52.食えないじいさん(本編32の裏側)
群衆男子視点
なんだかんだありつつも買い物と昼飯を終わらせて、そこから車で一時間ちょっとで青柳家に着いた。
車から降りて、青柳家のでかい門の前に立ったあいつは完全に顔が引きつっていた。
「塀の端が見えないんだけど……」
……まあ、気持ちはわかる。個人宅っていうレベルじゃないよな。
その上、使用人が並んでお出迎えとかそりゃ引くわ。
青柳たちは自分たちにとっては当たり前だからって気にしてないけど、あいつはちょっと精神的に限界が近そうだ。
『住む世界が違う……』なんて、今さら何言ってんだって話だけど、このままあいつがびびって使い物にならなくなるのは困る。
……とりあえず何か読めるものを調達してくるか。
あいつはどんな状況だろうが本を読んでる間はものすごく集中するからな。一旦本を挟んで落ち着きさえすれば、あいつなら勝手に復活してこの状況にも適応するだろう。
とはいえ、まだそこまで青柳家に詳しいわけでもないしどうするかな。
あいつは文字ならなんでもよさそうだから古新聞でも分けてもらうか。
考えながら廊下を歩いていたら、ちょっと先の部屋の障子がすっと開いて、誰かの手だけが出てきた。
おいでおいでと手招きされる。
……これ、おれしかいないよな?
周りを見回して他に人がいないのを確認して、手招きしてくる手の方に向かう。近づけば、その手が指が長くてしわの深い枯れた手だっていうのがわかる。着物のそでが見えて、相手が誰なのか分かった。
「何か御用ですか、先代」
しっかり敬語で言ったら、面白そうににやりと笑われた。顔合わせの時とは明らかに態度が違う。
……ああこれは本当にバレてるな。
「素のお前さんで話していいんだよ?」
そそのかすように言われるが、さあどっちがいいんだろうな?
このじいさんはどうにも読めないからな。
「何のことでしょうか?」
とりあえず、わからないふりでとぼけてみた。
じいさんの目がきらりと光って、口の端がきゅっと上がる。
「おやおや、誰が相手でも好きなように話すんじゃなかったのかい?威勢がよかったのはあの時だけってえわけだ?」
軽く挑発されるけど、初めて会った時とは状況が違うだろ。
「仕事中は別でしょう」
「ここにはじじいしかいないよ。個人的に話すのも仕事だってぇのかい?さみしいねぇ」
にやにや笑いながらわざとらしくため息をついてくる。
実際、部屋の中にはじいさん以外の人間はいなさそうだ。
……まあ、この感じなら大丈夫か。
「ったく。何がしたいんだよ、じいさん。でも他の人間がいるときは敬語使うからな」
「まあそれがいいだろうさね」
じいさんはいたずらが成功したようににやりと笑った。
……ったく本当に何がしたいんだか。
まあ、ある程度話せる相手だとは認識されたみたいだから、とりあえず第一関門突破ってところか?
それにしても本当に全部バレてるのは間違いない。
挨拶の時は間違いなく気づいていなかったから、その後の月草との会話を聞かれていたことになる。
じいさんと初めて会った時のことをしゃべったのはあの時一回っきりだからな。
どんな術を使ってんのか知らないけど、気は引き締めてかかった方がよさそうだ。
そんな内心が表に出ていたのか、
「そんなに身構えなくても取って食いやしないよ?」
じいさんは苦笑して首をかしげた。
「全部筒抜けな相手に対して身構えるなっていう方が無茶じゃねえの?」
頭の中まで見られてるとか言われたらさすがに引くぞ。
「……なるほどねえ。群衆だとそういう反応になるってえわけだね。
月詠、出ておいで」
じいさんの言葉とともに現れたのはふわふわとした片耳のウサギだった。
灰色に茶色が混ざったような毛色で、目だけが鮮やかな青色だ。
「俺の能力が聞き耳だってえのは合っているがね。これはお前さんが思うほど大層な能力じゃあないよ。
聞けるのは直前に会った相手が次に会話した分だけだし、範囲だってこの屋敷の中がせいぜいさ。範囲も狭けりゃあ制限も多い。
ほら、大した能力じゃあないだろう?」
じいさんはにやりと笑う。
「お前さんには色付きが何でもできるように思えるかもしれないけどねぇ。実際はできないことだっていくらでもあるさね。そんなことは生きてりゃ誰でも一緒だ」
節の立った手でぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回される。
「それでお前さんは何を探してるんだい?」
言われて気づく。
そうだよ。こんなとこでじいさんと油売ってる暇はないんだよ。
「何でもいいから読めるもの探してるんだけど」
「妙な注文だねえ。まあいいさ、そこの納戸を開けてみな」
言われた通りに、指し示された先にある引き戸を開けてみると、小さな部屋の壁一面に本棚があった。
「ここにはこの家に出入りする人間の『おすすめ本』が置いてあるんだよ。誰でも勝手に借りていっていいから好きに持っておいき」
「助かる!」
とりあえず手近にあった本をがさっと取って抱える。
さてと。とっとと戻らないと。
「教えてくれてありがとうございました。すぐに戻らないといけないので、失礼します」
大きめの声で言って頭を下げた。
障子を開けて廊下に出たら遠ざかる足音だけが聞こえた。
やっぱり誰かがいたらしい。
……油断も隙もねえな。
振り返るとじいさんが楽しそうに笑っていた。
「ほら。早く行かなくていいのかい?」
「それでは失礼します」
ったく。食えないじいさんだぜ。
*
青柳たちがいるはずの客間に着いたら、なぜか青柳があいつにしがみついて『俺もついてくから待って』とか言っている。
……着いて早々どういう状況だよ。
とりあえず、このままだとあいつが潰されそうだ。
「落ち着けそこのバカップル」
持ってた本で青柳の頭をはたいたらスパン!といい音が鳴った。
どういう状況かはわからないが、まあ多分こいつの精神的に限界が来たんだろう。
「こんな馬鹿でかい家、庶民には刺激が強いんだよ。もうちょっと狭くて飾りとかないとこねえの?」
「え、それだったら俺の部屋とか?」
「あんな殺風景なところに女性を通したら引かれますよ」
「もうそこでいいからとりあえず落ち着いてこい。お前もほら、何冊か借りてきてやったから」
相変わらず青柳にしがみつかれているあいつに持ってきた本を渡す。
「あ、ありがと」
「まあビビるのはわかるけどな。……ほらとっとと行けよ」
二人に言ったら、青柳はあいつを抱えたまま靴も履かずに庭をざかざか歩いていく。
*
「状況わかんなかったからとりあえず行かせたけどあれで良かったか?」
二人を見送っている月草に声をかける。
「……助かりました。ありがとうございます」
月草は長いため息をついた後で、言葉を返してきた。
「正直なところ、あなたが来てくれなかったら収拾がつかないところでした」
「ったく何やってんだあいつらは……」
「彼女が『帰りたい』と言ったとたん次代が急に動揺してあの状態です」
「予想通りかよ。……まあいいや。あいつらは放っておけばなんとかなるだろうから、今のうちにこっちの仕事やっちまおうぜ」
今日も今日でやることは山積みだからな。




