしている。
池袋ダンジョン下層はかなり広く、迷う可能性が高い。そのせいで門限を破り、それをきっかけに父に配信のことがバレたら大事である。
だから下層に足を踏み入れるのを躊躇していたのだ。
『は?門限?』
『え?じゃあ門限なかったら下層にソロでいけるってこと?』
『ってか逆に今までは門限守れてたってコト!?池袋ダンジョンの中層ボス撃破の時も!?』
『そりゃあこんな見事なおっぱいの娘さん、悪い虫がつかないか心配ですもんね~…は?』
『躾に厳しい良いとこのお嬢さん(おっぱいで童貞巨人撃破)』
盛り上がるコメント欄とポカンとしているライカを横目に、俺はマチェットを掲げた。
今回は下層経験者のライカがいる。迷子になっても〈抜け道〉ですぐにロビーへ戻れる。
もう自重する必要はない。
「オラァ!」
俺はマチェットを振るい、下層を爆走する。
飛びかかる飛行型モンスターを斬り伏せ、襲い来る猛獣型モンスターをたたっ斬り、立ち塞がる岩のようなモンスターをぶっ飛ばす。
『ちょちょちょ早い早い!』
『えっ、いまのってケルベロスじゃね?ワンパンした?』
『下層RTA会場はここですか?』
『モンスター簡単に倒しすぎて凄いはずなのに凄さが分かんねぇwwwwww』
『下層って意外と簡単なんだなぁ(棒読み)』
『んなわけwww』
『勘違いする人が出てますよ!』
視界がコメントで埋まり、後ろからは「待って」「早すぎ」「リスナーさんもわたしもついていけてない」とライカの声が聞こえてくるが俺は止まらない。
なぜなら! ライカにラブラブさせる余裕を与えてはならないから!
いいじゃん。推しとイチャイチャできるなんて。そのために配信者やってたんでしょ? なんて言ってくる浅ましいヤツがいるかもしれないが、それは違う。断じて違う!
ライカは! そういうのじゃないんだ!
推しとは神で、推し活は宗教だ。
汚してはならない。たとえ俺自身の手であっても。
たとえライカ自身からのお誘いだったとしても――
「ねぇ」
突っ走る俺の肩を誰かが強く掴んだ。振り向く。ライカだった。
ゾッとした。
どのモンスターよりも恐ろしい顔をしていた。
俺は足を止めた。止めざるを得なかった。
ライカは感情を押し殺したような低い声で言った。
「配信が下手すぎます」
「……え?」
俺は首をかしげた。間の抜けた声を上げてしまったと思う。
なにを言っているのか分からなかったのだ。
自分で言うのもなんだが、探索は順調だったと思う。
なんだかゾーンに入っていたみたいで、いつも以上に体が動いた。
向かうところ敵無し。無双状態だったと言って良い。
しかしどうやらそれが良くなかったらしかった。
「すごいことやってるの、わたしは分かりますよ? でも他の人はどうですかね?」
そこからはもう、ライカの独壇場だった。
俺はダンジョンの冷たい地面に正座して、ライカの話を聞くしかなかった。
「エンタメには面白い/面白くないの前に理解できる/できないのフェーズがあります。カオルさんの配信ってダンジョンに詳しくない人には何やってるのか全然分かんないです。モンスターの強さが分からないから、それを瞬殺しても全然カオルさんのすごさが伝わらない。ひとつひとつちゃんと説明して、フリを作って、それでようやくエンタメになるんですよ。強ければそれだけで良いってわけじゃないんです、ダンジョン配信は」
「ハイ……ハイ……ゴメンナサイ……」
返す言葉がない。俺はただうなだれるばかり。
こうしている間にももちろん配信は続いている。
『公開説教で草』
『下層でなにやってんすか?wwwww』
『おっぱいチャンしょんぼりで草生える』
『モンスターさんも空気読んで襲ってこねぇな』
『この前まで底辺配信者だったんだから仕方ない』
クソッ、コメントが大盛り上がりだ。
同接も……うわっ、エグい数に増えてる……。
人が説教されてるのをみてそんなに面白いかよ!
いや、待て。
俺がパッパと敵を倒してしまったせいで、このままでは撮れ高がない状態。そこでライカはあえて公衆の面前で説教タイムを取ることでリスナーたちを惹きつけた……。
うん、配信者としてのプロ意識が高いライカならあり得る。いやそうに違いない。
つまり、ライカは本当は怒ってな――
「カオルさん? なにボーッとしてるんですか? ちゃんと話聞かないとダメですよね?」
大きな目に睨まれ、俺は改めて背筋を伸ばした。
怒ってない……わけではなさそうだな……。
「ここは下層の中でもかなり“底”に近い。危険なので戻りましょう」
「せっかくなら下層ボス倒すとかどうかな? 撮れ高あると思わない?」
多分俺のせいでライカが思い描いていた配信プランが崩れたのだろう。
その罪滅ぼしとして提案したのだが、なぜかライカはとんでもないとばかりに声を上げた。
「池袋ダンジョンの下層ボスにそんなノリで挑むなんて、冬の富士山に半袖で登頂するようなものです。炎上しますよ!」
「そ、そっか……」
クソッ、張り切りすぎてなにもかも裏目に出てしまう。こんなはずじゃなかったのに。
俺はライカから逃げるようにうつむいて、
そして顔を上げた。
「これから先はわたしの言うことを聞いて――」
俺はライカの説教を手で制止する。
ライカは一瞬ムッとしたようにそのぷくぷくほっぺたを膨らませたが、やがて彼女も気付いたようだった。
こちらに向けられた、絡みつくような視線に。
「なに……?」
俺たちはそれぞれ武器を構えて辺りを見回す。
俺はマチェット、ライカは魔法少女のステッキを思わせるキラキラのモーニングスター。
魔物だ、と思った。
人間と魔物は、うまく説明できないが気配の種類が違う。
論理的に考えても池袋ダンジョンのような大型ダンジョンの、しかもこんな下層の底付近で他の探索者に遭遇する可能性は極めて低い。
――そのはず、なのだが。
ダンジョンの陰から姿を現したのは、予想に反して人間だった。
それも、ここにはいないはずの。
「な、なんで……?」
俺はライカを見る。
ライカもまた、幽霊でも見るみたいな目でヤツを見ていた。
そうだ。だって、さっき聞いたばかりじゃないか。
"ヤツ"はダンジョン内の死の副作用でダンジョンでの記憶をなくし、山奥の寺で修行僧をしていると。
しかし目の前にいる男が身につけているのは、間違いなくあの日の仮面だった。
「ベギーアデ!?」
思わず声を上げると、男はニヤリと笑った。
「言ったよなァ。ぜってぇ殺してやるって!」




