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20.姫の証

緑川視点

 放課後。いつも妻紅(つまべに)にくっついている黄樹(おうじゅ)赤羽(あかばね)に頼んで連れ出してもらい、応接室で妻紅と向かい合う。

「いやーん、緑川センパイ!二人っきりでなんて、なんのご用ですかぁ?」

 上目づかいで見上げてくる妻紅に苦笑する。

「そういうのはいいよ。演技してるのも疲れるでしょう」

「え~?なんのことですかぁ?こういう女の子ってぇ、みんな好きなんじゃないですかぁ?」

「好きか嫌いかと聞かれれば嫌い寄りかな。語尾を伸ばす喋り方が聞き取りづらいし、中身がない」

「……ひどい言い様ですね」

 すとんと憑き物が落ちたように妻紅の口調が落ち着く。

 やっとまともに話ができそうだ。

「きみが姫の資質を持っているということは知っているよ。そして、目的を持って動いていることも。けれど状況から察するに、きみの試みは上手くいっていないんじゃないかな?」

 切り込むと面白いように妻紅の表情が変わった。

 驚きと不審と不安と。そしてかすかにすがる色合いが見えたところで微笑んでみせる。

「きみの手助けをしてあげるよ」


       *


「まずはきみの目的を教えてもらえるかな?」

「目的は……死なないことよ」

「それは不死を望むということ?」

「そんなことじゃないわ。ただ、殺されないで事故や事件に巻き込まれないで生き延びたいっていうだけのことよ」

「それは誰もが思うことじゃないかな」

「全然違うわよ!あたしは確実に死ぬことが決まってるんだから!」

 そこから始まった妻紅の説明は、荒唐無稽(こうとうむけい)としか言いようのないものだった。

『この世界は乙女ゲームである。自分は別の世界から転生した主人公であり攻略対象と恋愛をするが、その中で必ず死ぬことになる。死なないためには攻略対象全員から愛されるハーレムエンドを目指すしかない。その要件のうちのひとつが姫の証の解放であり、姫だと公表されればハーレムエンドは達成されたも同然である』

 まあ大体要約するとこういう内容のことを妻紅は長々と時間をかけて話した。

 嘘を言っているようでもなく、自分の演技に酔っている風でもない。ただ事実を述べているという様子だ。

 ……僕の感想?

 いい心療内科を探したほうが早いんじゃないかな。だよ。

 そもそも妻紅が死ぬきっかけになるという事件自体聞いたこともないし、事故で落下するという学園の屋上も施錠されていて立ち入り禁止だ。

 青柳が笑いながら殺しにくるという話だって、青柳に近づきさえしなければ簡単に回避できるだろう。始終付け狙うほど妻紅に執着する理由が青柳にあるとは思えない。

 厄介なのは、妻紅がそれを妄信していて、それを回避する方法に対して疑問も抱いていない点だ。

「そのハーレムエンドだったかな。それはきみが複数の男性から愛を乞われる状態という認識で合っているのかな」

「そうよ。初期攻略可能な五人全員からの好感度をあげないとできないの」

「その攻略対象というのは誰のことを言っているんだい?」

「黒木に赤羽、青柳に黄樹。それにあなたの五人よ」

 ……まあ、予想の範囲内だね。妻紅がやたらと話しかけていた人間ばかりだ。

「姫の証の解放にその全員のキスが必要だと?」

「そうよ」

 なぜか妻紅は胸を張る。

「それはキスであればなんでもいいのかな?たとえば唇にしなくても?」

「……さあ?そこまでは設定してないからわからないわ。でも普通、乙女ゲームでキスって言ったら唇でしょ。青柳とキスしたらちゃんと印が出てきたもの」

 そう言って妻紅が見せてきた手首には、青色の花びらのような模様があった。

 それが本当に青柳とのキスによって出てきたものなのか、妻紅の妄想なのかは判断がつかない。

「じゃあ、他の場所でも可能かどうか試してみよう」

 妻紅の手を取って、きらきらとラメの入ったピンク色の爪の先に、唇で軽く触れた。

「え?……あっ!印が出てる」

 ……驚いた。

 妻紅の手首にさっきまでなかった緑色の花びらが増えている。

 少なくとも何らかの術がかけられているのは確かなようだ。

「……特定の部位でなければならないわけではなさそうだね」

 何も起こらない現実を見せてそこから妄想を切り崩していこうと思ったのに、あてが外れてしまった。

 妻紅には姫の資質があるという事前情報もあるし、姫の証の解放という部分だけは事実なのかもしれない。

 それなら、妻紅の妄想どおり姫の証を解放して公表してしまおう。

「赤羽と黄樹に爪の先でいいから口づけてもらってくればいいよ。黒木先生は僕が引っ張り出してこよう」

「これであたしは死ななくてすむのね!」

 妻紅はほっとしたように笑う。

 ……これがきみの言うところのハーレムエンドになるかはわからないけれどね。

 少なくとも、僕が妻紅に惹かれることはなさそうに思える。

 妻紅の話を聞いていても、女史と語らっている時のほんのひとかけらほどにも楽しくもなければ心躍りもしない。

 まあ、姫であると公表さえすれば、濃色を作ることに執念を燃やす黄の一族が動くだろう。

 そうすれば死ぬことはないはずだ。

 どんな状況になっても、死なせてもくれないだろうけれど。

 それは僕の感知するところではない。

 ……それにしてもさっきから妙な感じがすると思ったら、どうも妻紅には魅了の力があるようだ。ただ、使役獣との関係が悪いせいか、逆に働いている気がするね。

 これじゃ、よほど耐性がない限り近づけば近づくほど嫌われるんじゃないかな。

 極端な黒木先生や青柳の反応を不思議に思っていたけれど、魔力の影響を受けていたなら仕方がない。

「それじゃあ、黒木先生を連れてくるから」

「ええ。よろしくね!」


 さて、妻紅にはさっさと退場してもらうことにしようか。


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