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ヒリスは願う5

 岩の前で蹲って泣いてる銀色の髪に青い目をした少年。

 ベッドに横たわる老婦人。

 少年とのふれあい。

 少年がつけてくれた名前。

 会うたびに少年が青年へと成長していく。

 赤黒い煙で空が覆われ、炎に包まれる王都。

 瓦礫の上に力なく横たわる鎧姿の青年。 

 彼の汚れた頬を優しく撫でる。


 『生きろ』


 辺り一面が黄金色の光に染まった。

 歩く足を失う。

 闇。

 耳元で囁く声。

 気づけば少年と初めてあった寝台の上に横たわっていた。

 浸食されていく魂。

 最後の力をふり絞って魂の一部を切り離す。


『この世界ではない遠い場所で生きろ。叶うのなら……』


 叶うのなら、一人の人間として生きてほしい……。 


(あ……あ……あぁっっ)


 次々と流れていく光景に俺は涙を流した。腕の中にいるコウキとコウキの母親を強く抱きしめる。


(思い……出した……)


 自分が誰なのか。なぜコウキの傍にいたのか。


(コウキは俺が切り離した魂の一部だったんだ……)


 コウキはとても遠い場所で一人の人間として生きていた。そして俺は魂のかけらであるコウキに引っ張られたんだ。


 目の前に別の光景が広がる。

 木こりとして生きていた自分。森の中で出会った傷だらけの銀色の髪に青い目の美しい青年。

 青年が去った後、森は炎に包まれた。

 黒い鎧に身を包んだ……オルディウス帝国の兵士に両足首を切り落とされ、激しく燃え盛る森の中で俺は死んだ。


「……うぅ……っぁ……ああああっ!」


 コウキが目を見開き苦痛の絶叫をあげた。


(コウキっ!? …………ッッッ!!)


 突然俺の頭の中に大量の‟記憶„が流れ込んできた。


 オルディウス帝国の帝王の第六王子として生きてきた俺の記憶。

 ベルナルドの記憶。

 王妃たちや異母兄弟たちの記憶。


 色々な記憶が混ざりあって頭がおかしくなりそうだった。


(なんでッ!?)


 なんで彼らの記憶が流れ込んできたのかわからない。そもそもこれは本当に彼らの記憶なのか?


(……っっ! 分からない)


 分からないがこの記憶の渦はコウキの頭の中にも流れていて、コウキのことを苦しめている。


(コウキ………っ!)


 俺はコウキの額に自分の額を重ねる。俺の脳裏にパソコンの前に座っているコウキの姿が浮かぶ。


(コウキ、これは物語だ。……君が良く読んでいた物語なんだ)


 記憶の渦の中にあったオルディウス帝国襲撃の結末。あれが本当なのかどうかなんて分からない。


(……もう、すべて終わった物語なんだ)


 二人を抱きしめる手が震える。記憶の渦に混じって二つの強い魔力を感じた。その魔力に気づいた瞬間、俺の身体が……いや、魂が引っ張られたのが分かった。そしてそれは俺だけではなくコウキの魂も引っ張ろうとしている。


(コウキ……、君は俺じゃない。ヒリスじゃない)


 俺は強く、ただ強くそう念じた。


(君はヒリスじゃない。君はヒリスじゃない)


 ……君は人間なんだ。ただのコウキなんだ。


 その時、背後から声が聞こえた。


‟もう一度会いたい……„


 重なり合った二つの声は聞き覚えのあるものだった。


 思わず振り返ると、そこには巨大な魔方陣が俺を見下ろしていた。











 遠くから微かに聞こえたラッパ音に、俺は読んでいた本のページを捲る手を止めて窓の外へ目を向けた。

 しかし見えるのは荒廃しきった庭だけだった。


(帰って来たか……)


 さっき聞こえたラッパ音は戦地から帰還してきた兵の到着を知らせる音だろう。

 俺は窓に反射している自分の顔を見た。

 今年、十三歳になる赤茶色の髪と目を持ったなんの特徴もない少年の顔……。

 俺は小さくため息を付いて本を閉じた。


(やっと物語が始まる……)


 戦地に赴いていたあいつが一人の捕虜を連れてくる。

 捕虜の名前はベルナルド・アレニウス・ウォーガン。


(ヴァルトス国の皇太子であり……)


 題名のない小説の主人公。


 その小説は無料で読める小説サイトに掲載されていた。


 不可解なことに題名がずっと「無題」のままで、説明文も「完結」としか書かれていなかった。そのせいで閲覧数はほぼなく最後のほうにあった。


 それにどうたどり着いたのかは覚えてない。気付いた時にはそれを読んでいた。

 

 内容は主人公が領地拡大を図る傲慢な王の息子に捕虜として囚われ、そこで非道な扱いを受けた。


 だが主人公の仲間たちが彼を助け出し、数年後主人公は傲慢な王と妃、そして子供たちを皆殺しにしその国を滅ぼすという話だった。


 ありきたり過ぎてすぐ忘れてしまうような内容の小説だった。


 ……だが、どういうわけかその内容が俺の頭の隅に残り続けていた。


 そして今。


 俺はその小説の中にいる。傲慢な王の子供の一人として……。


 俺ことヒリス・バスチアン・セルヴォスは、傲慢な王……オルディウス帝国の帝王の六番目の子供として生を受けた。

 帝王には四人の妃と六人の子供が居る。……いや正確には三人の妃と五人の子どもだ。

 

 一番目の妃カリーヌは青み掛かった黒髪と目を持ち、一番目の兄ラルスと二番目の兄ルシウスを生んだ。二人ともオルディウス帝国の王族だけが受け継ぐ漆黒の髪に赤い目を持っていたが、ラルスは十二歳でこの世を去り、弟のルシウスは今年で二十二歳を迎えた。


 二番目の妃セレスティーヌは黄金の髪と目を持ち、三番目の兄アイザックを生んだ。二十歳になるアイザックは黄金の髪に赤い目を持っている。


 三番目の妃レティシアは薄紅色の髪に緑の目を持ち、四番目の兄セザールと五番目の姉シルビィを生んだ。十七歳になるセザールは漆黒の髪に緑の目、十五歳になるシルビィはくすんだ薄紅色の髪に赤い目をしている。


 ……そして四番目の妃であり俺の母親、エリーゼ。

 赤茶色の髪と目をした母は、下級貴族の娘で侍女として城で働いていた。

 母は決して美しいとは言えず寧ろ地味な顔立ちだった。三人の妃はとても美しかったから、母が帝王の目に止まることはなかった。

 

 ……なかった筈だった。

 

 その理由を母は決して話そうとはしなかったが、俺は察しがついてた。

 

 母は望んで俺を身籠ったわけではないと。

 

 小さな離宮を与えられ母は、表舞台には決して出ずひっそりとそこで暮らした。

 そして自分そっくりの俺を生んだ母は、息を殺すように俺のことを育てた。

 

 俺が十歳の時。

 母は不治の病に掛かり静かに息を引き取った。

 母は死ぬ間際まで俺の身を案じてくれた。

 

 俺にとって唯一幸運だったのは、母が俺のことを()()()()()()()()()()()ことだった。



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