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第16話 With You

 この日、求司とマドリガルは再び電車に乗って港の近くの駅に行き、フェリーに乗ることにした。

 以前、彼女は自分で駅の改札を通過出来ず、電車に乗ってからも足手まといになってしまったため、不安でたまらなかった。

 しかし求司に元気付けられたこともあって、再び出かけることを決意した。

 外に出ると2人は手をつなぎ、弾む足取りで駅に向かって歩いた。

 そして今度は無事に改札を通り、電車にも乗り込んで、何事もなく降車駅から外に出た。

 目的の港は駅から徒歩10分程度のところにあり、2人は手をつないだままその場所に向かっていった。


 フェリーが出港すると、求司とマドリガルはデッキの上に立ち、流れていく景色をじっと見つめていた。

「これが平和というものなのね。何かを見ても警戒する必要はないし、こんなにのんびりとした気分で過ごせるなんて、本当に素敵ね。」

「君が笑いながらそう言うってことは、マドリガルはもうすっかりこの世界になじんでくれたんだね。」

「うんっ!やっと本来の明るい自分自身に戻れた気がするわ。これも求司のおかげよ。」

「えっ?僕はただ、君と楽しく会話をしながら過ごしただけなのに。」

「それがあたしにとってはすごくうれしいことだったの。本当にありがとう。」

「ど、どういたしまして…。」

 求司は照れながらつないでいる手に力を込めた。

 それを感じ取ったマドリガルは、思わず顔を赤らめた。

 その後、2人は海風を全身に受けながらお互いの写真撮影をしたり、すれ違った船の乗客に向かって手を振ったりしながら過ごしていた。


 船が対岸にある島に到着すると、彼らは弾む足取りで歩きだした。

 それから島内をくまなく歩いた後、求司とマドリガルはお腹がすいてきたこともあって、木陰にあるベンチに座ることにした。

「じゃあ、ここで昼ご飯にしようか。」

「うんっ!あたしも休みたかったから。」

 2人はあらかじめ作っておいたおにぎりを取り出して、おいしそうに食べ始めた。

 仲良く並んで食事をする彼らを見て、道行く人はこちらをジロジロ見てきたが、求司とマドリガルはもはやそんなことを気にはしなくなっており、笑顔満開だった。


 やがて日は西に傾いていき、足も疲れてきたため、2人は再度フェリーに乗って家路につくことにした。

「わあっ!海が夕日に照らされて、とてもきれいね。」

 マドリガルはすっかりその景色に魅了されていた。

 一方の求司はスマートフォンで写真を何枚か撮った後、今度は景色を背にしながらマドリガルの動画を撮りたいと言い出した。

「いいかな?」

「分かったわ。きれいに撮ってね。」

「うん、分かった。」

 マドリガルの了解を得られると、求司はスマートフォンフォンを彼女に向けながら動画モードにした。

「求司。今日は本当に楽しかったわ。誘ってくれてありがとう。今日の出来事、一生の宝物として心の中に取っておくからね。」

 彼女はその後も心の中に秘めていた正直な気持ちを打ち明けてくれた。

 そしてメッセージを言い終わると求司は動画を終了し、「どうもありがとう。」とお礼を言った後、スマートフォンをポケットにしまった。

 その後、2人がアパートに着いた時にはすでに夜になっていたため、彼らはすぐに夕飯の支度を始めた。


 翌日は求司がヘイローワークに行くことになっていたため、マドリガルは一人で留守番をすることになった。

 昼頃に彼が帰ってくると、マドリガルは「お帰りなさい!」と言いながら飛んでくるように玄関に姿を現した。

「わっ!そんなに急ぎ足で来なくても。」

「だって、求司がいないと寂しいんだもん。」

「ま、まあ、そうだね。僕も早く君に会いたかったよ。」

 求司がそう言うと、マドリガルは突発的に彼の手を握りしめた。

「わっ!ちょっと!」

「いいじゃない。あたしに早く会いたかったんでしょ?」

「うん。でも、靴を脱ぎたいから、ちょっと手を離してもらってもいい?」

「いいわよ。」

 求司は急いで靴を脱ぐと、再び手をつないで居間に入っていった。

(な、何だか、マドリガルが僕のアレになったみたい…。)

 彼は顔を赤らめながら、自分の想像の中でしか起こりえないようなことがもしかしたら現実になるかもしれないと思っていた。


 彼が椅子に座ってゆっくりしていると、マドリガルはコップに牛乳を入れて電子レンジに入れ、スイッチを入れた。

「あっ、一人でそういうことも出来るようになったんだ。」

「うんっ!求司のやり方を見て、見よう見まねで覚えたの。他にも洗濯機というものも操作出来るようになったわよ。」

「すごいね。本当にこの世界の人として過ごしていけそうだね。」

「だって、求司に迷惑をかけたくなかったから。あたしも早く役に立ちたかったの。あたし、本当に役に立っていればいいけれど…。」

「もう十分、役に立っているよ。って、あれ?」

「なあに?」

「もう牛乳、あったまっているはずじゃ?」

「えっ?あっ!いけない!」

 会話に夢中になっていたマドリガルは、電子レンジの方を向いた。

 そして急いで取り消しを押そうとしたが、違うボタンを押してしまったため、スイッチがOFFにならなかった。

「ど、どうしよう。」

 マドリガルはその後も違うボタンを押し続けた。

 すると求司がその場所にやってきて、取り消しボタンを押した。

「よし、これでOKだ。」

 彼はレンジの扉を開けて、コップを取り出そうとしたが、熱すぎてそれが出来なかった。

「ごめんなさい。あたし、また失敗しちゃった…。」

「大丈夫。こうすれば解決するよ。」

 求司はハンカチ越しにコップをもってそれを取り出すと、もう一つコップを用意して2つに分け、双方に牛乳を追加した。

 そしてそれらを電子レンジに入れて再度温めた。

「さあ、一緒に飲もう。」

「えっ?いいの?あたし、求司のために用意したのに。」

「大丈夫。一人よりも、一緒に飲む方がおいしいと思うから。」

 求司はタイミングを見計らってスイッチをOFFにし、扉を開けて両手でコップを取り出した。

「マドリガル。はい、これ。」

「本当にいいの?」

「うん。」

「ありがとう…。」

 マドリガルはコップを受け取ると、一緒に机のところに移動して椅子に座り、一緒に飲んだ。

(求司、本当に優しい人…。どんな時でも前向きに考えてくれる。あたしのことを大事にしてくれる。正直、これまでに出会ってきたどんな人とも違う。こんな人と一緒にいられたらうれしいな。)

(マドリガル、本当にかわいいな。この世界では魔法こそ使えないけれど、争う必要のないこの世界で戦いも忘れて、普通の女の子として僕のそばで過ごして欲しいな。)

 2人はお互いを見つめながら思わずドキドキしていた。


 コップを片付けた後、求司は途中までプレイしていたゲームを再開し、マドリガルにその様子を見せた。

 その場面でルウ達6人が盗賊のアジトに乗り込んでいき、ボスを倒して奪われたものを取り返そうとしていた。

 するとボスの後ろの場所が壁で封鎖されており、先に進めない状況だった。

「これ、どうすればいいの?」

「マドリガルのハイボムという魔法で壊すんだよ。」

「えっ?そんな方法で? 」

「まあ、これは直前に訪れる町で聞ける情報だからね。君はこの場所に到達する前にこの世界に来たわけだから、確かに知らないのも無理はないよね。」

 2人が会話をした後、ゲームの中のマドリガルはハイボムを使って壁を壊し、中に入っていった6人はたくさんのアイテムを手に入れた。

『よし!さっそくみんなで手分けして持ち帰ろう。』

『うんっ、そうね。きっと町のみんなは喜ぶわ!』

 画面の中でルウとマドリガルは仲良く会話をしていた。

(あっ、そうだ。この2人はこの後、さらにひかれ合う関係になるんだった。まずい、どうしよう…。見せちゃっていいのかな…。)

 求司は表面的には冷静を装いながらも、内心では焦りながらプレイをしていた。


『おおっ!それは盗賊達に奪われたものではっ!』

『君達には何てお礼を申し上げればいいのやら。』

 町に戻ったルウ達は住民から大歓迎を受けた。

 そしてそこでセーブをすると、求司は電源をOFFにした。

「ふう…。何とか山場を乗り越えた。」

「確かに大変だったわね。」

「まあね。とにかく今日はここまでにしよう。」

 求司はゲームを片付けると、スマートフォンを取り出し、メッセージを確認した。

 するとそこには母親から『新しい職には就けたの?もしまだ失業したままだったら、アパートを引き払うことも考えなさい。私としては早く正社員になってほしいんだけれど。』という内容が書かれていた。

「母さんたら、またこんなコメントを書いてきたのか…。心配してくれるのは確かにうれしいんだけれど…。」

「どうしたの?心配してくれるの、ありがたいじゃない。」

「まあ、考え方次第では確かにそうなんだけれど…。」

 その内容は、求司にとってある意味ありがた迷惑なものだった。

(僕としてはこれも人生だと考えているし、素晴らしいアドベンチャーの最中なんだから、そんなにせかさなくてもいいのに…。)

 彼は以前から母親との考え方の違いに悩まされてきたこともあって、表情はさえなかった。

 するとそこに、新たなメッセージが入った。

(ん?何だろう?)

 それを確認すると、相手は安奈で、内容は音楽バンドのサポートとしての依頼を受けたというものだった。

 すると求司は即座に彼女に連絡を取り、詳しいことを聞くことにした。

「アン、メッセージは読んだよ。良かったね。声をかけてもらえて。」

『うん。QZXを出てからずっと一人ぼっちだったけれど、これで気合が入ったわ。』

「ということは、ギターで参加するの?」

『確かにそれが一番の得意楽器だけれど、私としては複数の楽器をこなせた方が有利だと思うから、今リコーダーの練習もしているの。』

「そう言えば、アンって高校の時に応援団の一員としてフルートを担当していたよね?」

『そう。だから、それを思い出して頑張ることにしたの。まあ、リコーダーの需要がどこまであるかは分からないけれどね。』

「それでもきっと役に立つよ。頑張ってね。」

『うん。作曲も含めて頑張るわ。』

 2人が会話を終えると、求司はその内容をマドリガルに伝えた。

「それは良かったわね。」

 彼女は内容こそあまり理解出来なかったものの、新たな目標が出来たことを素直に喜んでくれた。

 すると今度は求司のスマートフォンに再度着信が入った。

(今度は…、ってジョーからだ。何だろう。)

 内容を確認すると、書かれていたメッセージは次のとおりだった。


 キュージ。実は協力してほしいことがある。

 実はマドリガルがいないせいで、ゲームが大変なことになっているんだ。

 どうか、彼女にこの世界に戻ってきてもらえるようにお願いしてくれ。

 彼女を冷たく扱ってきたことは謝る。お願いだ。


 そのメッセージを読んだ求司は即座に丈二と連絡を取り、詳しいことを聞くことにした。



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