12.クリスマスイブの前日に(本編10の裏側)
月草視点
その日、明日のクリスマスパーティーのための準備中に黄樹とともに現れた妻紅嬢は、明らかに様子がおかしかった。
黄樹に手を引かれているのも気づかない様子で何事かをぶつぶつとつぶやき続けている。
「毎日毎日部外者連れ込まないでくれる?」
苛立った青柳が笑顔で言えば、
「うるさいな。化け物は黙ってなよ」
黄樹も苛々と言い返す。
「青柳の言うことも一理ある。今日は明日の準備で忙しい。構っている暇はないぞ」
赤羽が二人の間に入るように言えば、黄樹は不承不承といった様子でため息をついた。
「彼女は手伝いの有志。これでいいんでしょ」
「……まあ、そういうことなら追い返す理由はないな」
赤羽がため息をついて承諾する最中、突然妻紅嬢が青柳に向かって飛び出した。
思わずといった様子で薙ぎ払おうとした青柳の手は、殺すなという命令を思い出したようにぎしりと止まる。
その一瞬の隙に妻紅嬢は青柳に体当たりするような勢いでキスをした。
ガツンと痛そうな音がする。
「何をしてるんですか!」
襟首をつかんですぐに引き離したが、妻紅は床に座り込んだままなぜか自分の手首を確認している。
「は、ははっ。好感度上がってないと思ったけどちゃんと印出てるじゃない」
青柳の歯で切ったのか唇の端から血を流しながらつぶやいて、こちらを見上げてくる。
「だって司くんが好きだからキスしたいって思ったのよ?それの何が悪いの?」
蒼白な顔で、ぎらぎらした目で、言葉だけは甘い恋を語る。
その姿はちぐはぐでひどく異様だった。
「気持ち悪い……っ!」
青柳が口を執拗に手の甲で擦り落とす。
「誰にも愛されてこなかったあなたに、わたしが愛を教えてあげる」
甘い甘い毒のような言葉に、ぶわりと禍々しい殺気が吹き出した。
「……気持ち、悪いっ……!」
思考より先に体が反応した。
とっさに青柳と妻紅それぞれを包むように防壁を展開する。わざと互いの領域を侵食するように重ねたそれを一気に形にする。
ぱきんと空間がはぜる音がして、二人が消えた。
「見回りを、してきますので。こちらはお願いしてもよろしいですか?」
「……ああ。気を付けてな。時間がかかるようなら戻らなくてもいいぞ」
赤羽の言葉に礼を返して講堂を後にする。
青柳の居場所を探ると校舎の奥、特別教室棟の三階にいた。妻紅はおそらく逆側、グラウンドのあたりにでもいるのだろう。
とにかく青柳と合流しようと、もう一度位置を探る。
「……?」
さっきまでいた講堂でも生徒会室でもなく、なぜか教室に向かっている。
……まさか彼女を探しているのか。
彼女に青柳に対する鎮静効果があるのは確かだが、今のあの状態で彼女に会うのはまずい。
完全に怯えて目も合わせてもらえなくなったらどうするつもりなのか。
彼女の居場所を探ると食堂にいることがわかった。
先に彼女の安全を確保するべきか、青柳をとめるべきか。
一瞬悩んで食堂に向かって走り出す。
すれ違う生徒たちに青柳から逃げるように言うが、大半はいぶかしげな顔をするばかりで動こうとしない。
今の青柳は色付きも群衆も区別しないだろう。学園を殺戮現場にはしたくないが、自分ひとりでは手が足りない。
自分の無力さに歯噛みしていた時だ。
突然声をかけられたのは。




