51.買い物(本編31の裏側)
群衆男子・月草視点
「みんな私服だと印象変わるね」
寮から出てきて開口一番言ったあいつは、まさかの支給された服そのまんまだった。靴まで学校のローファーで、地味で目立たないを追求した『ザ・群衆』の格好だ。
ったくこいつはもう。本以外興味ないのは知ってたけどこれはないだろ。青柳の家に行くっていう意味が分かってんのか?
群衆ってだけで下に見られるのにこんな服で行ってみろ。確実になめられるぞ。
そのあたりがわかっているのかいないのか。
本当に、頭悪いわけでもないのにこいつののんきさはどこから出てくるんだろうな。
青柳の家が金持ちだっていうことだけはわかってきたらしく、だんだん顔が引きつってはきてるけどな。
それよりなにより、おれが不思議なのはこのバカップルっぷりだ。
青柳は、まあわかる。
だけどこいつは、どうしてあんなに何の屈託もなく笑って青柳のことが好きだって言えるのかがわからない。
「……なあ。お前怖くないのかよ?」
月草と青柳が話をしている間に、次に試着する服を渡しながら聞いたらあいつはきょとんとした顔で首をかしげた。
「怖いってどれのことが?」
「どれってお前……どう頑張ったっておれらは相手を置いていくんだぞ?それなのに好きとか言うの怖くないのかよ」
「それはもちろん怖いよ。私なんてもう、一回死にかけてるし。あんな風に泣かせたくないから無茶なことは絶対しないって思ったもん」
「……青柳でも泣くんだな」
思わずつぶやいたら、
「え?あ。そっか。あの時いなかったんだっけ。……うん。すごく泣いてた。あれはだめだって思った」
あいつは急に静かになって言った。
月草も……おれがいなくなったら泣くんだろうな。
「だけど死にかけたから、好きだって言える時に言っておかないとってわかったんだよね。いつ死ぬかわからないから、今伝えておかないと。隠してる暇なんてないなって」
照れたように笑うあいつは、本当に幸せそうだ。
「そこで『忘れてほしい』って方向に行かないところがお前だよな」
本当、普通の群衆にはない発想だよな。
「興味失って忘れてほしいっていうのはさすがにもう無理かなって。男子から見てどう?」
「あーそんなこと言ってたな。まあ無理だろ」
「だよねえ。それに今一番怖いのはあれだし……」
言いながら視線を向けた先には、レジのカウンターで必死に一着ずつ服をたたんで透明な袋に入れて積み上げている店員がいた。
「どれだけ買うつもりなの」
「払うのは青柳なんだから好きに買わせとけよ」
「そんなこと言ったって限度があると思う……」
「青柳の横に立ちたいんだろ。形って意外と大事だぞ」
「だからって、こんなにいらないでしょ……」
ぶつくさ言いながらあいつは服を抱えて試着室に入っていく。
……さてと。大体こっちの買い物はめどがついたから今のうちに行っとかないと。
「月草。こっちは頼んだ。ちょっと行ってくるわ」
「はい。お願いします」
声だけかけて店を出る。
探さないといけないのはあいつの完全誓言の時のためのフォーマルなワンピースだ。さっきの店はカジュアル寄りだったし、青柳の目の前で買って不審に思われてもマズいからな。
女性物の商品を置いているフロアを流し見しながら歩いていると、ふと目の端に引っかかるものがあった。
「……ん?」
何が気になったのか、改めて見回すと、
「月草……?」
月草の瞳と同じ色の石を見つけた。
水色に黄緑が入り込んだ感じもよく似ている。
近くで見てみると、うずらの卵を一回り小さくしたくらいの大きさの、雫型の石が揺れるピアスだ。
月草の目は珍しい色だから、ここまで似ているのは初めて見る。
「うっわ。マジで欲しい」
値段も、少し高いけど買えないほどじゃない。
……ただ。
「今月金欠なんだよなあ……」
ちょっと色々あって今月は使える金がほとんど残ってない。
だけど欲しい。
これを逃したら次はない気がする。
「…………」
ピアスを前に動けずにいたら、
「何かお探しですか?」
不穏な気配でも感じたのか、店員が寄ってきた。
「いや……あの、このピアスが欲しいんすけど、取り置きとかって……」
「失礼ですが、お名前はございますか?」
「ないっすね……」
「申し訳ございませんが、お名前のない方の取り置きはご遠慮いただいております」
「……っすよね」
ダメもとで聞いてみたけどやっぱり駄目だった。
……仕方ない。給料出たら買いに来よう。
「また来ます」
後ろ髪を引かれる思いで店から出て、しばらくしたところで。
……店には悪いけど、売れませんように。
思わず手を合わせて念じていたら、
「どうかしたんですか?」
いきなり月草に声をかけられた。
「うお!……ど、どうした?」
完っ全に不意打ちされて体が跳ねる。
「……驚かせてすみません。思ったより帰りが遅いので様子を見に来たんですけど、何かありましたか」
「そんな時間たってたか?悪い。すぐ行ってくる」
ヤベえ。仕事忘れてどうすんだ。
「何か欲しいものでもあったんですか?」
どこから見られてたんだ?ピンポイントで核心ついてくるな。
「あーまあ、また給料出たら買いに来るわ」
「気になるものがあったならオレが買いますよ?」
「あー……いや。いいや。個人的なことだしな」
一瞬給料前借りとか頭をよぎったけど、それは甘えすぎだろう。
それに冷静になって考えたら月草の色のピアスにテンション上がってるおれってどうよ?
……いや、違うし。
この間、青柳の本家行ったとき、月草が離れたとたん『どこの部署?』とか聞かれまくって面倒くさかったから。緑川先輩のとこみたいに石でもつけてりゃわかりやすいんじゃねえのって思っただけで。
……誰に向かって言い訳してんだおれは。意識したらこっ恥ずかしい気がしてくるな。
「とりあえずとっとと服探してくるわ」
変に突っ込まれる前に小走りで月草から離れる。
仕事中に余計なこと考えるもんじゃないな。
あいつらが不審に思う前にとっとと戻らないと。
*
「逃げられましたね……」
遠くなっていく彼の背中を見送りながらつぶやく。
先ほど彼を探しに来て見つけたのは、どこかの店に向かって真剣に手を合わせている姿だった。
さっきまでの会話からも、何か欲しいものがあるのは明らかだ。
彼があんなに真剣に欲しがるものは何なのか?非常に気になる。
付き合ってみてわかったのだが、彼は意外に物欲がない。
最低限必要なものがあれば後はこだわらないらしく、一緒に買い物に行くことがあっても必要なもの以外を買っている姿を見たことがない。
給料が出たら……ということは高価なものだろうか?
使う暇がないのでオレの貯金は結構ある。
彼に欲しいものがあるなら贈りたい。
彼の視線が向いていた店に向かうと、女性向けのデザインの宝石店だった。
来てみたものの、彼が何を欲しがっていたのか見当もつかない。
「……すみません。先ほど群衆の学園生が来たと思うのですが」
「はい。何でしょうか……ああ!先ほどの!」
オレの目を見た店員が妙ににこやかに笑った。
「少し待っていただけますか?」
そう言って店員はレジ奥の棚から手のひらに収まるくらいの箱を持って戻ってきた。
「本当はいけないんですけど、あまりに真剣でいらしたので」
手渡されたベルベット生地の小さな箱を開くと、そこにはひとつのピアスが入っていた。
「……これ、彼が?」
「ええ。一目見てすぐにわかりました。これほど似通った石は二つとないでしょうね」
顔が赤くなるのがわかる。
相手の色を身につけるのは、最大級の親愛の証だ。
恋人同士なら『あなたの色に染まりたい』という意味にもなる。
「先ほどのお客様はまた来られるとおっしゃっていましたが……どうされますか?」
「包んでください……」
彼は元々あっさりした性格だし、付き合った後もあまり態度が変わらない。それなのにまさか自分の色のピアスを欲しがってくれていたなんて。
……顔が熱い。
「これは……不意打ちすぎますね……」
きゅんきゅんが止まらない。
次代のところに戻るまでに普段の顔に戻れるだろうか。
……無理な気がする。




